第三十八話「大罪」
朝起きて、朝食のために大部屋にいくと、既に席に着いたアーニャとメルキドに迎えられた。
「おはようニャ」
「おはようございます。みなさま」
挨拶をしてくる二人にそれぞれの返事を返し、俺たちも空いている席に着く。
それを確認したメルキドは真っ先に席を立ち、俺とシオンに頭を下げた。
「お二人とも昨夜はご迷惑をおかけしました。なんとお詫びしてよいか」
それに対して何故か俺たちではなく、隣のアーニャが偉そうにふんぞり返る。
「ほんと感謝して欲しいニャ。ちゃんと毎回無傷で止めてあげてるんだからニャ」
「ええ、いつもありがとうございます。アーニャ」
針が首にぶっ刺さってたのは無傷なのか。
ビジュアル的にアウトだと思うが......。まあ、出血はしてないしいいのか?
「僕らのことは大丈夫だよ。ただ説明はほしいかな。あれはいったいなんだい?」
「はい、ちゃんと説明は致します。ですがその前に、ボルガーさんを待ってもいいでしょうか? 彼にも関係がある話ですから」
「わかった。なら俺が迎えに行くか。だいぶこっちに近づいてきてるだろうし、スキル駆使すれば見つけられるだろ」
昨日のアレとボルガ―にいったいなんの関わりがあるのかはわからないが、メルキドの様子から嘘は言ってないように思える。
しかし、このままいつ到着するのかもわからないボルガーを待ち続けるのは考え物だ。少々めんどくさいが誰かが迎えに行くべきだろう。
「その必要はないニャ」
「どういうことだ?」
止める意味が分からす疑問をぶつけると、アーニャは意地の悪そうに笑う。
「もうついてるのニャ」
「ボルガ―さんは、今朝方到着したようです。みなさん、ここに来るときにすれ違わなかったようですが、今大部屋に荷物を置きに行っているんですよ」
言葉足らずのアーニャにメルキドが補足を入れてくれる。そして、そこにタイミング良くふすまが開き、黒毛の巨漢が姿を現した。ボルガ―は入室してくるなり、すぐこちらに向けて、こうべを垂れる。
「お揃いでしたか。お待たせして申し訳ございません」
「謝る必要はないよ。それより、置いてけぼりにして悪かったね」
シオンがフォローを入れがら彼の椅子を引いてやると、礼儀正しく「失礼します」と一声かけながら座った。律儀な奴だ。
「では私から説明させて頂きます。まず昨日のアレの原因は、私に巣食う《暴食》によるものです」
真剣な顔で言い放つメルキドの前には、窯ごと持って来られた米が、山のように盛られている。
あまりのシュールな光景に誰も声を発せない。
一体誰がこの状況で、食いしん坊COされることを予測出来ただろう。
反応の薄い俺たちにメルキドが眉をひそめる。
「皆さま聞いてらっしゃいますか?」
「ああ、悪い続けてくれ」
さて、冗談はこのくらいにして話を進めよう。部屋に入って山盛りの米を見た時は、ネタか何かだと思ったが、《暴食》という言葉を聞いて合点がいった。
俺が《暴食》と聞いて思い浮かぶのは一つしかない。
「この《暴食》は七つの大罪の一つです」
メルキドが自分の豊満な胸を押さえながら言う。その言葉を聞いて俺は顔を覆った。
なるほど。よりにもよって......ソレか。
ファンタジー作品にはよく扱われるテーマだが、メリットともにそれ相応のデメリットが付き纏う。それはきっとこの世界でも例外では無いだろう。
何せ既にメルキドが自我を失って暴れていたのを見てしまったからな。
「その反応、大罪スキルについて何か知っていますね?」
ああ、そうだな。知っている。これまた面倒くさいものが出てきた。
七つの大罪といば、人を死に至らせる欲望や感情を取り上げたものだ。
人が生きる為にどれも必要なものではあるが、どれか一つでも強すぎるものがあれば、簡単にその身を破滅へと追い込んで仕舞う。
まさに悪魔のような存在だ。たしか、罪に関連づけされた悪魔もいたか。
「ああ、一応な。けどそれは俺のいた世界での知識だ。 こっちの世界のものと全く一緒ってことも無いだろうし、悪いが一から説明して貰っても良いか?」
「構いませんよ。もとよりそのつもりでしたので」
メルキドの説明によると、こちらの世界の知識も地球のものと、ほとんどり変わらないらしい。
同じく傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲から構成され、罪を犯した者に、対応した大罪スキルが与えられるという。大罪人としてスキルを与えられる条件は、その人物が死をもたらすか、否か。
「死へ一歩近づく事により、大罪スキルもちは特別な力を与えられるそうです。まあ、それも欲望や感情に飲み込まれなければの話なんですが......」
「特別な力ってのは具体的にはなんだ?」
「わかりません。いろいろな文献を読み漁りましたが、どれもこれも曖昧なものばかりなんです。今お伝えした情報もどこまで正しいものか」
「私やメルキド殿でも抑えておくのがやっとです。おそらく普通の者では、大罪スキルを得た時点で、欲望や感情にのまれてしまうのが落ちでしょう。文献が残っていないのもそのせいかと」
ふむ。情報あまりに少ない。今後関わるかわからないが、少々面倒そうだ。俺はスキルを得やすい身体だからな。
「わからないことだらけですが、ただ一つ確かなこともあります。大罪スキルは――
実在します!」
今まで信じてもらえないことのほうが多かったのか?信じてくださいと訴えかけてくるその真摯な瞳に思わずたじろぐ。
思考の片隅で「魔族なのに」とい言葉が流れた。
クソが!自分は他の奴らとは違う、差別しない人間だと思っていたのに。人間も魔族も何者であれ同じ「人」だと言っておきながら、結局は他の奴らと同じだった!ああ、反吐が出る!
メルキドと目を合わせられず視線を逃がすと、今度は隣に座るボルガーから似たような目を向けられる。既に関わっている分、あいつは俺が理解を示すと信じて疑わないようだった。
お人好しめ......。
「みんな、二人の言うことは私が保証するわ。私は二人のステータスを見たことがあるから」
俺の逡巡をみてとったリリィーが気を聞かせて声を掛けてくれる。
そうだ。真実かどうかの確認をするのであれば単純な話、ステータス見せてもらえばいい。だがそれはこの世界の人にとって、自分の命を差し出すような行為だ。何も気にせず見せ合っていた、シオンやリリィーが異常なのである。
リリィーは二人と主従関係だが、俺は違う。敵になりうるかもしれない相手に教えることはできないだろう。
二人の主はあくまでリリィーだ。リリィーにそんなつもりがなくとも、俺たちの誰かが裏切れば二人は勇者だろうと神だろうと戦う覚悟があるはずだ。
「皆様申し訳ありません。信じてもらえないかもしれませんが、私は自分の手の内を晒すことは構わないのです。皆様のことはこの一か月の間で十分信用できると思いました」
ボルガーが苦い顔しながら、懸命に己の意思を伝えようと口を開く。
「しかし......ステータスを見せてしまえば、私が何をしたのか。罪の内容が見えてしまいます。私は......それを見られたくありません」
「私もボルガ―さんと同じです。自分の罪を人に見られたくはありません......」
そうして深く項垂れる二人。自分勝手なことを言っている、とでも思っているのだろうか。
二人にここまで言わせた自分に腹が立つ。
「いや、信じてはいる。ちょっと別のことで気にかかっていただけだ。返事が遅くなって悪かった」
ボルガ―の所持している大罪スキルは十中八九《憤怒》。
昨日のメルキドの様子や、ボルガーの戦闘での言動を振り返れば、七つの大罪というのはきっと嘘ではないのだろう。大罪スキルによる影響だと考えれば納得できる部分も多い。
しかし、気になる点もある。なぜ自我を失うほどまでの暴走を昨日はした?ボルガ―と違って抑え込めていないのか?
大罪スキルが原因ということは分かったが、何が切っ掛けとなったかがわからないので聞いてみる。それを知っていれば次は暴走する前に止められるだろう。
「結局昨日はなんであそこまで暴走したんだ?」
「それは......その......」
すると、何故か今まですらすらと淀み無く答えていたメルキドが、途端に視線を逸らし口ごもった。そして彷徨わせた視線はチラチラと目の前の山盛りになった茶碗へと注がれる。
そういうえば......。昨日の夕食の時はどうだった?たしかメルキドも俺たちの何ら変わらない食事をしていたはずだ。さすがにこんな山盛りの茶碗があって気付かないわけがない。
「おい、まさか......」
メルキドは俺のジト目から逃れるように、頑なに視線を逸らしたまま答える。
「......初対面で爆食いするのはどうかと思いまして」
恥ずかしそうに答えるメルキド。そこに初対面の俺たちからすら呆れた視線も向けられている。なんとも居心地が悪そうだ。
「ニャハハハ!こんな真剣な顔して話しておいてそれはないニャ!」
暴走の原因があまりのまぬけだったが、おかげで空気が和らいだので良しとするか。
アーニャのうるさい笑い声とともにようやく食事が始まる。
うん、うまい。この宿の飯なら食欲が刺激されて何もおかしくないだろ。




