第三十二話「魔国」
「それで、この指輪は?」
自分の小指にはめられたものを見ながらリリィーへ問う。
中指には以前イブと買ったお揃いのものがあるので、今回は小指につける事にした。
何か特別な効果でもあるのだろうか。
「御守りみたいなものよ。その、何というか、目に見えて私たちが仲間なんだって思えるものが欲しくて」
リリィーが少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
意外にも御守りなんてもの信じるタイプのようだ。いや、リリィーらしいといえばらしいか。
特殊な魔法は掛けられていないようだが、気持ちだけで十分嬉しいものがある。
「ほーん」
「な、何よ。その含みのある言い方」
「いや、結構信頼されてるんだなと思って」
「一ヶ月も一緒にくらせば、ね」
この一ヶ月の思い出を振り返っているのか、リリィーが感慨深そうに目を細める。
たしかに濃密な時間だった。ただ日常生活を送るだけでも、新しい発見があり、新鮮な思いをしてきた。
それに、生まれて初めて家族以外の人間とここまで長い時間を共有したのだ。不安なこともあったが、当然ドキドキワクワクの方がずっと強い。
「私もリリィーの事は信頼してる......」
イブが律儀に手を挙げ、ちょっと背伸びして答える。
リリィーの仲間アピールに自分も答えたいと思ったのか今日のイブは積極的だ。ドヤ顔で
ちなみに言っておくが此処は空中だ。空中で背伸びとは、これいかに。
なんだか嬉しそうで、見ていてとても微笑ましい。
「俺は?」
「もちろんしてる......」
「なら、シオンは?」
「してない......」
「え!?」
まさか否定されると思っていなかったのだろう。信じられないという表情でイブを見ている。
「まあ、存在が胡散臭いからな」
「酷くないかい!?」
ショックを受けたシオンがガクリと項垂れる。
その外国人じみた、気取ったオーバーリアクションも胡散臭い要因なんだが、本人は気づいているのだろうか。
「なあ、このペースだと魔国まで後どれくらいで着くんだ?」
「そうね、日付が変わるまでには着くんじゃないかしら」
「おい、嘘だろ!今午前中だぞ!あと何時間とばなきゃねーんだ!」
別に体力的に問題はないが、精神的に疲れそうだ。
そこで何かに気づいたイブがリリィーへ近づいていく。
「リリィーは魔国行ったことあるよね......?」
「そりゃ、もちろんあるけれど。まさか......」
イブはリリィーの袖をちょこんと摘み、可愛くおねだりする。
「リリィー、GOー.......」
「嘘よね!?今更テレポートするの!?今ちょっと良い雰囲気で、ゆったり旅を楽しもうって流れだったじゃない!?」
全力のツッコミがイブへ向かう。
しかし、此処にはまだまだ伏兵がいた。
「まあまあ、リリィー物事は臨機応変が大事だよ」
「そんなシオン、あなたまで!?」
味方だと思っていたシオンにまで裏切られ、リリィーは後が無くなる。
「それに僕はそんなに空を飛ぶのは得意じゃ無いんだ。実を言うと後五分もしないうちに墜落します」
「なんかサラッととんでもない脅し掛けられてる!? 」
さすがにそんな事言われれば、リリィーとてテレポートしない訳にはいかない。非常に残念そうではあったが、渋々転移の準備を始める。
イブは既にリリィーにくっついているので、差し出したリリィーの手を、俺とシオンが掴むだけだ。
足元に黄色く発行する魔法陣が浮き上がる。
こうして俺たちのゆったり旅はあっという間に終わりを迎えた。
景色が切り替わる。先ほどまでとはうって変わって、建物やよく分からないオブジェなどの人工物が視界いっぱいに広がった。いきなり街中に転移したようである。
どれもこれもドス暗い紫色レンガが使われていて、見た目の雰囲気からして悪い。ここら辺ではメジャーな素材なのだろうか。
街行く人は、人間のような見た目の者がいれば、明らかに化け物のような者もいる。獣や爬虫類の特徴が体に出ていたり、俺の知らない生物がもとになっていたりと、実に様々だ。
分かりやすいのだとケンタウロスやハーピーなんかがいる。よくゲームで見かけるようなやつらがいてテンションが上がった。
ただゲームのようなポップな絵柄ではなく、リアルな見た目は大変生々しい。目つきの悪いやつらが多く、あまり治安も良くなさそうだ。
なるほどこれが魔国か。幸い、誰にも見られていなかったようで騒ぎにはなっていない。
「しかし、すげー色してんな」
俺は先程から視界に映る、建物の気色悪さに唸る。
「ここは瘴気が濃いのよ」
「瘴気?」
「魔力とは対になるエネルギーで、呪術や影術によく使われるわ。ただ、瘴気に触れ続けていると汚染されてしまうの」
「おいおい、それ身体に害とかないのか?」
得体の知れないものの気味悪さに二の腕をさする。どう考えても良いものではないだろう。
「もちろんあるわよ。ただ生物の場合、体が浄化させる方が早いから問題はないわね。ここみたいに濃度が濃い場所は、魔族並みの強い肉体が必要だけど」
「俺たち大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫なんじゃない?」
質問が疑問形で帰ってくるので、思わず眉を潜める。あまりにも無責任ではないだろうか。
(スキル《瘴気耐性》を獲得しました)
「あ、大丈夫になったわ」
「スキル......?」
「ああ」
話の最中からだいたい予想はついていたが、やっぱりこうなったか。
慣れきってしまい、もう全く驚かない。感謝はしてるけどな。ほんとスキル様様です!
「相変わらず便利だね。心配なのは僕とイブかな」
「私、スキルある......」
「えー、僕だけー?」
シオンが棒読みで驚いて見せる。
まあ、イブが大丈夫なのは予想できてたからな。シオンも自分は大丈夫だと思っているのだろう余裕の表情だ。
ここにいる全員そんなやわな身体はしていない。
「おい、あれ」
カエル顔の男の二人組がこちらを見ながらひそひそと何か言い合っている。よくよく周りを見てみれば、そいつらだけではなく道中を行きかう人々が俺たちを見て訝しげな視線を向けていた。
リリィーが大丈夫だといったから変装もせずこのまま来たが、今の俺たちの見た目はどこからどう見ても人間だ。この魔国ではやはり目立つようで、どうにも注目を集めてしまっている。
「なあ、やっぱり不味かったんじゃないか?」
「大丈夫よ。自分の種族を隠すために魔族特徴を隠して生活している人だって、今時はめずらしくないもの。それよりも――」
そうだ。それよりも俺たちの中で一番注目を集めていたのは何故かリリィーだった。
魔族のリリィーが人間を匿っているなんて展開にならなければいいのだが。
「あなた達のせいじゃないわ。私一人でもきっとこの反応よ」
「そうなのかい?」
「ええ、取り敢えず温泉宿に向かいましょうか」
リリィーが急かすので、あとを追いかけて俺たちは温泉宿に向かう。しばらくその奇妙な視線が外れることはなかったが、リリィーはあまり気にしていないようだった。




