第二十九話「解決」
「え!?」
リリィーが驚きの声をあげる。
「うそだろ」
エノラの頭部、灰色髪の下から小さな耳が現れた。
人間の物ではない。俗に言うケモ耳だ。髪の色と全く同じで、隠れていたから気づかなかった。
「獣人なのか?」
「いや、灰狼種は魔族だよ、ユウキ」
「ええ、それも結構珍しい種族よ。私も始めて見るわ」
みんなの視線を集めるエノラが耐えられなくなったのか、泣きそうな顔になりながら下を俯く。
今度はそれを見たリリィーがあたふたし始めた。
「これで貴方たちも分かったわよね! この子は魔族。もとから死んで当然なのよ!」
「ふざけるな」
恐ろしく平坦な声が響く。
シオンに睨まれたシルフィアさんが、ひっと引きつった声を出した。
「誰が人間が正しいと決めた。誰が魔族が悪いと決めた。君らみたいな人間いるからこんなくだらない戦争が!」
「おい!シオンやめろ!」
詰め寄ろうとするシオンの首根っこを掴み、慌ててこちらに引き戻す。だいぶ強引に引き止めたが、それで頭が冷めたのかとりあえずは大人しくなった。
こいつがこんな怒り方をするのは始めてだ。今の彼女の言葉はシオンにとって相当重い言葉だったらしい。
「私たちが来た以上あなたはもう終わり...... 投降するべき......」
イブか静かにシルフィアさんに告げる
イブの言う通りだ。さすがにこの状況から一般人であるシルフィアさんが何か出来ることはない。
「それでも......」
シルフィアさんが下唇を噛み締めなが、懐に手を伸ばす。
「それでも私は後戻り出来ないのよ!」
そこから取り出したの一本の簡素な包丁。装飾もなく料理包丁として作られたものだろう。
家にあったものを万が一に備えて持ってきたのか。万が一というのは魔物に襲われることを加味してか、はたまた俺たちが来ることを予期してか。
いずれにせよ......
そこまでするかよ。
「ここまで接近を許したのが悪かったわね。慢心かしら。これで全てお終いよ!」
振りかぶった包丁がエノラに向かって振り下ろされる。
どうやら自分の事を語りながら近づいてきたのにはちゃんとした考えがあったようだ。
何もかもが嫌になって狂気に身を委ねていたのかと思えば、そんな中でも良く考えて動いていたらしい。
そんなところに頭を使わず、エノラの事を考えてやれれば、こんな事にはならなかったろうに。
エノラの一族が何を思って襲ったのかは知らない。だが彼女自身が何かしたわけでも無いなら、彼女も立派な被害者の一人だ。
シオンの怒りも良くわかる。
同一種族というだけ罪になる世界なんて
クソッタレだ。
包丁は振り下ろされたが悲鳴が上がる事ない。
そりゃそうだ。俺達がいる。そんな事を許してやる訳が無い。
二人の間に割って入ったボルガーが包丁の刃先を指でつまんで止めている。
「化け物め!」
悪態を吐くがシルフィアの力ではどうしようもない。ボルガーは腕を掴みそのまま身動きを封じる。
シルフィアさんも止められることは予想の範疇だったのだろう。その顔に驚きは無く、ただただ忌々しそうにボルガーを睨みつける。
「貴方が本当に恨んでいるのはこんな幼き少女なのですか!!」
ボルガーが苦しげな表情で吠える。
その言葉は一ヶ月前、勇者であるシオンと出会った時に、奇しくも彼自身がリリィーから投げかけられた言葉だった。
恨む相手間違えてはいないかと。
ボルガーもまさか自分がその言葉を言う側になるとは思っていなかったろう。
「分かるわよ。貴方の気持ち」
いつの間に転移したのか。シルフィアさんの後ろにはリリィーがおり、大丈夫大丈夫といいながら背中から覆い被さる。
「は、離れなさい! 貴方達みたいな化け物に何が分かるっていうの」
「分かるわよ。私達だって大切な人を失う悲しみを知ってる」
リリィーは目をつむり、リラックスした状態で、完全に体をシルフィアさんに預ける。
「私の親は人間に殺されたわ。何か罪を犯した訳でもなく、賞金稼ぎのヴァンパイアハンターによって」
それを聞いたシルフィアさんの顔に変化が現れる。
「みんなで一緒に帰りましょ? ほら、エノラちゃんも貴方の帰りを待っているわ」
エノラはシルフィアさんに近づくと恐る恐る手を伸ばす。
それを見たシルフィアさんの顔が苦痛に歪んだ。
「そんな事いったって、もう手遅れなのよ!! 私は許されないことをしたんだから!!!」
シルフィアさんが、ボルガーに掴まれた腕にどんどん力を込めていく。抑えつけられた腕を無理やりにでも動かすつもりらしい。
ボルガーが力負けする事はないが、このままでは逆に彼女の腕が折れてしまう。
「もう、どうにでもなれ!!!」
「っ!」
まずいと感じたボルガーが彼女の腕を咄嗟に離した。しかし、急に手を離したことにより彼女の握った包丁は大きく振るわれ、危うくエノラに当たりそうになる。
「危ない!」
たが、すんでのところでリリィーのカバーが間に合った。エノラの頰に迫った包丁を、手をかざして受け止める。
ザシュッという不快な音が響いた。
「ひっ、ごめっ、なさっ——」
驚いたシルフィアさんが手を離したことにより、包丁は柔らかな地面へ綺麗に突き刺さる。
リリィーの手の平からはダラダラと血が流れ、地面に赤いシミをいくつも作った。
自分が何をしてしまったのか理解したシルフィアさんが、動揺し震えた声を出す。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ——」
「大丈夫。大丈夫だから。このくらいかすり傷よ」
シルフィアさんに血を付けないよう、リリィーがそっと抱きしめる。恐がる必要なんて無いと、まるで子どもをあやすように。
「手遅れなんかじゃ無いわ。許すか許さないか、それを決めるのはエノラちゃんよ」
シルフィアさんが恐る恐るというふうにエノラの方を振り返る。
そこにはやはり、どこか困ったように手を差し出すエノラの姿があった。
「一緒に帰ろうなの。シルフィアおばちゃん」
シルフィアが軽く目を見開いた。
「どうして...... どうして! 私はあなたに、どれだけ酷いことをっ!」
「先に酷いことをしたのは私なの。だから、ごめんなさいなの」
「だからなんでなのよ...... あなたは悪くないじゃない......」
シルフィアさんはおずおずと手を伸ばし、一瞬エノラに触れようとするがすぐに手を引っ込める。
そしてリリィーを見て言った。
「私はあなたを傷つけたわ。エノラのことも。何でみんなそんな簡単に許せるのよ!私には無理よ......」
「許す必要なんてないわ。ただ怒りをぶつける相手間違っちゃだめ。あなた、今自分で言ったでしょ? エノラちゃんは悪く無いって」
もう一度シルフィアさんがエノラの方を向く。顔はくしゃくしゃになり、瞳からは大粒の涙が溢れ落ちていた。
それを見たエノラがシルフィアさんへ飛び込んで行く。
「ごめんなさいなの」
「私の方こそごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」
飛び込んで来たエノラ抱きとめ、嗚咽で詰まりながらも必死に言葉を紡ぐシルフィアさん。
震える肩をエノラに抱かれると、安心したのか後ろへ倒れこみそうになる。
「〈スリープ〉」
見兼ねたリリィが後ろから支え、魔法を一つ唱えた。
「もう何日も寝てなかったみたいね。安心して眠って。次起きる時には全て元どおりよ」
エノラが眠ったシルフィアさんを心配そうに見つめ、側に寄り添う。
その姿を見て、俺は口から小さく息を吐いた。
一時はどうなることかと思ったが、誰も欠ける事なく帰られそうだ。
若干名怪我をしたがリリィーだし、まあ大丈夫だろう。これは意地悪じゃなく信頼な。
「取り敢えずこれで一見落着か」
「ん...... 二人とも無事で何より......」
!?
そこで異変に気付き後ろを振り返る。イブも何かに気付いたようで俺と同様に森の中を睨みつけていた。
たった今、分身スキルが分身体をあと一体出せるようになった。同時に出せる最大数が増えたわけでも無い。
つまりは今まで出していた分身体の一体がやられたという事。
もしかしてイブの方もか?
何にやられた?油断でもしたか?
俺とイブの分身体がそう簡単にやられるとは思えないんだが。
森の奥からメキメキと木々の折れる音が聞こえてくる。足音と思われる地響きも伝わる事から相当でかい。果たしてそこから現れたのは。
「ハングレーベア。さっきと比べ物にならない程でかい。親熊か?」
「たぶん...... でも、もう必要ない......」
「ああ、事件は無事解決。すでに幕引きだ。お前の出番はねーぞ、ハングレーベア」
(スキル《操炎》を発動しました)
俺の左手が真紅の炎に呑み込まれ、イブの右手が青白いスパークを撒き散らす。
「んっ」
イブなりに気合を入れたのか小さく声をあげ、右手の雷電を地面に叩きつける。雷は地面を伝い一瞬にしてハングレーベアのもとへたどり着いた。
感電したハングレーベアが巨体を仰け反らせ、動けなくなる。
俺はそれを確認し跳躍。宙返りするように跳び、ハングレーベアの頭上で逆さまになったまま獲物のいる地上を見下ろす。
「焼けちまえ」
かざした左手から炎が噴き出し、ハングレーベアを丸呑みにする。
上から下へ向かう縦方向の攻撃。これなら森が燃えることもないだろう。種火が飛ぶが、今すぐ燃え広がら無ければ問題ない。
後で《操水》を使って水を撒いとけば大丈夫だろう。
地上に着地して確認すればハングレーベアの全身が燃えていた。火だるまになった状態で苦しそうに呻いている。
しばらくすればそれも収まり、残ったのは未だ燃えている死体だけになった。恐らく体毛が燃えつきるまでこのままなのだろう。
この巨体が燃え尽きるにしては早かったので死因は窒息か。はたまた一酸化炭素中毒か。
熊でもなるよな?
「まあ、どっちでもいいか。ん?」
なにやらエノラが頭上を見上げ固まっている。
「どうしたエノラ?」
同じように空を見上げる。また新手の魔物とかは勘弁して欲しいんだが。
「へぇー、綺麗だな。やっぱりこっちの世界にも満月ってのはあるのか」
「そこら辺は一緒なんだね。どうだい?そっちのものと比べて」
「俺のいた世界じゃ一つが普通だったからな。二つあるのが違和感しかねー」
「一つだけなら僕らの世界の勝ちかな?」
「何の勝負だよ」
一呼吸ついたら、またいつもの軽口が始まってしまった。いい加減帰らないとな。
さて、リリィーに任せっきりだったしシルフィアさんをおぶって帰るか。
......何か忘れている気がする。待てよ?満月?
そうだ、エノラは灰狼種。ってことは狼なんだよな。じゃあ、まさか!?
「それはない...... 安心して......」
もしやと思い身構えるがその可能性をイブは否定する。変身して凶暴化なんてことを考えてしまったが、そんなベタな展開にはならなそうだ。
ていうか思考読まれた?
まさか神ですか?いや、神でしたね。はい。
「狼なら満月と何か関わりあるかと思ったんだがな」
「一応あるわよ」
リリィーがシルフィアさんを背負いながらこちらへ来る。
あるのかよ。どっちだよ。
「変身はない...... 凶暴化もない......」
イブが尚もきっぱり言い張ってくる。
俺そんなにそこに期待してるように見える!?まあ、一応男の子ですし?無きにしもあらずって感じですけど。
「灰狼種は月が一番近づくとされる、満月の夜に魔力が上がるのよ」
「魔力が?」
それだけだとしょぼくないか?
「具体的な例だと、ちょっとした身体強化。それから思考の加速とかね。子供の場合だと大人並みの思考ができるらしいわ」
「大人並みの判断力か」
呟きながら今日のエノラの言動を思い出す。
「ええ、今日のエノラちゃんのした事は、大人の判断だったわ。賢き判断をしたとかではなく、自分自信で決断したという点でよ」
子供特有の安定しない曖昧な思考ではなく、自分でそうすると決めたこと。エノラがシルフィアさんを嫌わずにいられたことは、実はとても大きな事なのかも知れない。
そんな事を考えていると、月を眺めいたエノラがふと声をあげた。
「私に戦い方を教えて欲しいの」
その言葉を聞き俺は思わず笑ってしまう。
そしたらリリィーに睨まれた。
「悪い悪い。バカにしてるわけじゃ無いんだ。ただ純粋に凄いと思ったんだよ」
頬をかきながら適当に誤魔化す。
「それじゃあ、誰に教えてもらう? 今なら選び放題だぜ?」
リリィーなんかは喜んで教えそうだ。あいつ子ども好きそうだし。
エノラが迷わず、すっと両手で指さす。
両手ってマジか。一休さんかよ。
その指先には俺とイブがいた。
「なんでそう思ったんだ?」
「強かったの」
エノラが丸焦げになったハングレーベアの方に視線向ける。
あー、なるほどな。つってもエノラが炎や雷を出せるかはちょっと怪しいけどな。
スキルであんな事をするのはだいぶ特異な例だろうし。どうしても出したいっ言われたらリリィーにでも頼むか。
「俺たちの特訓は厳しいぞ。それでもいいか?」
「なんだってやるの!」
「よーしっ! それならまずは最初のミッション! あの熊野郎を食べてみんなで元気になろうだ!」
「おー!なの!!」
エノラが元気よく返事しながら拳をあげる。いいねいいね!子どもはそうでなくちゃ!
「食べるつもり!?」
「食べる気かい!?」
ちょっと離れたところからツッコミが来るが知らん。知らん。
「熊だし......? 脂っこそうだけど......」
イブも一応食べる派らしい。
「ってことでシオン」
「なんでそこで僕の名前が出るのかな!?
君も持てるよね!?しかも焦げてるから熱いんだけど!?」
シオンから強めのツッコミが届くが、それも聞こえないとにして歩きだす。
さて帰ろう。子どもはもう寝る時間だ。




