ベテラン死神
目を覚ますと昨日買ったばかりのスポーティー系の動きやすそうな服に身を包んだ人間姿のシネラさんが迎えてくれた。
彼女の人間姿が見慣れなくて、一瞬誰かわからなかったのは内緒だ。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。おはようg…」
まだ眠気が残る目を擦りながらベッドの上で体を起こした時だった。
“伝達”
突如、二人しかいなかった部屋に、声と音の中間のような発音をした生物が新たに現れる。それは触れられないというわけではないが実体は無いようで、人間であれば、視る力がなければ そこに居る事にすら気付けないような存在だった。そう、これは誰かの使い魔のようだ。
その見た目はイタチのようだった。細かく分類すれば、フェレットというのに近いだろう。色は全体的に白だが、前足後ろ足が黒くて靴下を履いているような模様だ。
“〇〇地域に巨大な穢れが発生しました。すでに、周りにいた生物、死神、両方に被害が出てます。至急、向かってください。”
フェレットが伝えてきたのは緊急事態の発生と緊急招集の報せだった。
その報せに私は顔を強張らせる。
「巨大な穢れ…わかった。直政に事情を伝えてから行く。少し待ってて。ミランも出る準備を。」
シネラさんは いつのまにか死神の姿と服に早着替えをし、この階の下、導ノ内さんのいる四階へと降りて行く。
私はシネラさんが導ノ内さんと話している間に言われた通り準備を整える。普段 持ち歩く仕事で使う荷物は もちろん、死神の武器である鎌の調子も出したり消したりして確認する。肝心な時に武器が出せないのは致命的だからだ。
話し込んだりする内容ではないからか、シネラさんは すぐに戻ってきた。
「移動の手間が惜しい。転移魔法で行くよ。」
「はい!」
*
シネラさんが発動させた転移魔法でシネラさんを先頭に私、使い魔の順に陣を潜り、目的地に一瞬で着く。と、同時に辺りに充満している穢れが放つ異常な濃度の瘴気に気づいた。
「なんですか、これ⁈濃すぎます!」
「目の前にいる『原因』を見たら納得出来るでしょ。」
ここに来た時から、シネラさんが視線をそらさずにいた方を私も見る。
初め、山にも思えたそれは『巨大な穢れの塊』だった。
辺りを見渡せば、穢れの放つ瘴気に当てられたのか 人や死神が多数倒れている。残された死神達は倒れた者達の手当てや巨大な穢れの対処に追われ、この場にやってきたばかりの私達を気にかける余裕もないようだ。
尋常ではない穢れの量に、私は頭に疑問が浮かぶ。
「こんな穢れの量…一体どうして放置されて…」
“放置されてたわけではなく、普段見過ごしても影響が少ないはずの量が急激に巨大化したのが今回のモノです。”
要は この穢れは放置されていたという訳ではなく、見逃してしまっても特段害が無かった筈の量が、ほんの少しの間に有り得ない大きさにまで急激に成長した、という事だ。
一体、何故。
「インクリスブラックと関係あるのかしら……ノーア、カノーア達は?」
“それが、もう一件、ここより遠くの場所で同じように巨大な穢れが発生しており、そちらの対処に向かってもらっています。”
「…はあ⁈」
シネラさんが珍しい荒い大声で叫ぶのも無理はない。私達が見ている穢れは ゆうに数百メートルを超えているというのに、これと似た規模の穢れが他にもあると言われたのだ。私に至っては声も出せない。
「他の強い戦力になりそうな死神は………ここには いないようね……」
私には死神達の違いが分からないが、シネラさんの独り言を聞く限り、シネラさんの他には強い死神、ベテラン死神はいないらしい。
“……”
「ここにいる私でするしかないってこと……」
シネラさんの頭を抱えるような溜め息の後、彼女は一度 呼吸を置き。
「『神速……」
その声が聞こえるか否か、私がシネラさんの方を見た時には既に その姿は無かった。
「十波斬り』!!!」
技名らしきものを言い終わる頃には先程と同じ位置に戻ってくる。
カチッと刀を背中に肩がけしてある鞘にしまう頃には、遅れてやってきた斬撃の音と共に穢れが幾つか切り落とされ、浄化され、空中へと消えていった。
その凄過ぎる光景に、意識のある死神達が気づき、シネラさんの方を向く。巨大な穢れを削ぎ落とした存在の出現に何人かが安堵の息を漏らしたが。
それも束の間。穢れは自己再生するかのように元の大きさにまで みるみるうちに戻っていく。
「……やっぱり、私一人じゃ間に合わない!」
「そんな…!」
神速の異名を持つシネラさんでさえ穢れの再生スピードに間に合わないという。
「せめて穢れの核になってる部分を突ければ…。」
「お呼びかな?」
ふと、頭上から知らない声が降ってきた。男性…細かく言うと青年の声だ。
新たに現れた存在に視界を上に向ける。…正直、逆光気味で目が痛い。
太陽の光をバックに、その死神は私達の後方で槍を持って浮いていた。声から思った通り、見た目20前後の青年である。青年の持つ槍も また死神の武器らしく宝石などで装飾がほどこそされているが、シンプルなデザインである。はずだが、太陽の光を浴びてキラギラと輝いてるのが印象に残った。
「カター…お前、今 停止処分中じゃなかったか?」
「もー。連れないなあ、シネラちゃんは。そこは感動のあまりに抱きついてくれても良いところじゃない?緊急事態の死神不足で停止処分免除されてきたから、ちゃんと駆けつけて来たんだよ?俺。」
「…おい。」
と、シネラさんが聞いたのは長ったらしく答えてきた方ではなく、使い魔の方だった。
“…追加の伝言です。「こいつ以外にいなかった。…すまん。」と。”
「……。まあ、実力的には有り難い。カター、停止処分で体鈍ってないでしょうね?」
「俺を誰だと思ってる?」
「なら…良い。」
良い、と言うまでに間があったのは、ウンザリしている顔を見ればわかった。きっと、普段から こんな感じで、辟易しているのだろう。
「私が周りを削ぐから、カターは核を突いて。」
「りょーかいっ。」
言い終わるか否か、彼らは すぐに空中を駆け出していく。
「はあああああああ‼︎」
剣筋は速すぎて ほぼ見えていないが、シネラさんが穢れをどんどん削いでいく。その勢いは周りの穢れという穢れを斬って行きながらも段々と中心に近づいていき、彼女の周囲には削ぎ落とされていった大小の穢れが空中に散らばっていく。
削ぎ落とされた穢れが舞い散る中、その穢れのカスを消し飛ばす、一筋の紫色の一撃が走った。槍を持って突っ込むカターさんだ。
「いっけええええっ‼︎」
その一撃が穢れの中心に辿り着いた時、彼の持つ その槍が何かを貫いたように見えた。
貫かれた何かは砕ける音と共にキラキラと散っていく。と、同時に穢れによる周りの空気の重苦しさが幾分か軽減されていった。
穢れの核らしきモノが槍の攻撃で浄化され、残った穢れも徐々にきえつつ、瘴気も薄くなっていった、という事だったのだと私が気づくのには、巨大な穢れが消えてから少しばかり時間がかかった。
それだけ、迅速に二人の浄化作業が行われたのだ。ベテランだからこその技量だと思うと、自分も精進せねば と心を引き締める。
「これで幾分かはマシになるはず。」
地上にまで降りてきたシネラさんが、こちらに歩きつつ私を手招きしていた。
「大量の穢れを繋ぎとめていた核を潰したから、後は残りカスを手分けして浄化するよ。ミランも手伝って。」
「あ、はい。」
「浄化する」という事で、私は両手に装飾の綺麗な見慣れた鎌を出す。浄化の要である鎌の柄の先の水晶も調子が良さそうで、先程よりも グッと晴れてきた太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。
私は その鎌で斬ったり水晶を魔力で光らせながら浄化作業をするのと同時に、気になっていた事をシネラさんと話していた。
「あの…カターさんって、えと…どういう方なんですか?」
「『ナルシ』…一言で言うならね。とにかく自分は良い男だっていう思考が何処かにあるような発言をするのよ。」
「うわー…」
「あと、よく他の専門が持って帰るはずの魂を見つけ次第回収していくから、周りの反感は買うし、その事でよく長に停止処分くらってるわね。」
と、ため息も一緒に吐くシネラさんに、例の死神が近づいてきた。いや、正確には間に入ってきたのだ。
「だって、ずっと放っとかれるかもしれないのに「こんな魂ありましたよ」って報告だけして何もしないのは嫌じゃない?」
「この地獄耳は…。確かにそうだが、これはボーナス制の仕事なんだ。死神によってはプライドもある。…せめて緊急性があるのだけにしてくれ。見つけた片っ端から拾ってくのは辞めろ。」
片っ端から拾うとなると相当な数と労力になりそうだが、それをやってのけるのは やはり死神の能力的には優秀なのではないのだろうか。性格には難がありそうだけど。
「あ、そうだ。穢れって全部こういう風に核があるんですか?私、穢れの塊を見るのは これで二度目なんですけど…。」
私が知らなかった事を彼らに聞けば。
「ん。ああ、そうだね。出来立ての小さいのには無いだろうけど、やっぱり ふよふよと浮く穢れが長く一つの塊になるには地球にとっての引力みたいなものが無いと こうやって拡散して自然浄化されていくんだろうね。」
と、答えてくれるのはカターさん。
「本当は自然浄化、ゆっくりと周囲の綺麗な空気に晒されたりして綺麗になるのが良いのだろうけど、これだけ多いと綺麗になる前に逆に周囲を侵していくかもしれないから。だから こうして、私達が浄化しているのよ。」
そう答えてくれたのはシネラさん。
…こうして、ちゃんと死神の、それも穢れと浄化に関して詳しく聞くのは初めてかもしれない。死神が不足してなかったら、こういう事もちゃんと習っていたはずなのだろうか。そうだとすれば、今ここでベテラン死神から直接話を聞けたのは とてもラッキーな事だと思う。
(一歩一歩で良いから、こういうチャンスを逃さずに自分の物にしていって…いつか立派な死神になるんだ!)
今日の出来事、些細な説明さえも 自分の無知を減らし、知識、見聞を広げるのに役に立つはず。そう思いながら、せっせと穢れの浄化を行なっていくのだった。