幕間
一通り、街を見回った私達は、マフィアの本拠地であるビルの5階に部屋を借り、そこまで戻ってきていた。
「どうだった?半日、人間のように過ごした気分は。」
「…あんまり、死神と変わらない気がしました。」
「へえ?」
そう。元の生態系が違うから多少の差があるが、それがなければ根本は同じ気がした。
同室のシネラさんが先を促す。
「生きる為に何かから栄養を摂取するのも、同じように心があって笑ったり泣いたり…怒ったり。今日の見回りは、魂の回収や穢れの浄化、死神としての人間界の見回りだけでは わからなかった『人間』が少しわかった気がします。」
「……人間を どう思った?」
「…私の個人的な意見、ですか?」
時間は既に夜になっており、窓際のベッドに座っているシネラさんは、ずっと外を見ていて こちらを振り返る気配はない。
「…まだ、よくわかりません。」
答える時に、彼の顔が浮かんだ。
「けど、前よりも強く『立派な死神になろう』という気持ちが強くなりました。生きてる人間の魂って、あんなに綺麗だったんですね…それを汚すのが穢れなら、『今回の件』、巻き込まれて良かったと思います。知った以上、私に見過ごす事は出来ない。」
視ようと思えば、死神の瞳は生きている人間の魂を映し出す。今まで、死人ばかり見ていたせいか、今日 シネラさんに言われて視た人間達の魂は輝いて見えた。生きる事に精を出しているのか、店や街の通りですれ違った人間達には活気があり、表情も晴れやかな人が多く、そういう人間達の魂ほど綺麗な輝きをしているようだった。
逆に、遠くからしか視なかったが、ガラの悪そうな人間達の魂は少なからず穢れに近い靄をまとい、燻っている魂が多かった。
なんとなく、それらの違いの理由は わかる気がする。きっと、彼らの感情の違いなんだ。上手い言葉がわからないけど、そういうことなんだ。
そして、穢れから魂達を守るのが私達 死神だ。それは生きている人間が対象だったとしても変わらない。
「そう言ってくれると思ったよ。やっぱり、ミランを誘って良かった。」
そう言って、シネラさんは やっと こちらを見た。
シネラさんの目的の一つがわかった気がする。私に生きている魂を視せて、私が どう思ったかを聞きたかったのだ。…おそらく。
「今回の件、私達は『Increase black(増える黒)』と呼んでいるが、何故 穢れが増え続けるのか、その原因はわかっていない。ただ、増え過ぎたというだけなら良いんだが、な。」
増え続ける穢れの事について考えるシネラさんの顔は暗い。そんな顔を見ていると、こっちまで不安になってきた。
それを察したのか、シネラさんは さっきまで暗い雰囲気を払うように、明るい声で話しかけてきた。
「って、今から暗くなってても仕方ないか。そろそろ風呂に入る時間だし、一緒に入ろう。見た目に反して、このビルの内装や設備は中々だ。湯も期待出来るだろ。」
*
「ああ…本当に良い湯ですね。見た目、オンボロビルの中とは到底 思えません。」
「本当にな…。いつの間に こんなに良い娯楽を作ったんだ、直政のやつ。」
今、私達が入ってる湯船は、四、五人は一度に入れるぐらいの大きさであり、入っている湯に関しては昨今の人間界にしては中々の方だと思う。前に私が人間界で寄り道したボロ宿の湯よりは絶対に良いものだと思う。
「ここってマフィアの本拠地でしたよね?」
「そうだ…それに間違いはないはずだ。」
「「…。はあ〜。」」
呆れと感嘆が混じった二人の声が湯気の籠もる浴場に よく響くのだった。
*
「本当に、このビル、年々 設備が進化してるよな。おかしな方向に。」
俺は、俺の部屋で湯冷まししている息子の独り言に、ちゃんと訂正を入れてやる。
「おかしな、じゃないぞ。衣食住を充実させてるだけだ。」
「マフィアって、そういうもんだっけ?」
「俺のマフィアは そういうもんなんだ。」
「やっぱ、親父って、どっか変わってるよ。マフィアのくせに。」
マフィアのくせに…か。確かに俺はマフィアらしくはないだろう。大体、マフィアの組織を街の治安維持に使ってる時点で、それはもうマフィアと言って良いのかわからない。
だが、せっかくデカい権力を手に入れたんだ。俺も男だ。デカい権力でしたい事を好きなようにさせてもらうさ。
息子には、強制的に継がせはしない方針だ。俺自身、継がせる気がない。息子の秀政にはマフィアは向いてないからな。後釜は、追々決める予定だ。
どれだけ外れた事をしようと、マフィアはマフィア。今日も机の上には物騒な文字が飛び交う書類だらけだ。多分、これから先 何があろうと、これだけは変わらないだろう。
人を殺し殺され騙し出し抜き雨あられ。今日も数人は死んだ。減った方だが、0になる事はない。所詮、俺が出来るのは数を減らす事だけさ。
「その為にも『インクリス ブラック』は、どうにかしなくてはな。」
秀政は、俺が書類整理をしてる間に自室に戻ったらしく、この独り言を聞く者は誰もいなかった。
「『穢れ』とやらが人を蝕み殺すのなら、俺は その『穢れ』を殺そう。何を使っても、だ。」
その後、溜まっていた書類を粗方 片づけて、自分も寝床についたのだった。
*
先に眠りについた後輩を横目にビルの屋上に宙を飛んで行った。私の姿は今、死神になっている。
雲の隙間から月の明かりが漏れていた。
しばらくビルの屋上から見える空を眺めていると、背後に誰か降り立った。見知った気配なので、誰かなのか、何故 ここにいるかは、すぐに把握した。
振り向けば、予想通り、そこにはノーア(カノーア)がいた。報告などを終えてきたのだろう。
「悪かったね。仲介役をさせて。」
「全くよ。由緒正しき血を引く良いとこの お嬢様死神の私を そんな風に使うのは あなたと長ぐらいなのだからね?」
彼女の目は鋭く私を睨むが、私は怯まない。
「でも 行ってくれたんですね?」
わざと、自分が超丁寧だと思う口調で言ってみる。
そんな私の態度に、すぐにノーアは目を軽く閉じ肩をすくめた。
「私も それが良いと思ったからね。…やっぱり というか、長は あなたが言った計画で良いって言ってたわ。」
「計画っていうレベルの提案したっけ?私?」
「意味に変わりはないでしょ。」
「そうだけれども。」
しばらく、たわいない友人同士の会話をする。
先に話題を変えたのはノーアだった。
「…久しぶりの人間はどう?」
その言葉に、私の顔から笑みが消えたのが自分でも わかった。
「……慣れないね。もう死神としての私が長いし。」
「そう…。」
「でも、ね。」
今日の昼間に視た街、先ほど聞いた後輩、ミランの言葉を思い出す。
「来て良かったよ。昔の決意を思い出せるから。私は死神として、『この世界』を守る。あの日、私の決めた事だ。」
「そうやって人間界で よく見かける少年漫画のモブ脇役のように無茶して死ねば良いのに。」
「却下。当分は死なねーよっ。」
毒舌を吐く友人に、私は「べっ」と舌を出してやった。
……長い長い物語が始まる…否、すでに始まっている。私の勘はそう囁いていた。