ニッカ
傍目から見れば四人で街を歩く普通の光景。けれど、それは、人間二人に死神二人という事情を知らない者からすれば奇妙な団体で、死神が人間に街を案内してもらいながら歩いているという状況だった。
*
「むう…やはり、スーツは動きづらい。ワンピースやスカートの方がマシだ。」
借りたスーツに身を包む人間姿のシネラさんは脚や肩を回し歩きながら ブツブツとぼやいている。
「急な要望に対応してやったんだ。今度までに別の物用意してやるから…いや、いっそ今日 服屋で買ってこい。ベテラン死神ともなれば、稼ぎは良いだろ?」
「……それも そうか。」
そのスーツを部下に備品室から取って来させたマフィアボスの導ノ内さんの提案に、シネラさんが考えるように目をぐるりと上まで持ってきてから一つ頷く。
協力者のマフィアの彼らが拠点を置いてる この街は、見た目は荒れた感じがするのに、街中を歩いていると不思議と活気がある場所だ。上から見た時にはわからなかった雰囲気で、時々チラッとガラの悪そうな人間がいるが、狭い路地に引っ込んでいるし、こっちから ちょっかいをかけない限り、近づいてくる気配がない。という比較的安全そうな街並みである。
裏社会、とかいうのの人間じゃなくても安心して歩けそうな街だ。
そんな街並みを太陽の眩しさからか、懐かしむかのように目を細めて眺めているシネラさんと導ノ内さんが親しい感じで会話している。まるで、久しぶりに会った旧友と懐かしい街を歩いているようで…。
「…しばらく見ないうちに、さらに よくなったんじゃないか?」
「まあ、な。何か問題が起きれば俺の組織の奴に連絡が行くようにしてあるし、見回りもしてるし、肝心の俺の組織からロクデナシが出た場合にも備えて相応の罰を用意したら、このくらいマシになった。それでも 奥の方までは まだ手が出にくいから危険な所の深追いは気をつけろよ?」
つまり、ある程度 人通りのある所だったら、一定の保証が導ノ内さんのマフィアによって確立されているという事だ。詳しくはないが、この人間界の今のご時世にしては、大したものだと思う。
この前みたく、拳銃を いきなり突きつけられる事もないのだろう。
(…というか。マフィアなんだよね?自警団とか警察じゃないんだよね?治安維持に力入りまくってない?)
けれど、警察も役に立たない世の中だと、こういうものなのだろうか。実際、この目で見る限り街は穏やかそうで、喜ぶ人はいても困る人がいない気がするので良い事だとは思った。
道中、導ノ内さんが大袈裟に身振り手振りで話してくれる苦労話から、昔から こういう風になるように努力してきたのが伝わってきて、もはや感嘆の域だ。
「…変わってないけど、変わってるんだ。」
(……何が?)
それは自分で言った言葉のはずなのに、何かが おかしい。
私のポツリと口から溢れ出た独り言に対して導ノ内さんが聞いてくる。
「なんだ?前に来た事あったのか?」
「覚えてないけど…あったのかな?ちょっと立ち寄ったとか?」
「?」
曖昧な答えになってしまったが、私自身、ちゃんとした答えがわからないので しょうがない。
歩きながらも考えている間に、何処からか漂ってきた良い匂いに釣られ私のお腹は鳴った。
「ぐぅ…。」
「死神も腹は空くし、人間の食べ物でも栄養が取れるからな。厄介なのは、人間の姿を取り続ける為に一日三食近く取らないといけなくなるところだが、大体の人間が取る食事回数は基本そのくらいだから人間としても死神としても変な事じゃない。…顔を赤らめる必要はないぞ?ミラン。」
「えっ。」
シネラさんに顔が赤いと言われ、手を頰に当てる。
「時間的には丁度 小腹が空く時間だろう。少し、何か食べるか?」
「じゃあ、ぼ、俺が買ってきますよ。」
お使い(パシリとも言う)を立候補したのは存在を忘れられつつあった秀政君だった。
「…そういや、いたな。お前。」
どうやら(実の親を含む)全員に忘れられていたようだ。
「…このクソ親父。」
ボソッと吐き捨てた言葉には殺気が籠っている気がして、彼も立派なマフィアの一員なんだ、と再確認させられた。
ちょっとした路地裏で待つこと数分。「クソ親父」と吐き捨てた割には彼は律儀に4人分の揚げたパンらしき物を抱えて戻ってきた。
「これは…私は食べた事がないな。最近、出来た物か?」
最初に手渡してもらったシネラさんが不思議そうに表裏クルクルと自分の手で動かしてから、半分の大きさの袋に入りながら まだ湯気の立つソレに齧りついた。
「秀政は本当に これが好きだな。『ニッカ』って言って、十数年前に出始めた食べ物だ。中に詰める具材は色々種類があって、最近は十何種類まであるらしい。俺のは…『サラダ』か。よく俺の好みを覚えてたな。」
「まあね。」
二番目に手渡された導ノ内さんが初めて見る食べ物、『ニッカ』について説明してくれる。彼はニッカのサラダが好きなようだ。どんな具材が入っていたのかは、導ノ内さんの正面近くで彼との距離もあり、私は見れなかった。
「ミラン、さんには これ。イチゴにしといたよ。」
イチゴという事は、イチゴが入ったニッカなのだろう。私はイチゴが好きなので嬉しかった。が、
「どうして、私に イチゴを?」
「…好きだと思って。」
「…。」
秀政君に渡されたニッカを一口 頬張る。
噛むと同時に口に溢れるイチゴの果汁と揚げられたパン生地があっているようで、とても美味しい。
そして、懐かしい味である気がした。
違和感に不思議な気持ちになる私の様子にも気づかずに、私の隣で秀政君は自分のニッカを食べ始めている。彼のニッカには肉が入っているようだった。
「シネラのニッカはリンゴのやつか。俺の以外は10年前からある定番のニッカを買ってきたのか?」
「僕は、このニッカが好きだし、他の二人の分は |どれが良いかわからなかった《、、、、、、、、、、、、、》からね。無難なのにしといたんだよ。」
嘘?いや、イチゴなんて好きな人は他にもいるだろうし、たまたま私の好物を彼が選んだだけかもしれない。
「一人称が素になってるぞ。こいつらの前なら まだ良いが、組の連中の前では ちゃんとしろよ。」
導ノ内さんの注意にニッカを順調に食べてた秀政君が「しまった」という顔をしていたが、そんな親子会話は私の頭の中まで入ってこなかった。
揚げたてニッカから出ていく湯気を追って空を見る。晴れている空は下から見上げると眩しい。私は目を細めた。
何かを忘れている気がした。