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死神の鎌(武器)  作者: 白髪 シホォン
6/9

《外伝》好き

 僕が彼女に初めて会ったのは霧が濃い森に囲まれた草原だった。

 当時 幼かった僕は、マフィア気味な父親の仕事が嫌いで、その時も家出気分で森まで逃げて来たのだ。

 その時だ。何の偶然か、突然 森の奥から歩いて来た彼女に僕は会った。


 僕は綺麗な女の子というのに意識を全部持っていかれて、その子が人にしては髪や瞳の色彩がおかしかった事が認識できていなかった。

 その女の子はピンクの髪に、金の瞳を持っていた。



 *



「…どうしたの?」


 しばらく辺りをキョロキョロと見ていた彼女は僕に気づき、近寄ってきた。


「な、なんでもないよ。」

「? 何かあったから泣いてたんじゃないの?」

「…。」


 彼女は僕の目の辺りを指して言った。

 そう、彼女の言う通り、僕は泣いていたのだ。

 誰にも見られないように森に逃げて来たところで彼女とあったのだ。昔っから間の悪さがあった気がするが、今日ほど恥ずかしい思いをしたのは後にも先にもないだろう。

 自分と同じぐらいの年の綺麗な女の子に情けない泣き顔を見られた恥ずかしさに気まずくなりながら、照れ隠しの為に彼女に別の会話を振る。


「君は…どうして ここに?」

「え。うーんと…迷子、になったのかな?」


 返ってきた答えは、まさかの疑問系だった。


「普段、森の奥って あまり行かないから、どうなってんのかなー?って、多分、真っ直ぐ歩いて来たはずなんだけど、霧のせいで わかんなくなっちゃって。」


 けっこう大事な問題のはずなのに、彼女は あっけからんと言ってのける。

 まるで、どうにかなる、大丈夫、と思っているようだった。


「それ、大丈夫じゃないと思うよ?僕も一緒に行ってあげるから家に帰った方がいいよ?」

「うん、そうだね。」

「ほら、手繋いで行こう?」


 目を離すと どこかへ消えてしまう気がした僕は彼女の手を引いて歩き出した。


「…あれ?」


 手繋いだ彼女が不思議そうに首を傾げる。その目線は繋いだ手に固定されていた。


「どうしたの?」

「あったかい?」

「? 手を繋ぐと温かいのは普通だよ?」

「うん…そうだけど、なんか…?」

「⁇」


 結局、答えが出ないまま、僕達は森から一番近い街に降りて行った。それは自分が住んでいる街でもあるのだが、僕は彼女を見かけた事はない。けれど他に人の住む所も特になく、その街は路地裏も沢山あるような入り組んでいる所だし、僕自身も全てを把握しているわけではないので、僕が彼女を知らないのは単に すれ違った事がないだけで彼女も ここに住んでいるのだろうと、この時の僕は勘違いしていた。


 街に着いた彼女が感嘆の声をあげる。


「ここって…」

「ん?」


 好奇心が爆発したように目をキラキラさせて辺りを見ている彼女を見て、僕は ようやく一つの事に思い至る。


「あ…もしかして、君、ここに住んでる子じゃなかった?」

「うん…違う…。けど、もっと見てたい。」


 比較的 声は落ち着いているが、目を輝かせる彼女の動作は完全に挙動不審者になっている。彼女にとって新しく見る街だからだろうか?辺りを見渡す顔には興味津々と書かれていた。

 さて、ここで問題が上がる。当時の自分は詳細こそ知らなかったが、今 この街は自分の父親であるマフィアのボスが現在進行形で治安維持を確立しようとしている時期で、まだタチの悪いゴロツキが好き勝手にやっている状態だった。

 僕は幼いながらもマフィアの父親から教えられていた事もあり、そんな街を子供二人っきりで歩く危険性はわかっていたので彼女を最初に会った場所まで連れ戻そうと思ったのだが、時すでに遅し。好奇心が完全に理性に勝っていた彼女の押しに負け、半ば引きずられるようにして、僕は結局この街を彼女に案内する羽目になったのである。


 街を見て回る僕達は、店の商品を眺めたり、お腹の鳴いた彼女にオススメの食べ物「ニッカ」という中に果物や野菜を詰めたパン生地をカラッと揚げた大人の拳大のパンを買って一緒に頬張ったりして街を歩いた。彼女はイチゴを入れたニッカが気に入ったらしく、口一杯に頬張って飲み込んでいたのを覚えている。…しばらくは何事もなく時間が過ぎていった。

 しかし。

 街を歩き回ること数十分後。やはりというか。僕はガラの悪そうな おじさんに ぶつかってしまった。

 相手が背の小さかったこちらに気付かずに、避けきれなかった僕に当たって、しかも それで転んだのは僕だけなのだが、そんな言い訳は ここで このタイプの相手には通用しない。力が全て。それが この街…いや、親父の話によると、今 全世界が こんな感じで無法地帯が広がっているそうだ。この街は、その一角に過ぎないのだろう。


「わっ…いったぁ…」

「なんだあ?ガキィ。俺様に喧嘩売ってんのかあ⁈」

「ご…ごめんなさい。」


 僕も相当ついてない。ガラが悪い連中の中でも さらに悪いのに当たったようだ。

 絡まれたくない僕は、すぐさま 土下座謝りをしたのだが、相手の固い拳が顔の横に当たってきた。その衝撃に釣られ、小さな自分の体は整備されてない路上に簡単に倒れた。


「おい…多分 そいつは、最近 力をつけてきてるマフィア導ノ内のガキだ。やり過ぎると無事じゃすまねーぞ。」


 どこかから、誰かが、その牽制をしてくれなかったら、死んだかもしれない。

「チッ」という舌打ちと共に その中年男は去っていったようだった。が、そんな事は どうでもよくなっていった。

 僕は、自分が家出を起こしたくなるぐらい嫌っているマフィアの名に助けられるなんて なんと皮肉な事だろうと、荒れた路上の上で横に倒れたまま、ただ ぼんやりと思っていた。だんだんと、視界が涙で歪んでくる。


「大丈夫?」


 自分を心配してくれている彼女の声がした。彼女の存在を忘れかけて泣き始めていた僕は慌てて目を擦りながら起き上がる。


「き、君は⁈大丈夫だった⁈」


 起き上がった先には傷一つなさそうな彼女がいて、ホッと息をついた。

 ここにいては、また誰かに絡まれない保証もないので、人気のない路地に一旦 入る。

 近くに人がいないのを確認し、やっと落ち着いた僕は口を開いた。


「…ごめんね。嫌な物を見せたね。」


 僕の唐突な謝罪に彼女は慌てて首をふった。


「そんなことない。だって、あの嫌な人間が殴ってきた時、あなたは咄嗟に私を庇う為に顔を上げた。無意識だったのかもしれないけど、あのノーコンな拳だと私に当たるかもしれないって私の前で立ち上がったんでしょう?あのまま頭を下げていれば あなたが怪我する事はなかったのに。私を守る為に。」

「え。」


 彼女に言われて気がついた。確かに、思い返してみれば、あの男は酔っ払っていて、力任せの拳は自分に まともに当る事はなかった。あそこで自分が立たなければ、あの男の拳が自分に当てられは しなかっただろう。

 下を見ていた目線を上げると、今にも泣き出しそうなのは彼女の方だった。


「私の方こそ、ごめんなさい。私のせいで怪我させちゃった。痛い思いをさせちゃった…。」

「君が…そう言ってくれたから、もう痛くないよ。」

「嘘‼︎だって‼︎」


 それは、泣いている彼女の為だけじゃなかった。自分の為に言った言葉でも あった。


「君が、僕が君を守ったって言ってくれた。それだけで僕は嬉しい。」

「けどっ!」


 それでも納得しない泣きじゃくる女の子の為に続けて こう言う。


「こんな僕でも君を守れた。そのせいで出来た傷なら、これは勲章みたいな物だよ。」

「クン…ショウ?」

「うん。…僕が大っ嫌いな父さんなんだけどね。前に こんな事言ったんだ。『誰かを傷つけてるんじゃなくて、守る為に作った傷なら誇りを持っていい。それを俺は勲章と言う。』って。」


 彼女の涙が止まっていく。


「…でも こうも言っててね?『けど、必要以上に怪我負う奴は半人前だがな。』。というわけで、僕は まだまだだね。父さん追い越すのは先が長そうだ。」

「…ふふっ。そうなんだね。…良いお父さんだね?」

「僕は嫌いなんだけどね。…マフィアじゃなければ、尊敬も出来るんだろうけど……。」

「? 何?」

「なんでもないよ。」


 最後の愚痴は小さく呟いたので、彼女には聞こえなかったようだが、わざわざ伝える気はない。顔に?を浮かべていたが、首を横に振って追求から逃げた。


「森まで戻ろうか?」

「うん…。」


 そう言って、再び彼女と手を繋ぎ歩き始めた。

 霧が濃くなる手前まで来た時だった。そこは街を一望出来る丘の上の所で。

 ちょうど、街を朝日が照らし始めていた。


「綺麗…」

「」


 呟きと共に足を止めた彼女を振り返った自分が何を言ったか覚えてはいない。もしかしたら、言葉に、音にすらなっていなかったかもしれない。

 朝日に照らされた彼女が眺める街同様に、照らされていた彼女は初めて見た時よりも綺麗だった。それだけは はっきりと覚えていた。


「綺麗な街。さっきみたいに嫌なのもあるけど、あなたみたいな人間もいるから…私は好きだな。」


 彼女が何を持ってして綺麗だと言ったのかは わからなかった。

 僕も何か言わなければと思った。


「僕は…」


 僕の目は街ではなく、彼女に固定されたままだ。

 僕は何を言うでもなかったので、言葉が続かない。

 先に続けたのは彼女だった。


「誰かが、人間なんてって言ってたけど私は人間が好きになった。だから、いつか、強くなって、私は、あなたがいる『ここ』を守りたい。」


 最後のセリフは僕を見ながら言っていた。


「っ…。」


 彼女は他の誰にでもない僕に、ソレを約束してくれたのだと思った。だから、自分も応えなくてはとは思った。


「だったら…だったら、僕も もっと強くなって君を…守る!」


 突然の、彼女にとっては予想外の言葉だっただろう。目を見開いて驚いていた。


「この街を綺麗だと言ってくれた君を守る。だから、何かあったら呼んで。絶対、助けに行くから!」


 今思えば、これは半ばヤケクソの告白紛いの物だった気がする。子供だったとはいえ、こんな赤面物のセリフを よく最後まで噛まずに言えたものだ。

 それでも。言った言葉に後悔はない。本気だからだ。


「…まだ、名前を聞いてなかったね?私はミラン。あなたは?」

「秀政…導ノ内 秀政だよ、ミラン。」

「うん。秀政だね。…絶対、呼ぶね。」

「約束だ。僕は この街で待ってる。」

「私も。強くなって戻ってくるよ。」

「じゃあ、僕はミランより強くなって待ってるよ。」

「むう…。」


 朝日が昇り始めた事により、どんどん薄くなっていく霧の中を僕達は歩く。たわい無い会話と二人の足音が静かに響く中、遠くからミランの名前を呼ぶ女の人の声がした。


「お母さん…お母さんだ。」

「ミランを迎えに来てくれたのかな?」

「うん。またね、秀政。」


 ミランの手が僕の手から離れて行き、声の方に足を進めて行った。ちょっと名残惜しかったけど、繋いでいた手を振り、こっちを見ながら走っているミランに手を振り返す。


「また いつか。ミラン。」


 薄くなっていく霧の中に彼女は消えていった。

 僕は霧が晴れても 彼女の事が忘れられずに、そこに立ち尽くしていた。

 彼女が『人』じゃない事は途中から気づいていた。僕は生まれた時は他人には見えない何かが見えていた。怖い物しか見てこなかった中で、彼女の存在は一際 別の存在に映った。彼女、ミランが人ならざる者で自分は人だから、絶対に再び会えるとは思っていない。それでも もう一回会えたら…と、ずっと思っていた。その日の為に、約束の為に、しばらくは親父のマフィアの鍛練に励んだ。このご時世、力をつけて損はない。問題は、自分に武の才能がなかった事だが、それでも人並みには強くなったと思う。

 あれから、10年ぐらいたった。

 いつものように親父にマフィアの仕事の一つである街の見回り報告の書類を親父に頼まれていたので持って行った。

 子供の時より随分マフィアっぽくなった自分だが、お小言の一つでももらうから面倒だと思いつつ、本拠地のビルの4階、親父のボス部屋まで歩いていく。ちなみにエレベーターがないので完全に階段だ。本当に面倒だ。


「親父、頼まれてた見回りだ…が……」


 書類を見ながら扉を開けたせいで気づくのが遅れた。

 けれど、すぐに気がついた。

 忘れるはずもない彼女が、そこに、いた。



 *



 ミランは僕の事を忘れているようだった。幼かったので無理もない事だろう。

 それに、約束を守ってくれているようだったから、自分から言う事は何もない。

 ミランは立派な死神になって戻ってきた。見ればわかる。彼女は、知ってか知らずか、あの時した約束を守り続けていた。それだけで充分だった。

 ならば、今度は自分の番だ。よくわからない大事に二人で巻き込まれたのだ。ミランが覚えてなくても良い。僕は君を守る。その為に ここにいたのだから。



 *



 初めてーーに会った。初めて、ーーの友達が出来た。

 霧が漂う森の中の帰り道、母に手を繋がれてミランこと私は、今日の朝の出来事を その母に報告していた。


 ………なんだっけ?


 はずだった。


 何があったんだっけ?何を報告したんだっけ?あれ?


『その事は全て忘れなさい』


 顔色を悪くした母が思い浮かんだ気がしたが、隣で手を繋いでいる母は元気そうだ。

 気のせいだろうか?記憶違いだろうか?思い出せない。


 私は、母の…死神とは違う、何か別の暖かい温もりを知った気がするのに。記憶には何もなかった。


 何もない記憶の代わりに一つだけ。いつからか、『私は立派な死神になる(、、、、、、、、、、)』と誓った心が残っていた。

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