死神を見る人
「…まさか、昔っから死神や魂が見えていたとは………。」
と、驚きを通り過ぎて脱力しているのは、彼の父親であり、マフィアのような集団(シネラ談)のボス格の男、導ノ内 直政さん。
「親なのに知らなかったの…?」
一方、そんな導ノ内さんに対し、呆れたという顔をしているのはベテラン死神シネラさんだ。
「……まずは状況整理させてもらえないかしら?」
そう言って シネラさんから事情説明を促しているのは、私が初めて見る長い金髪ウェーブの綺麗な女性だ。多分…彼女もベテラン死神である。育ちの良さそうなオーラも出ており、直接会話することが躊躇われる雰囲気がある。
そして、さっきから置いてけぼりな私、ミランを癒してくれるのは、同じように置いてけぼりをくらい、大物死神達の雰囲気に緊張しているもようの名も知らない青年だけだ。ちなみに、今 問題になっているのも彼だ。
彼は昔から私達、死神や魂といった他の人間が視えないものが視えていたらしい。新しく現れた死神は、その件で呼ばれたのだろうか?
「なるほど。元から視えていた霊視者の人間ね。別に良いんじゃない?口外しなければ。いっそ、彼も巻き込めば良いのよ。」
「お前は また そういうテキトーな…まあ、確かに協力者が多いに越したことはないが…」
「でしょ?それより、私を呼んだのは別の件でしょう。さっさと話して。そこの お嬢ちゃんの事も気になるし。」
違ったらしい。…そうか、彼女から見れば私の存在もおかしいのか。訳の分からないまま、シネラさんに連れて来られただけの普通の新人死神なんですが。
「穢れの耐性が強い死神、そこのミランという少女がそれだ。その子を新たな人手として、連れてきた。ちょうど、ここに用があって来たから好都合だと思って。その報告を あなたにもしようと思って呼んでおいたの。」
「穢れの強耐性ね。そういうこと。彼女なら確かに大量の穢れを浄化するのには打ってつけね。」
なんか、壮大な事に巻き込まれる気がする。
「ミラン、だったかしら?私はカノーア。ベテラン死神よ。これから よろしくね。」
訂正。巻き込まれた。過去形だった。
実は、(ただ見えるだけの人間なのに巻き込まれたっぽい。ちょっと可哀想。)とか思ってたけど、自分も一緒だった。人のこと言えなかった。
よく考えれば、ビルの裏口とか導ノ内さんの事とか聞かされた時点で、この事からは逃れられなかっただろう。
(うん、諦めた。私の死神生に、しばらく平穏平凡は訪れる気配がなくなった。)
私が悲観にくれている最中にも話は進む。
「で、今回の密会の元々の目的は?」
導ノ内さんの言葉にシネラが真剣な顔になって答える。
「人間界の見回り案が出た。私達の誰かと、私達の事情を多少なりと知っている直政の手駒の人間でペアを組んで、この街を中心に回るという物なんだが…私から提案だ。」
「なんだ?」
導ノ内さんが眉を怪訝そうに上げる。
「お前の息子と そこの新人死神ミラン。彼らを組ませてみようと思う。」
はい。頭が思考停止しました。予想外過ぎです。
「もちろん、彼らだけでは心配だから、当初の予定通り 私も誰かと組んで回ろうと思うが、どう?」
シネラさんはカノーアさんと導ノ内さんを交互に見る。
カノーアさんは ため息をし、導ノ内さんは「やれやれ」といった感じに こう答えた。
「お好きに。」
「好きにしろ。」
言い方は違えど、言っている意味は二人共 同じだった。続けて彼らは こう言う。
「また、いつもの勘だって言うんでしょうけれど。私は あなたの勘を信用しているしね。」
「どうせ、反対したって押し切るんだろ?なら反対するだけ無駄だ。」
当然、口を挟むことなど出来ず、私達 置いてけぼり二名でのコンビ結成が決定された瞬間だった。
*
「とりあえず、お前と組める人間なんて俺の知り合いには そうそういない。組むんなら、俺とだな。」
「はあ…直政とかあ…。」
「そう、不満がるな。あと、直政って呼び捨てんじゃねえ。俺は お前より年上だ。人間姿で一緒に行動するんなら尚更、ボスと呼べ。百歩譲って直政さんだ。」
(「導ノ内さん」を飛ばして「直政さん」呼びで良いんだ。)
真っ白になりつつある頭で どうでも良さそうな事が浮かぶ。
私が組む事になった人間の男の子からは先程 自己紹介をしてもらった。
「ぼk、俺は、導ノ内 秀政。はい、おやz、ボスの息子です。なんか お互い、訳の分からないまま組まされた気がしますが、その、よろしくお願いします…?」
それに対し、私が言えたのは これだけだった。
「はい…こちらこそ、よろしくお願いします。」
(なんか お見合いみたいだなー(棒))とか思って現実逃避していたが、彼の噛み噛みの言葉は印象に残った。
意識を現実に戻そう。
(ん?シネラさんの魔力が…)
気づくと、シネラさんが魔法を使って人の姿になるところだった。
髪は青から黒の(細い三つ編みを一本編み込んだ)ポニーテールに、心なしか背も少し低くなっている。目元は元の姿より上がり気味で、開いた目の中の瞳は黒っぽいが、よく見ると黒茶のようだ。光を受けて鋭い眼光を放っている。
違和感を感じた。
そう。普通 死神がなる人間の姿は 元の姿がベースになっているので、彼女ほど顔の印象は変わらないはずだ。また、シネラの謎が一つ増える。
「やっぱり、この姿だと この服が もっと似合わなくなるな。直…政さん、動きやすい服装を貸してくれないか?」
「…まあ、いい。後でな。」
直政と呼び捨てかけた事に関して導ノ内さんは不機嫌になったが、ちゃんと言い直せたからか、特に注意する事はなかった。
「今から行く気?シネラ。」
「来たついでにな。久しぶりに人間姿で人間界を人間と一緒に歩くんだ。慣れておいた方がいい。そこの二人も連れて行く。」
「そんなに違うものかしら?」
「まあな。人間の常識や相手の仕方に慣れとかないと組んでる相手が人間だ、後腐れなくせる私達と違って、ちょっとの迷惑かけるのが後の大迷惑になる可能性もあるし、今後の拠点は人間界側に置く気だ。その前には一度戻るつもりだけど、今日の長への報告はノーアに任せたい。」
「…ああ、もう。しょうがないわね。帰ったら面倒押し付けた代償を倍にして待ってるから。」
「こえーよ…。」
二人の仲よさそうな(?)会話に紛れて、とんでもない言葉が出た気がした。
「あの…私も一緒に行くんですか?」
「人間界に慣れるまで、ね。とりあえず、今日は試しに一泊かしら。あなたの親御さんへの連絡はノーア、お前に頼みたい。」
「いいわよ。でも…」
と、カノーアさんが続ける前に別の大きな笑い声が響く。
「ぶっ、わっはっは!!!その、姿で、その上品な言葉遣いは浮くぞ!シ、ネラ‼︎」
堪え切れないと言わんばかりに導ノ内さんが涙目になりつつ肩を揺らして大口で言い放っていた。
「あー…だから、嫌だったんだ…。ミラン、悪いけど、この姿の時は上品な口調は期待しないでくれ。主に そこの奴らに笑われる。」
見ると、カノーアさんがプルプルと震えている。口元を抑えているのを見る限り、大笑いし始める前の導ノ内さんと同じように笑いを堪えているのだろう。
別に呼び捨てや口調に関して文句を言う理由もないので、私は黙って頷いた。
彼らが ひとしきり笑い終わり落ち着いてから、私は人間の姿になってシネラさんと導ノ内さんと秀政君と一緒に街に降りていった。
ちなみに、秀政君は街に降りる時になるまで ずっと空気のように存在を忘れられていた。