穢れ
「ここが死神に協力してくれている人がいる建物ですか?」
新人死神のミランこと私はベテラン死神のシネラという女性に連れられて少し古びた見た目のビルの上空に来ていた。
「そう。彼は この辺り一帯を締めているマフィアみたいな集団の元締めの立場の人なんだけれど、その地位と権力と力を利用してタチの悪いゴロツキを抑えているの。お陰で ここの街では他の所と違って、無駄な争いも少ないし、回収する魂も多くはないわ。」
彼女は簡単に これから会うという協力者の人間の事を話しつつ、宙に浮いたままビルの4階の外にまで降りていく。
人間が死神と協力しているなんて初めて聞いた時は驚いた。が、彼女は「この事は他の死神には内緒にね。」と言って特に顔と目を動かさずに周囲を警戒しつつ、さっさと降りて行ってしまう。私は彼女に置いて行かれないように急いで後を付いて行った。
降りていった4階のビル壁に目を凝らして見ると、そこには壁と同じような色で魔法陣らしき物が描かれているようだった。
「彼、導ノ内 直政は、最も信頼できる数人にしか死神の事を話していないから、関係のない人間にはバレないように ここから彼の部屋に入るのよ。…まあ、死神の姿が見える人間なんて そうそう居ないのだけれど。」
協力者の説明を続けながら彼女が陣に手を、当てると小さく光った。壁に切れ目が入り、四角い扉を形作っていく。あっという間に、ただの壁だった場所に扉ができた。
魔法陣や突然出来た扉も驚いたり疑問に思ったが、忘れないように先に気になった事を聞くことにした。
「導ノ内という人は死神を視る事が出来る人だったんですか?」
「いいえ。彼の場合は…死神の若長が無理矢理 自分の血を飲ませて視えるようにしてたわね。」
ふふふ…と当時の事を思い返しているのか、顔色は暗く 銀色の瞳から光が消え 遠い目をしている。
(ちょ、死神の長って何やっての⁈)
現在、死神達を治めている死神は とても若く優秀だと聞いたことがあるのだが、裏で何かやっていたようだ。なんか怖い。
ちなみに、死神の血など、私達の身体の細部に至るまで死神の力があるようで、(何とは言わないが)飲んだり食べたりすると人でもなんでも死神の力を得られるらしい。得られるとは言っても食した量や その者の適応性によって得られる物にも差が出るようだ。彼女は導ノ内という人間は視ることしか出来ないと言った。
「量が多くなかった事と元々の素質、でしょうね。まあ、視えるだけというのは こちらにとって都合が良かったのだけれど。」
小話を続けつつ扉をくぐる。くぐった先にあったのは高価そうな絨毯や机椅子などに飾られた部屋だった。
「遅かったな。何かあ…初めて見る顔だな。そいつは誰だ?」
机の上の書類と睨めっこしていた中年の男性が顔を上げて聞いてきた。おそらく、彼が(なんか不幸な目にあったっぽい)導ノ内なのだろう。
「道中で拾いました。彼女にも協力してもらおうと思いまして。」
「…何故だ?」
「おそらく、彼女には強い穢れの耐性があります。『今回の件』に置いて強力な人員になるかと。」
勝手に話が進む中、気になる言葉が出てきた。
「強い穢れの耐性?今回の件⁇」
「多分、あなたには他の死神より穢れに強いんだと思う。だからアレの攻撃を受けきれたのよ。」
「なるほどな…それで その嬢ちゃんを……。では、『今回の件』についてだが、これは ここ最近増え続けている穢れ、それによる悪霊の増加の事を言っている。その穢れに耐えられる嬢ちゃんは色々都合が良いってわけだ。」
「え、穢れが増え続ける?それって…?」
『穢れ』というのは生物の悪い感情や自然に発生する悪い気などが集まって出来た塊で、塊と言っても見た目は黒い靄のように見えるモノだ。そう、襲ってきた悪霊みたいな奴や この前回収した怨霊なりかけの纏っていたモノである。
穢れは気を持っている生物や私達のように実体がなく気で構成された体に悪影響を与える。
前者は心から体に、後者は体から心に害が出るのだが…それが増え続けるという事は…
「穢れが死神や生物、主に生物の魂に有害な物である事は知ってるわよね?最近、穢れが増加するにつれて悪霊や怨霊も増えてるの。さらに、穢れの気に当てられたのか、些細な喧嘩から大規模な紛争、戦争まで頻繁になり、死者が増え続ける一方よ。」
「最近の死者の多さは穢れが原因…?」
「だと、我々は踏んでいる。そうじゃなければ私は死神と協力など………いや、お前が長と一緒に来た時点で答えは決まっていたか…。」
「あんまりお喋りな口は切り落とすが?」
「おー、怖。」
本気らしき殺気が向けられているのに戯けた態度を取れるのは、流石マフィア(?)ボスという事だろうか?私は怖すぎて疑問を口に出すことさえ出来ない。
(シネラさんに対して色々謎が増えていくが、いつか知る事が出来るかな?)
シネラさんが殺気とともに冷たい目線で私の思考を牽制してきた気がした。
たとえ知る事が出来ても殺されそうである。触らぬ神に祟りなし。触れないのが一番だろう。…もし、不可抗力で知ってしまったら死を覚悟しよう。
そんな緊迫した空気を意に介さないように扉が空いた。私達が入ってきた方ではない。建物に元々ある方の扉だ。
つまり、普通の人間が入ってくる可能性がある。
一瞬に慌てたが、よく考えると普通の人間だから死神姿の私達が見えるはずはない。
というか、逃げ隠れする間もなく その人間は入ってきた。
「親父、頼まれてた見回りだ…が……」
目が合った気がした。
入ってきたのは私と同じぐらいの年の少年から青年の男の子だった。
彼の優しそうな黒っぽい瞳に、私は目を離せなくなった。
「君は…」
その言葉にハッとなる。
(この人、私(達)が見えてる⁈)
「お前…見えてるのか⁈」
「えっ、わっ⁈親父⁈いたのか⁈⁈」
「親父じゃなくてボスだと…いや、そうじゃない!見えるのかって聞いてんだよ!!!」
ドンッと右手のこぶしで机を叩き、左手で私達をビシッと指差す。
彼はボスの言葉に背筋を伸ばし、はっきりと答えた。
「み、見えます!ボス!」
(マジですか。)
最初に思い浮かんだのは、そんな言葉だった。