唐突に何かはやって来る
「ふあ〜あ…」
カーテンの隙間から漏れる光とともにベットの上に起き上がり、両手を上げたり体を伸ばしたりして欠伸をしながら目を覚ました。
そのまま お風呂場に行き、汲み置きの冷たい水で顔を洗った。
「ぷはあ。」
顔のクマが消えてるかどうかの確認の為にも 顔を上げて鏡に映る自分の顔を見る。
最初に目に入ったピンク髪の寝癖を直しつつ、金色の双眸の下を手で触りながら確認する。
「んー、多少はマシになったかな?」
完全に消えてはいないが 睡眠を ちゃんととったので、多少減ったように感じる。
お母さんが まだ寝てる事を忍び歩きで確認しに行った後は、そのまま(お母さんにバレないように)こそこそと仕事に行くのに服を着替えて出かける事にした。
(袋 持った、ミニマントも着けた……よし。)
そろそろと音を立てないように歩いてく。
家を出るには必ず台所が一緒になってるリビングを通らなければいけないのだが、昨日も食事をする為に使ったテーブルの上に何かが置いてあった。
近づいて見てみると紙と朝ごはんらしきパンと おかずが私の席に置いてあるのが わかった。
ーミランへ。朝食は食べてから行くように。ー
紙には そう書いてあった。
(休んだら行くとは言ったかもしれないけど、明日 行くなんて一言も言ってなかったのに…)
おそらく、お母さんにはバレバレだったのだろう。
椅子に座って用意してくれた朝食を食べると、作り置きにもかかわらず とても美味しかった。
結局、お母さんに会わずに家を出たが、この分だと それも見通されていると思うので別に それで良かったと思う。
見ていなくても 食べ終わった食器の端に書き置きして来たのを見て笑ってくれているのが想像 出来たから。
ー“ごちそうさま”
“行ってきます”ー
*
死神達の一般的な仕事は大きく分けると、農夫などの森とかでは取れない食料を作る者、鍛冶屋や職人など 生活などで使う道具を作る者、特別な武器である『死神の武器』を作る事が出来る一部の特別な死神鍛冶屋、そして魂関係の仕事をする…『死神』。
『死神』は担当別に分けられていて、管理担当、調査担当、収集担当。収集担当は さらに専門別がある。
自殺死、他殺死、事故死、戦死、中毒死、極刑死、病死、被災死、餓死、寿命死、etc…
まあ、人数が多いのはメジャーな死の専門だ。専門に分かれる理由が死者の説得とかなので、武器で浄化したりしたぐらいで大人しく袋に入ってくれる魂だったら別に誰でも良かったりするのだ。
そう。説得しなきゃ落ち着いてくれない魂が中にはいる。彼らは幾ら浄化しても 大元である “心” から負の感情などを取っ払わないと、死神の武器で浄化したところで そこから黒い穢れが溢れ出し、彼ら自身を取り込む。酷い者は悪霊に成り果て、生きている生命を脅かす存在へと成るのだ。
そうさせない為にも 彼らを説得し、負の感情に囚われたくはないと思ってもらう事で、初めて武器で魂を浄化することが出来る。逆に言えば、魂を心から納得させることが出来ないと、浄化する段階にまで持っていけない。
例えるなら、雑草だ。根っこが残っていると また生え直してくる しつこい雑草。根の部分が負の感情で、地面の上に出てきている葉の部分がドス黒く出てくる穢れ。
そして、根っこの取り方は、魂の死に方で違ってくる。
人の感情は複雑だ。死に方が違うと負の感情も違ってくる。そうすると、対応の仕方も違ってくるのだ。
ちなみに、収集担当で自殺死専門であるはずの私だが、一般的な自殺した魂の説得の仕方を まだしらないし、(多分)したこともない。
本来は同じ専門のベテラン死神が教えてくれるらしいが、最近は死神の数が減ってしまったせいで、ベテラン死神達が新人死神と一緒について回って教える余裕がないそうだ。
そんなわけで今日も 新人死神ミランこと私は
「……ここ、どこなんだろうなあ。」
一人きりで、人間界の何処かの空の下を あてもなく彷徨い歩いていた。
「うーーん、今日は天気いいなあ。」
伸びをしながら散歩感覚で歩けるくらいに天気は晴天で空気は澄んでおり、物騒な気配を全く感じないような気持ち良い場所である。
(ふむ…ここには 特にいないかな?)
こんな気持ち良い場所にはいないだろうと思い、そろそろ ここの見回りを切り上げて他の所に行こうか と思っていたと時だった。
急に、ゾワリ と悪寒を感じた。
見渡す限りの草原。しかし、一箇所だけ黒い靄があった。
よくよく目を凝らしてみると、その中で何かが蠢いている。
そして、ソレは、(こちらに気づたのか)いきなり襲いかかってきた。
「っ⁈」
急な攻撃に咄嗟に鎌を出したものの間に合わず、不完全な受け身のまま宙に弾き飛ばされる。とてつもない穢れを纏った衝撃をくらいながらも なんとか空宙で体勢を立て直し、自分を襲ったモノの正体を見た。
ー『悪霊』ー
ソレを見た瞬間、その言葉が頭に浮かんだ。
直感というのだろか。見るのは初めてだったのだが、一目見た瞬間すぐにわかった。
ソレは目が無いように見えるのにこちらを向いたように動く。
ニタリ…と笑った気がした。
(殺られるーーー)
そう思った時だった。
横目に何かが映ったと思った。途端、突風が走り抜ける。
再び、目を開いた時には全てが終わっていた。
あの黒い靄はすでに無く、代わりに見覚えのある女性が その場に立っていた。
「大丈夫?」
その凛とした綺麗な声は彼女のモノだ。
状況を掴めてない私は慌てて返事を返す。
「は、はい!」
「そう。良かった。」
そう言い、こちらに近づいて来たのは昨日 会ったばかりのベテラン死神、神速のシネラだった。
「…それにしても あの穢れを受けてやられてないなんて…………すごいわね。」
「え…そうなんですか?」
「ええ。あなたと同じぐらいの他の新人死神だったら あの穢れの衝撃波で10日は寝込むわ。」
と言われて、そんなに すごい事なのかな?と疑問に思っていると、ふと おかしな事に気がついた。
「…ずっと見ていたんですか?」
黒い靄に衝撃波をくらってから彼女が来るまでに少し間があったはずだ。
「たまたま その瞬間を遠くから見かけて(慌てて)こっちに飛んできたのよ。私、目が良いから。」
と、彼女は自分の銀の瞳を指す。
おそらく突風を起こすぐらいのスピードで私の横を駆け抜けていったのが彼女だろうから、そのスピードで逆算すると かなり遠くの方から見たはずだ。私なんか その距離からモノを見るなら全部が豆粒に見えるだろう。
(本当に そうだとすると凄い…)
神速のシネラが本当に凄い死神だと改めて感心した。
(自分も いつかは こんな凄い死神に……)
なんて凄い死神になった自分を あれこれ妄想してみたが、最終的にナイナイと振り払った。
そうしてる間に 当の凄い死神はブツブツと独り言を漏らしつつも考え事をしていたようで、私が妄想を振り払った後に話しかけてきた。
「資質とかいうのがあるのかしら……ねえ、えっと……ごめんなさい、まだ あなたの名前を聞いていなかったわね。私はシネラ。あなたは?」
「あ、私はミランと言います!最近 仕事を始めたばかりの新人死神です!」
「ミラン、ね。よろしく。突然で悪いのだけれど、あなたに協力して欲しい事があるの。お願いできるかしら?」
「…はい?」
これから何があるのか。今、何が起きているのか。幸か不幸か、この後、他の死神達が知らなかった事実を知らさせる事になった。