死神
死神が普段過ごしているのは神が住む天上界と人を含む動物や植物が住んでいる人間界の間にある『天界』である。天界には人間界から連れ帰った魂達が また人間界に転生するまで休む空間がある。この空間は『フェテ』と呼ばれ、死神達のいる場所とは分かれており、必要以上に干渉してはいけない事になっている場所だ。しかし、それ以外は全て死神達の世界である。
そこに住んでいる死神達は人と似たような生活を送っていた。
もちろん、働いている者達もいる。死神の基本の仕事は魂集めと浄化だった。
そして、死神ミラン、彼女は “死” の中でも “自殺死” 専門の死神だった。
まだまだ新米ではあるが、他の死神よりも仕事を こなしているのでベテラン死神からの評判は良い。が、最近の死神不足による忙しさのせいで目の下にクマが出来始めていた。
*
首吊り自殺をして死んだ魂を袋に入れた私は、魂を入れる袋が詰まってきていたので、入れたばかりの魂に約束したこともあり 直接 天界にある『いつもの場所』に向かうことにした。
天界までは空間を飛んで帰っていくのだが、人間界と天界では次元が違うので こうしないと帰れない。けれど、方法は簡単だ。空間に穴を開け そこに足を運ぶだけで移動できる。
そうして着いたのは白塗りの空間。無機質な空間が広がる その場所はフェテ(魂が転生するまで休む場所)と死神が住む空間の間に位置する。
カウンターと一人の眼鏡をかけた女性がいるが、それ以外何もない場所なので迷うことなく、真っ直ぐ そこに駆け寄っていった。
「管理者さーん。魂集めて来たよー。」
『管理者』と呼ばれたカウンターの女性は、声をかけながら駆け寄る私に気づいて執筆中の紙から顔をあげた。
死神が集めた魂はカウンターにいる『管理者』呼ばれる死神に渡す事になっている。
死神の仕事には色々な役割分担があるのだが、その中の一つである管理者は魂の管理、つまり 届けられた魂をフェテに連れて行って転生までの間 世話や監視をしたり、魂の数や状態等の情報を整理し管理したり…とにかく魂の管理関係をしている(らしい)役わりだ。それの仕事と同時に私達 死神の纏め役もしているので、かなり頭を使う仕事だという認識がある。
もちろん、今ここにいるのは彼女一人だが、一人で全てするわけではない。全ての死神を見知っているわけではないが、管理者は あと二、三人は見かけた気がする。
「はい。見回りもして何人か報告なかった分の魂も持って帰ってきたよー。」
そう言って、管理者の目の前の机に魂の入った袋を丁寧に置いた。
基本、報告のあった魂を『収集担当』と役わけされている(私を含む)死神が、さらに死に方によって細かく分けられた『死の専門』の各々の専門の死に方によって分担して集められている。
だが、最近は その報告というか人間界の見回り調査をする『調査担当』の調査自体が人間の死に追いついてない。よって、調査担当の死神が見つけてなかった魂でも収集担当が見つけた魂が自分の『専門の“死”』であれば回収が許可された。その他の “死” の場合は、調査担当の代わりに管理者に報告する事になっている。
「あら、ミランじゃない。ありがとう。ところで、人間の姿になる時の応用で隠そうとしているのかもしれないけど、目の下のクマが酷いわよ?」
「ありゃ。上手く隠れてないのか。」
言われて ついつい目の下に手を当てる。
死神は人間の姿になる能力を生まれつき持っている。この能力を使って人間と話したりする事ができ、人間を通して得られる情報もあるので便利な力だと思う。
そのままの姿でいいじゃないかと思うかもしれないが、死神(本来)の姿だと大抵の人間には見えない上に死神の容姿は人間の中で浮いてる者が多い。
私なんて桃色の髪色に金の瞳だ。決して人間ではあり得ない。
とか思いつつ、そんな風に目の下をさすっていた私に管理者が心配して話しかけてきた。
「あなた、結構働いてくれてるんだから、たまには休んだらどう?人間みたいに一日三食と一睡眠が必要ないとはいえ、全くの休養無しっていうのは 流石の死神でも そのうち過労死で死ぬわよ? 死者の魂集める側が集められる側になってどうするのよ。洒落にならないわ。」
「でも 死神って死んだら人間みたいに転生するまでお休みでしょ?いっそ良いんじゃない?」
なんて、心配してくれている上司に冗談を言ったら
「今は死神不足だから、そんな暇無しに転生させられるわね。」
と真顔で言われてしまった。
(マジか。鬼畜すぎだろ、死神社会。)
そう心の中で つっこんだ。
そうやって管理者と軽い世間話をしながら、集めた魂分の報酬をもらう。報酬は人間界でも使える『お金』だ。死神同士での物の売買には もちろん、人間と売買する時にも必要なので、報酬の お金は人間の物と一緒の方が都合がいい。
管理者から報酬の お金をもらっていた丁度その時、後ろから管理者に声をかける別の死神がいた。
「管理者さん、私の方もよろしくね。」
その声に振り返って見ると、澄んだ青空のように濃い青色の長髪を三つ編みなどでハーフアップに結っており、キラキラ輝く銀の双眸を持つ体格が良さそうな女性の死神が、魂の入った袋を両手で持ちながら立っていた。
しかし何より目が惹かれたのは美しい容姿などではなく、どこから ともなく感じさせられる威圧にも似た雰囲気だ。
「ああ、はいはい、預かるわよ。」
その女性は私の横を通り、管理者に「頂戴。」と出された手に手渡した。
横を通られた時に 微かに「カチャリ」という金属音と、背中に斜めに刀を肩がけしているのが見えた。
それで、この女性が誰なのかわかった。
ベテラン死神の中でも かなりのベテラン。魂を浄化する時に抜く刀の刃は鞘になおすまで見える事がないくらい速い と聞く。それから付いた異名は『神速のシネラ』。その凄い噂は新人死神にまで広まっている。
しかし、それと同時に別の異名も付いていた。
ー『死神殺し』ー
主にベテラン死神達が陰で呼んでいる名だ。
なぜベテラン死神達が彼女の事を『死神殺し』と噂しているのか、仕事に就いたばかりの新人死神である私は まだ知らない。
けれど、『神速のシネラ』の噂の中で、持ち主の好きな時に好きなように消したり出したりが出来る『死神の武器』であるはずの刀を常に鞘に入れて肩にかけているいる とあった。
確実に彼女が『シネラ』なのだろう。
(出しっ放しの刀の噂は本当だったけど、ずっと出しっ放しなんて邪魔のように思うんだけど…? しかも 肩にかけてある日本刀なんて、とても抜きにくいイメージだなあ…)
この時、考えに没頭しすぎたらしい。
「どうかした?」
「…え?」
刀を含め彼女の事を自分が ずっとガン見していたのに気づかなかった。
「あ…ごめんなさい。」
「いいよ、いいよ。気にしないで。」
「気にしないで」と言われたが、やはりガン見は 良くなかったと思い しゅん…と落ち込む。
(私は こういうところが至らない…。)
そう思いながら、何かに没頭すると周りが見えなくなる自分の短所を心の中で叱咤した。
「…優しい子だね。ありがとう。」
そんな私を彼女は瞳の銀色を暖かくしながら そう言って、去り際に軽く けれど優しく頭を撫でて行った。
そんな噂では分からなかった彼女の一面を見た気がした。
*
死神にも人間と似たような村や街がある。私の家が立っているのは どちらかというと田舎のような場所で周りには森や泉などの自然が一杯だ。
たまに森に入っては、木の実などの食料や、井戸から水を汲んできて料理した物を食べる。
人間よりは丈夫な造りの身体ではあるが、さっき管理者と話していたように全く食わねば死ぬし、休眠を取らなければ疲れで死ぬこともある。
カウンターにいた死神に魂を預けた後、その死神に家に帰って休むように再三注意を受けたので私は家の近くまで帰ってきていたのだった。
帰る道すがら、ふと 死神の村の墓地が目に入ってきた。
(三日間だけ帰らなかっただけだけど、寄って行こっかな。)
と 思い、墓地まで足を伸ばした。
それぞれに別々の死神の名前が書かれている墓標の中で、迷いなく一つの墓標の前にしゃがみ込んだ。
「…ただいま、お父さん。」
それは幼い頃に死んだ父の墓だった。しかし、墓とは言っても人間のように父の死体は そこには無い。死んだ死神は空に消えるように死んでいくらしい。死神は 元々 魂のような存在だから、 “死ぬ” ということは、存在の消滅を意味する。けれど、完全に消えるわけではなく、空中に漂っているという “気” というモノに交じって、また転生するまでを何処かの空で漂いながら待つらしい。
(…………忙しいからって、お父さんが とっくに転生させられてたら やだなあ………。)
そんなことになってないように祈りにながら家の前まで歩いていく。
扉を開ければ、丁度 お母さんが ご飯を作っていた。
「ミラン、おかえりなさい。」
「ただいま。…帰るって言ってたっけ?」
言ってるはずがないと思いつつも 二人分の料理を作っている母親に聞いてみた。
「管理者のミコールさんが使い魔の鳥を使って連絡してくれたのよ。」
『使い魔』。私は使役していないが、連絡などの雑用兼サポートをしてくれる、稀な存在の生き物だ。他の生き物と違って、空中の “気” が淀んで濁って集まって産まれてきた存在なので、数が とても少なく 希少だそうだ。
「お母さんと管理者さんが仲良いからって、そんな大事な生き物を使って連絡しなくても……。」
「急な出来事を知らせるには使い魔が一番でしょ。それに、使い魔を使うほど重要かどうかは使役者である彼女が決めることなんだから。」
「…返す言葉もございません。」
と言って、両手を肩の上まで上げてヒラヒラさせた。
本当は(急いで知らせる事でもないでしょ)と つっこみたかったが、何を言っても言い返されそうなので黙って降参しとく。
「とにかく、今日は ご飯を食べたら さっさと寝なさい。」
お母さんは、そう言って私の席の前のテーブルに、先程まで ぐつぐつと煮込まれていたスープを置いた。
そして、少し ため息を吐いた後、私に向き直って再び口を開く。
「どうせ、休んだら すぐに行くんでしょ?」
「もちろん。」
お母さんの呆れた感じに聞いてきた質問に、私は とびっきりの笑顔で返した。
*
「シネラ。」
自分を呼ぶ声に反射的に振り返ると、よく見知った人物が手を振っていた。
「ノーア。」
ノーアと呼んだ人物は私と同じベテラン死神であり、腕もいい。たまに尊敬の目を向けられているのを見た事もある。
ちなみに、本名は カノーア=ラプレンス。ノーアは愛称だ。
『死の専門』は中毒死なので、他殺死専門の私とは仕事で会う機会は ほとんど皆無だ。
「聞いたわよ。また他殺死専門と戦死専門の魂の奪い合いを仲裁したんですって?」
彼女が言っているのは、私が人間界の紛争地域を ふらふらと見回ってた時に見かけた魂を、先にその場にきていた他の他殺死専門の死神と戦死専門の死神が、『どちらの専門の死に方をしているのか』という論争になってたものだ。
その二人は、自分の手柄が欲しいのか、互いに「自分の専門だ!」と言って譲らなかった。
「仲裁とまではいかないと思うんだけれど…とりあえず、さっさと浄化だけしといて「二人で持って行って」とだけ言っといたよ。」
そう。肝心の魂は背後から殺されたらしく、誰がどのように自分を殺したのか知らなかった。その事により、この二人は余計に言い争っているのだ。
死神においての戦死と他の死の違いは、戦争(紛争なども含む)によって死んだかどうかだが、殺した相手が兵士や軍の攻撃だったのかが わからないことが多々ある。
とはいえ、回収と死神の武器による魂の浄化だけなら どの専門がやっても一緒なのだ。どちらの手柄になるか以前に、穢れに染まりきって魂が黒くなる前に回収して欲しい。
とくに戦場は他の場所よりも人間の負の感情が渦巻いている所で穢れが多いのだ。
事実、そうこうしている間に黒くなり始めたので、さっさと斬って、さっさと二人一緒に持って行くように言いつけたのだった。
「この二つの死に方って、戦場とかだと どちらなのか区別つけにくいからねえ。」
それを聞いたノーアというと、私の答えは特に気にしていないようで、うんうんと自分の考えに うなづいている。
「…とくに用がないなら帰ってくんないかな。」
声をかけておきながら一人で勝手にやってる友にイラッときた私は素の口調で怒った。
「あら、ごめんなさい。」
口では謝っているが、心が込もってないのは長年の付き合いで わかっているので、完全に怒りは解かない。
それも いつもの事なので、彼女は気にせず話を進める。
「まあ、全く用がないわけじゃないのよ?」
「じゃあ、暇つぶしに からかいにでも来たのか?」
「それも あるのだけれど…」
「あるんかい。」
ふざけたやりとりをしながらも 次の瞬間には引き締まった顔で用件を言い始めた。
「最近、物騒になってきたわよ。」
その重々しい口調で語られた短い言葉に、私は思い当たる節が幾らかあった。
「最近…というと、増え始めた『穢れ』か、それに触発されたように広がりつつある人間達の争い云々か………もしくは…」
「…もう、感づいていたのかしら?」
ノーアは驚いたという口調ではあるが、どこか『そうじゃないかと思っていた』という感じだ。
流石は一番付き合いの長い悪友もとい親友だ。
「で? どうするって?」
会話の内容で大体 彼女が(わざわざ)私に会いに来た理由はわかったが、あえて聞いてみた。
「彼が お呼びよ。」
「…わかった。」
ノーアの言葉に肩を竦めて、ノーアと一緒に『彼』の所に行く事にしたのだった。