プロローグ
およそ治安が良いとは言えない この場所で、フードを被った16,7の少女が ふらふらと目的の無い様に歩いていた。彼女のような少女に このような場所は似つかわしく、街から とても浮いていた。
「ねえねえー、そこのお嬢さん?」
その声に少女が振り返ると、人相の悪そうな男性が二人 立っていた。
「この辺りは治安が とっても悪くって、こわーいお兄さんやタチの悪い商人のおじさんがいるんだよ〜?だから〜、ね?」
という言葉と共に、ガチャリと拳銃の引き金の音と、少女の背中に硬く冷たい『物』が当てられた。
「お兄さん達と一緒に〜、良い所に行かない?」
その『良い所』というのが ろくでもない場所だという事に、少女は すぐにわかった。
わざわざ、いきなり現れた三人目の(おそらく)男性に拳銃を突きつけさているのだ。ろくでもない場所に決まっている。
とはいえ、拳銃を突きつけられている以上、下手に抵抗したり、断ったりしないのが普通だ。その事をわかっている男達は、ニヤニヤと笑っている。
(……どうしよう?)
と心で呟いた少女は、困ってはいるものの怯えたりはしていない。むしろ、倒していいのか迷ってる感じだ。
そう少女が考えて目を泳がせていると、一つの廃ビルらしき建物が目に入った。
そこに、何か…いや、確実に『魂』の気配を感じ取ったのだった。
それがわかった瞬間、少女は行動を起こした。その少女の行動は素早く、先程とは違い、明確な目的の元に動いていた。
後に残されたのは、急に目の前から消えたように見えた三人の男達と冷たい風だけだった。
*
廃ビルの…何階だろうか? 空中を『飛んできた』ので よくわからない。
廃ビルなだけあって、中はガラッガラに物が無い…ただ一つの物体を除いて。
片手で無造作にフードを取り、ソレに近づく。
「典型的な首吊り『自殺』ね。」
元は他の生き物同様 動いていたのだろうソレは、今はもう物言わぬ物体へと変わってしまっている。
その わかりきっていた事実に ため息をつきながらも『仕事』をするべく、その死体の側にいた魂に話しかける。
「さあ、迎えに来たよ。」
“私が見えるの…?あなたは一体?”
そう聞かれたので、とびきりの営業スマイルで 死んで魂だけに成り果てた女性に向かって名乗った。
「私は『死神』。死神のミランよ。こんな暗い所 さっさと向け出して、天界に行きましょ。」
そうして私は、死神本来の姿に戻ったのだった。
*
自殺、他殺、戦死、事故死、寿命、中毒死、極刑死などなど、一口に死と言っても色々ある。とは言っても 人の生き方が万あるなら、死に方は千もないだろう。
ところで、この世界には『ジュートーホーイハン』なんていう言葉は存在しない。それどころか法律があるのかすらも怪しい。でも、悪い事をすれば警察とかいうのに捕まる為、それなりには あるのかもしれない。だが、地域にもよるが、酷い所では、夜も安心して寝られない場所があったりする事などザラだ。武器を持った人間は珍しくもなく。武器屋は堂々と店を構えている。
まあ、そんな所だから、『死人』は多い。特に最近は酷くなる一方で、ありがた迷惑な事に仕事が引っ切り無しに転がっている。
ー『死神』として『死人』がいる事は『仕事』があるという事だから、悪い事ではないのかもしれないが。ー
ん? 死神って、死にかけてる人や その辺の人の命を狩っていくモノなんじゃないかって? 何それ?
私達、死神の仕事は、死んでしまった人の魂を天界に運んだり、怨霊になりかかった 又は なってしまった魂を浄化したり、無事に魂を回収して天界に届けたりする事だよ。
とは言っても、人間が思う死神像は前者のようで…
“し…『死神』⁈ ”
大抵の人間は、驚き 怖がる。まあ、最近 慣れてきたけど。
私は内心 ため息をつきつつ、薄い金色から桃色に戻った髪を少し揺らし、茶色から金色に戻った瞳を閉じながら にっこり微笑み直し、改めて魂に天界へ行くのを勧める。
「そう。死神の仕事は、あなた達、死んで魂だけになっちゃった者達を安全に天界へ運ぶ事だからね!この袋に入ってもらって、安全に天界まで行ってもらうの!」
そう言って、腰に下げていた袋を魂の女性の前に出し、中を見せる。
中には『先客』がおり、ちょっとキツそうではあるが、彼女までなら入りそうだった。
“天界……天国って事?私を天国に連れて行ってくれるの?”
「ええ、もちろん。」
相手は袋の中と私を交互に見ながら 天界を天国と言い換えていたが、まあ 大体同じだと思ったので、否定せずに返事をした。
“……ああ、でも………”
「……?」
“私、やっぱり あの人が憎いの…私をこうした…あの男……‼︎”
憎い憎いと呟き始めた魂は黒くなり始めた。否、黒い濁った靄が魂を覆い尽くしていこうとしている。それと同時に感じたのはドス黒い負の感情。
『憎い』『死ね』『酷い』…『なんで” “どうして?” “もう嫌だ”
ー助けてー
最後の言葉は助けを求めた声。
彼女は悪霊になりかけながらも その黒い感情から解放されたがっていた。
「…。」
念の為に一歩下がって間合いを取ってから、私の死神の鎌を何もない空間から取り出した。
死神の武器は個人個人で違うのだが、私のは大きな刃に細めの桃色の柄、そして鎌全体に小さな宝石と金細工の綺麗な装飾が施された美術品のように美しい鎌だ。
それを両手で掴み魂めがけて振り下ろした。鎌は寸分の狂いなく魂を切り裂く…ように見えるが魂が切れる事はなかった。
代わりに魂を呑み込んでいた黒い濁った靄のようなものは綺麗さっぱり消えてなくなった。
“え……あ、れ…?私…?”
靄が消えると彼女の意識も正気になったようだった。
「大丈夫?」
“え、ええ。むしろ何かがスッキリしたような…”
「なら良かった!ほら、早く この袋に入っちゃお!」
“あ…はい!”
袋に入っていく彼女が黒くなることは もう なかった。