初任務の進行過程~弐章~
␣こんにちは。初めましての方は初めまして。
␣私の名前は小柏美咲です。現在、国立大学に通いながらバイトに勤しんでいる、いわゆるJD(女子大生)というやつです。
␣地方から出てきた私は、今はお母さんのお兄さん、つまり叔父さんに当たる小柏剛さんの家に居候させてもらっています。
␣叔父さんはお母さんと一緒で関西の出身なので、モロ関西弁を使って喋ってきます。それも、大阪弁とかじゃなくて、もっと分かりづらい方弁で、です。お母さんが兵庫県出身なので、その辺の方弁だと思うのですが、正直何言ってるかさっぱり分からない事が多いです。
␣叔父さんは昔、警視庁で働いていたらしいのですが
「警視庁?あぁ、そんなとこにもおったっけ。」
␣という感じで、まるで覚えていない様な口ぶりなんです。
␣実際に勤務してたのは本当なのですが、お母さん曰く『ある事件』を期に辞職したそうなんですが、叔父さんはこの話が嫌いらしくて、お母さんさえも辞めた理由を知らないんだとか。
␣そんな叔父さんも、今は「小柏代行サービス社」という会社を立ち上げて立派に社長をしています。
␣叔父さんの会社は、お客様の依頼を「代行」して行うというもので、探偵の様な感じなのですが叔父さんは
「何でも屋みたいなもん。」
␣と探偵とはまた別種の仕事と分けているみたいです。…まぁお客様の依頼内容を聞いた時は、探偵の仕事じゃないの?って思いましたね。
␣そんな叔父さんですが、身の回りはちゃんと社長らしくしていて、正直ホッとしました。とは言っても、持っているものは大体スーツとサングラス、それに麦わら帽子といった、少し派手なものばかりで、少しファッションに関西の雰囲気が出てる気もします。
␣住まいももちろん一軒家で、数年前に建てたらしくて新築特有の匂いがまだ残っています。かなり広い家でして、叔父さんと私がいてもまだ、空き部屋が何部屋かある状態です。…なんで一軒家買ったんでしょうか?
␣…あ、そうそう。先日、この家に新しく引っ越して来た人がいるんでした。何でも叔父さんの知り合いで、海外の人なんですけど日本語がペラペラで、私も最初は海外から来た人とは思ってませんでした。
␣叔父さんの仕事の手伝いで来たとか何とか。まぁ、あれだけ強ければ(・・・・)別の仕事でも上手くやっていけそうなんですけど…。
␣まだ寝てるのかな?ちょっと起こしてこようかな…。
␣俺、アザムス・セイフは、見慣れない部屋で一人瞑想に深けていた。そうでもしないと考えが追いつかないのだ。何せ、昨日は生きてきた中で一番多忙な日だったんだから。
␣そうだな…かいつまんで説明すると、俺は昨日、日本の学生100人と小規模な戦闘を行ったんだ。理由としては、俺に弁当を温めてくれた美咲嬢を人質に取ったためだ――笑い事ではないぞ――。
␣その恩を返す為に俺は闘ったのだが、思いの外学生達は賢くてな。自分達より力量が上だと分かると、途端に引き下がってしまったのだ。
␣その代わりと言っては何だが、学生達の頭らしい斎川という男と一対一の闘いを挑んだ。激闘と言ってもいいぐらい、俺は斎川ともつれ込んだんだが、最終的には俺の勝利という結果で終わった。
␣問題はその後だ。この戦いの元凶である清志という金髪の学生が、美咲嬢を盾にナイフで脅してきたんだ。「殺傷力のある武器など所持していない」なんて理由もない決めつけをして、油断していた俺は仕方なく…本当に仕方なくだ。
␣祖国から配備された「ジェリコ941」という自動拳銃を発砲したのだ。
␣もちろん、清志を狙ったわけではなく、奴の持っていたナイフにめがけてだ。
␣内偵調査の任務中に事件を起こすことは極力避けなければならないのだが、銃を所持している時点で既に事件物になってしまった。
␣とは言え、上層部への報告はまだ出来ない状態だから、この事はまだバレていない…はず。…多分。
␣手持ちの端末にも、一応本部からの連絡は来るようにはなっているのだが、今のところは応答無し。…何だか逆に不安になってくるな。
␣話を戻すが、結局その日は美咲嬢を救助する事に成功した。しかし、事が事だけに日本の警察が動き出していた様で、危うく警察の厄介になりかける状況に陥ったのだが、美咲嬢の叔父に当たるらしい「小柏剛」という男のお陰でその難は逃れる事に成功したのだ。そして、「学生達の目を眩ませる」という口実の元で、俺はこうして小柏家にいるのだ。
␣まぁ要約するに、「学生達から逃げる為」にここにいるという事だ。とは言え、さすがに学生達も警察に捕縛されているだろうが。
␣その時、ドアの方から足音が聞こえてきた。足音はドアの前で止まり、次にノック音を鳴らす。
「アザムさん、起きてますか?」
␣美咲嬢の声だ。俺を起こしに来たのか。
「美咲嬢か。」
「あ、起きてたんですね。朝ご飯出来ましたよー。」
「あぁ、分かった。」
␣美咲嬢は本当に何でも出来る娘だ。昨日も、食事から風呂、寝室の用意まで全て取り繕ってくれた。頭が上がらないな。
␣俺は部屋を出てリビングに向かう。途中の廊下には、何やら高そうな絵画が飾られていてついつい目移りしてしまう。その絵の中に一つ、興味を引かれるものがあった。
␣夕焼け時か朝焼け時か、黄金色の空の下に1人の子供の後ろ姿が描かれている絵。子供はボロボロで煤汚れた衣類を身にまとっているが、右手を掲げて俯いている。その手は、何かに勝利したような、ガッツポーズの様にも見える。
␣子供の肩からは、その体格に見合わない自動小銃が下げられており、何処と無く悲壮感を漂わせている。しかしその周りには、歓喜に喜ぶ人々の姿もありつつ軍服を着た兵士が落胆する様な表情で立っている描写もある。
␣見たことない絵だが、何故か俺には既視感を感じる。
「…その絵がどうかしました?」
␣魅入る俺に、美咲嬢が声を掛ける。
「いや、この絵が気になってな。」
「この絵は叔父さんが買った物らしいんですよ。何でも紛争地帯を渡り歩く画家さんが描いたもので、この絵は丁度紛争が終わった瞬間の様子を描いたらしいんです。」
␣懇切丁寧に説明してくれる美咲嬢。だが俺は、この絵を描いた人よりも、ここに写る子供が気になる。服装や装備、体格から見ても明らかに少年兵なのは確かだ。だが何故だろう。この子供以外に、少年兵が見当たらない。
␣画家の気分で省いたのかもしれないが、どうも気になる。
「…この子供は?」
␣思わず口走るが、美咲嬢の知るところではないだろう。案の定、返答は「さぁ、そこまでは…。」といったもの。
「…ただ叔父さんが言うには、この子供は『英雄』らしいんです。」
「英雄?この子供が?」
␣その答えには驚いた。紛争や戦争には、必ずしも『英雄』と呼ばれる人間がいる。その者は指導者か部隊か、もしくは相手の頭を取った者が称えられ、言われ始める。
␣だが子供となるとまた別の話だ。大人達の偶像に成り果てた者や、象徴として称えられる事が多い。
␣恐らくこの子供も、そういった大人の事情によって祭り上げられた一人なのだろう。
「…そんな事よりアザムさん!ご飯冷めちゃいますよ!」
「おぉ、そうだったな。」
␣美咲嬢に催促され、俺は絵画の前から立ち退く。ちょうどその時、俺の端末が小刻みに揺れる。ここ最近滅多に使用していないこの端末が動くという事は、恐らく何かしらの事がある。それも大きな…。
␣端末の表示は電話だった。発信者は何と、ここ数日顔も声も聞いていないあの人物だ…。
「…お願い?」
␣朝食を手短に済ませた後、俺は剛氏に話を持ち込んだ。
「…実は、俺の知り合いが黒服の男達に追われているのだ。」
「…ほぉ、それで?」
␣剛氏の顔つきが、商売人の顔に変わった。恐らく見返りを求めるだろうがこの際だ、仕方ない。
「詳しい事は分からないが、電話に出た時は有明公園前にいると行っていた。」
「有明公園前、だな。」
␣剛氏は懐からメモを取り出し、書き留めていく。
「そうだなぁ…後はその知り合いの容姿とか分かるか?」
「服装は不明だが、容姿なら分かる。」
「どんなだ?」
「降ろしているなら、腰まで髪を伸ばしてる金髪の女性だ。身長は俺より少し高いくらい…185くらいだな。」
␣俺は思いつく限りの特徴を挙げていく。しかしこうして考えると、アイツの特徴などあり過ぎて困る。
「外見はロシア系列。年齢は俺と同じくらいで、確か薔薇の香りのする香水を付けていたな。」
「ロシア人、20歳過ぎ、薔薇の香水…と。」
␣つらつらと書き留めた手帳を見返し、剛氏は自身の携帯を操作する。電話をかけているようで、耳に当てて応答を待つ。
「…お、剣悟か?今大丈夫け?…いや仕事の話やねんけど…。方言?んなもん後でええから。」
␣電話の相手は、昨日剛氏と一緒にバンに乗っていた剣悟という青年らしい。男性らしからぬ美貌と、それに似合うボブカットの髪型のお陰で女性に見えてしまう美少年だ。かく言う俺も、初めて見た時は女性だと思った。
「…んで、仕事の件に戻んで。ロシア系の女性で身長185くらい、髪は腰まで伸ばした金髪、但し帽子を被っている可能性あり。服装は不明、薔薇の香水を付けているとのことだ。」
␣先に話した特徴を述べていく剛氏。さすが社長と言ったところか。
「最後に見聞きした場所は有明公園辺り。…遠い?知らんわ、車使え。…あぁ、名前か。」
␣どうやら名前を聞かれたらしい。そう言えば、名前は教えていなかった事を思い出す。剛氏はこちらに視線だけで問う。そう言えば教えていなかった。だがこの際仕方ない。
「…彼女の名前は…。」
有明公園前~
␣よく晴れた日ほど風が気持ちいいですよね。あ、私は今学校に向かっている途中なんです。叔父さんとアザムさんは、何やら仕事の話があるとかで置いてきちゃいましたけど大丈夫かな…。
␣この道を通ってもう二年になります。表通りの道は、自動車専用道路となっていて、私の乗っているスクーターでは通れないんです。なので私は上京してからずっと、この有明公園前を通る静かな道を使って通っています。南に少し行くと海があるので、風にも少し潮の香りがするのが好きで、それもあって私はずっとこの道を使っています。
「今日の一限って川田先生だっけ…。あの人時間に五月蝿いからなぁ。」
␣一時限の学科と先生を思い出した私は、少し憂鬱になります。この川田先生って人がまた面倒臭くて…あ、そんな事考えてる暇は無いかも。
␣現在の時間は8時25分、授業開始は8時40分と後15分しかありませんからね。このままでもギリギリ間に合うんですが、余裕を持って行きたいので少し飛ばすことにします。あ、もちろん法定速度以内で。
「飛ばして行きますよー!」
␣二年間も同じ道を通っていれば、さすがに道やこの辺りの事情は分かってきますからね。この時間帯に人通りが無いことも把握済みです。とはいえ、何事も用心に越した事はありません。私は次の十字路を曲がる為に、少しスピードを落としました…。
「ああもう!しつこいのよ!!」
␣美咲が曲がろうとした十字路から、一人の女性の声が聞こえてきた。それは、スクーターに乗っていた美咲の耳にも入り、危険を感じた美咲にブレーキを握らせる。法定速度内、さらにスピードを落としていたとはいえ、すぐに止まれないのが乗り物の性。すぐに止まれないと悟った美咲は、スクーターの車体を横に滑らせ、摩擦の面積を増やす。
␣その反応は幸をそうしたのか、十字路手前で止まりかける。ちょうどその時、十字路の右手から1人の人間が飛び出してきた。美咲と、飛び出してきた女性の視線が合う時、再び物語が…動き出す。