エピローグ
HO社のメインコンピューターにアクセスするには、システムに接続しないといけない。
単純に進入するだけならVRシステムで可能なのだが、マザーを直接つなげば痕跡が残ってしまう。
「おい。本当に大丈夫なのか? おかしくなったりしないよな?」
そうアリスを救うために協力することになったマサヒロはただの高校生である。
『大丈夫だ』
何が心配かと言えば……。
『脳の使っていない領域にインストールするだけだ』
マザーのプログラムをマサヒロに入れると言うのだ。
幼児に発症が多い、『迷い込み症候群』の治療研究に厖大な資金が提供されるなど、近年では一部の代替えの研究もされている。しかし実用化されたのはニューロン(神経単位)を補う技術いわゆるハードの機能のみで、ソフトに踏み込んだ行為はまだ未知数だった。
「やった事は? 当然あるよね?」
『無い! やった事は無いが大丈夫だ。マサヒロはあんまり頭を使って無いから』
根拠は無いに等しい。
「うそぉおおおお! 無理! やめぇえ! てぇええ!」
マサヒロの苦闘は終わらない。
※
脳は記憶されたプログラムをプログラムとして実行できるか? 答えはVR空間なら可能だ……であった。
『楽園世界の極楽浄土編』はそれを動かすプログラムがある。量子コンピューターによって高度に処理されて、視覚的にも感覚的にも現実のように感じられた。
思うとおりに身体を動かして冒険をする。
けれど実際には意識をプログラム上で動かしているにすぎない。要するに自由意志のように見えるそれも、VR空間で作られた体は細かく補助を受けていたからである。
「なんか奇妙な感じ」
壮絶な人体実験でそれを確認したマサヒロは、メインプログラムから切り離されて自立した状態になっていた。つまり動作に補助を受けていないのだ。
だから意識しないと動きが不規則になる。
ここはHO社が提供する『ハンターズ・オンライン』の世界。剣と魔法のファンタジーといった世界を自由に旅をする古典的なゲームだった。
「閑散としてるなぁ?」
過疎ゲームの末路と言えば理解しやすいだろう。アップデート直後で実装された新クエストなのに人通りは少なく廃墟のようだった。
魔王が開けた時空の裂け目。逃亡した魔王を追って幾つかのクエストが用意されている。
「ここから入れるのか?」
『ああ、深刻なバグがあって行き止まりになってる先から入れそうだ』
テコ入れで実装されたクエストは「探偵会社の面接」に合格しないと進めない。ところがどうやっても強制終了してしまうのだ。
何度か無理してクエストに挑戦するとキャラクターデータが壊れバグる。バグッたキャラは一定時間無敵状態になるから、一時はそれを行うプレイヤーが続出する事態になった。
ゲーム内の声を聞いた運営がバグを放置してクエストを凍結。しかもバグ利用者に対して、不正利用のアカウント永久利用停止措置を取ったために大問題となっている。
『直そうと試みて放置したみたいだね』
ご丁寧に工事中の文字が。
「さっさとやろうぜ」
『了解だ』
バリケードを潜り抜けて先に進む。行き止まりには渦巻く黒い穴があった。
見え隠れしているのはプログラムの文字だ。
『オーケー、ここで良い』
見た目はアキヒロが黒い渦に両手を放り込ませているだけだ。
実際は手の先からクラックしているのだが、魔法を使っているように見えた。
「頼むぜマザー!」
『任せろアキヒロ!』
※※※
「うぐぐ……」
お尻を押さえ苦悶の表情を浮かべている。
誰かと言えばHO社のCEO(最高経営責任者)だ。
「おっ! おい! 誰か!」
ゲーム内では豪華な鎧に身をつつみ、いじくりまくったアバターでイケメンを装っていたが、実態は脂汗をたらしたヒキガエル……いや、醜悪な豚人間が相応しい男だった。
「ぬぬぬ……早く手当てしないと、ぐぉおっ」
VRシステムでは攻撃を受けるとダメージの衝撃を受ける。痛いというよりは強く押された程度だ。しかも決まった部分──頭部や胴体など特定部位──だけにしかダメージは受けない。受けてもここまで痛がるものでは無いのだが。
使用していた不正パッチは、稚拙な改造で本来なら軽減される痛みをモロに受けた。とくに最後のベア子の合体技はモロ効いたのだ。
「くそっ! こうなったら徹底的に破壊してやる!」
技術担当重役を呼び出すと、更なるウイルスの投入を支持した。
しかも憂さ晴らしのためか目の前で行えと執務室のパソコンの使用まで許可したのだ。
「まて! 俺の手で止めを刺させろ」
なんとこの男は実行キーを自分で押すとまで言ってきた。余程腹が立っているのだろう。
「あははははははは!!! さあ、終わりの始まりだ!」
指がキーボードに触れた瞬間。
「────────!!!」
モニターのうえに次々と現れるプログラム、いや……。
「なっ、なんだ! おいっ! 何が起きている!?」
どんどんと開かれるファイルは瞬く間に画面を埋め尽くす。
そのなかには「──っ! 裏帳簿!?」見られてはマズイ資料の存在も。
「おいっ! おい! 止めてくれぇえええええええええええ!!!」
悲鳴が止まるときは無かった。
吸い出されたデータは世界を巡る。インターネットに国境は無いのだから。
数日後、HO社にFBIの調査が入る事になる。
※※※
今日も『楽園世界の極楽浄土編』の中では冒険が繰り広げられている。
心配されたウイルスによる事件も解決した。
当初はあちこちから規制や責任の声も上がったのだが……。
「お世話になったね」
ビキニの谷間から覗く存在感を見せ付けながら頭を下げるリリス。
「おにいちゃん、ありがとう」
隣にはしっかりと、笑顔でしがみつくアリスの存在があった。
HO社のサーバーごと処理(ぶっ壊し)した事により、プロテクトも無事に開放する事も出来たのだ。
「うん、気にしないでよ」
若干の気恥ずかしさは若さゆえか、それともリリスの格好なのかは置いておき。
「アリスたん、また来てね……」
「……レイちゃん」
短期間で仲良くなった二人の姿もある。
これからリリスたちは異世界へと戻って行く。
「困った事があったら言うでゲス」
「そうだよ、何時でも頼って良いんだからね……ぐすっ」
この二人も若干涙ぐんでいた。
「まあ、無いと思うけど、一応聞いておくよ」
たしかに異世界に助けを呼ぶといっても、方法に心当たりが無いマサヒロは苦笑いであった。
もっとも……。
『異世界からのゲートは記憶したから工夫してみる』
と、マザーが断言するあたり可能なのだろう。
「でも、こっちこそ、ありがとうと言わなきゃな」
そうなのだ。『楽園世界の極楽浄土編』が廃止にも責任追及にもならなかった理由。
「会うことは出来なかったけど、妹さんによろしくね」
楽園世界を運営するバリオンインダストリ社は、先端医療を技術的に補助する役目で設立された。目的は『迷い込み症候群』の治療だ。
とある財団の設立者が娘の治療のために資金を提供したのが元となっているのだが、娘の治療とは『迷い込み症候群』の事だったのだ。
その『迷い込み症候群』に対して画期的な治療の目処が立った。
マザーがマサヒロに行った脳内インストールとアリスの能力。これがヒントになって治療の道に希望が見えてきたのだ。
まだまだ研究は必要とはいえ、実用かも目の前だろう。
さっそく玲衣が連日システムの開発に勤しんでいる。
目の下に隈を作りながら「あはは、ハイだわ」とドリンクを口にして頑張っていたのだ。
もっとも「婚期を逃したらマサヒロに責任とってもらうから!」と言うのは余計だったが。
「それじゃ! 行くね!」
リリスの声とともに魔法陣が光り輝いた。
「レイちゃん! バイバイ!」
徐々に飲み込まれていく。
「あぁああああ! アリスたぁん!!!」
感動的な別れは光とともに「さよなら!」と、ちょっぴり自分も涙したマサヒロだった。
「よしっ! それじゃレイ?」
「はい、マスター!」
『ボクも忘れないでくれよ』
今後のデータ作りのために、バグったままでゲームを続行するマサヒロが掛け声を上げる。
「さあ! 冒険を続けるぞ!」
ゲームに求めるものは人それぞれだろう。戦いや冒険? それとも錬金や鍛冶かもしれない。
「おーい! アキヒロ」
いつものようにケンちゃんを連れた和島君に出会った。
「レベル上げ助けてよ」
さっそくのお誘いだ。もちろん嫌はない。
「おう、任せておけ!」
「ナアナア、今日はマッドツリーやっつけようぜ」
不適にもあれだけ酷い目にあったというのに、ケンちゃんはリベンジに行きたいようだ。
「あはは、やられて泣きいれんなよ?」
「ふふふっ、いつまでもやられる僕らじゃないさ」
メガネをくいっと持ち上げた和島くん。
「よし! 行こうっぜ!」
アキヒロは思った。
「最初はバグだと思ってたけど、オレに与えられたのは希望だな」
そして今日も二十万人がゲームの世界に入った。
希望を求めて。
どうでしたか? 駆け足でお送りした小説でした。プロットではこの後、異世界で暴れる予定ですが書き上げるまで完結とします。
お気に入り評価して下さった方ありがとうございます。
なお感想などいただけますと作者は歓喜します。




