第四話
レイは逃げるのに必死だった。マスター不在の状態では戦闘能力はほとんど無いのだ。
「きゃっ!」
がれきが崩れ落ちてきた。転がるように避けるレイだったが、最悪なことに逃げた先を塞ぐように待ち構えているモノがいた。
「……こんな所まで」
ゾンビウルフ。単体では驚異ではないが、つねに集団で襲いかかるそれは初心者キラーと呼ばれる。
「あぁあ……マスター助けて……」
うなり声を上げながら地を這うように近づいて来た……レイに襲いかかるその時。ゾンビウルフは蹴り上げられた。
「誰に牙を向けているのかね?」
初級ダンジョン〈煉獄の塔〉を支配するキングオライオンが現れた。
マサヒロの協力を得てはいるが、現在クリア率一八%というゲーム難度を上げる存在のボスである。
「ライオンのおじさん」
たてがみは金色に輝き四本の腕には普段は持っていない蛮刀を装備している。
「さあ。ここはワタシに任せて逃げなさい」
優しくレイに告げると、飛びかかってきたゾンビウルフの咽に蛮刀を突き刺して吠えた。
「グォオオオ!!!」
そのまま蛮刀ごと振り上げると、回転しながら斬りつけていく。悲鳴を上げる暇も無く細切れにされたゾンビウルフは地面に消えていった。
「プレイヤー相手でも無いし、本気を見せてやりましょう。マサヒロくんの替わりといっては失礼ですがお嬢ちゃんを怖がらせた責任は取ってもらいますよ」
ニヤリと口角を上げたキングオライオンの目が光る。戦闘はここでも激しさを増していった。
※
町を走る賑やかな大通りと違って、雑多な印象がある裏通りは迷路のようだった。
結界のおかげかまだそれほどの進入は許してはいないが、あちこちで戦闘している音は聞こえる。
レイは追われるように逃げていた。
「はあはあ……どうしよう?」
キングオライオンが大多数を引き受けてくれたが、こぼれたモノは当然いた。
それも群れを作るゾンビウルフ達を統率するボス……アンデットウルフだった場合は危険度が一段跳ね上がる。
「えっ!? どうしてダンジョンボスがここにいるの!」
逃げようとしていた先にアンデットウルフを見つけたのだ。
ゾンビウルフは崩れた身体のために這うようにしか動かないが、ボスであるアンデットウルフは素早い動きが可能だった。
「こっちだ!」
どうしようかと考えていたレイだったが誰かが声を掛けて助けてくれた。横から手を引かれて入ったのは教会である。
「危なかったなお嬢ちゃん」
心配そうな顔でレイを見るのは見覚えのある人物だった。
いつかの屋台のおじさんが手を引いてくれた。他にも見覚えのあるNPCが沢山いた。
「この中なら、あいつらも手を出せないから安心しなさい」
神父がレイを安心させるように声を掛ける。
「ありがとうございます、神父様」
レイもほっとしたのか少しだけ笑顔が出た。なにげなく辺りを見渡した時、教会の窓から見える通りを歩く人の姿を見つけた。
「……女の子」
ふらふらと歩いている青い髪の少女は、行くあてが無いのか辺りを不安そうに見渡している。
「おい! あっちは危ないぞ」
「神よ……」
少女が向かう方向はさっきレイが逃げて来た場所だ。恐ろしいアンデットウルフが待ち構えている。
「助けないと……そっちはダメ」
思わずレイは飛び出して行った。
「あっ! お嬢ちゃん! 待って! 危ないぞ!」
出てすぐの路地裏で少女を見つけることが出来たレイ。
「……良かった。無事だったのね」
少女がゆっくりと振り向きレイを眺める。
「……ダレ?」
「そっちは危ないの、みんながいるから教会に行こう」
レイは少女の腕をつかむと来た道を戻ろうとした。
「……キケン? キョウカイ……」
何かを考えるように目を伏せる少女。その時レイは気づいた。何かの陰が動いたのを。
「ごめん……無理みたい。教会には行けないから……うん、家に戻ろう。マスターが来てくれるまで隠れていよう」
少女の手を引きレイは走り出した。意外なことに少女の足取りもしっかりしている。
「ねえ、私の名前はレイ。アナタの名前を教えてくれる?」
走りながら少女はつぶやいた。
「……ワタシノナマエ……」
考え込む少女。その表情は混乱しているようだった。
※
そのころ主人公はというと、騒ぎも知らずにある病院にいた。
「あはは。なにそれ! 面白すぎるよー」
にこやかに笑う少女を相手にしているのはマサヒロだ。
「だってしょうがないじゃん。俺、道具屋だもん」
毎日メールでやりとりしていても会話に勝るものはない。ちょっと大げさながら、ゲーム内の出来事を面白おかしく話すマサヒロだ。
少女はマサヒロの妹だった。楽しそうに笑う少女だったが長い闘病生活で痩せた身体は隠せてはいない。
「まあユキも来月始めれば分かるよ。俺の苦労が」
マサヒロもそれは分かっているが構わず笑わせる事を優先させる。
「うん。お兄ちゃんと遊べるの楽しみ。うふふ」
迷い込み症候群。脳内ネットワークでのメッセージが正常に伝わらないために、感覚や運動神経に異常が起きる。最悪の場合は死に至る病だ。
マサヒロの妹であるユキも数年前から発症していた。
幼い妹の闘病生活を助けるために母が付き添い、父親は海外に単身赴任という状態で、現在マサヒロは一人で生活している。
幸いこの病院内では補助機器を使用する事によって進行を抑えていた。
不足しているニューロン(神経単位)を電子的に補う。技術の一端はVR機能として使われているものでもあった。
「そろそろ帰るわ。母さんによろしくな」
「えっ……もう帰るの」
寂しそうな妹の姿を見ると心が痛むが、身体の負担を考えてそれを振り切る。
「また来るよ」
マサヒロは病室を後にした。
※
家に帰ってきたマサヒロは、いつもの通りにVRシステムの電源を入れた。
本来メンテナンス状態では自動的に待機モードに移行する。安全のために電源が入らない仕様になっているのだが『ダイブ可能の状態です。ヘッドアップユニットを装着して下さい』と、通常表示でアナウンスが聞こえる。
マサヒロは気づかなかった。いつもと違って無機質で幼い声のアナウンスだったことを。
※
「なにこれ!」
目の前に広がる景色の異常さに声を上げたマサヒロ。
『ようこそ、マサヒロくん』
突然響いた声に驚くマサヒロ。
「だっ、だれ?」
何時もなら軽い浮遊感のあとはなじみの道具屋の店内にいるはずなのだが、廻りは白い霧に覆われている。
「えーと……どちらさまでしょう」
『緊張しなくても良いよ。ボクの名はマザー、正しく言うとマザーの一部分』
直接頭の中に飛び込んで来るように声が届く。やわらかく幼い声の持ち主は姿を現すこともなく話し続けた。
『驚くことも無理は無いと思うが、少し助けて欲しいんだ』
「助ける? 意味が分からないんだけど?」
当然の事である。高校生のマサヒロにとって出来ることなど限られているだろう。ましてやゲームの中では、バグった末に訳の分からない元勇者の道具屋などというふざけた状態なのだ。
『ボクの役割はこの楽園世界を運営することで、AIって分かるかな?』
「NPCとかか?」
高度なAIによるNPCキャラクターはこのゲームの売りであった。
『うーん……実際は少し違うんだけど、だいたいは合っている。ボクはそのAIなんだ』
「AI? プログラムとかコンピューターってことか? それで何を助けて欲しいんだ?」
ゲームやマンガで得た知識がベースだろうが、マサヒロはそれなりに理解したようである。
『そう認識して貰ってかまわない。実は現在の楽園世界は封鎖されている』
「えっ! 俺はダイブしたけど?」
玲衣の手によって運営側で閉じられているために、ログインすなわちダイブ不能の状態が続いている。表示はメンテナンス続行中のため、メンテナンスが明けるのを待っているユーザーは多いことだろう。
『君の場合はボクが必要としているからね、悪いウイルスをやっつけるのに他のNPCでは弱すぎる。NPCは設計からある程度制限しているからあれ以上は強化出来ない。残るはキミだけなんだ』
「ウイルスって何だよ? NPCがウイルスをやっつけるって何だそれ?」
今ひとつ意味が分からないマサヒロだった。
『ゲームに干渉して破壊するためのプログラムが紛れ込んだ。増殖は押さえ込んだけど、個別に消さないと効果が無いんだ。つまりゲーム上だと戦闘になる』
「俺に闘えってか? 無理無理! だって!道具屋だぜ」
『君に適用されているプログラムはシステムから独立している。闘うのは十分に可能だ。とにかく、よく分らない力が働いているんだ。それについてはボクでも理解できない。まるで違う世界から干渉されているみたいだ』
「ちょっ、まて! 違う世界って何だよ!?」
『すまないマサヒロくん。戦闘が始まったようだ』
その言葉と共に霧が晴れていった。そこにあるのは見慣れた景色などではなく……。
「そっ! そらぁああああああ!」
高い空の上であった。当然、落ちるわけだが。
『キミに力を貸すよ。ボクと一緒に闘って欲しい』
「うわぁああああ! おちるぅううう! ってあれ?」
いっこうに落下の重力変化を感じることなく、むしろ浮かんでいると言った方が良い状態におかしいと感じた時。
『見つけた! あれだ! 下を見て』
マザーの声で下に注意を向けるマサヒロが見つけた物は、モンスターと闘うプレイヤーであった。
『行こう! マサヒロ!』
※
「あわわわっ! ポップしすぎよっ!」
本来なら後衛で回復に専念するべき立場だったがアーシェは囲まれていた。
サンドオークがいきなり地面から現れたのだ。
「武器! 武器! あああ何か持たないとぉおお!」
慌てているのか、アイテムボックスから次々と出しては捨てていく。そして手にしたのは……。
「あぁああああああ! 何でこんなモノが」
バールのようなものを握り締めて悲鳴を上げた。
砂で出来た身体を持つサンドオークは、その醜悪な顔を歪ませて笑っている。
「姉御! 魔力が切れそうだ」
囲まれた回復役の僧侶を助けに来たのは良いが、いかんせん相手が悪すぎた事に気づいたのは飛び込んだ後だった。
「ちょっと! あわわわわ、何で増えるの?」
そう……物理攻撃で手や足を飛ばしても、そこから新たなサンドオークが現れるのだ。もっとも分離するだけなので大きさは小さくなるのだが、すばやさは上がるので始末が悪い。
「待った! 姉御は頼むから殴らないでください! あぁあああああ! また増やしている!」
魔法を当てれば倒すことは可能なのだが、数が多すぎる。もっともアーシェがパニックになって殴らなければこんな事には成っていなかったのだが。
「速攻で抱えて逃げれば良かった……」
最後のMP回復薬を飲み干して、思わず愚痴る魔法使いだが見捨てる選択肢は無い。
「死ぬときは一緒っすよ」
「死ぬのいやぁああ!」
通常ならデスペナを覚悟すれば良いのだが、現在はシステムに不安がある。死ぬのはごめんだった。
辺りを囲んだサンドオークはすぐには襲いかからない、なぶり殺しにしようともて遊んでいるのだろう。
※※※
その時大地が揺れた。
地面に何かが追突したかのように土煙が上がって、辺り一面の視界が悪くなっている。
「ふーーっ、足しびれたって! なにこれ? ちっこいの」
晴れた土煙の中から現れたマサヒロは、辺りを見回しモンスターの数の多さに驚いた。
『サンドオークだね、物理攻撃は効かないから気を付けて』
新たに現れたマサヒロを見て威嚇の声を上げるサンドオーク達、その数は五〇以上はいるようだ。
「うん物理は効かないって……あれ? 俺って魔法覚えてた?」
もちろん覚えて無い。加護を受けてないのだからスキルすら無いのだから。
『ふっ、問題無い。ボクをダレだと思っているの』
「そうだよねー。分かってますって、じゃ! 後はよろしく」
難しいことを考えるのは苦手なマサヒロは、丸投げすることに決めた。
『ふふっ、何を言っている。やるのはキミさマサヒロ、手を相手に向けてみな』
「えっ! 俺! マジでぇえ」
そう良いながらもサンドオークに手のひらを向けるマサヒロだった。
『心の中でイメージするんだ。そうだな最初は火の玉にしよう』
「火の玉か……」
素直だけが取り柄のマサヒロは、マンガで見た場面を想像する手のひらから放たれた光が収束して火の玉を作り出していった。
『結構、良い出来だ。それを相手に打ち付けてみて』
「おい! 無詠唱かよ」
魔法使いは驚くが、実際には無詠唱魔法は高度なスキルがいる。
「なんだぁあ! この大きさ! マジでファイヤーボールかよ!?」
初級で覚えるファイヤーボールだが、大きさはテニスボールほど……だがマサヒロの作り出した物は直径一メートルくらいはあった。
「くらえっ!」
打ち付けるように投げつけた火の玉は正確にサンドオークに向かっていく。
慌てて逃げ出したサンドオーク達だったが、巻き込むように火の玉が当たった瞬間。
悲鳴を上げて燃え上がるサンドオーク。一体どころか辺りを巻き込んで燃え上がっていった。
「おい、す、凄くない?……あれ初級魔法だよね?」
さっきまでパニックを起こしていた神官が呆然と見つめる。
「チートってもんじゃねーよ……あんな初級魔法あって……たまるかぁああああ!」
わずか一発の魔法で……それも初級魔法での攻撃である、叫びたい気持ちはよく分かる。
『マサヒロ、まだ敵は多い』
「おーけー。とりあえず要領は分かった」
規格外の魔法だと気がついて無いマサヒロである。
『先に町の外から掃除しよう』
結界は所々破られているがすべてではない。今も中に入ろうと攻めているモンスターの姿があった。
「結構数が多いな、どうやれば良い?」
ざっと見ただけで数千はいるだろうモンスターに向かおうとするマサヒロを見て。
「ちょちょっと! アンタあそこに行こうって言うの! 絶対に無理よ一人なんて」
慌てた神官が心配そうに止めに入った。常識で考えれば無理もない話だったが。
「だってさ? どう思う?」
マサヒロはマザーに問いかけた。顔は不敵に笑っていたが……。
『ククク、一人じゃ無いよマサヒロ』
「だよねー」
マサヒロは神官と魔法使いの方に振り向くと、笑顔で声を掛ける。
「うーん……俺ってさ実は……道具屋なんだよね。それでさ、あそこには俺の店と仲間が居るんだ」
『もしかして? ボクも仲間かい?』
マザーの問いかけに即答するマサヒロ。
「なに言ってるの? 当たり前のこと言ってないでさっさと倒そうぜ!」
『おーけー! マスター』
マザーが言い終わる前にマサヒロは駈けだした、ちょっと顔が赤いのは照れているためか。
『ふふふっ……もしかして? 照れているのかい? さっきのセリフはカッコ良かったよ』
マザーのからかいに耳まで赤くなるマサヒロ。
「うっ! うるせぇええ! さっさと片づけて店に帰るぞ!」
マサヒロは全力で駈けだしながら拳を握る。まだ闘いは始まったばかりなのだ。
※
「うはっ! キモ!」
折り重なるように渦めくモンスターだったが、あまりの数に少々グロテスクに見える。
『この辺りの敵は数が多いだけで、システムを破壊できるほどじゃないから一気に行こう』
「おい! マジかよ? すげー怖そうなのもいるんだけど?」
巨大なドラゴンが、口から炎を吹き出して暴れているのを見たマサヒロの顔は引きつっていた。
『問題無い。制限はあるけど今のキミは、この世界に干渉できるくらいの力がある』
「意味わかんねー! もう少し分かりやすく教えてくれ」
『そうだね……イメージを現実に出来るのさ、さっきの魔法みたいにね。通常はゲームで決められた値以上の威力は出せないけど……それを超えられる』
「チートってやつか?」
楽園世界での魔法の威力はスキルレベルごとに上昇していくが、マサヒロの場合は持ったイメージがダイレクトに現れる。
『ただし元々ゲームに無い魔法は使えないから』
プログラムされていない魔法を作り出すことは当然出来ない。
「イメージか……」
何かを考えたマサヒロは、両手を上げて構える。
目の前の空間に小さな竜巻が起きた。前に一緒に狩りをしたケンちゃんが使っていた魔法だ。
「もう少し大きく……まだまだ」
廻りから空気を吸い込んでどんどん大きくなる竜巻は、すでに高さが一〇メートルくらいはある。
「もっと! 大きく! いけっ!」
膨れあがった竜巻は、結界を覆い隠すモンスターを巻き込みながら成長していく。
吸い込まれたモンスター達の悲鳴と共に切り刻まれていく音が響いたあとは、ぽっかりと空いた地面が残った。
『はははっ、凄い! その調子でやっちゃえ!』
大地を埋め尽くすモンスターが、次々と竜巻に巻き込まれて消えていくのを呆然と見つめるベア子。
「何だ……あれは……」
結界の破れ目から現れるモンスターを、苦労して倒していた他のプレイヤーも立ち尽くす。
「風魔法? うそだろ……」
ひたすら盾で穴を塞いでいたリアスも、目の前の光景を信じられないような顔で見ている。
数千はいたモンスターの群れがどんどん消えて行くのだ。プレイヤー達は何時しか闘いの手を止めて見とれていた。
『さあ! もう一発撃てば外は片付きそうだ』
「オーケイ! これで! どうだ」
マサヒロが逃げようとするドラゴンを狙って竜巻をぶつける。逃げ惑う他のモンスターを巻き込みながら巨大化したそれは、空に駆け上がるように消えてゆく。
残ったのは無残に荒らされた大地だけだった。
「……だいぶ壊しちゃったけど良いのかな?」
『問題無いよ、玲衣が直してくれるさ』
「ははは……怒られそうだ」
『それより中に入ろう、どうやら進入されたようだ』
マザーの声を聞いたマサヒロは、町の中に意識を向けたとたん身体が動き出す。
「うわっ! えぇええっ! 何で勝手に動くんだ!」
『すまん急がないとマズイ事になる』
ぎこちなく暴れるマサヒロを無視して町の中に急ぐマザーだった。足が勝手に動くのだが身体は付いて来ないという、動きの異常さを見たプレイヤー達は皆呆然としている。
「あれ? なに……キモイんだけど」
「ベア子さんのキモさに匹敵するよね……」
「あはは……夢に見そう」
※
「ん! マスター?」
やっとのことで道具屋の店内にたどり着いたレイが、マサヒロのダイブを感じた。
少女を保護して逃げ込んだ後、じっと息を詰めて隠れていたレイは傍らの少女を見つめる。名前を思い出すことなく疲れ果てたのか眠っていた。
「早く来て……」
移動型デバイスであるレイは、マサヒロのログインによって機能が復活した。今ならそこそこの戦闘力は有るのだが、やっぱり心細いのだ。
その時、ドアを打ち破る音と共に店内に誰かが入って来た。
「ハハハハ! 見つけたぞ! 何処にいるのかと思っていたが」
プレイヤーなのか豪華な鎧で身を包んだ男は、レイを見向きもせずに少女を見ると笑い出した。整った顔は冷酷な笑顔を浮かべている。
レイが抗議の声を上げて立ちふさがる。
「店を壊すなんて! 酷いです! アナタは誰なんですか? 何の用でっ! きゃ!」
男は立ちふさがったレイを突き飛ばした。
「邪魔だ、どけ! ん? NPCとは違うのか」
そこで初めて興味を持ったのか、倒れているレイを掴み上げると興味深そうに眺める。
「いやっ!」
「ほう。プレイヤーでも無いようだな? 何だお前は?」
髪の毛を無造作に掴み上げ、自分の方を向かせると観察するようにつぶやいた。
「いたい……」
「ふん。痛みも感じるのか? 興味深いが時間が無い」
男は無造作にレイを投げ捨てると、ベッドに寝ている少女に近づく。
「おい! 寝てるのか起きろ!」
乱暴に少女を揺すり起こすが、少女は目覚めない。
「ちっ! 起動してないのか? 役たたずめ!」
舌打ちした男は、ベッドごと少女を蹴り倒した。
「何をするの! やめてぇ!」
レイが少女をかばい男に飛びかかる。男は邪魔されたのが不満なのか口を歪めると、無造作にレイを殴り払った。
「あぐっ!」
「まったくこのゲームは邪魔ばかりしおって! 何もかも気に入らん!」
「ぎゃっ!」
男は倒れたレイを蹴り上げると腰の剣を鞘から抜いた。
「どうせプログラム。壊したところで意味は無いが私は逆らう物が嫌いだ!」
男が剣を振り上げレイに向けたその時、轟音と共に道具屋の壁が崩れ落ちる。
「おい! 何してやがる!!」
マサヒロは倒れたレイと剣を振り上げた男を認めると叫んだ。
「ま……マスタ……」
「レイ! 大丈夫か!」
マサヒロは倒れているレイに声を掛けると、手をにぎりしめ様子を伺った。レイはどこか痛めたのか、倒れたまま起き上がら無いが意識はある。
『マサヒロ! 侵入者だ! ただのプレイヤーじゃない気を付けろ!』
マザーからの警告が入るが、マサヒロはレイの身体を抱き上げると静かにベッドに寝かせた。その時横に倒れている少女を見つけたマサヒロは、大きく目を見開くと同じように少女も寝かせる。
「邪魔ばかり入る! まったくクズなゲームだ! おや? プレイヤーかと思えば……少し違う見たいですね」
男はマサヒロを確かめる様に見ると、手にした剣を向けた。
「どうせレベル20で制限された相手、手間を掛けるまでも無い」
『聞いているのか! 攻撃されるぞ』
剣を背中に向けられたマサヒロは、マザーからの警告を聞いても動こうとはしない。ただ……両手は硬く握られている。
「お前が……やったのか」
マサヒロは背を向けたまま男に話しかける。
「町をめちゃくちゃにしたのも……レイをこんな目に合わせたのも……」
震えた声で話しかけられた男は、歪めた口元で笑い声を上げた。
「くくくっ……だからどうだと言うのだ。邪魔なプログラムを破壊してやったまでのこと」
意外だと言う表情でなおも話続ける男は、つまらなそうに廻りを眺めた時。
「──グハッ!」
振り向いたマサヒロの拳が男を壁ごと叩き出す。
「笑ってるんじゃねー!!!」
壁ごと通りに叩き出された男をマサヒロの左足が腹を蹴り上げた。
「グエッ! なんだ……PK出来ないエリアのはず……」
PK──プレーヤーを意図的に攻撃する事だが、町の中では当然PKなど出来るわけは無い。 ただマサヒロの場合は普通では無かった。
(くそう! 何がチートしてるから絶対大丈夫だ! 全然大丈夫じゃ無いではないか!)
小心者で本来絶対に危ない橋は自分では渡らない。中に入って見たのは技術担当重役から渡された不正パッチによって強化していたからなのだ。
(ぐぬぬ! マズイ! 何とかせねば……)
重役の説明によると、中のプレイヤーはレベル20で制限された上に町中ではPKが不可能という……言わば自分は絶対に攻撃を受けることが無いからこそダイブしたのだ。とことん卑怯な男であった。
その時通りの向こうから声が聞こえた。
「ねえ? この辺りにいるって反応があったのかい?」
「もちろんです! お嬢様。優秀な私の頭脳で作った魔法が、間違ってるはずは無いのです」
奇妙な格好をした二人組である。どう見ても怪しいとしか言えない二人は、暢気に通りを歩いてくる。
『マサヒロ! 新手だ! プレーヤーじゃ無い』
「──っ! 誰だっ!」
警戒するマサヒロが振り向いたが……。
「ちょっ!?」
男の方は普通である……もっともゲームで無ければだが。
「執事に……痴女?」
見ようによっては、世界観はかなり違うが執事は納得出来るかも知れないが。
「んん? 誰が痴女なのよ!」
これでもかとばかりに、胸の谷間を見せつけるコスチュームに身を包んだ女が叫ぶ。
黒革のビキニの腰に、申し訳なさそうに付いてある腰巻きは最早スカートとは呼べず。
手には肉球の付いた手袋をはめ、頭にはネコミミのカチューシャが存在感を主張している。
シッポが揺れているのもポイントかも知れないだろうか? 十二分に魅力的な姿である……ただしそれが企画物のAV女優あたりならば……。
「いやーお嬢さんは痴女などではありません」
「そうそう、うんうん当然よねー? こんな美しい私をさして痴女なんてさ! しつれーしちゃうよね? ほら! さっさと言っておしまい」
執事風の男は、間を取るかのように一息ついて自信たっぷりに答える。
「はいはいお嬢様は変質者なのでゲスから」
「なっ! なにそれぇええ! アンタ私をそんな目で見てたわけぇええ!」
後ろでドヤ顔で立っていた女が涙目で抗議するが、執事風の男は今気づいたのかというような顔で驚いている。
「はー……なんか力が抜けたって! まだ終わってない!」
闘いの最中であった事を思い出したマサヒロが構えるが、相手はいつの間にか逃げ出したのか消えていた。
「ふうー。何なんだこの騒ぎは」
突然現れた二人を横目で見ながらマサヒロは溜息をつく。
『とりあえずプレーヤー以外の侵入者がいるのは困る、なんとか排除しないと』
「まさか! お嬢さんは、気づかないでいたのですか? てっきりそう言ったご趣味がおありかと思っていましたよ」
「うぅうう! ばかばか!」
涙目でポカポカと殴る女だが何時までこのコントを続けるのだろう? という空気が流れた頃にマサヒロは建物の中に飛び込む。
「レイ! レイ! 大丈夫か」
楽園世界の混乱はまだまだ続く。
※
幸いなことにレイのダメージは少なく、問題無く動くことが出来そうであった。
「あぁああああ! アリスどうしたの!」
問題なのはアリスと呼ばれる少女では無く……怪しい二人組である。
「お嬢様落ち着いて!」
マサヒロに続いて建物の中に入って来た二人は、ベッドで横たわる少女を見るなり取り乱したのだった。
どうやら二人の目的はアリスを捜していたようで、冒頭の会話となっている。
「目を開けてちょうだい……」
「どうやら精神魔法が掛かってるみたいです」
なにやら怪しい機械を使って、アリスを調べている二人に対してマサヒロが尋ねる、
「ねえ? どういう事か教えてくれる?」
二人の説明は奇想天外だった。
「魔法都市イステリア!?」
「ええ、そうよ」
「お嬢様はイステリアで有名な魔女なんでゲスよ、ちょっと変わってますけどね」
「変わってるは余計だよ! バカ!」
任せておくとキリが無いので要約すると、女の名前は魔女リリス執事はセバスといった。
「さらわれた魔法人形を探しに来たの」
突然消えたアリス(魔法人形)を取り戻しに来たと言うのだ。
しかもそこはこの世界では無いと言う。
「完成間直のアリスを盗まれたのよ」
「そうなんです。お嬢様が仰るとおりでゲス」
長く魔法人形の研究をしていたのだが、ある日他所の世界から干渉を受けた。忽然と現れた魔法陣に飲み込まれるアリス。
驚くことに異世界に干渉した魔法陣の正体はプログラムだった。要するにクラッキングだ。
「なんだっけ? プログラム? あれってさ、言語は違うけど魔法に似てるのよ」
HO社が秘密裏に行っているクラックプログラム。偶然に進入した異世界でアリスを見つけた。もちろん魔法人形ではなく、プログラムとしてなのだが。
「ちょっと待って! 理解できないんだけど」
色々と原理や理論を述べられてもマサヒロにはちんぷんかんぷんだ。
「ええと、要するに異世界からアリスを助けに来たってこと?」
「そうよ! 私たちはようやく干渉した相手の正体を掴んだのよ」
魔法の痕跡を調べ、そこからHO社のプログラムにたどり着いたと言う。
「元々アリスには魔法を無効化する術式が入っているの」
魔法を無効化とは、魔法使いが行使した術式を途中から干渉して違う魔法に変換する。
HO社の技術担当重役は、手に入れたこのアリスの特異性に注目した。現代に当てはめるとウイルスに似ていたからだ。
「私たちはあの……醜い豚がアリスを利用するのが許せないわ!」
HO社はアリスを投入して、データの改ざんや必要な情報を盗み出すなど悪用を始めたのだ。今回の騒ぎもアリスを使用したものらしい。
「お嬢様は、豚野郎のセクハラに耐えながら機会を伺って……」
執事風が悲しそうに話し始める。どうやったのか潜入して調べていたようだ。
「そうよ! あの嫌らしい目で、人の身体を舐めるように……あぁああ! 気持ち悪い!」
突き出た二つの頂を手で押しつぶすように抱えたリリスは、クネクネと身もだえながら叫ぶ。もっともコスチュームがそれでは誘っているようにしか見えないのだが……。
「もっとも、お嬢様は楽しんでいたようでゲスがね」
ああ嘆かわしいと、首を横に振りながら溜息をつく。
「まぁあああたぁあ!!! そんなこと言って! 楽しんで無い! 楽しんで無いからぁあああ! アンタって、私のことどう思ってるのよ!?」
漫才かよと、放っておけば切りのない会話に呆れたマサヒロが口を挟む。
「だいたい事情は分かったけど、これからどうしたいわけ?」
当然の疑問である。敵では無さそうだが侵入者なのだ。
それも異世界から、VRシステムすら使わずにゲームに潜り込んでいる。
説明では魔法世界──VR世界──に入る魔法があると言われた。
膝枕したアリスの頭を撫でながら優しい目で「もちろんアリスを回収していくわ」と、言い切るリリス。
「そのまえに変な洗脳の呪いを解かないとダメでゲスが」
『マサヒロ? アリスとかいう子を調べてみたいんだが』
成り行きを見守っていたマザーが口を出した。
「ん、どうするの」
『どこでも良いからマサヒロの手を当てて欲しい』
ちょっと考えたマサヒロは「ごめん。ちょっと見させて」と頭に手を当てた。
「ちょっとぉ! 何するの! って……」
思わず抵抗しようとするが、マサヒロの真剣な顔を見て黙るリリス。
『うん興味深い。プロテクトはこれか……』
当然マサヒロはまったく何も感じない。マサヒロの行動を不安に思ったのかリリスが尋ねるが……。
「えーとね……いまマザーがって、分かるかな? このシステムのって……俺も良くわかんネーから」
『オーケー分かった。アリスはこのまま保護した方が良いだろう』
マザーの話によると、アリスをVR世界から出せば自己崩壊する可能性がある。原因は不明だが現状はプロテクトが掛かった状態なので。そのままでも問題は無いだろうと言う事である。
アリスを助けるためには大元の……この場合はHO社のメインコンピューターにアクセスする必要があった。
『ボクがアクセス出来れば元に戻すことが出来るかも知れない』
だが収まらないのはリリスであった。マザー自体が信用にならないのだ。楽園世界を管理するAIだと言っても、ウイルス化したアリスを保護する名目で勝手に処理するかもしれないと譲らないのだ。
「どうする? 話が進まないよ」
「そう言っても、信用しろって言う方が無理!」
変わらず譲らないリリスだったが、黙って話を聞いていた執事風の男が口を開いた。
「お嬢様。ここは折れてはいかがでゲスか? どう見ても、この少年が私たちを騙そうとしているとは思えないのでゲスが」
リリスに諭すように話し始めた男はマサヒロに向かって真剣な表情で続け「どうかよろしくお願いします。お嬢様を助けてください」と一分の隙もなく頭を下げたのだ。
※
町の闘いはすでに掃討戦に入っていた。
ここまで出番が無かったベア子だったが、彼? 彼女? の欲求不満はすでに限界に達しようとしていたのだ。
「ぬぅううう! 雑魚ばかりではつまらん!」
巨大な戦斧の一振りで雑魚敵を片付けたベア子は、巨大な影を見つけた。
「おう! アンデットウルフじゃねーか!?」
素早い動きを可能とするボスモンスターである。剥き出しのあばらが覗く巨大な狼は死霊となり毒の爪で襲いかかった。
「ちぃいいい! 甘い甘い、喰われてたまるかってぇの!」
鋭い爪を戦斧で受け止めたベア子は、筋肉をふくらませながら弾き飛ばす。見た目は幼女ながら、非常に暑苦しい漢の戦い方であった。
「くそう! 一人では無理か……誰かいねーのか!?」
本来は巧みな合体技が武器のベアは素早く辺りを見回して仲間を捜した。
「ん? 新顔か? あまり見ねーが丁度良い」
建物の陰に潜むようにいた男は、豪華な鎧を身に着けた実にベア子好みの整った顔をしていた。
「ふふふっ……」
男の顔は得体の知れない恐怖で青ざめている。この男はそう……マサヒロから隙を見て
逃げ出した男だった。
「ひっ! ひぃいい!」
逃げだそうとするが腰が抜けて逃げだせ無い。何故かアンデットウルフも怯えている。
「痛くはしねーよ」
そうささやいたベアは鎧に手を掛ける。すでに彼は大部分を脱ぎ捨てていたのだが……。
「見よ! この技を! 禁断の乱れ牡丹! 薔薇バージョン!!」
指をそろえて差し込むベア子。
上と下から血の涙を流しながら「アッ──!!!!」と叫んだ。
叫びとともに眩い光線が奔った。
「GYAAAAAAAAAA!!!」
悲鳴とともにアンデットウルフは消えていった。
こうして、町を襲った闘いは終わったのである。




