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奇縁の剣(2)


「まず、競技フェンシングのルール。東真も言ってたけど、ここが一等、厄介なところだわ。十五ポイント先取で勝ちというルール。これがある限りは、一撃必殺なんてのは始めから無理なのよ」

「むう……」


珍しく、理路整然とした撫子の言い分に、東真はただ納得した声を上げるしかない。


「レリア、正確に答えてちょうだいな。あんたの主観や思い込みは取り払って、レティシアの実力を見た場合、あのエミリエって子とはどのくらいの実力差なの?」

「それは……」

「例えば、以前の対戦成績でもいいわ。一体、前に戦った時にはレティシアとエミリエはどれくらいのポイント差で勝負がついたわけ?」

「……もっとも……最近の試合結果ですと、十五対十……で、レティシアの負け……です」

「てことは、単純に考えればレティシアとエミリエの実力差は五ポイント。つまり、実力外の奇策で五ポイント取れれば、勝てる計算になるってことでしょうよ」


至極、もっとも。

聞いている三人も、素直にうなずくしかない。


「だけど忘れちゃいけないのは、ここも肝心なところ。これだって、あくまでも机上の論理でしかないってことよ。五個の奇策が浮かんだからって、それで勝てるってわけじゃないわ」

「うむ……」

「とはいえ、あたしらに出来ることなんてそれくらいだからね。せいぜい、奇襲や戦術を練るとして、あとはレティシアの奮闘努力に任せる。それでいいんじゃない?」

「……なるほど。もっともだ」


得心いって、東真もしきりにうなずく。


撫子が言う通り、勝負は一対一。

いざ始まれば、戦う当人であるレティシアにしか勝負をどうこうすることはできない。


当事者でない東真たちに出来る事は、せいぜい頭をひねり、権謀術数を思案すること。


「しかし、そうは思っても、そうそう奇襲の手段など浮かぶものでなし、悩ましいところではあるな……」

「まあ、試合だって昨日の今日ってわけでもないでしょ。日程さえ分かってれば、それまでに知恵を絞れば済むわよ」

「ああ……そうだったな。大事なところを聞いていなかった。秋城、お前の妹と石取の対戦、日取りはいつなんだ?」

話が整ったところで、あとは対策にかけられる時間を確認しようと、東真はレリアに問う。


ところが、


レリアは口を開かない。


無言。

押し黙り、下を向いている。


「ん、どうした秋城。黙っていられても困るぞ。日取りが分からんと私たちも計算して対策が立てられん」

「……」

「なんなんだ。いいから、早く試合の日取りを教えてくれ」

「……それが……」

「うん」

「……明日です……」

「……うん?」


一瞬、


東真は自分の耳の調子を疑った。


まさかな……という思考のせいで。


だから、

再度、問うた。


「……すまん秋城。どうもよく聞き取れなかった。もう一度、日取りを言ってくれるか?」

「……ですので……」

「うん」

「……明日です……」

「……」


沈黙し、東真は固まる。


いや、そのようになったのは何も東真だけではない。

撫子も純花も、

完全にその場で固まっていた。


明日。

次の日。

二十四時間後。


否。

さらに悪いことに二十四時間すらない。


スポーツの大会とすれば、まっとうに考えて日中におこなわれると見るべきである。


そうすると、

現在が午後七時ちょっと前という前提で考えた場合、

最高に運良く運んだとしても二十四時間は無い。


ただまあ……、

思えば有り得ないことではなかった。


明日は日曜。

曜日で事態を把握していれば、これぐらいの展開は……最悪の展開という限定だが、想像していてもおかしくなかった。


そうだ。

有り得ないことではなかった。


なかったと、

思った……瞬間、


東真は頭を抱えてしまった。


「……やられた……」

「え、あ、え……?」

頭ではすでに分かっているのだが、その事実を飲み込み切れず、撫子がどうしていいか分からない声を漏らしている横で、


「……して、やられた……」

東真は、頭を抱えた手で、そのまま頭を掻き毟りながらつぶやく。


「……昨日の今日……まさしく、昨日の今日じゃないか……」

頭を抱えたまま、つぶやき続ける東真。

困惑し、慌てふためく撫子。

申し訳なさそうに顔を伏せるレリア。

戸惑う純花。


混沌とした色宮道場の外で、日は冷酷に西の果てへと埋没していく。


さて、


そんな同時刻。


所は央田川沿い。


試合前日だというのに、遅くまで練習に打ち込んでいたレティシアが、部活を終えて帰路へとついていた。


暗い道に灯る街路灯に照らされ、ブレザー姿の女子がひとり。


ただし、

身長が限り無く190に近い少女である。


遠目に見たなら、逆にぞっとするかもしれない。

その違和感に。


特に、今のレティシアは全身から殺気がみなぎっている。

いい歳をした者でも、間違えば幽霊やオバケの類かと見紛う可能性も否定できない。


そんな、

ピリピリとした空気をまとって歩くレティシアに、縁は訪れる。


「もし」


背後から、遠慮がちにかけられてきたのは男の声。


途端、

ピタリとレティシアは足を止めた。


そうして、

ゆっくりと振り返る。


表情に出さずとも、目から滲み出る不機嫌さを相手に向けようと。


ところが、


見て、レティシアは目から力を抜いた。


そこにいたのは、


見たところ、三十代から四十代といったところの男性。


長い黒髪を後ろで結わえ、着流しの着物姿。

純和風の涼しげな顔立ちは、ともすれば険を感じるところだが、不思議とその男性は人好きのする雰囲気を醸し出している。


それは、柔らかな笑顔によるものか。

それ以外の、独特な印象によるものか。


理由ははっきりしないが、ひと目見て、少なくともこれは悪人ではないだろうなというのは、伝わってきた。


何故だか、大きな紙袋を大儀そうに持ち、朗らかに笑いながら立っている。


「急に声をかけて悪いね、お嬢ちゃん。いやね、そこにたまたま、大判焼きの屋台が出ていたもので、ついつい買いすぎてしまってね。出来れば一緒にやっつけるのを手伝ってもらえるとありがたいんだが……」

「……やっつけ……る?」

言葉をそのままに受け取り、レティシアはほんの少し、顔に警戒心を出す。


すると、それに気づいたらしく、男性は(おっと、しまった)とばかり、自分の額をピシャリと叩くと、付け加えて言った。


「そうそう。私もこう見えてよく食うほうなんだが、ひとりじゃさすがにこの量はきついなと思ってね。どうだい?」

そう言われ、レティシアは男性の言う(やっつける)の意味を理解して、また、ふっと緊張を解く。


日も、とっぷりと沈んだ央田川沿い。

こうして、


レティシアと謎の男性は、奇妙な縁によって出会うこととなった。



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