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奇縁の剣(1)


「……先ほどは、まことに……申し訳ございませんでした……」

そう言って、三つ指をついて頭を下げるレリアの姿がある。


現在、

暴れ狂うレリアを東真が取り押さえ、なんとかバスへと乗せて松若近くまで戻ったのが約十分ほど前。


そして今は、色宮道場で稽古場の床に額を擦り付けんばかりにしているレリアであった。


松若に着いた頃にはかなり落ち着いていたレリアではあったが、そのまま帰してどういうことになるのかが心配になった東真が、連絡をしたうえで色宮道場に寄り、一旦、頭を冷やさせることにしたのである。


「まったく……一時はどうなっちゃうかと思ったわよ。あんな敵地のど真ん中で、思いっきりケンカ売るなんて。あんたの正気は元々から疑ってたけど、今日は確信に変わったわ」

「面目次第もございません……」

言っていることはその通りだが、いつもの調子でレリアの失態を責める撫子に対し、珍しくもレリアは素直に謝った。


それだけ、自身の粗忽を悔いているのだろう。


聖バウムガルトでの態度はどこへやら。

今や文字通りの青菜に塩。


しょんぼりと肩を落とし、視線も床に落としたまま、顔も上げられない。


「それにしてもお前、なんだってあの石取とやらにそこまで立腹してたんだ。私が接した印象からは、えらく感じのいい人間に思えたが……?」

「それは……あの女と戦ったことが無いから、そう感じてしまわれるだけのことです……」

正座して首を垂れるレリアの横であぐらをかきつつ、そう問うた東真の言葉に、レリアは少し控えめな声で回答した。


「あの女の戦い方……練習を見ていらっしゃったから分かると思いますが、技巧派の剣術だと言えば聞こえはいいだけの、不愉快な戦い方です。まるで勝負の最中、ずっとイジワル問題を出題されているようで、気分の悪いこと、このうえ無いんです」

「いや……まあ、あの駆け引きを不快に思う気持ちは分からんでもないが、あれも立派な戦略だろう。しかも、お前と始めて会った時、私がお前を負かした戦法だって、実質はあれと同じだぞ」

「いえ、決して。東真さんの剣と、あの女の剣には、明らかなる違いが存在します」

「……明らかな違い?」

「東真さんの場合、剣を交えるに際し、生死を賭けた大いなる覚悟をもって向かっておいでになられました。あの、ひりつくような緊張感。一瞬一瞬に命を削る気概。それを東真さんは、全身から発して勝負に挑んでくださいました。だからこそに、負けて悔い無しだったのです。ただ単に、わたくしに勝ったという意味ではなく、覚悟と気迫の面で、東真さんはわたくしを上回られた。それゆえにわたくしは心底から、東真さんへ負けを認めたのです。まさしく剣士の誇りと意地、気骨。それらをもって始めて、わたくしは潔く敗れ去れました。そこがあの女とは、決定的に違う点なんです」

「……つまり……真剣勝負における命懸けの緊張感を伴わない戦いでは、いかなる術策も軽薄かつ小賢しいと感じられてしまう……と、そんな感じか?」

「その通り!」

「……」


萎れていたはずのレリアが、話が進むにつれて熱気を帯び、最終的には力強く持論を展開するに至り、東真はもう完全に呆れ果てた。


剣術狂いも、ここまで来ると扱いきれない。


至極簡単な話だ。


レリアは、競技フェンシングでの剣術の緊張感では物足りず、真剣勝負の世界に身を投じた。

スリルを求めてなどという下衆な理由でないことは、レリアの真剣さから察せるが、とはいえ極端にもほどがある。


やはり、先天性の剣術狂い。

剣が関わると、異常なほどに感情の起伏が激しくなるのがその証拠だ。


エミリエもそうだが、妹のレティシアにも同情を禁じ得ない。

こんな厄介な性格の人間に関わられていたのでは、まともな神経の人間はとても持つまい。


そうして、あれこれ思索していると、東真は無意識に眉間にしわを寄せ、頭を掻いてしまう。


と、

しばし東真が頭を痛めていたところに、純花が稽古場へと入ってきた。


手には、盆に乗せた人数分の湯飲みを持って。


「あらあら、皆さん。随分と根を詰めてらっしゃるみたいですね」

言いつつ、純花は東真、撫子、レリアの前へ湯飲みを置いてゆく。


「すまんな色宮。こんな時間に押しかけてきたうえに、こんな気まで遣わせてしまって」

「いえいえ、うちでお役に立てることでしたら、どうぞ、ご遠慮無く」

「かたじけない」

礼を述べつも、東真は頭を軽く下げる。


そんないつも通りの東真の応対を見ながら、変わらぬ物堅さにクスクスと笑いを漏らしつつ、純花もその場へ静かに座った。


「それにしても、大体の話は承りましたが、いかんせん競技フェンシングとなると、私たちはまったくの素人。詳細にルールが定められている分、対処は難しいのでは?」

「うむ、そこなんだ色宮」

もっともな意見を言う純花に、東真は返事をして話を続けた。


「決闘とは違い、競技フェンシングには一本勝ちは存在しない。というか、不可能なのが最大の悩みどころだ。刃引きはしていても、真剣を用いた決闘では、一撃で相手を戦闘不能にする展開は珍しくないが、競技としてのフェンシングに使われる剣は実剣よりも数段軽く、しかもしなやかに曲がるよう作られている。あれでは秋城が得意の、鎧通も繰り出せまい」

「鎧通が出せない……?」

「西洋剣術の実剣であるレイピアでさえ、細身ゆえに打突した際には剣がしなって力が四方に分散する。それを、秋城は驚異的バランス感覚で力を一点集中して、一気に貫徹させる。だがそれも真剣なればこそ。競技用の剣は真剣の数倍、柔らかい。あれで鎧通は……」

「……お言葉ですが……」


突然、


東真と純花の話に、レリアが割って入る。


「競技用の剣での鎧通、不可能とおっしゃられていましたが、少なくともわたくしは放つことが可能です」

「え……?」

「実際、過去にもそれであのエミリエの着ていた防具を刺し貫いた経験があります」

「……!」

「ただ……威力が落ちることは認めます。それが原因で、一撃のもとに勝負を決しようとしたわたくしの目論見は脆く、崩れ去りました。今思い出しても忌々しい……あの女が鎧通を受けながら、それでも向かってきた時の苛立ちは……忘れられません」

「それは……また……」


この話には、東真は呆れると同時に感心もした。


針金のように脆弱な競技用の剣で、よもや鎧通を放つとは……。


無論であるが本来、競技としてのフェンシングにおいて、このような技を狙って出すのは完全な反則である。

危険行為と判断され、その場で失格になってもおかしくはない。


ただし、

それが故意か偶然かが判別出来たらの話。


東真も言っていたように、正常な人間の思考ならば、競技用の剣で鎧通のような技を繰り出すなどは、まず想像できない。


偶発的な事故と考えるのが自然だ。


恐らくはレリアもそこを分かっていて使ったのだろうが、その行為に対する非難の感情より、剣士として生きる東真としては、到底無理だと思った条件で技を出してのけたレリアへ、賛辞すら贈りたくなってしまう。


とてもとても……、

純花の言った通りである。


この面子では土台、競技フェンシングの対応策など考えつくはずが無い。


真剣勝負をおこなう者と、競技として剣を振るう者。

大は小を兼ねるとはいかない。


それをこの中で一番理解しているのは、


「あんたらさ……」

湯飲みを持ち、フーフーと息を吐きかけながら口を挟んだ撫子。

そう、


「さっきから聞いてれば、論点がおかしいっての。あたしらはレティシアを決闘で勝たせようとしてんじゃなくて、競技で勝たせようとしてるってのを忘れてんじゃないの?」


言って、湯飲みから茶をひと口すすった彼女が、皮肉にも状況をもっとも正確に理解していたのである。



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