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迷走の剣(4)


東真と撫子、レリアによる緊急の敵情視察は、結果から言えば成功に終わった。


必要な情報はすべて得た。


エミリエの特徴。

エミリエの戦法。

エミリエの長所。


ではあるが、

役に立つかと言われると、答えは「否」としか言えない。


思っていた以上に腕が立つ。

それが東真の結論。


レリアを基準に持ち出しても意味は無い。

問題なのは、レティシアがエミリエに勝てるかどうかだからだ。


正直なところ、エミリエの業前はレリアのそれと比較しても遜色は無い。

ただ、単純に相性。そこに尽きる。


思うに、レリアは相手の戦法を熟知しているうえに、剣同士の攻防よりも、非常な剣速で一瞬でも速く、相手を貫くことに重点を置いていることが、駆け引きで戦うエミリエにとって不利に働くのだろう。


そこがレティシアの場合は逆。

剣速がレリアより劣るレティシアは、容易にエミリエの駆け引きに引きずり込まれてしまう。


「これは……なかなかに難しい問題だな……」

なお続く試合を見つつ、巡らした思考を整理しながら、東真は想定する対エミリエ戦の対抗策が思い浮かばず、溜め息交じりで言葉を吐く。


「そんな、弱気なこと言わないでくださいまし。不出来とはいえ、レティシアはわたくしの妹です。それがもし負けるようなことがあれば、それはわたくしの不徳ともなります」

「お前の気持ちは重々承知だ。が、どうにもあのエミリエとやら、お前から聞いていた以上に戦い方がしたたかだぞ。正直、お前でも楽に勝てるような相手には見えん」

「そこは……認めます。確かに、あの女の不愉快な戦い方には何度も苦戦を強いられました。でも、わたくしはそのたびに勝ちを収めてきました。わたくしに出来て、妹であるレティシアに出来ないなど、到底納得いたしかねます!」

「お前……」


力強いが、その実、なんとも根拠に欠ける理屈……というより、やたら意固地な考えを押してくるレリアに、東真は呆れ声しか出ない。


まあ、得心するところもある。

レリアの言い分に対してではない。

レリアの態度にである。


いろいろ言ってはいても、レリアも姉なのだ。

妹のレティシアを、心底では心配しているのだろう。


それだけに、

今日、見た事実が痛い。

少なくとも、今の時点ではレティシアの勝てるビジョンが浮かばない。


「さて、本当に参ったな……」

必死の面持ちで見てくるレリアの扱いにも困り、東真は試合へと視線を戻し、頭を掻く。


やはり強い。

見ていない間にも、エミリエは二ポイントを取り、結局、


「あら、終わったみたいね」

撫子が興味も薄く、そう言った。


試合終了。

エミリエ十五ポイントに対し、相手選手は三ポイント。


ほとんど一方的な試合。

練習だったという点を考慮しても、エミリエの実力を証明するには十分な結果である。


そして、


「いかがでした?」

急に背後から声をかけられ、東真は慌てて振り返る。


そこに、先ほどのコーチの姿。


「どうでしょう、ご参考になりそうですか?」

「え、あ、はあ……」

「それはよかった」

底意も無く、本心から笑顔でそう言う。


その態度に、東真も戸惑いを隠せない。

かくも敵対するべき相手に向かい、厚意をもって接することが出来る聖バウムガルトの人々へ対し、一種のカルチャーショックすら感じる。


思えば、

本来の士道もまた、こうした行動を理想としている。


常に己を律し、道徳をもって人に接す。

それが理想。


力よりも、心がけの点で負けたように思い、面映ゆい。


「ところで……」

「はい?」

「せっかくですし、よろしけれけばうちの石取に、御挨拶でもさせていただけますか?」

「……え?」

「いえ、ご足労いただいた皆さんに、御挨拶も無しでは失礼かと思いまして」

「あ……や、いや、それはこちらのほうです。突然に押しかけて練習まで見せてもらったうえに、そこまでしていただいては心苦しい……」


いくらなんでもそこまで先方に気遣いされては困ると思い、東真もここばかりは断ろうと言葉を発したが、


その途中、

気付いてしまった。


背後のコーチに気を取られていて、気配を感じるのが遅れた。


ベンチの正面。

ピスト側。

そちらへ、そろりと振り向く。


と、

見えた。


想像したくもなかった光景が。


エミリエがいる。


しかも、

何故だか知らないが、苦笑いを浮かべた撫子と握手を交わしながら、ニコニコと笑っている。


写真で見た印象以上に、実物にはなお、毒気が無い。

外国人だという気負いすら感じさせないほど、笑うと愛嬌がある。


そんな様子を観察していると、

次には、エミリエの視線が東真に移った。


そこでまた笑顔。

はっとするような、明るい笑顔。


さらに、手を差し出してくる。

これは……受けないというわけにはいかない。


観念し、東真はエミリエの手を取ると、握手をする。


柔らかい。


手が、という意味ではない。

握手が、柔らかいのだ。


親しみやすい雰囲気に加え、このアプローチは東真に変わった危機感を与えた。


戦いにくい……。


決闘制度に身を置く東真にとって、戦いとは常に命懸けのもの。


それなのに、

相手がもし、このように敵対心も戦闘意欲も無く、無邪気に接してきたとしたら……。

計算ずくでやっているなら、とんでもない策士だが、そうした下心は微塵も受け取れない。


これがここの校風なのか。

それとも文化の違いか。

はたまた、エミリエという人間に特有の性質なのか。


あまりにも自分の日常とはかけ離れた感覚を流し込んでくるエミリエに、半ば東真は混乱してきた。


すると、

ふと、またエミリエの目が別方向を見る。


視線の先は、

レリア。


こちらは、エミリエとはまさしく正反対。


冷たい、

凍りつきそうなほどに冷たい視線で、エミリエを見据えていた。


それなのに、

エミリエはやはり、笑顔で手を差し出す。


それを、


レリアは、


払いのけた。


手を振って、乱暴に。


パシンッ、と乾いた高い音を立ててエミリエの手が横へ払われると、エミリエ自身は目を丸くしてレリアを見つめる。


瞬間、

レリアは笑う。


これもまた、エミリエとは真逆。


邪気しか感じられない、禍々しい笑顔。


その、歪んだ笑顔で一言、


「……お久しぶりですわねエミリエ。もう一年は経とうというのに、いまだに進歩していない不愉快で下賤な剣技、しかと拝見しましたよ」

悪意に満ちた声で言う。


このやり取りに、

東真と撫子は凍りついた。


いかな好意的相手とはいえ、敵地でこの振る舞い。


とても正気の沙汰とは思えない。


一触即発。


それどころか、

士道学校に通う者の基準に照らせば、この時点で即座に決闘と相成っても不思議ではない。


見つめ合うレリアとエミリエを見る東真の額に、じわりと冷や汗が滲む。


が、


エミリエは、


笑った。


笑って再度、右手を差し出す。


しかし、

もちろんレリアはそれを無視する。


「しつこいですわよ。そんな汚らしい手など差し出されても、わたくしには迷惑です」

繰り返す。


辛辣な言葉を。


だが、

エミリエは笑顔のまま、手を差し出し続ける。


無言で。


何も言わず、ただ手を差し伸べるのみ。


「相変わらず、口もまともにきけないようですわね……」

明らかに、レリアが苛立ち始めた。


自分の挑発にも乗らず、

言葉も発さず、

柔和な笑顔で立ったまま。


東真と撫子には、どうしていいのか分からない空気の中、レリアの苛立ちは増してゆき、


歪んだ笑顔は苛立ち、歯噛みした顔へと変わり、


歯噛みした顔はさらに苛立ち、怒気を帯び、


怒気を帯びた顔は……ついに、


「……なんとか、しゃべったらどうなんですかっ!」

目を剥き、怒声を浴びせながらエミリエに迫った。


途端、


「止めろバカッ!」

東真が止めに入る。


羽交い絞めにするようにしてレリアの突進を止めると、問答無用でその場からレリアを力ずくに引きずってゆく。


「覚悟しておきなさい、この小賢しい女狐!」

「黙れレリア!」

「大会では、必ずレティシアがわたくしの代わりにその汚らわしい剣を叩き折ってみせます。覚悟しておきなさい!」

「だから、黙れというのにっ!」

聞く耳を持たず、暴言を吐き続けるレリアを引きずり、東真は体育館を後にする。


それを追うようにして、撫子もまたその場を離れると、


「あー……えっと、その……皆さん、お騒がせしまして、すいませんでしたー……」

ささやくように言い残し、ジタバタと暴れるレリアを無理やり外へと連れ出した東真に続き、そそくさと体育館から立ち去った。



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