決戦の剣(3)
今も昔も、変わらないところはある。
例えば、アマチュア競技について。
プロスポーツですら、名の知られた選手やチームが絡んでいなければ集客は見込めない。
そこをアマチュアである。
これが世界レベルとなれば、いかなアマだと言えど、それなりの集客もあるだろう。
ところがこれは日本国内限定。
全国大会とは言っても、日本全国でしかない。
加えて、フェンシングという日本ではお世辞にもメジャーとは言えない競技。
客の大半は学校関係者や、出場選手の身内くらい。
優勝者は世界大会への出場権が与えられるという部分からすれば、実は十分あるのだが、華はさすがに期待できない。
どの試合も、地味に始まり、地味に終わる。
そうした試合のひとつが、今まさに始まる。
この時代のフェンシングの特徴はふたつ。
前述しただろうが、過去にあった(フルーレ)、(エペ)、(サーブル)という三種目が統合され、(自由一種……フリースタイル)の一種目のみとなっている。
基本的ルールはシンプル。
ピスト上で相手を相手より早く(突く)か(切る)こと。
それが一回につき、一ポイント。
十五ポイント先取で勝利。
さて、
ここに重要となってくるルールもふたつ。
攻撃には有効面というものが設定されており、そこ以外を攻撃してもポイントにはならない。
現在の無効面はただの一箇所。
首から上。
つまりは頭部である。
競技フェンシングに用いられる(プロテクター)と呼ばれる競技服は、防断服と同じく、何層もの特殊強化繊維が重ねられており、しかも首元からつま先までを完全に包むよう設計されている。
士道学校で使われる防断服と違い、制服のデザインに準拠した作りではない。
とにかく安全性に重きが置かれた作りなのだ。
上着とパンツ、ブーツとグローブで構成されたこの競技服は、単純に考えれば、防断服よりも数段、安全性が高い。
が、
例外もある。
頭部のガード。
士道の浸透により、競技フェンシングにもより、実戦的な配慮がされるようになり、その結果として頭部のガードのために使われていた防護用のマスクが廃止された。
そのため、選手は顔だけが完全に剥き出しの状態で戦うことになる。
無効面とはいえ、極めて危険なのは確かだ。
しかし、それもまたこの時代の風潮。
どこかしらで命がかかっているという緊張感を持たせること。
それが士道によってもたらされた価値観。
何事に対しても真剣な気持ちで向かうべきだというのが、この時代の主流なのである。
だからといって、決して命を軽んじているわけではない。
先ほども言った通り、ルール上、頭部への攻撃は無効。
それどころか、頭部に攻撃が命中した場合、それが故意か偶然かは関係無く、即座に失格処分とされる。
ゆえに(サーブル)のルールが適用されるため、(切る)という攻撃手段が許されているにもかかわらず、攻撃範囲の広い(切る)動作は偶発的に頭部へ当たってしまう危険性が高いために、ほとんどの選手はよほどの状況でなければ使用しないのが通例となっている。
……と、
長々、説明してきたが、これが今、レティシアとエミリエがまさにおこなおうとしている競技フェンシングのおおまかな内容。
とはいうものの、
ルールをまるで知らない撫子でさえ観戦可能なことを思えば、それほど重要とも言えない。
あくまで頭の隅にでも置いておく程度で、いざ試合をば、ご照覧あれかし。
まばらな拍手と、よく耳を澄ませていないと聞き逃すほどのささやかなアナウンスに招かれ、ふたりの選手がピストに現れる。
東真たちから見て、右にレティシア。左にエミリエ。
双方、会場と審判、そして相手に礼をし、ピストのスタートライン上へと立つ。
そこからの流れは、聖バウムガルトで見た練習試合と同じ。
声は遠くてよく聞こえないため、様子だけで言うなら、
両選手が姿勢を正し、礼をする。
後に、剣を構えて臨戦態勢を取る。
そうなったら、
動いた瞬間に、
スタート!
「始まったな」
それなりの歓声が響く中、東真がピスト上のレティシアとエミリエを見て言う。
「やれやれ……やっと始まってくれたわね。これで少なくとも、試合前に寝ちゃうような失態だけはしないで済ん……」
そこまで。
東真の言葉につられ、撫子が言ったところで、
ピッ!
高い電子音とともに、電光表示が変わる。
右の表示が、00から01へ。
「……あれ?」
「何を妙な声出してるんだササキ。まずは一ポイント先取。幸先良い出だしだろうに」
「え……ポイント……って、レティシアが?」
「お前……見てなかったのか?」
「い、いや、見てなかったとか、そういうんじゃなくて、見る間も無くポイントがとかって、
なんかいきなり言われても……」
などと、
東真と撫子が話している間に、
ピッ!
また電子音。
さらに電光表示が変わる。
右の表示が01から02へ。
「二ポイント先取。流れは悪くありませんわね」
「は……?」
「だから、あの子が連続で二ポイント奪取したんです。撫子さん、ちゃんと見てらっしゃるんですか?」
「あ、だ、だから、見てるも見てないも……」
レリアに言われ、慌てて撫子は言い返そうとした。
そこで、
ピッ!
電子音。
今度は左の表示が00から01へ。
「ついに石取の反撃か。さすがにまだ序盤とはいえ、勢いだけで持っていかせてくれるほど、石取も甘くないようだな」
「でしょうね。序盤はお互いに様子見というのが定石のところ、レティシアは虚を突いて一気に攻めていったのでしょうが、その程度であの女は簡単に主導権を手放したりしませんわ」
「……」
なんともいえない顔をしながら、東真とレリアの会話を無言で聞きつつ、撫子は気づいたことがあった。
フェンシングのルールはまだ、いまいち理解していない。
だが、
フェンシングの試合ペースだけは分かった。
(もう、この先は下手に口を開くまい……)
そう自分へ、心の中で言い聞かせると、
撫子は静かに、ピストのレティシアとエミリエに目を向けた。




