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決戦の剣(2)


向原国技会館。

今回の、近代フェンシング全国大会の会場。


狙ってのことではないだろうが、なかなかウィットに富んだ会場の選択である。


向原国技会館。

国技と謳ってはいるが、決して日本の国技とは明示していない。


国技は国技でもフランスの国技。

なんとも洒落ている。


だがしかし、

そんなことに気を回し、楽しめる余裕があるのは第三者に限られる。


当事者のほうは、必死も必死。


そして、

当事者とまではいかずとも、関係者の緊張もすべからく大きい。


はずなのに、である。


明らかに関係薄い、東真や撫子よりも、まさしく当事者であるレティシアの実姉、レリアに、そうした実感は毛ほども感じられない。


試合直前、レティシアの顔を見に行こうとしなかったのまでは理解出来る。

無用なプレッシャーや、動揺を与えないようにという、心配りとしては十分に有り得る対応である。


さりながら、

今、観覧席のベンチに自分たちとともに腰掛けるレリアがそこまで思慮深いとは、東真も撫子も到底、思えなかった。


普通ならば身内の試合。

少し早目に入場するのが正常だろう。


それが、

遅れないよう早目に到着していた東真らが待っている可能性も考えず、(寒かったから)などという、逆にストレートすぎて困る理由で、ひとり、駅のコーヒーショップでゆったりティータイムである。


東真が呆れ、撫子が起こるのも、理の当然であろう。


「それにしても、こう寒暖の差が大きいと辛いですね。暖房はうれしいですが、ここまで強くされると、不意な眠気が出てきて困りますわ」

すでに始められている他選手の試合には見向きもせず、レリアは外気との気温差で、すっかり曇ってしまった自分のメガネを外し、念入りに拭きながら言う。


それに対し、


「そうよねえ……あたしらなんて、昨日は全然寝てないから、下手すると目ぇ開けたままで、眠っちゃいそうよ……」

比喩などではなく、まさに襲い掛かってきている睡魔を、あくびを噛み殺しながら追い散らしつつ、撫子は答えた。


「それはご同情いたします」

「……しっかり寝てきた人間に、同情なんてされたくないっての……」

「あら、ひどく差別的な物言いですわね。わたくしだって似たようなものですのに」

「似たようなもん……?」

「わたくしも昨夜は大会のことが頭から離れず、一睡もできませんでしたから」

「ウソつけ、あたしらが染め抜いたみたいに真っ赤に充血した目ぇしてるってのに、あんたは澄み切った白い目ん玉してんじゃないのさっ!」

「目の充血度合いは、体質や環境によって個人差が大きく出ます。東真さんや撫子さんは体質的に充血しやすいのでしょう。そこについては、お気の毒に思います」

「この……都合のいい言い訳を、つらつらと……」


短い問答で、撫子がレリアへの怒りを再燃させそうになりながら、低いうなり声を上げていると、ここまでずっと呆れ顔を続けていた東真が口を挟む。


「いい加減にしろ、ふたりとも。プログラム通りならレティシアの試合はもうすぐなんだぞ」

手にした、会場入り口で配られたパンフレットを開き、進行表を指差して言う。


「今やってる男子決勝が終われば、次は女子準々決勝の四組が同時に試合開始だ。くだらない喧嘩は試合が済んでからにしろ」

「う……」

東真にたしなめられ、撫子が口ごもった。


その瞬間、

会場がざわめく。


「……試合終了……ですね」

試合場……ピストすら見ず、レリアはつぶやく。


メガネを拭く手を止めて。

それを聞き、東真はピストを見た。


確かに、

決着している。


「歓声が上がる前、Rassemblez Saluezラサンブレ・サリュエと審判が再度、言ったのが聞こえたでしょう。礼に始まり礼に終わるのは何も、日本の武士道に限った話ではないんです」

奇妙なほど静かに、レリアはそう言った。


拭き終えたメガネを見つめつつ。

眉ひとつ動かさず。

落ち着いた様子で。


ただ、

少しばかりトゲのある言葉を。


「何よ、なんか変に食って掛かるみたいな言い方して!」

「だから止めろと言ってるだろうがササキ。それにレリア。お前もいちいち引っ掛かるようなものの言い方は……」

またもや険悪になりそうな撫子とレリアの間に入り、東真は撫子を抑えつも、レリアにも苦言を呈そうとした。


が、

言い止し、


口を止めた。


目に入ったレリアの手。


拭いたメガネを持つ手が、

微かに、震えているのを見て。


ここで始めて、

東真は察した。


ここまでのレリアの行動も態度も、すべて、


虚勢だと。


本当は、やはり気にかけている。

レティシアの試合を。


そうした心の動きを知られまいと、

万が一にも取り乱すようなことが無いようにと、


わざと無関心な素振りを見せていたのだ。


そんな、レリアの真意が知れてしまった東真が、かける言葉を失っていると、レリアは小さくひとつ、息を吐き、メガネを掛けて、


「……さあ、それでは観察と参りましょう。我が愚妹……レティシアが、あのエミリエの術策に、どれだけ対抗できるかを……」

落ち着いた口調で言った。


ただし、

東真の目は見逃さなかった。


冷静に聞こえる声音に相反し、

レリアの視線が、


鋭く、突き刺さるようにピストへと向けられているのを。



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