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Diamond☆Girls  作者: 由真
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第5話 BRAVE GIRLS

六回の裏。風祭の攻撃は要からである。要は伊丹の剛球に恐れることなく食らいつくも、2-3からシンカーを投げられ三振に終わる。


続くいくみも、変化球を狙うが一球も投げられることなく三振する。


そしてラストバッターの日向は一騎の指示で、あえて三振してチェンジとなる。


試合も終盤に突入し、伊丹ナインはかなり焦っていた。



「てめぇら、この試合展開誰か予想していたか?」



監督の問いに、選手は気まずそうに目をそらす。無理もない。現役の男子高生、それも才能を持ち寝ずにバットを振り、ボールを投げている連中が女子のほうがグラウンドに多く出ているチームに7点も取られ、同点とされているのだから。



「こんなに得体の知れない連中だ。俺ぁなにもいってやれない。だから、こっから先はてめぇらがてめぇらで考えて動け。わかったか?」


「「「はい!!」」」



監督の檄を受け、気合いを入れる部員たち。次の打者は館山からである。



「本当にやってくれたな…」



館山は誰に言うでもなく呟く。その呟きに一騎は答える。



「俺達だって負けてられない…。明日があるなんて言葉は通用しないんだ」



その言葉に、館山は違和感を覚える。



「どういうことだ」


「答える理由はない」



それと同時に日向が第一球を投じる。147km/hのストレート。


館山はタイミングが取れず、手を出せない。



『ストライク!』



そして、審判のコール。一騎がボールを投げ返したあと、館山は今一度問う。



「あいつらが関係しているのか」


「答える理由はないといったはずだ」



同じくして、日向が第二球を投じる。先程よりも速いストレート。しかし、館山はタイミングを量っていた。



キィンッ



打球は日向の脇をすり抜ける。しかし、セカンドの春香が横っ飛びで弾く。それを夏希が捕球して送球し、1アウト目を奪った。



「く…」



館山は歯噛みする。なぜ打てないんだ、という感情が体を支配していく。そしてふと、一塁手の姫香を見るとある事に気づく。



(こいつら…後がないような、そんな目をしてる)



それも当然の話である。三日前に一騎達が試合に勝てなければ、廃部という宣告を受けたことは館山たちが知るはずはない。



(なんだよ…なら、今打ててないのは心持ちの差なのかよ…まったく、女子ごときに負けるなんてな)



館山は、次は最大の集中力で望もうと、心に決めた。この回は日向が二人から三振を奪い、七回表の守備を終えた。


七回の裏。風祭の攻撃は希来からである。



「希来くん、打っていくんだよ!」


「頑張れ、希来少年」


「打たなかったらしばきたおすぞ!!」


「…うん」



三者三様の声援を受け、希来はバッターボックスに向かう。



「打てるかな…?」



誰に言うでもなく、夏希は呟く。姫香は、ふむといってなから答えを返した。



「希来くんを信頼しろ。うちのスピードスターを」



そして、打席の希来。希来はどうやって塁に出るかを脳内シミュレートしていた。



(ヒッティングはかなり難しいな…変化球狙いにしろ機会を逃したら絶対に変化球が来ない)



しばらくして、伊丹が第一球を投じる。150km/hを軽く越えたストレート。


希来は、腰を引きそうになりながらもなんとか見ることだけに徹する。



『ストライク!』



インコースにしっかり入ったようである。希来は1つ息を吐くと、次の球に備えた。


第2球。先程より少し遅い球を、希来は逃さなかった。



コンッ



急に曲がり出すカットボールに動じることなく、しっかりと三塁線ギリギリに転がす。三塁の大久保は、切れると判断し捕球を躊躇ったがライン上で止まってしまい、内野安打を許してしまう。



「よしっ!!」


「ナイバッチー!!」


「春香続け!」



勝ち越しのランナーに風祭ナインは活気づき、口々に声援を飛ばす。そして打席には春香が入った。



(かなり前進してるね…)



内野はバントを警戒してか、全身守備を敷いていた。春香の打力でこのシフトならバントを防げるし、低めに集めれば長打を防ぐことができる。



(低めにくるかな?)



そう感じた第一球、伊丹のボールは春香の胸元に飛び込んでくる。



「なめてるんじゃないよっ!!」



しかし、いつも弱気な春香もやられてばかりではない。高めに仰け反らせるボールを強引を叩きつける。

打球は前進していたショートの頭上を越え、ヒットとなる。



「うっわー…春香の雄叫び久しぶりに聞いたなぁ」



ベンチの夏希はふと、そんな感想を漏らす。



「そうなのか?」



ネクストに入るために準備していた一騎が聞き返す。



「うん。あの子、引っ込み思案なんだけど時々強いところがあるのよね」


「へぇ…」


「私、ちょっとびっくりしました」



横からいくみも話に加わる。しかし、敬麻がバッターボックスに入ったので一騎は話もそこそこにネクストに向かった。


そして、伊丹は敬麻に対して第一球を投げ込む。

150km/hのストレートを敬麻は余裕をもって見逃す。


『ボール』



ボールが伊丹に返り、敬麻は一息つく。そして、もう一度シフトを確認した。



(よし…いける!)



続いて第二球。同じく150km/h近いストレート。敬麻はギリギリまで待ち、バットを横に倒す。



コンッ



「くっ!!」



バントを予測していなかった杉本は即座にボールを拾う。三塁は間に合わないと踏んだ杉本は拾ってすぐに二塁へ送球する。

しかし春香の方が僅かに速く、フィルダースチョイスを記録する。



「「「満塁っ!!」」」



ノーアウト満塁というチャンスにベンチは活気づく。そして、次の打者は一騎だ。逆にノーアウト満塁というピンチに陥った伊丹学園は一旦内野陣をマウンドに集めた。



「悪い」


「いや、あそこは二塁で正解だろ。あいつが速かっただけだしな」



ミスではないピンチゆえ、特にいさかいはない。そして杉本は作戦を伝える。



「ここは一点でいいからアウトを稼ぐことを考えよう」


「シフトは」


「ここは変えない。全員定位置だ。下手にシフトをいじれば穴を狙われる」


「確かにな…んじゃ、そうするか」



そういって内野陣は各々の位置へ帰っていく。そのなかで伊丹は杉本を呼び止めた。



「どうした?」


「杉本、思いっきり捻り加えていいか?」



そういって伊丹は、ボールを握った手を捻るジェスチャーをした。



(あ…)



杉本はそれだけですべてを理解した。伊丹は、本気のシンカー…今まで投げてきた高速でない曲がるシンカーを投げようとしている。今まで伊丹が投げてきたボールで唯一杉本が完璧に捕球できないボールである。



「大丈夫、止めてやる」


「任せたぞ」



それだけでお互いの意思を疎通させ、本来の位置へ戻る。杉本がホームベースまで帰ってくる頃、一騎は屈伸を軽くしてからバッターボックスに入るところだった。



(打たないとな…)



一騎は自分に言われた言葉を反芻していた。そして軽く土をならして伊丹と対峙した。



(初球からいくぞ)



杉本は最初から曲がるシンカーを要求する。伊丹もそれに応じた。

そして、第一球が投じられた。



(シンカー!!)



一騎は投じられてすぐに球種を詠み、それに対応しようとする。完璧にとらえたと思ったはずだが、ボールはバットに当たることなくベースを通過する。そして、ボールはベースを過ぎてからワンバウンドするが杉本がしっかりと体で止めた。



(ずいぶん曲がったような!?)



鈴音は先ほどのボールに驚愕する。一騎も思わず振り返る。

(ちぇ、なんだかんだで成長してるんだな)



伊丹は、しっかりボールを止めた杉本に感嘆した感想を持つ。そしてセットポジションに入ると、再び同じ球を要求する。



(オッケー…)



伊丹は、軽く土をならしてからモーションに入り、第二球を投じた。

同じ球を、一騎はまたも空振りした。



『ストライク、ツー!』


(一騎、こっちを見なさい!!)



鈴音はサインを送るために、届きもしないテレパシーを一騎に送る。しかし、彼はすでに打つ体勢に入っている。



(…すごい集中)



すぐに鈴音は一騎の極限の集中に気付き、サインを送るのをやめる。



(まかせたわよ…)



そして、第三球目。伊丹はほぼ同じモーションでボールを投じる。



(貰った!!)



一騎は、そのボールを目掛けてバットを振り抜く。しかし、ボールは思ったほど変化しない。



(高速!?)


(打てっ!!)



一騎は咄嗟に体を外側に倒し、ボールがバットの芯に当たるように強引に修正する。



キィンッ



そして打球は右中間へ。かなり後方に下がっていたセンターは、悠々と捕球体勢にはいる。



「ゴォ!!」



そして捕球と同時に希来はスタート。センターはバックホームを試みるがもちろん追い付くはずもなく、希来は勝ち越しのホームを踏む。



「カット!!」



伊丹の声に我に返った東門前は返ってくるボールを素早くカットし、ホームに送球する。



「くっ!」



希来に完全に意識が行っていると踏んでホームを狙った春香だが、塁間半ばで挟まれてしまう。なので大人しくアウトにならざるを得なくなった。



「してやられたね、一騎」



ライトフライに終わりベンチに帰ってきた一騎を鈴音は労う。



「…すみません」


「まぁ、一点は入ったんだからよしとしましょう。8、9回気ぃ引き締めてね!」


「はいっ」



そうして一騎はプロテクター類を慣れた手つきで装着していく。

その頃バッターボックスでは姫香が杉本のリードに苦しんでいた。



「ファール」



既に5球目のファールである。杉本は対角線の投球を使って姫香の打ち気を巧く逸らしているのだ。



(ここまで散らされ緩急をつけられは面倒だな…)



姫香は一度バッターボックスを離れ、一息いれる。そして気持ちを切り替えたあと、バットを構え直した。



(まっすぐまっすぐカーブまっすぐカットまっすぐカーブ…次は?)




姫香は思考回路を巡らせ、次の球を予測する。

そして、伊丹は次の球を投じた。



(ストレート!!)



姫香はそう踏み、フルスイングをかける。しかしボールは手元で急激に変化し、姫香はどんづまりのハーフフライを上げてアウト、チェンジとなる。




「いいよ、よく攻めた!!守備しっかりね!!」


「「「はいっ」」」



鈴音の激を背に、風祭ナインは所定のポジションに散っていく。

そんな中、鈴音は一騎とすばるを呼び止める。



「はい」


「二人とも準備はいい?すばるは初陣だから丁寧にね」


「はい」



そう言って一騎はマスクを被り、すばると共にグラウンドに出る。

そんな中すばるは、一騎に話しかけた。



「どうした?」


「あ、えと...」



すばるは何やら躊躇したような素振りを見せる。一騎の頭には?マークが浮かぶばかりだ。



「私のリード...お願い」


「...ああ!」



意思疏通を完成させるとすばるはマウンドに、一騎はホームに向かい東急の準備を始めるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『風祭学園、シートの変更をお知らせします。ピッチャー泉さんに変わりまして、皇さん。ピッチャーは皇さん、背番号10』



すばるが一騎のサインに合わせ、一球一球確かめるように投球する。

もちろん全球種ではなく、ストレートをメインに投球していたのだが。


最後の球を受けると、一騎はマウンドに駆け寄った。



「次の打者は振り回してくる。なるたけ散らすぞ」


「分かった」



淡々としたやりとり。

マウンドから戻り、捕球体勢を整えた一騎はリードを考え始めた。



(小野は出来るだけ少ない球数で抑えたいな。前川にじっくり見られるのが怖い)



そう思った一騎はすばるにまずはストレートを低めに要求する。

すばるは頷き、セットポジションから第一球目を投球する。



『ストライク!』



外角にしっかり入ったが小野は手を出さない。

一騎はすばるにボールを返すと、次のサインを出した。



『内角にカーブ』



すばるはしばし固まるが、やがて頷く。



(あまり投げたくない球なのか?)



すばるのカーブは他のすばるの変化球に比べて、かなり遅い。

スクリューより遅いのもしばしばで、すばるは実践ではあまり使いたくない球種だと言っていた。

そして、そのカーブを投じた。山なりの軌道を描いて、インコースに食い込んでくる。


「しっ」



キィン


小野の打球は三塁線に強烈なゴロとなって飛んでいく。



「つっ!?」



いくみはなんとか追い付こうとしたが、グローブに打球が当たるだけだった。



『ファール』



しかし、運よくそれはベースより左を通過したためにファールとなった。

一騎は審判から受け取ったボールをすばるに投げ渡す。



(あれだけの打球で打たれたら、内角投げるのは辛いかな)



そう思った一騎は外角に逃げるカットボールを要求した。対するすばるは首を横に振る。



(この打者は日向を見てないから、たぶん対応する)



すばるはそう思って首を振ったのだ。それが伝わったか、一騎は内角にドロップを要求した。



(同じ球で球速を変えるのね)



すばるは頷き、第三球目を投じる。

大体だが同じところへボールは向かい、同じコースにボールが来た小野は躊躇いなくフルスイングした。



ゴキッ



スピードが速い分、同じタイミングで振れば振り遅れる。小野はどんづまりのゴロとなり、1アウト目を奪う。



「ナイスピッチだ、すばるくん」


「ありがと、姫香」



すばるは軽く礼を言ってから、ボールを受けとる。淡々とした態度はマウンドでも健在だ。

対する次の打者、前川も女子選手にやられてばかりでもいられなかった。



(くそっ...女ごときに手玉に取られるなんて...。今度こそ打ってやる!)



打ち気な態度が前面に出ていたからか、一騎はそれを容易く感じとる。



『インコースにカットボール』



すばるから投じられた一球は前川が得意とするインハイを掠めようとする。



「貰った!!」



前川のフルスイング。しかし、手前で芯を外すカットボールは芯で捉えられずファーストへのイージーゴロとなり2アウト。


次の大久保も、焦りから出た打ち気を巧く引き出され、アウトを取られチェンジとなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「一点のリードがあるけれど、次は東門前くんに打順が回るよ。もちろん抑える気で投げなきゃだけど、すばるの援護をしっかりするんだよ!」


「はいっ!」



鈴音の激を背に、夏希は自身の最終打席へと向かう。軽く素振りを取りつつ、夏希は如何に塁に出るかを考えていた。



(さっきの打席のように、私には多分球威に押し負けちゃう。さて...)



いつものバットを天に向けるフォームを取り、マウンドの伊丹の投球に備える。



(ストレートッ)


インローに食い込む際どいボール。夏希は腰を引きそうになったが、なんとかそれを堪える。



『ボール』



運良く、一球目はストライクゾーンには入っていなかった。

夏希はベンチの鈴音を一別する。



(どうします?)


『もう一球待ってみて』



鈴音は、三球目に勝負をかけるつもりだ。夏希もそれを肯定し、しっかり構える。


そんな中、隣でスコアをつけていたフェイトが一騎に語りかけていた。



「一騎なら、次は何を投げさせる?」


「俺か?」


「うん、一騎なら」



フェイトは頷く。一騎ははて、と考えてから呟く。



「そうだな...。夏希はあれでもホームランが打てるから、全部ストレートだけは控える。けど...」



そこに、麻希が話に割り込んできた。



「夏希ちゃん、ビビっちゃってるよね」


「そうなんだよな...あ、投げた」



そうしている内に第2球目が投じられる。



『ボール』



これもまた外れた。鈴音は直ぐ様サインを送る。



『外した!次ストライク入れてくるよ!』



そして第3球目。杉本は枠内で構えた。



(内...いや!!)



夏希は斜めに落ち出したボールを思いきりすくい上げる。



キンッ



僅かに鈍い打球音とともに、ショートの頭上へ打球があがる。



「ショートッ」


「任せろ!」



東門前は直ぐ様夏希の打球にすがり付くが僅かに間に合わす、ヒットとなる。



「「「ナイバッチー!!」」」



これで無死一塁。次の打者は要だ。



(チッ...めんどくさいとこで回ってきやがったな)



要はランナーがいようがフルスイングするような男のため、繊細さが問われる状況が苦手である。そのことは鈴音も重々理解していた。



(んー...代打を出してしまってもいいけど、そうなると外野の守備が甘くなるかな)



仕方ないので、そのまま打たせることにする。



(ごちゃごちゃ考えるんなんざめんどくさいんだが...しゃーねぇ)



要はスパイクに付いた土を軽く落としてからバッターボックスに入る。



(とりあえずシンカーは無理)



第一球。相変わらずの剛球が胸元に飛び込んでくる。



「だらっしゃあぁぁぁ!!」



叫び声とともに打球は...いっていない。空振りだ。



(叫びながら振るけんじゃ。全然掠りもしとらん。じゃが...)


杉本は要がタイミングを外しての空振りはしていないことに気づいている。どの球にもタイミングは一応合わせてきている事が杉本の不安材料だった。



(だけど打てないやつは打てないぜ)



マウンドの伊丹の瞳は、杉本にそう語り掛けていた。

杉本はその確率を信じて、カットボールのサインを出す。



(狙いは外、引っ張る!!)



第3球。伊丹が放ったカットボールは要のバットに吸い込まれるように向かっていった。



キィンッ



(しゃあ!!)



要は心の中でガッツポーズを取りながら一塁へ駆ける。ボテボテの打球と夏希の足で最悪のケースを避けた。



(これで一死二塁。いくみ、しっかり送りなさい!)



鈴音はいくみにバントのサインを出す。いくみは了解のサインを出し、打席に入りバッターボックスをならした。



(ここまで私にも力押しの投球で来てた...とにかく叩きつける!!)



そう思ったいくみはバットを短く握り直した。もちろん、そうすればいくみの体格からすれば外角は手が出ない。


案の乗、第一球目は外角に放たれた。



『ストライク!!』



めいいっぱい腕を伸ばしてもギリギリ届かない。

第二球も、ギリギリ届かないところに投げられ、追い込まれる。



『だぁほー!!踏み込めや!!』



ベンチから要の怒声が飛んでくる。もちろん、今の状態で届くことがないのは重々分かっているつもりだ。



(...よし、やれる)



いくみは気持ちを新たに、マウンドの伊丹に向き合った。

もちろん、杉本はいくみの狙いに気づいていた。



(恐らく外角に手を出せないと見せかけて、踏み込んでくるはずしゃ)



伊丹はサインに頷き、第三球目を投げる。それは再び外角に投げ込まれるが、ベース手前で急激な変化を見せる。



コンッ



「「なにっ!?」」



それを難なくいくみはバントする。前進していたとはいえ、バントシフトではないため三塁側はもたついてしまう。



「くそっ」



大久保の素早い送球。それよりも先に、いくみは一塁ベースを駆けていた。

この場面で、打席に立つのはすばるだ。



「打ってけよー!!」


「広くー!!」



風祭側のベンチからの掛け声。それをバックにすばるはどうするかを必死で考えていた。



   ◇



すばる...。



麻希は打席に立つすばるの事が気がかりでならなかった。


入学した頃から一緒に野球をしていたすばるとはいい友人関係だった。同じ投手で同じ高みを目指す。


教師からの圧力も二人が一緒なら耐えられた。

麻希にとってすばるは心のよりどころであり、大切な友達。だからこそ、今のすばるの気持ちがよく分かっている。



(一番大変な場面で投げて、今バッターボックスに立ってる。いつも顔に出さないけど、こういう場面が苦手で仕方がないって言ってたよね)



ベンチからしか支えてあげられないけど。



(頑張って...そして...)



──甲子園、目指そう。



   ◆



まずい。私としたことが緊張してしまっている。


すばるは打席でかなり焦りを感じていた。

一点リードとはいえ、もう一点欲しい場面で自分の打席。

次の回をきっちり抑えれば済む話だが、そういかないのが高校野球。というわけですばるのバットには大きな責任がかかっていた。



(とにかく...やるしかない)



第一球。内角深くに食い込むストレートだ。



『ストライク!』



ランナーがいながらの150キロ。すばるでは手が出ない。

それでも、速球でないと対応できないのも事実だ。


第二球。これまたストレート。しかし今度は高めに外してきた。すばるはつい手を出しそうになるのをなんとか堪える。



『ボール』



これで1-1。一旦打席から離れてスイングする。



(落ち着け...落ち着け...)



壊れたスピーカーのように、同じ単語を頭の中で連呼する。それくらいすばるの頭の中は沸いているのだった。



第三球。今度は先程よりも若干遅い球が来た。



(カットボール!?)



すばるはわかったにも関わらず、手を出してしまう。が、カットボールのキレが良かったためにすばるのバットは空を切った。



『ストライク、ツー!』



これで2-1になり、すばるは追い込まれた。すばるの心を焦りという熱が少しずつ焼いていく。



(ごめん、麻希───)



僅かに諦めのような感情が沸いたそのとき。



『すばる、落ち着いて!!』


『ちゃんと球見やがれ、タコ!』


『しっかり周り見ろ、お前は一人じゃねぇ!!』



(あ...なんか元気が出てきた。そうだ...私は一人じゃない)



一番心に届いた声援は一騎のものだったようだ。すばるの脳内で、一騎の声が反芻する。



(三塁には夏希、一塁にはいくみ。...頼れる仲間が、いる!)


そして決めにかかるであろう第四球。伊丹のウイニングショット、Hシンカー。



キィンッ



「な!?」



まさかのヒッティング。しかし、タイミングが悪かったか三塁線に切れた。すでにすばるはバットを長く持ち直している。



(次も...打つ!!)



そう思いながら、次の球を待つ。次の球は程無く伊丹の手から放たれた。

それはベース手前で急激な変化を見せた。



(───ここ!!)



狙いを定め、すばるはバットを振り抜いた。



キィンッ



小気味よい音と共に、レフト方向にライナー性の打球が飛ぶ。



(取ってくれ!)


(伸びて!!)



レフトの小野は懸命に追いかけ、落下点目掛けて飛び付く。しかし、僅かに届かずワンバウンドした。その間にまず夏希がホームインする。センター、館山が捕球する頃には既にいくみは三塁へ向かっていた。



「いくみくん、回るんだ!!」


「うぇ!?あ、はい!!」



姫香の指示でさらにいくみが三塁を蹴る。



「ナメるなぁ!」



館山は思い切りバックホームをかける。甲子園出場校の外野手だけあって、館山のバックホームは非常に良いものだった。

しかし、いくみのスライディングの方が速い。



『セーフ!!』



「ッ!?」



そこへさらに驚愕する光景が広がる。すばるもまた三塁へ向かって猛進していた。



「くそっ」



杉本は直ぐ様体勢をつくって送球しようとしたが、すばるの異常な足の速さに投げることが出来なかった。



「さ...三塁打...」



わずかな一騎のつぶやき。他のメンバーでさえ、かなり目を丸くするものだった。



「すばるちゃん...速かった」


「そうだね、すばるは足が速いけどあそこまで速いなんて」


すばる自身の速力もだが、なにより寡黙なすばるがあそこまで勝利への執着を見せたことがなによりの驚きだった。それを見せられた、後続が黙っているはずがない。



「僕も本気で打とう」



希来は、普段よりも丁寧な屈伸をするとバッターボックスに向かっていった。



   ◇



side itami



「また言うがお前ら、この展開を予想しとったか?」



杉本の問いに、集まった内野陣は全員首を横に振った。普通に考えれば、甲子園に行くためだけに鍛えたチームがパッと出の、しかも女子が混ざったチームに逆転されていることがある意味恐ろしい筈だ。



「メンバーはアレだけど...全員が真剣に取り組んでいて、それでいて能力がある。そりゃ生半可な気持ちでは勝てねぇよな」



東門前は相手方ベンチにいる姫香を見つめながら、呟いた。スラッガーである東門前にとって姫香の八面六臂の大活躍は、自分の甘さをことごとく思い知らされたに相違ない。



「次は誰?」



前川が確認するようにみんなに聞いた。



「羽田だな、無茶苦茶足が速いやつ。それでいて打力があるからめんどくさい」


「ランナー三塁だな。スクイズあるかも」


「外野はバックホームがいつでも出来るようにせんといかんの」



内野陣は色々と、しかし簡潔に作戦を練っていく。彼らの闘争心に完全に火が付いたといっても過言がなかった。



「よし...んなら、内野はスクイズ警戒で外野はバックホーム体制。いいな?」


「「「おう!!」」」



そうして各々が守備位置に散り、プレイが再開された。



   ◇



そして打順は希来に返る。三点リードを奪っていることで、希来の気分はしっかり落ち着けられていた。



(なんとか気楽に打てるようになった。とにかく、すばるはホームに返さなきゃいけないよね)



希来は狙いを引っ張り方向に定めて打つことに決めた。そして、セットポジションから伊丹は第一球を投じる。



(いきなりカットボール!?)



外角から放られ、それでいてカットボールという配球に希来は戸惑った。



『ストライク!』



しっかりとコースを抜いたため、ストライクを取られる。予想を大きく外された希来は戸惑いを隠せなかった。



(...次は?)



第二球。これも外角ぴっしり狙った一球であった。



『ボール』



これでカウントは1-1。



(速い速いと来たわね...次は遅めの来るよ)



鈴音はシンカーかカーブが来るというサインを希来に送った。


(確かに速・速と来たら次は遅い球を投げるだろう。ただ、今のリードに常識は通じる?)


希来は、定石が通じないこちらに対して、奇抜な手で対抗してくるんじゃないかと考えていた。それでも、ここは鈴音の指示に従うことにする。


第3球目。ど真ん中付近に投げ込まれた球は外角へ大きく逃げる。



((シンカー!!))



希来は大きく踏み込み、右へ引っ張り込んだ。しかし、バットは空を切る。



『ストライク、ツー!!』



2-1。これで追い込まれる形となった。



(びっちりハマった。けど、これで次の配球が難しい!!)



鈴音は悩んだ末、速い球を待たせる事にした。速い球が苦手な希来は、すこしバットを短く握って対峙する。

第四球。今度はインロー目掛けてボールが投げ込まれた。



「くっ!」



いいところに入ったために、希来は手を出すことが出来なかった。



『ストライク、バッターアウト』


「ドンマイだ、希来くん」


「うん…」



姫香の励ましを背に希来はベンチまで戻ってきた。落ち込んだ様子の希来に真っ先に声をかけたのは麻希だった。



「大丈夫だよ、羽田くん。すばるなら抑えられるから」


「ちょっと待って、私に過度な期待は...」



ヨイショされるのが苦手だからか、すばるはオロオロになりながら手をブンブン振る。その様子がおかしくて、希来はつい吹き出してしまう。



「笑いやがったぞ羽田のやつ」


「うう....」



励ますつもりが笑われる種にされたすばるは顔を真っ赤に染めてしまう。それがおかしくて、ベンチにいたみんなが笑い出した。



「ああ!?監督も笑ってる!!」



麻希が指差した先では必死に笑いを堪えて、春香にサインを送る鈴音がいた。



「くく..あはは、意外と愉快な奴だな、すばるは」


「一騎に言われたら余計に切ない」



顔を真っ赤にしながらも、一騎に対してむくれるすばる。



「あはは、悪い悪い...だが、まだ終わりじゃねぇぞ」


『ストライク、バッタースイングアウト。チェンジ!』



一騎の言葉と同時に春香が三振してチェンジとなる。だが、まだ一騎達の試合はまだ終わった訳ではない。



「よし、最後の守備だよ。しっかり守っといで!」


「「「おお!」」」



それぞれが自分のグラブを手に取って守備位置に散っていく。

そして、運命の最終回が始まる。


9回の表。先頭打者は杉本からだ。一騎は再びすばるとの作戦タイムをとる。



「次から三人が別格だ。こいつらに勢い付かせると、押さえづらくなる」


「分かってる。けど、4番は分かっていても辛いかな」



すばるはネクストにいる東門前を見ながら呟いた。一騎自身も、東門前の打撃力の凄さは二度のホームランを見て実感している。覚醒した麻希や日向は抑えることが出来たが、すばるの変化球で抑えられるかと言えば、また別の話であった。



「歩かせるか?」


「んー...」



すばるはチキチキチキ、という効果音が聞こえてきそうな感じでシンキングタイムに入る。



「...敬遠した方がいいのかも」


「そうか、ならそうしよう」



すばるは無理に危険を犯すべきではないと判断した。一騎もそれを受け止めて、作戦を伝えた。



「杉本は抑えて、東門前は歩かせる。思いっきり外せよ?そいで、伊丹を併殺に抑えるか」


「分かった」



また同じような淡々とした返事。あたかも必ずその通りに行うといった風があった。



「...ああ!」



一騎もそれを現実にして見せようと意気込む。





「ボール」


これでカウントは2-2となった。全て変化球で抑えられるのもすごいのだが、実際はファールで稼いだストライクであった。



(正直、今のすばるは走りつかれている。球の走りが悪いしスピードも・・・)



しばし考えて、一騎は高めにストレートを投げさせることにした。高めは杉本の苦手なコースだし、今まで見ていない球はたとえリスクのあるものでも脅威になるはずだ、と考えた。


そしてモーション。サイドスローから放たれるボールは独特の軌道を奔る。



「はぁぁぁぁ!!」



杉本はそれを強引に引っ張りこんだ。




キィンッ




「ショートッ!」



打球はショート左に飛ぶ。夏希は素早く回り込んで、捕球。しっかり姫香に送球した。



「アウト―!」


「ワンナウトー!」


あと二人。一騎の緊張はさらに高まる。なぜなら、次のバッターは東門前・・・正直言えばここが正念場である。



(点差はあるし、ソロを打たれてもまだリードしている。一番嫌なのはスコアリングに進まれること・・・)



ここは勝負を避け、打ち合わせ通り敬遠することにした。

一騎は座ったまま、大きく外すようにすばるに指示を送った。


すばりはうなずき、東門前を敬遠した。



「ボール、フォア」


「・・・・・・」



東門前はとくに何も言わなかった。戦略上、敬遠をする策をとることは分かり切っていたのだろう。



(よし…こいつを切れば勝利が見える)



こう言う時、捕手は勝利を急きたくなるものだが一騎は全然落ち着いていた。

なぜなら、レフトから要が睨んでいるから。


眼力だけで人を殺せるんじゃないかというくらい、要は一騎をガン見している。




「終わらせないぞ、絶対」


「終わらせるさ…必ず」



伊丹とのそんなやりとりもとても静かに、しかし情熱的である。一騎は最初にドロップを足元に要求し、すばるは頷いた。



すばるの美しいサイドスローから、ふわりと浮く球が投げられる。



「おおッ!」



キィンッ



「「!?」」



しっかり縦に落ちたにも関わらず強引に掬い上げる伊丹。打球は大きくレフト線に切れたが、いともたやすく持って行かれたのは驚愕の一言に尽きる。



(く…アレを簡単に掬うかよ)



カウントは取れたため、まだ良いが計算がわずかに狂ったのは一騎的にいただけない。



(嘘…)



マウンドのすばるもきっちり当てられたことにショックを受ける。



(なら…どうする?遅い球ではなかったから…、スクリューを内側に)



そのサインを見て、すばるはやはり躊躇した。一騎としては、逆に速い球を投げさせると合わされそうな気がしてならなかった。



(大丈夫、今のうちならなんとか出来る)



そんなジェスチャーを見て安心したのか、すばるはゆっくり頷き、セットポジションに入った。


一塁を一瞥して、素早く投球。

少々山なりだが、すばるの球は一騎が要求した場所にしっかり投げ込まれた。



「貰ったッ!」



キィンッ


「ライト!」



しっかり待たれた。


伊丹はライト方向に思い切り流し打つ。打球は懸命に追い掛ける敬麻の向こうへ落ちた。



東門前はすでに二塁を回る。同時に、敬麻が打球に追いつき二塁へ返そうとする。



「敬麻少年!私に返せ!!」


「何っ!?」


「速くッ!!」


「ちっ!」



敬麻は姫香の指示に従い、春香の前に立って中継待ちをする姫香に投げる。



「バックホーム!」



一騎の怒号と同時に、東門前が三塁を蹴った。



(敬麻少年の肩で4返しは辛い!ならば私ならッ)



姫香が受けた場所からホームまでは約55m。一塁手の肩で返せるかといえば難しい話なのだが、姫香は受けてからの送球が速かった。



「アウト!」


「一騎、2つ!」



姫香の送球は、一騎の構えていた場所にしっかり収まり悠々アウトを取る。が、伊丹が二塁を狙ったため一騎は二塁へ矢のような送球を送る。





バシッ




「あ…っ」



カバーリングに入った春香が、これを弾く。幸いセンターまでボールが転々とするようなことはなかったが、二塁へ進まれてしまった。



ボールを回収した春香は、投げずに手渡しですばるに渡しに行く。



「すみません…皇先輩…」


「心配しないで」


「ですけど…」


「大丈夫、ミスは皆がカバーしてくれるから。その代わり、引きずってミスはダメ…おけ?」



若干天然色のあるすばるは、慰めながら春香の頭をなでなでし始めた。



「う、うう……」



今度は一転、恥ずかしそうな顔をしだす。




「早く守備に。必ず終わらせる」



「………はいっ!」



そうして、うまく行けば最終打者となる館山がバッターボックスに入った。


打席に立つ館山のバットを見て、一騎は少しだけ苦い顔をしてしまう。




(タイカップ……)




タイカップというのはミートが広いアベレージヒッター用のバットだ。

伊丹学園がついになりふり構わず、といったところか。



(だが…やらせん!)



一騎は初球に外角にドロップを要求する。


すばるはこくりと頷き、要求通りの場所に投げ込んだ。




『ストライク!』



館山は悠々と見逃したが審判はストライクの判定をしたため、一騎は若干余裕を取り戻す。



(次はストレート。外角同じところ)




そして第二球。すばるの球はまさかのど真ん中に入った。



「「ッ!!」」




打球は左中間の奥深くへ強烈に駆け抜ける。

一騎は心の中で舌打ちしながら、指示を飛ばした。



「二つ!!」



伊丹はすでに三塁を回ろうとしてる。ここは次の失点の危機を回避するための措置を取るべきだろうと判断した。


……しかし、要はボールを追い掛けながら叫ぶ。




「バカヤローッッ!!諦めてんじゃ………ねぇッッ!!」



ボールの勢いが良かったのか、フェンスに思い切りぶつかり運よく、要のほうへ転がる。



素早く拾った要は、イチロー顔負けの超弾丸ライナーのレーザービームをホームに寄越した。




ゴアアアアアッ!!



中継しようとした夏希の顔の位置から左1mを弾丸のように通過したボールは、ノーバウンドで一騎に届く。




「………ったく、手加減しやがれよ」



一騎は受け止めた手の痛みを感じながら呟く。



ギリギリではあったが、避けながらスライディングした伊丹の体にミットを当てるほうが速かったらしい。




審判の手は天高く登った。




『アウトー!!ゲーム(試合終了)!』



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