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Diamond☆Girls  作者: 由真
4/9

第3話 初陣

「ラスト!!」



ドパァァッ



日向の渾身のストレートが一騎のミットに突き刺さる。一騎はしばらくジッとしてからゆっくり立ち上がった。



「よし、こんなもんだろ。日向、クールダウンするぞ」


「はいっ」



一騎の指示に二つ返事で頷く日向。部活動勧誘会の後の一件以来すっかりなついており、昼休みでもクラスに来ては一緒に昼食を摂りに来るほどである。隣のブルペンでは黒山が麻希のボールを受けていた。



パシィッ



日向に比べると劣るが、十分良い音をならしている。しかし。



「威力が籠ってないぞ!マウンドにいる間は無心だ!」


「はい!」



黒山の言葉は厳しく、麻希も自分の非を認めて次に繋げるように努力している。だが、やはり芳しい球はまだ来ないようで、やがて諦めたように黒山は立ち上がった。



「ふぅ…。明日は試合だからこの辺で打ち止めだな。麻希、クールダウンに入れ」


「はい…」



麻希は力無く頷き、クールダウンに向かう。一騎はその様子を見送りながら、黒山に話しかける。



「けっこう厳しいこと言いますね」


「ああ?まぁ雑念入りまくりの状態でも中外狙って投げれるんだから大したもんだが、昔の麻希の印象が強いからな…」


「そんなにスゴいんですか?近藤センパイ」



いつも一騎の隣にぴったりついている日向も話に加わる。黒山はああ、と頷いた。



「桜井は知ってるだろうが、あいつは精密機械と呼ばれるくらいすげえコントロールを持っていてな。それはもう、ストライクゾーンを縦横9分割に分けて投げられるくらい精度が高い」



黒山は日向に、麻希のかつての姿を簡潔に説明する。それを聞いた日向は、尊敬の眼差しを向ける。



「いいなあ…すごいなあ。私なんかストライクに入れるのがやっとですよ」


「そりゃあ、速球を投げるのに特化したフォームなんだからストライク入らなくて当然だ」


「あう…」



一騎に指摘され、日向はがっくりと項垂れた。日向のフォームは欧米人によく見られる腕を振る軌跡が小さい、速球を投げるのに特化したフォームである。しかし日向はコースを狙う術を習ってなかったので、今現在コントロールについて悩んでいる。



「あんなになっちまったのは、わからねぇでもないんだが。やっぱり昔のままの麻希でいて欲しいよな」



黒山は遠くを見るような目で言った。龍は、それを何とかしてあげたいと心から思うのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「みんな集合!!明日のスタメン発表するよ!」



鈴音の号令で、クールダウンを行っていたものたちは一旦手を休めて集まってきた。



「まず、明日の先発だけど…麻希で行こうと思うわ」


「え?」



鈴音に指名された麻希は意外そうな声をあげる。



「返事は?」


「あ、はい!」


「うん、良い返事ね。じゃあ、次は打順だけれど…」



鈴音は一人一人に激励を掛けながら、スターティングメンバーを読み上げていった。今回の試合の打順は、



1番 センター 羽田希来

2番 セカンド 雛森春香

3番 レフト 嵐敬麻

4番 キャッチャー 桜井一騎

5番 ファースト 西條姫香

6番 ショート 雛森夏希

7番 ライト 遠山要

8番 サード 宗谷いくみ

9番 ピッチャー 近藤麻希



となった。敬麻は少し不満そうにしていたが特になにも言わなかった。



(4番か…)



一騎は感慨に更ける。普段からホームランを量産する一騎は周りのものから4番で打つことをいつも期待されていた。しかし、今の今まで4番に座ったことはない。一騎と同級生で、龍以上にホームランを打つ怪童がいたのだ。



「やっ、4番おめでとっ」


「うおっ」突然後ろから背中を叩かれた。夏希である。



「すごいじゃん、転校していきなり4番だなんて!」


「ん、ああ」



しかし、一騎にとっては初めての事であるので実感が湧かない。



「だが、それだけ監督に期待されているのと同時に、4番としての責務があるわけだな」



横から敬麻も労いの言葉をかけてくる。



「そうだな…だけど、4番なんて初めてだぞ」


「「えっ?」」



一騎のカミングアウトに二人して驚く。先に口を開いたのは敬麻だった。



「お前ほどの打者が…4番が初めてだと?」


「ああ」


「やっぱり責任背負うのは苦手な方?」



夏希は自分の予想を口にする。一騎は首を振り、否定する。



「いや、打てるなら打ちたかったさ。だけど、俺の幼馴染みにいたんだよ…俺よりバカスカ打つ怪童が」


「そうなんだ…」



夏希はうーん、と唸る。一騎よりホームランを量産する化物を想像してるのだろうか。



「その人って…マクガイア?」


「どこをどうやったらアメリカの大打者が幼馴染みになるんだよ」


マクガイアは年間70本塁打(だったかな?)を記録したメジャーリーグを代表するパワーヒッターである。ちなみに本塁打のメジャー記録はバリー・ボンズの73本塁打である。



「まぁ、続けていればそんくらいの打者になってただろうな」


「なってた…?」



夏希は疑問符を浮かべた。しばらく黙っていた敬麻はその理由を言い当てようとする。



「ケガか?」


「いや、あいつに限ってそれはない。原因は…チームメイトとのケンカだ」



一騎は、幼馴染みが野球を辞めた理由をかいつまんで話した。一通り聞いた敬麻は、そうかと頷いた。



「…まぁ、確かに原因はチームメイトにあるな。だがそいつもそいつで、黙っていればそんなことにはならなかっただろうに」


「もぅ、敬麻くんは分かってないなぁ」



現実的な敬麻にブーイングを被せる夏希。



「敬麻くんは達観してるから分かんないと思うけど、男の子には譲れないものがあるのよ」


「女の子のお前が言う台詞じゃないだろ…」



一騎は呆れながらも突っ込みを入れる。そして、夏希はこう付け加えた。



「その子が、野球をまた始めてくれたら良いのにね」


「ん、ああ…」



その時に見せた、夏希の微笑み。それが夕日と重なって眩しく見えた気がした。



「どうしたの、顔が赤いよ?…さては、わたしの可愛さに見とれた?」


「んなわけないだろ」


「あー、ヒドーイ!お世辞でも言われたら嬉しいんだよ!?」



今度は一騎に対してブーイングを向ける。一騎は軽くあしらいながら、先程感じた夏希の可愛らしさを少し反芻していた。




土曜日。今日は風祭学園の行く末が決まる、伊丹学園との練習試合の日である。球場は既に風祭側が手配していたらしく、坊っちゃんスタジアムという練習試合には豪勢な場所を使うことになった。



「とりあえず、人が多いな」


「そうだね」



一騎と希来はそんな会話をしていた。誰が呼んだかは知らないが、練習試合ごときに万単位の人間が入っていたからである。鈴音は「あのハゲがウチの野球部の醜態をさらけ出させるためね…」とか言っていたが、一騎達にはそこまで重要なことではなかった。問題は対戦相手たちである。



「ごついやつばっかじゃねぇか」


「なんかキモい」



要と日向がそれぞれ相手側の見た目の感想を漏らす。日向は何気にひどい感想を漏らしていた。



「はっはっはっ、キモいか。まぁ確かにキモいだろうな。ウチの野球部はマトモな顔の少年が集まっているから尚更だ」



姫香もかなり助長する発言を吐いていた。その頃、相手チームはノックを行っていた。



『セカンドー!!』


『せやぁ!!』


『らっしゃあ!!』



かなり大きな声が出ており、動きもいちいち洗練されている。確かに、甲子園出場常連校だけの事はある。



「なぁ…あれ」


「ん?」



ふとなにかに気づいた一騎は、敬麻をちょいちょいと指でつつき、マウンドを見るようにけしかける。敬麻は一騎に促されてマウンドを見ると、そこには爽やかな風貌の少年がマウンドに立っていた。



「あいつ…伊丹?」


「ああ。厄介なやつが出てきたな」



伊丹は伊丹学園の経営者の息子で、同野球部のエースである。左打者の胸元を抉るカットボール、150km/hを越えるストレート、そしてベース手元で急激に変化する高速シンカーと、エースを名乗るには十分すぎる実力を備えており、スポーツ誌ではちょくちょく取り上げられるほどの選手である。



『ラスト、シンカー!』



マウンド上の伊丹は頷き、モーションに入る。放たれたボールはベース付近で急激に変化し、ストライクゾーンの隅を掠めるように通過した。それを見ていた風祭ナインはおおー、と歓声を漏らす。



「あれがシンカー…」


「私初めて見たよ…」



その後、それぞれが感想を言い合う。一騎はそれを横目で見ながら隣にいた敬麻、自身のフォームチェックをやってもらっていた姫香にそれぞれ聞く。



「敬麻、姫香。お前らはあのボール打てるか?」


「それはバッターボックスに立たないと分からないな」


「おや、私は打つ気だぞ。敬麻少年は打つ気がないのか?」



姫香は敬麻を挑発するように言う。しかし、敬麻は特に気を悪くするでもなく淡々と言い返す。



「どんなに打つ気があっても実力が伴ってなければ打てないからな。それに、打つと言って期待を煽っておきながら打てなかったというのは情けない」


「では敬麻少年はチキン野郎と」


「現実主義なだけだ」


「ふむ…それもまた一理か」



姫香は感慨深そうに頷く。話が逸れた気がしたが、一騎は続ける。



「まぁ打てることでいいんだな」


「さぁな」


「無論だ」



とりあえず2人は打つ気でいるようである。そして一騎は続けた。



「じゃあ俺たちで点を取ったら、あとはあいつがパーフェクトに抑えてくれる」



そう言って、一騎は麻希を指差した。指名された麻希は顔を上げただけですぐに俯く。指名した一騎はなんとなく寂しい気持ちが湧いた。


その直後、鈴音が一騎と敬麻の背中をぽん、と叩きながら話しかけてきた。



「頑張ってね、3人とも。今日はウチの野球部の明日が掛かった大事な試合だけど、それ以外にも大事なことがあるから」



鈴音は先程軽く一騎を無視した麻希の方を示す。一騎はそうか、と思った。仮に試合に勝ったとしてもあくまで麻希は今日までの付き合いなのだ。ここで、麻希に野球の楽しさを思い出してもらわなければこの野球部はエースを失うのだから。



「だから、この試合を通じて麻希にもう一度仲間になってもらうの。みんな、麻希がほしい!?」



鈴音はみんなに聞こえるように大声で問いかける。



「「「はいっ!!」」」



そして綺麗にハモって答える部員たち。連携という点では強豪に引けをとらない。時を同じくしてシートノック後のグラウンド整備が終了したため、試合開始のサインが両陣営に出る。



「よしっ、円陣っ!!」



黒山の号令で、監督・マネージャーを含めた全員が円陣を組む。



「いいかっ!この試合は俺達の野球部員としての明日がかかっている!!必ず勝って、これからも野球を続けていくんだ!!」


「「「おおっ!!」」」


「風祭野球部合言葉!!」


「「「楽しく!真面目に!大胆に!!」」」


「いくぞ!!」


「「「いょっしゃあぁぁぁ!!!」」」



その言葉を皮切りに一騎たちはホームベースに駆けていく。この時点で、一騎たちのモチベーションは最高潮に達していた。



「そういや…俺合言葉初めて聞いたぞ」


「奇遇だな、私もだ」



円陣の間、どうすればいいか分からなかったので一騎と姫香は黙っていたようだ。



「…さっきの監督とみんなのやり取り、端から聞けばただの性欲丸出しの小悪党みたいよね」


「みんな、必死なの」



同時に麻希とすばるはそんなやり取りをしていたらしい。


『先攻伊丹学園の攻撃は、一番セカンド、前川くん』



ウグイスコールが先頭打者の名前をコールする。ここまでくれば、公式戦と大差はない。



『初球はなにも考えるな。全力でストレート』



一騎のサインに麻希は頷き、セットポジションからボールを投げる。



麻希の投球フォームは元巨人の上原投手や、日ハムの斎藤投手に近い。放たれたボールは日向ほどではないがそれなりに速く、右打者に対してインハイギリギリに飛び込む。



「うおっ!?」



前川は思わず身体を逃がす。しかし、同時にバットを振ってしまったためスイングストライクをコールされる。



「麻希、ナイスボール!」



一騎は一言麻希に言いながら、ボールを返す。前川はクソボールだったのにどこが?という顔をしている。観客は女の子があれほど速いボールを投げるとは思ってなかったようで、所々からどよめきが聞こえた。



『次はインコースにスライダー』



麻希が本調子ではないので、一騎は内か外かと球種のサインしか出していない。麻希は頷き、第2球目を投じる。ストレートと比べるとかなり遅いボールはかなり打ち頃だったようで、前川は思いっきりひっぱたく。



キィンッ



小気味よい打球音と共に、三遊間に強烈なゴロが飛んでいく。



「くっ!!」



夏希は捕球は無理と判断し、横っ飛びしながらグラブでボールを弾く。



「任せてください!」



そのこぼれ球をいくみがキャッチし、一塁にジャンピングスローする。



『アウトー!』



ベース前でワンバンしたが、難なく姫香は捕球しワンアウトを奪った。



「夏希、いくみ、ナイス!」



あれは完全に二人のファインプレーなので、一騎は2人に声をかけた。



「へへーん、私の美技を見たか!!」



夏希はVサインをしながら、それに答える。麻希は帽子を取って感謝の意を示した。



『二番サード、大久保くん』



バッターボックスには次の打者が入る。前川と同じ体格をして、今度は左打者である。



『アウトローにストレート』



一騎は困ったときや探りを入れるときの定石を麻希に要求する。麻希は頷いてモーションに入った。しかし、放たれたボールは要求した場所とは逆にボールがいってしまう。



(失投!?)



それを大久保はしっかりセンターラインを狙ってフルスイングする。



キィンッ



先程と同じように小気味よい打球音が響く。今度はセンターのかなり深いところへ向かってボールが飛んでいる。


しかし、希来はその打球に普通に追いついてキャッチ、2アウト目を奪う。味方のファインプレーの助けがあったとはいえ、強豪校に引けをとらない活躍に観客席から歓声が上がる。



『三番キャッチャー、杉本くん』



そして3番打者がバッターボックスに入った。先程の人たちと比べると、非常によい体つきをしている。



『厳しく攻めるぞ。インコースにカーブ』



麻希は一球目を杉本に投じる。しかし、杉本は振ることなく見送った。



『ストライク!』



主審がコールをしてから、一騎はボールを投げ返した。そしてすぐさまサインを出す。



『低めにストレート』



そして、第2球目。これもまた、見送った。


『ストライク、ツー!』


2球続けて見送った杉本に、一騎は疑問を感じたが定石通り3球目は外すことにした。



『ボール』



ここまで見送り続けていた杉本は、うーんと唸り一言漏らした。



「所詮女か。無茶苦茶腑抜けた球だ」



それは一騎も感じていることである。スピードはそこそこあるが捕った時の質感があまり感じられない。要するに軽い球と呼ばれる球質である。だが、自分の仲間を罵倒されるのは許せなかった。



『ストレート。全力』



一騎は考えていたリードを変え、全力のストレートを要求する。そして麻希の4球目。杉本は裏をかかれたらしく振り遅れ、ファーストフライに終わった。



『スリーアウト、チェンジ!』



スリーアウトになったので、攻守交代である。一騎はベンチに帰るとき、麻希に一声かけた。



「大丈夫、俺たちに任せておけ」


「…うん」



消え入りそうな声で、麻希は答えた。ベンチに帰ってすぐにバッターの準備に入ったとき、鈴音はみんなに声をかけた。



「守備、お疲れ様。こっからウチの攻撃だけど、何があっても自分のバッティングを心がけるんだよ!」


「「「はいっ!!」」」



『後攻、風祭学園の攻撃は、一番センター、羽田くん』



名前を呼ばれた希来は、バットを持ってバッターボックスに駆けていく。律儀に一礼してからバッターボックスに入る辺り、本当に礼儀正しい子である。



「羽田センパイってどんな選手なんですか?」



この3日で一騎の隣がマイポジションになった日向が敬麻に聞く。敬麻はこちらを向きながら日向に言う。



「性格のまんまだよ。バッティングは素直だし守備も堅実。本当に何でも器用に出来るぞ」


「そうなんですか。でも、打てますかね?」


「さぁ…パワーはあるにはあるが…」


そう言って敬麻は視線を戻すと、希来はどん詰まりのボールをサードへ転がした。



「あちゃあ~…」



日向や柚子は残念そうな顔をするが。



『うおっ…!』


『は、速ぇ!』



希来は圧倒的な速さで一塁を駆け抜け、内野安打にしてしまう。




「「「ナイバッチー!!」」」



みんなでナイバッチコールを唱えたあと、日向と柚子はふぇ~、と感心した声をあげた。



「羽田先輩、すごく速い…」


「ああ、あいつは学校で一番足が速いからな。巷では愛媛のスピードスターと言われてるくらいだ」



敬麻が希来について説明する。そこで話を切り、次は2番である春香がバッターボックスに入っていた。



「次は俺か。いってくる」


「ああ」



敬麻を見送った後、今度は夏希がこちらにやって来た。



「やっほー。もうすぐだねぇ、桜井くんの愛媛デビュー」


「まぁ高校野球はな。夏希、春香ってどんなバッターなんだ?」


「春香?それはもぅ凄いよ。粘りに粘って四球誘ったり、渋いところにボールを運んだり…俗に言ういぶし銀ってやつだね」



そう言って、夏希はバッターボックスを指差す。そこでは、ひたすらカットする春香の姿があった。



「うわ~投手にとってはウザイ以外にありませんねぇ」



日向はぼやくように言った。夏希はうんうんと頷く。



「本当に野球のときは渋いんだから。守備も職人って言われるくらいうまいよ」



『ボール、フォア』



喋っている間に、春香は四球を選んだ。次の打者は敬麻なので、その次の打者である一騎はネクストバッターサークルに入らなければいけない。



「じゃあ、いってくるよ」


「うん、頑張ってっ」


「センパイ、ファイトです!」



夏希と日向の応援を背に、一騎はネクストに向かった。

打席上の敬麻は本当に無駄な力が入っていない理想的なフォームである。そして、どことなく風格を漂わせる彼はマウンドの伊丹を見据えていた。

第一球目。敬麻は手を出すことなくそのボールを見送る。



『ボール』



ボールが伊丹に戻り、続けて第2球目が投げられる。先程よりも遅い球を、敬麻は打ち返そうとする。



『ストライク!』



しかしバットは空を切り、ストライクカウントを取られる。

そして第三球目。敬麻の胸元に厳しい球が投げ込まれるが、敬麻は微動だにしない。



『ストライク、ツー!』



これで2ー1となり追い込まれる。敬麻は一旦バッターボックスの土をならし、間をとってから構え直す。


(何を狙っているんだ…?)



一騎は疑問に思う。しかしそれは程なくして答えが出た。

伊丹の第4球目。放たれたボールはまっすぐ敬麻の立つ側に向かっていく。敬麻はそれを待っていたかのようにスイングに入る。



ギャッ



そんな効果音が聞こえそうなくらいボールは急激に変化し、敬麻のバットをかわすように杉本のミットに収まる。



『ストライク!バッターアウト!』



敬麻はあえなく三振に終わった。一騎とすれ違ったとき、敬麻は一言声をかける。



「かなりキレがある。気を付けろ」



一騎は頷き、バッターボックスに向かう。



『4番キャッチャー、桜井くん』



一騎の名前がコールされる。龍はシンカー以外の球を狙うために、左打席に入った。

伊丹がセットポジションに入り、第1球目を投じる。アウトローにストレート。一騎はそれを目だけで見逃した。



『ストライク!』



かなりくさいところだが、ストライクを取られた。ボールが伊丹に渡り、杉本との間でサインのやり取りが行われる。再び伊丹はすぐに頷き、投球モーションに入る。インコースよりに速い球。一騎はそれに狙いを定めてバットを振る。

と、その時伊丹が口を片方つり上げた。途端、ボールはベース手前で胸元に食い込む変化を見せる。


しかし一騎はそれを完璧に読んでいた。だがかなり胸元に食い込んできたため、窮屈なスイングになってしまう。



ガキィッ



それでも十分痛烈な打球がライト方向に飛んでいく。しかし不幸なことにライト真正面にボールが行ったため、一騎はライトライナーに終わった。ランナー2人はしっかり打球を見ていたため、飛び出すことはなかった。



「あれを打ったのはさすがだが、飛んだ方向が悪かったな」



ネクストにいた姫香に励ましの言葉を受け、一騎はベンチに帰った。ツーアウトのため直ぐにプロテクター類を着けていると、鈴音が声を掛けてきた。



「よく打ったわね、アレ。でも打つべきか否かの判断甘いよ!」


「はいっ!」



確かに胸元ギリギリのボールは打てる球ではない。読んでいたとしても、打てば墓穴を掘るときもある。今の自分がそうだったので、一騎はしっかり反省をした。



「それからみんなも見ながらでいいから聞いて!相手の投手は強いわ。けれどどんな優秀な投手でも、綻びは必ずある!それを見つけたら徹底して攻めるのよ!!」


「「「はいっ!」」」



全員がその言葉を、しっかり胸に刻む。その時。



キィンッ


小気味良い快音がグラウンドに響く。姫香が打ったようだ。打球はぐんぐんと伸び、遂にバックスクリーンに飛び込む。



『ホームラン!』



途端にスタンドは歓声に沸く。その間に、希来、春香が帰り、最後に姫香が帰ってくる。



「やるじゃん姫香ちゃん!!」


「まぁまぁだな」


「すごいです、姫香センパイ!」



夏希たちがそれぞれ労いの言葉をかける。姫香は、一騎と敬麻の元へ歩み寄った。



「フフフ、私はちゃんと打ち返したぞ」



そう言って意味ありげに笑いながら、姫香はベンチに引っ込んだ。



「…嫌味か?」


「点が入ったんだから別に構わないけどな」



敬麻は少しムッとした顔をしたが、打てなかったのは事実なのでベンチに引き返す。一騎はそのまま麻希とキャッチボールする事にした。

ちなみに夏希も続こうとかなりいいところに打球を飛ばすがあえなく阻止されアウト、チェンジとなった。




『二回表、伊丹学園の攻撃は、四番ショート、東門前くん』



バッターボックスの前で、東門前が素振りをする。一騎はマウンドで麻希と配球のチェックをしていた。



「あいつは今までのやつと違って打撃力が違うからな。俺や姫香を相手にしていると思っていい」



東門前は今年のドラフトで伊丹と共に注目されている選手で広角に打ち分けられる柔軟さを持つ、4番打者の手本のような選手である。



「さっきのみたいに、腑抜けな球は即スタンドだから心して投げろよ」


「…わかった」



麻希は注意して聞かないと聞こえないくらいのボリュームで答えた。一騎は麻希の肩を軽くポンと叩いてからベースに向かう。麻希は思わず少し頬を紅潮させたが一騎は気づかなかった。



(まったく隙がないな…)



一騎は東門前を見上げながら思う。そして麻希にサインを出した。



『外してもいいから低めにストレート』



麻希は頷いて、第1球目を投じる。東門前は少しピクリとしたが手を出すことはなかった。



『ストライク!』



どうやらゾーンには入っていたようである。一騎は儲けたと思いながら、麻希にボールを返した。



(さっき、ピクリと動いたな…こいつも格下扱いか)


『外角にカーブ』



そして第2球目。先程よりはキレのあるボールである。東門前はそのボールをヒッティングしたが、かすることなくアウトローの厳しいところに食い込んでいく。



『ストライク、ツー!』



強打者をいとも簡単に追い込む。しかし3球勝負は厳しい。


一騎は定石通り、3球目は外しておくことにした。



『ボール』



敢えてもう一度カーブを放らせて、東門前の目を慣らし、次にストレートであわよくば三振。それが一騎の狙いだ。そして、そのサインを出し麻希は頷く。そして投じられたボールは一騎の構えたインローへ向かっていく。



キィンッ



「っ!?」



東門前はそのボールを強引に引っ張った。しかし手を出すのが早すぎたため、打球はファールゾーンに消えていった。



『ファール』



主審から新しいボールを手渡されたので、麻希にそれを投げ渡す。



(待ってやがったか…次の配球が厳しいな)



一騎はしばらく考えてから、次のサインを出す。



『同じところより内に来るようにスライダー』



少しコントロールを要する要求だが、麻希は頷き、第5球目を投げた。ボールはしっかり要求したところへ放たれた。しかし。



キィンッ



ボール球にも関わらず東門前はフルスイングし、打球はレフトスタンドのポール際に刺さる。



「悪ぃ、俺のリードミスだ!」



マウンドに駆け寄り、麻希に一言謝ってボールを手渡した。麻希は首を振る。



「ううん。次、頑張ろ?」



相変わらず聞き取りにくい声だが、堪えている様子はない。一騎はそうかと頷く。



「よし、じゃあ次切るぞ!」


「うん」



返事をした麻希の声は少しだけ大きくなったような気がした。



『5番ピッチャー、伊丹くん』


(ようやくエース様のお出ましか)



一騎は心の中で毒づく。伊丹はオープンスタンスのようで、体が少しマウンド側に開いていた。



『外角に逃げるようにスライダー』



麻希は一度ロージンを取ってから、モーションに入る。少し高めに浮いたが、要求どおりのボールが届いてくる。伊丹は大きく踏み込み、フルスイングした。



『ストライク!』



しかしかすることなくバットは空を切った。ボールを返した後、一騎は直ぐにサインを出す。



『同じところにストレート』



第2球目。伊丹は今度は手を出すことはなかった。



『ストライク、ツー!』



またしてもストライク先行になる。1球間を取るのは面倒なので、外しはするが勝負に出ることにした。



『インローへカーブ』



そして麻希は第3球目を投げた。伊丹はそれに構わずバットを出す。



ゴキッ



「サード!!」


「はいっ!」



すぐに打球が行った側を示し、それを聞いたいくみが反応する。しっかりボールをグラブで捌き、ファーストに送球した。


『アウトッ!』



姫香も送球を危なげなくしっかり捌いた。初試合にも関わらず、風祭ナインはのびのび試合を行っていた。

この回は、6、7番共にかわす投球で三振を奪いイニングを終えた。




『二回裏、風祭学園の攻撃は7番、ライト遠山…』


「俺じゃおるあぁぁ!!」



ウグイスコールが終わるや否や、要はキレ気味にバッターボックスに向かっていった。敬麻曰く、「暇すぎる」らしい。



『よろしくお願いします』


『『そこは礼儀正しいな!!』』



当人は主審、杉本になにやら同じ突っ込みを食らっていた。

何はともあれ、こちら側の攻撃である。



『おるあぁぁ!!』




ゴキッ ボテボテ



絶叫しながらフルスイングした要は初球打ちでセカンドゴロに終わった。



「遠山センパイ、大したことないですね」


「悪かったな!!」


「ひゃう!?」



バカにしてきた日向にキレながらも、要はバットとメットを丁寧に仕舞った。何気に冷静なやつである。



「なにいってるんだ、要。フルスイングしながらもきっちり右方向に打ってるじゃないか」


「そうですよっ、遠山先輩は頑張ってましたっ」


「朝比奈はともかく…敬麻バカにしてるだろ」


「さぁ?」



喧嘩腰になる要に対し、涼しい顔をする敬麻。そして、次の打者であるいくみがバッターボックスに入った。



『やあぁぁぁ!!』


「要の真似か?よかったな、可愛い後輩の女の子が慕ってくれて」


「うっせぇ!」



なんだかんだでまだ言い合いをしている。鈴音が仲裁に入らないので放っておいても問題はないようだ。

話している間に、カウントは1ー2となっていた。一応、バッターには有利なカウントだ。そして伊丹は第4球目を投げる。



カァンッ



少し鈍い打球音が響き、ボールはふらふらとセンター方向に飛んでいく。しかしセカンドの前川がすぐに回り込み、捕球された。



『アウトッ』



アウトを宣告されたいくみがベンチに帰ってくる。



「…すいません」


「まだ2回だ。後半ならともかく次を頑張れ」



なんとしても打ちたかったのか、謝るいくみを一騎が励ます。そこに敬麻が話に加わる。



「そうだぞ、要はボテボテだったんだから気にするな」


「てめぇ、敬麻!」


「「「はははっ」」」



(なるほどね、そうやって暗い空気を持ち込ませないか。そこらのチームじゃできないけどウチだからこそね)



鈴音はその事について特に咎めない。皆が空気を冷やさないために動いているのならそれは許すべきという彼女の考えだ。



キィンッ



麻希が打ったようである。三遊間の厳しいところにボールが転がる。サードの大久保は突っ込みながら捕球し、ファーストに投げる。麻希は間に合わないとみたか、ヘッドスライディングを試みた。



『アウトッ』



しかし間一髪間に合わず、アウトとなってしまう。一塁コーチに入っていた夏希は心配そうに駆け寄るが、麻希は大丈夫というジェスチャーをした。


あのアホ。なんだかんだで気合入ってるじゃねぇか」


「そうだな」



そうは言ったが、内心では次の回の投球に響かないか心配していた。



『ボールフォア、テイクワンベース!』



8番をフォアボールで歩かせてしまう。麻希は先ほどの全力疾走が響いて、ただでさえ本来の投球ができないのにさらに投球が悪くなっている。そして次の打者がバッターボックスに入った。



『牽制して息を整えろよ?』



麻希は頷いて一塁へ軽く牽制を2、3度繰り返す。そうすることで、なんとか息を整えてからセットポジションに入る。



『カーブ。丁寧にな』



麻希は頷いてクイックモーションでボールを投げる。しかし、クイックで球威が落ちるため打ち頃の球となってしまう。



キィンッ



しっかりとライト前に打ち返され、ランナーは一・ニ塁となった。そして打順は一巡し、1番の前川に回る。



「外野!少し前!」



一騎は外野手を少し手前に寄せる。1点を取らせない中間守備のシフトだ。



「はぁっ」



麻希は大きく息をつく。やはりまだ息は落ち着ききってないようである。一騎は麻希にも一声かける。



「大丈夫、バックに任せろ!」



その言葉に麻希は頷く。一騎はそれを確認してから座り、サインを出す。



『低めにストレート』



このシフトを有効に使うため、低め中心の配球を組む。そして麻希は投球モーションに入る。投げられたボールは低めではなく高めに浮く。



キィンッ



再び強烈な打球が今度は、右中間に突き刺さる。しかし打球と同時にスタートしていた希来が回り込んでキャッチし、直ぐに中継したためホームに突っ込まれることはなかった。



(かなり不味いな…)



一騎は少し不安を感じる。少しずつ攻める気持ちが前に出てきている麻希をここで尻込みさせたくない。その気持ちが更にピンチを拡げてしまう。



『ボール、フォア!』



厳しい所を攻めすぎて逆にフォアボールを与えてしまい、押し出しをやってしまう。



「悪い、麻希!俺のせいだ!」


麻希に自責の念を負わせないために、自分から責任を被る。麻希はその顔は厳しいものになっていく。



『三番キャッチャー、杉本くん』



満塁という状況で、バッターはクリーンナップを打つ杉本。一騎達内野陣は一旦集まって作戦会議を開く。



「結構厳しいな…」



一騎の呟きに姫香は頷く。伝令でやって来たすばるは鈴音の伝言を伝える。



「監督はこの場合、まだ初回だから一点ビハインドならなんとかできるって言ってた」


「一点ビハインドか…」


「どうする?」



夏希は心配そうに龍に聞く。一騎は自身の考えたプランを内野陣に告げる。



「外野は定位置、内野は中間でゲッツー体制。点を防ぐんじゃなくて、アウトをひとつでも稼ぐことを優先するんだ。麻希はコーナーギリギリに投げ続ける、かなり神経を削る投球を要求してしまうけれど…」


「そうですね…たしかにこの場面と状況では博打を打てるだけの要素が揃っていませんからね」


「そうだね、まだ序盤だしなんとかなるよっ」


「私も…そう思います」


「あとは、麻希くんだけだぞ」


「…行けるか、麻希?」



みんなはそのプランに賛成し、一騎は残る麻希に意思を問う。自分達は飛んできた球に対応するしかできないのだから、麻希が出来なければ意味がない。



「…やってみる」


「わかった。よし、一人ずつ切っていくぞ!」


「「「おー!!」」」



声を全員で出してから、持ち場に散っていく。一騎がベース後ろに座り直したとき、杉本が話しかけてくる。



「なんで女が野球なんじゃ」


「そんなものは人の勝手だろうが」



一騎はしれっと言い返す。杉本はそのまま言い続ける。



「ワシは反対じゃ。女は女で縮こまりながやっとりゃ…いいんじゃ!」



プレイ中なので、敢えて打ち気を反らそうと話に乗っていたがさすがクリーンナップ。喋りながらもきっちりカットした。



「まぁそう思うのは勝手だが…」



もったいぶって一呼吸おいてから告げる。



「俺は尊敬するぜ。周りから何言われても顔色一つ変えずに野球を楽しむ、あいつらを」



言葉が終わるや否や、麻希が2球目を投じる。一騎の言葉を聞き続けていた杉本は慌てて手を出し、ファーストのファールゾーンへ打ち上げてしまう。



「任せておけ!」



姫香が着弾点へ全力疾走、そしてスライディングキャッチで捕球しアウトを奪う。そしてファーストのカバーに入っていた麻希にボールを手渡しながら姫香は言った。



「ナイスピッチだ、麻希くん」


(うわー、自分の手柄でもピッチャー誉めるなんて…姫香先輩かっこいいです)



春香は姫香の行動にすごく感心していた。とにかくワンアウトに姫香のファインプレー。向こうに行きかけていたペースはなんとか引き戻した。



「ワンナウトー!」



内野全員に対して声を出しながら、ベース後ろに座る。次の打者は先程ホームランを打たれた東門前である。



『4番ショート、東門前くん』



ウグイスコールがあってから、東門前はバッターボックスに入った。



(こいつが正念場だ。気を引き締めろ)


『インハイ角にストレート』



かなり厳しい要求だが、麻希は頷いた。そしてモーション。



(また、逆球!?)



一騎は焦る。東門前も構わずそれを打とうとする。



『ストライク!』



しかし、しっかり球に力が乗っていたのかボールはかすることなくミットに収まった。



『同じところにストレート』



そして第2球目。今度は同じところにボールがいった。



『ストライク、ツー!』



先程よりも球に力がこもっている。東門前の体の一部が少し動いたため、一騎は手が出なかったと判断した。



『インローにストレート。外せよ』



第3球目。麻希は指示通りのところにボールを投げ、カウントは2ー1となった。



(しっかりボールに威力がついてきたし、コントロールも上がってきだした。これなら…!)


『アウトローに決まるカーブ』



麻希は頷き、セットポジションに入る。そしてここ一番のフォームでボールをリリース…するはずが、突然腕の振りがわずかに鈍り、放たれたボールはただのスローボールとなってしまう。



キィンッ



それを東門前が逃す筈はない。打球はバックスクリーンの時計にぶつかる特大ホームランとなる。



「麻希っ」



一騎は麻希の元に駆け寄る。麻希は、呆然とバックスクリーン…ではなくバックネットを見ていた。



「麻希っ!」



一際大きな声で呼ぶと、麻希はビクッとなり我に返った。



「どうしたんだ、いきなり。さっきまではちゃんと腕振れてたのに…練習不足か?」



麻希は首を振る。そして、ゆっくりバックネットを指差す。一騎はその先を辿ると、高笑いを上げ満足そうに階段を上っていく黒崎がいた。恐らく笑っているのだろう。一騎はそれだけで麻希の言いたいことを理解した。



「とにかく逆転されてる。まずはこいつら押さえるのが先だ」



そういって相手ベンチを示した。そこには歓喜に沸く伊丹ナインの姿がある。



「…うん」



また声のトーンは下がったが、麻希の気持ちは切れていない。一騎は安心して本塁に戻った。

しかし、一度完全にペースが向こうに行ってしまえばそれはなかなか阻止できない。麻希も懸命に投げるが、続く打者に5連打を浴び2点を失う。



「すいません、タイム!」



一騎は主審にタイムを宣言し、直ぐ様内野陣を集める。



「かなりキツくなってきたな…」



姫香が苦虫を潰したような顔で呟いた。今のスコアは3ー7。ビックイニングもいいところである。



「今は満塁か…ここは中間守備で…って麻希?!」



麻希は突然座り込み嗚咽を漏らす。突然の事態にスタンドもどよめくが一騎にとってそれは関係ない。



「わた…しの、自分勝手なこと…ひっ…みんなに迷惑…」


「麻希…」



一騎はしゃがみこみ、麻希の肩に手を添える。麻希は野球を辞めたかったが、「3日で野球部が終わってしまうかも」と一騎たちが半場強引に引き留めた。他人事で済ましてしまってもいいのに、麻希は残留し一騎達のために懸命に頑張ってくれていた。そのために麻希は教師に詰め寄られ、この3日間も嫌な事をされていたのだろう。そして、先程の失投に、高笑いをしていた黒崎。そんな一つ一つの要素が一騎の胸中に渦巻く。



(麻希は、あんなでも俺達のために頑張ってくれていたんだ…俺は、こいつのために何かしてやりたい!)



そう思った一騎は出来るだけ優しい声で麻希の名前を呼ぶ。



「麻希」



名を呼ばれた麻希はゆっくり顔をあげた。その目には大粒の涙が浮かんでいる。一騎はその涙を拭ってやり、そして右手を握る。



「大丈夫、お前の頑張りはみんなわかってる。だから立てよ、麻希」


「む…無理だよ…こんなに打たれちゃったし…」


「取られても俺たちが取ってやるから」


「無理だよ…」



あれだけ打たれたのが堪えているのか、麻希はネガティブな感情を捨てない。



『こら、君たち早くしなさい』


『まぁまぁ、審判長。ここは私に免じて…』



姫香は気を利かせて、早く試合を始めたい審判長の気を引き付けている。



(こいつ…むちゃくちゃ頑固だな…監督の言っていた通りか)



そこでふと、ある事に気づく。



(こいつ、手が冷たい…それに指先も固い…マメが潰れてタコになってるんだ)



あの異常なコントロール、球速、カーブ、スライダー…。麻希はいったいこれだけの力を身に付けるまで一体何球投げたのだろう。それを思うと、一騎も目頭が熱くなる。


「桜井くんっ!?」



今度は麻希がビックリした。夏希やいくみも「嘘っ!?」という顔をしている。



「…だってお前、手をこんなにするまで頑張ってるんだ!だから…こんな事で簡単に辞めるなんて言うなよ!!」



一騎は自分の胸中を一気に捲し立てる。その瞬間、麻希の顔が変わった。



「私…頑張ってるって…思ってくれるの?」



麻希は恐る恐る聞いてくる。一騎は間髪いれずに頷いた。



「ああ、頑張ってるよ!じゃなきゃ、辞めるって言ってたのにここで投げてるなんて絶対ないだろ!?」



握ってからずっと冷たかった麻希の手がだんだん温かくなる。



「私…投げるのが好きなの。でも、先生たちにいっぱいやめろって言われて嫌になっちゃってた。それでも…」



麻希はまだ半信半疑なのか、また確認してくる。一騎はそれが焦れったくなってしまい、麻希を乱暴にグイッと引き寄せ、抱き締める。



「ひゃうっ!?」


「俺はそんなお前が、投手としてもそうでなくても好きだよ!だから…勝とうぜ、あいつらに」


「っ……」


「うむうむ、二人で盛り上がるのはいいが試合中だからな」



完全に周りを失念して麻希を励ますために没頭していたため、全く気づかない一騎に姫香は話しかけた。我に返った龍は、自身の腕の中で顔を真っ赤にしている麻希を見る。



「わ、悪いっ!」

「いえ、こちらこそ!」



2人して飛びずさり、立ち上がる。夏希といくみは何やらにやにやしながら一騎と麻希を交互に見る。



「『投手としてもそうでなくても好きだよ!』か…」


「青春ですね~」


「はうっ…」



麻希は顔を真っ赤にして俯く。一騎はひとつ咳払いをして、反れに反れた話を元に戻す。



「…麻希、目は覚めたか?」


「…うんっ!」



一騎の問いかけに麻希は元気よく頷く。そして一騎は、全員にこう告げる。



「この先は一点も取らせないぞ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


投手としてもそうでなくても好きだよ……



(むちゃくちゃ恥ずかしかった…)



私は心の中でそう思う。だって会って間もない人にそんなこと言えないでしょ?その後いきなりぎゅーって抱き締めてきたり…。でも、不思議と悪い気はしなかった。言われた瞬間から、なぜか心臓がすごくドキドキしている。



(好きに…なっちゃった?)



本当にそうかはわからない。ともあれ、おかげで目が覚めた。あれほど背負っていた不安も、今となっては微塵も感じない。

先程桜井くんが言った言葉。


「この先は一点も取らせないぞ」


やってやるわ。…必ず!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「長かったじゃないか」



長い長い作戦タイムが終わり、戻ってきた一騎に前川はそう毒づく。



「しかも試合中に抱き合うなんてな、いちゃつきすぎだぜお前ら」


「別に好きでやったわけじゃないがな」


「へっ、いってろ」



そういって前川はバットを構えた。一騎はその前川をじっくり観察する。



(さっきの5連打で打てる気がしてならないんだろうな)


『インローにカーブ』



麻希は頷き、モーションに入った。今までよりも迷いのない、躍動的な印象が強くなる。が、放たれたボールはカーブの軌道ではあるがほとんど落ちない。



「いただきっ」



前川はなんの迷いもなく狙い打つ。しかし手前でわずかに変化したため、打球は一塁側のファールゾーンに飛び込む。



『ファール!』



主審がファールを宣告し、ボールを一騎に手渡す。それを麻希に投げ渡した時、麻希は舌をチロッ出しながら片目を瞑り謝罪のジェスチャーをする。



(あいつ…ワザとかよ!)



だが、一騎にとっては好都合である。麻希が同じカーブで変化量を調節できるのならリードの幅は格段に広がる。



『内角にキレのあるカーブ』



キレのあるというサインは考えてなかったので、ハサミのジェスチャーのあとに指で丸をつくったら普通に通じた。どうやら麻希もパワプロ通のようである。

そしてモーション。軌道的にはストレートである。それをストレートと思った前川は今度こそ前に飛ばそうと、強振してくる。



ギャッ



伊丹のシンカーと同じように、急激な変化を見せたボールはかすることなくミットに到達する。



『ストライク、ツー!』



突然キレの良くなった変化球を前に、さすがに前川も余裕が消える。それをしめたと思った一騎は次のボールのサインを出す。



『高めに釣り球』



第3球目。高めに放られたボール球に前川は見事に釣られ、三振を奪うことができた。



「なんだ、こいつ…いきなり調子が上がりやがって…」



前川が悔しそうに捨て台詞を吐く。それを尻目に一騎は思う。



(ここからが本当の試合開始だな…面白くなってきた!)



続く大久保も変化差をつけたカーブで三振を奪うことができた。そして、風祭ナインはこのまま試合をひっくり返すことができるのだろうか。




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