表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Diamond☆Girls  作者: 由真
3/9

第2話 新しい仲間、そして廃部宣告

そして、次の日の放課後。早速一騎たちはユニフォームに着替えて、グラウンドに集合していた。



「よし、じゃあ集まったね。今日は外周3週、ストレッチ10分やったらすぐにフリー打撃A入るよ」



鈴音が、今日の練習メニューを全員に告げる。Aの意味がわからなかった一騎はとなりの夏希に聞く。



(フリー打撃Aってなんだ?)


(フリー打撃Aは守備なしのバッティング練習のことだよ。全球打ち尽くしたらみんなで球拾いするの)



夏希が説明してくれる。風祭は現在部員が少ない上、そうでなくてもテストの度に補習で人が減るため少ない人数でも練習できるようにとの、鈴音の練習メニューの保険であるらしい。



「4時になったら、Bレーンにすばるが実践打撃のピッチャー入ってね」


「はい」



鈴音の指示にすばるは素直に頷く。



「よし、じゃあ解散!」


「「「はいっ」」」



みんなが勢いよく、返事をする。その後間髪入れずに黒山が指示を出す。



「よし、じゃあ今日はBコースだ。だらだら走るなよ」


「「「了解!」」」



その言葉を引き金に、みんなは走り出す。一騎はみんなについていこうとしたが、いつの間にか側にいたすばるに止められた。



「どうした?」


「一騎は、ここらへんは知ってるの?」



すばるは一騎の目を真っ直ぐ見て聞いてくる。一騎は妙な安心感を覚えたが、特に表情に出さず答える。



「一応愛媛が地元だが、ここらへんは知らない」


「そう。悪いけど、何も知らないあなたがあの子達に付いていくのはまず無理。だから、私と一緒に行こう?」



すばるは手を差し出しながらランニングの同行を誘う。誘うのはいいが別にデートとかじゃないんだからと思ったがスルーした。


ともあれ、確かにここら辺の土地勘はないし入部二日目で迷子もどうかと思うので、この辺りの地理を知るためにも素直に承諾する。



「わかった。じゃあ、地元のかたにお願いしますか」



そうして一騎はすばるの手を握り返した。意外とすべすべした、柔らかく暖かい手である。急に手を握られたすばるは少し顔を赤くして縮こまる。



「いきなり、手を握られたら困る…」


「お前が手ぇ出したんじゃねぇか…」



一騎は呆れる。やはり、ここに集う人たちは変わったやつだらけのようだ。



「とにかく、行こう?」



すばるは出発を急かす。まだ、顔を赤くしていたが一騎は深く突っ込まなかった。



「あいよ。ナビゲーション、しっかり頼んだぞ」


「ここを左。300メートル走ったら交差点を右」



そうして、すばるのナビゲーションをBGMに一騎はすばるのペースに合わせて商店街をひた走っていた。



「しかし、意外と密集としてるんだな」



一騎はなかなか密集している住宅街に驚く。すばるは走りながら言葉を返す。



「うん、このあたりは駅が近いしそれなりに活気があるから」



風祭学園は伊予郡伊予市の郡中の近くにあり、一軒家が立ち並ぶ地区である。近場の伊予市駅には食べ物横丁やフジがあり、学生にはそれなりに放課後を過ごせる学校なのである。

そうこうしているうちに、菜の花が群生する畑を横目にした通りに出る。



「ここは…」


「ここは、伊予の工業港の近く。そこの畑は大抵花が群生させられてる」


「へぇ…」



一騎は走りながらとはいえ、一面黄色の絨毯のような景色に少し見とれてしまう。すばるはふふ、と笑う。



「これくらいで、見とれていたらこの先きったともっと驚く」


「マジか」


「そう。夏の花火大会も、大阪に比べたらまだまだだけどすごく綺麗」



すばるは走りながら色々ここのことを教えてくれた。


この学校の特色。そしてこの辺りの地域の事。そして、お互いの事も色々と喋った。



「でな、優紀のやつが言ったんだよ。『服は脱がしても靴下は脱がすな!』ってよ」


「クスクス…その人はとても面白いね」



相変わらず大人しめだが一騎の会話で楽しそうに聞いてくれる。ふと、思い出したようにすばるは話しだす。



「そういえば、私の投手としての事話してなかった」


「あぁ、そういえば。せっかくだから教えてくれないか?捕手として重要なことだしな」


「捕手…として?」



すばるは少し悲しそうに顔をあげる。一騎はしょうがないなと、言葉を訂正する。



「ああ、間違ってたか?そんじゃ…一人の男としても」


「!?!?」



冗談混じりにからかってみると、すばるは一気に顔を赤くした。どうやらこういうには弱いらしい。



「もう…意地悪」



顔を赤くしながら、可愛らしく頬を膨らませる。一騎ははは、と笑いながら謝る。



「悪いな。けど『捕手として』知りたいっつったとき悲しい顔したから、そう言った方がいいかなって」



一騎はとりあえず弁明する。すると、すばるは意外そうな顔をした。



「わたし…悲しい顔してた?」


「ああ、していた。分かりにくかったが、確かにな」


「そう…わたし…」



すばるは俯く。一騎はすばるのテンションが下がったと思い、必死に励ます。



「いや、別にそう見えただけで実際は違うかもしれないだろ?」


「ううん、落ち込んでない。ただ、私の心情を認識しただけ」



すばるは、申し訳なさそうに顔を振る。落ち込んでないと分かったので、一騎はそれ以上何も言わなかった。



「ともあれ…これからよろしくね、一騎」



その時、一騎にはすばるが本気で微笑んだのが分かった。自分にそんな顔をしていいのか、戸惑ってしまう。するとすばるはクスクス笑い始めた。



「ふふっ…一騎は知的なイメージがあったけど、案外単純なのね」


「てめぇ…」



軽くどついてやろうかと思ったが、やめた。なんにせよ彼女は心を許してくれているみたいなので、それだけでも十分だった。



「もうそろそろ、終わるよ」



すばるがそう言って前を指差す。すると三度目の風祭学園の校門が見えてきた。いつの間にか3周していたらしい。



「ほらいくよ、一騎」



そう言ってすばるは走るペースを上げた。一騎はそれに置いていかれまいと次いでペースをあげる。



「そういや、結局話が流れたな…」



一騎はそう思ったが、ブルペンでバッテリーを組めば自ずと分かるので放っておくことにした。


そしてストレッチも終わり、バッティングゲージとピッチングマシンをセットしてから鈴音の周りに集合する。



「よし、ウォーミングアップ終わったね。それじゃあ、一騎と姫香のためにうちのフリー打撃の説明するよ」



そして鈴音のフリー打撃の説明が始まる。ちなみに姫香は、夏希と一緒にランニングしたらしくちゃんと戻ってきていた。



「まぁ来た球をひたすら自分が望むままに打つんだけど…基本は交代は自分の勝手!気が済むまで打ち込んでちょうだい。で、4時になったらすばるが入るから実践打撃も入るように。こっちは10球でチェンジ。捕手は直人と一騎が交代でやってね」


「はい」


「うす」



鈴音に指名されたのでとりあえず返事する。



「最後に、ゲージは二つあるけどAゲージは135のストレート。Bゲージはカーブ・シンカーが交互に来るよ。実践打撃が始まったらAゲージは145キロのストレートにセットし直してね。それで、二人とも質問ある?」



質問はあればその都度すればいいだろう。そう思ったので首を振っておく。姫香も首を振った。



「よし、じゃあ早速まずは2人に打ってもらおうかしら?2人とも打撃に自信がありそうだから実力の程を見せてもらうからね」


「了解した」


「はい」



そして、打撃練習が始まった。


「よし、来い!」



一騎は姫香と相談して、Aゲージには姫香が、Bゲージには一騎が入ることになった。



(いきなり変化球か…打てるかな)



弱気になっていても仕方がないので、とりあえずバッターボックスで構えた。



「うわぁ…」


「なかなか優雅な…」



夏希と海太がそれぞれ感想を口にする。龍のバッティングフォームは、バットを前に倒し気味に揺らす松井選手のフォームと王選手の一本足を掛け合わせたものである。見かけ倒しに見られがちな上、子供のお遊びと揶揄された事もあるが一騎はその複合フォームを磨き続け、ホームランを量産してきた。


対する姫香はスタンダードのフォームである。果たして二人がどのようなバッティングをするのか。この場にいた全員が注目していた。



「「いきまーすっ」」



夏波とフェイトがそう告げて、ピッチングマシンにボールが装填される。そして、唸りをあげるようにボールが弾き出され、一騎と姫香に迫る。



「「!!」」



姫香は引っ張り、一騎は手元に食い込んでくるカーブを流すようにスイング。



キィンッ



小気味いい打球音と共に、ボールは100m程先の柵の上段『ホームランエリア』と書かれたゾーンに直撃した。



「「「えー!!」」」みんなが、一斉に驚く。確かに無理もない話である。昨日やって来たばかりの人間が、第一球をHRにしたのだから。



「……」


「こらこら、そのオーラをしまいなさい」



隅ではスラッガーとしてのプライドか、闘争心をオーラで全身にまとっていた敬麻を、鈴音がなだめていた。



「ちっ、少し下すぎたか…」


「ここのところ、練習できなかったからな。それを差し引いてたらまぁ及第点か…」



しかし、2人は傲るでもなく自分の出来具合をダメ出しする。



(あれくらいじゃ、傲らないか…これならみんな発奮するでしょうねぇ…特に敬麻が)



鈴音は二人の様子を見て満足そうに頷く。その間にも一騎と姫香はすごい勢いで、ホームランエリアにボールを叩き込む。しかし、放っておいたら二人が打つだけで練習が終わりそうなのでストップをかけた。



「ちょっとストップ」



しかし一騎と姫香は躊躇する。



「…監督、まだ満足してません」


「私もです」


「いや、それは痛いほど分かるけどほっといたら日が暮れるまで打ち続けそうだし」



そう言って、鈴音はみんながいる辺りを指差す。一騎と姫香がそちらを見るとあんぐりと口を開ける夏希たちと感化され、ひたすら素振りする敬麻がいた。


「あ…」



そこで一騎たちは我に返った。いくら自由交代でも限度があると言うことだろう。



「「すいません」」



一騎と姫香は頭を下げる。鈴音はまぁまぁと両手を前で振る。



「いやいや、別に構わないよ。まぁ、限度はあるけど…それくらいのやる気を見せられたらみんな感化されていくから、いつもそのテンションでね」


「「はいっ」」



そう言って、一騎と姫香はゲージを出た。それを確認すると次に敬麻がAゲージ、Bゲージに夏希が入った。


「あの子たち、ち

ゃんと見とくといいよ。一応うちの打線の軸(予定)だから」



鈴音にせかされて、一騎はバッティングゲージを見た。すると敬麻はともかく、あの夏希も真剣な表情でマシンを睨んでいる。



「伊達に点取り屋と言うわけではないな」



横にいた姫香が二人をそれぞれ評価する。やはり、スラッガー同士は力で張り合うものなのだろうか。



「伊予の小笠原ー!!」


「っ!!」



キィンッ


ガキィッ



よく分からない雄叫び(雌叫び?)を上げて夏希がフェンス直撃弾を打つが、力みすぎたのか敬麻はプルペン側にボールを叩き込んでいた。



「詰まった?」


「たぶん桜井くんと西城さんを意識しすぎたんじゃないかなぁ?敬麻は深く考えすぎるから」



いつの間にか、希来がこちらにやって来ていた。希来の言葉を聞いた姫香は少しニヤリと笑う。



「フフ、スラッガーとしてのプライドだな。彼は負けず嫌いのようだ」



そう言って再びニヤリとする。聞いているとどこか見下したような、いやお姉さん的な雰囲気を一騎は感じた。



「どうした、桜井」



そんな一騎の視線に気づいたのか、姫香が問いかける。



「いや、姉御ぶった振る舞いだなと思ってさ」


「姉御…だと?」


「ああ、さっきからのちょっと大人びた口調とさっきのセリフからそんな感じがして」



一騎は感じた事をそのまま言う。姫香はしばらく軽く口を開けて驚いていたが、はっはっはっと突然笑いだした。



「なかなか上手いこと言うじゃないか。さすが一流の捕手だな」


「な…」



一騎のポジションは捕手だが一流などと今まで言われたことがない。自分が未熟だと自負しているだけに何を言えばいいのかわからない。すると再び姫香は笑い出す。



「ははは、すばるくんから聞いてはいたが確かに単純だな、君は」


「く…」



姫香にいいように扱われ、苦悶の声を漏らす龍。そうこうしている内に4時になったようで、すばるがマウンドに上がっていた。


すばるのフォームは聞いていた通り、セットポジションからのサイドスローで女の子だが一般高校生と変わりないくらいの球速があった。捕手には黒山が入っており、兼任していただけと思えないほど、投手が聞いていて気持ちいい乾いたミットの音を鳴らしていた。


しばらく一緒に投球練習を見ていたが、程なく姫香が話しかけてくる。



「桜井、先に打つか?」


「ああ、いかせてもらう」


「そうか。あまりみっともないスイングはするなよ」



そんなやり取りをしてからヘルメットと手袋をつけ、マイバットを片手にBゲージに向かった。



「お願いします」


「なんだ、案外礼儀がいいんだな。というかさっき左だったのにどうして右に入ってるんだ?


「まぁ、そりゃあ一応スイッチですから」


「ふぅん…まぁ見かけ倒しじゃないことを祈るぞ」



黒山から少し失礼なことを言われたが、一騎はあまり気にしないことにする。マウンドを見ると、そこにはいつもの無口少女の影は潜め、一人の投手と化したすばるがいた。



「すばるの変化球はえげつないからな。いくらお前でも打てるかな…」



黒山がちょっかいをかけてくるが、すでに一騎の耳には届いていない。彼もまた、一人の打者として彼女と対峙していた。周りのものも練習の手を一旦止め、すばると一騎の対決を見ている。いつの間にかフェンスの辺りには早く部活が終わった生徒たちも集まって事の行きを見守っていた。



しばらくの静寂の後、すばるがセットポジションに入る。そして足を上げ、身体の横からボールをリリースする。



(ど真ん中…いや!)



放たれたボールは不意に軌道を急激に変え、ベースを過ぎた辺りでワンバウンドした。



「ドロップか…」



ドロップとはカーブ系の変化球で、カーブよりも縦に落ち、フォークよりは横に曲がる変化球である。黒山はふふんと鼻で笑う。



「あいつは変化球を徹底的に磨いてきたからな。今覚えてるだけでも、6球種は使える」


「6…」



高校野球の投手でここまで変化球を覚える人はいない。3球種でもなかなか多い方である。それを6つも…。一騎は再び驚愕させられる。



そしてすばるは第2球目を投じる。高めギリギリのストレート。一騎はそれを逃すことなくフルスイングする。



ガキィッ



「なっ…!」


「え…」



打ったボールはどん詰まりのサードゴロ(に相当する打球)だった。姫香は驚いているが、夏希たちは「あぁ…あれだな」という顔をしていた。


「カットボール…」



カットボールはスライダー系の変化球で、ムービングファストボールの一種でもある。スライダーよりも曲がらず、球速はストレートと変わらない。さらにベース手前で急激に曲がるのでギリギリまで見分けられないため厄介な球だ。



「だからいったろ?あいつの変化球はえげつないって」



いいようにやられているので、一騎はなにも言い返せない。その中で一騎はこの勝負を楽しんでいた。



「ふ...」


「何がおかしいんだ?」



突然笑い出す一騎にぽかんとする黒山。



「たかが練習でこんなに実践的な投球を相手にできるなんてな。上等だ…!」


「ふん、ほざいていろ」


この後の一騎の対戦結果は、



3球目 カーブ 左飛

4球目 フォーク 中本

5球目 ストレート 左安

6球目 スクリュー 右飛

7球目 カットボール 三直

8球目 ドロップ 空振

9球目 スクリュー 空振

10球目 ストレート 中本



となった。そんなこんなで練習が終わり、再び鈴音の周りに集まる。



「じゃあ、今日の練習お疲れさん。明日、部活紹介と新入部員登録があるわけだけど…直人、スピーチ原稿は?」


「大丈夫です。たとえ忘れても即興で考えますよ」


「腐ってもキャプテン、頼もしいことを言うわね。じゃあ、後の部員はここら辺で適当にくつろいでて」



この人はこの人で、なかなか適当なことを言っていた。それを疑問に思って姫香が質問する。



「そんな適当でいいんですか?」


「大丈夫よ?」



これまた適当な回答である。姫香は食い下がる。



「しかし、それではそれを見てここに入部する気を削ぐことに…」


「ああ、そっちか」



あんたの考えていたことはなんだよ。



「どうせ、あのハ…教頭辺りが根回ししてるから新規の部員は期待できないわ。それに基本的にわたしが必要な子は片っ端からスカウトして成功してるから、後はあのハゲの野球部避難のプリント見てもやろうって考えてるやる気のある子が何人入ってくるかね。ハゲのお陰で女の子がいっぱいいるからそれにつられるカスがそこで洗い出されるから助かるわ」


(ていうか、一回目は訂正したのにそれ以後は直さなかったぞ?)


(うん、鈴ねぇ教頭先生と犬猿の仲だから)



その間、夏希と一騎は先程のセリフについて小声で話していた。



「まぁ、いうことはそんくらいね。そんじゃあ、解散!」



鈴音の一声で、みんなが各々の作業に入る。龍も自分の身支度をしていると、後ろから夏希が声を掛けてきた。


「ねぇ、桜井くんはこれから予定ある?」


「いや、帰った後は飯食うくらいかな。ああ、別に一人暮らしだからどこかいくなら付き合うぞ?」


「ほんと!?やったー!!」



何が嬉しいのか、夏希は大はしゃぎである。とりあえず不安なので、一騎は目的を聞く。



「どこ行くんだ?」


「うん?夏波ちゃんとフェイトちゃん、すばる、希来、敬麻で伊予市駅で買い食いしようかなって」


「あぁ、すばるがそういう場所があるっていってたな」



一騎はすばるとランニングしていたときの会話を思い出す。夏希はそうそう、と頷く。



「んじゃあ、着替えたら校門でね」



そう言って、夏希は更衣室に向かっていった。



「なんだ、案外普通の羞恥心は持ってるんだな…」



一騎はどうでもいい事にまた、驚いていた。



そして、一騎は希来、敬麻と共に校門前で待っていた。しかし、誰が喋るでもなくただ静かである。特に一騎と敬麻が。



「えっと…」



希来はどちらかというとわいわいしているのが好きなので、結構滅入っている。しかし、一騎と敬麻の性格を考えればどうしようもないことである。早く来てほしいと希来は心の中で思っていると、程なく女性陣がやって来た。



「お待たせ~」


「ごめんね、待たせちゃって…」



夏波と夏希が謝りながらこちらにやってくる。後ろからはよよよ、と胸を押さえるフェイトと妙に顔が上気した姫香が遅れてやってくる。



「…何があったんだ?」



開口一番、敬麻は最初に思ったことを聞く。フェイトは顔を赤くしながら答える。



「えっと…それは…」


「生意気にもフェイトの胸が私よりも大きかったからな。徹底的に調査させてもらった」



姫香はさも当然のように言い放つ。基本的に性の事に躊躇いがない姫香に羞恥心で喋るのを渋るフェイト。アメリカ人だろうが日本人だろうが、結局は育つ環境、と言う事のようある。



「いや、私はハーフだから…」


「なんか言ったか?」


「いや、空耳。なんでもないよ。それより、姫香!たかだかそれくらいであんな…」


「はっはっはっ、なかなかいい胸だったぞ。こう、マシュマロのような…」


「わぁぁああ!?!?!?男の子がいるのに何を言ってるの!!!?」



詳細レポートを始めた姫香を必死に止めるフェイト。姫香は心底残念そうにする。



「むぅ…折角少年諸君の劣情を誘うような、そそるレポートをしようと思ったのだが…」


「しなくていいです!!」


「まぁまぁ…俺はそういうのは気にしない方だから…」


一騎も一騎で何気に傷つくことをさらっと言う。そこで、はたと気づく。



「そういえば、どうして姫香がいるんだ?」


「確かにそうだな…」



敬麻も気づいたようで、同じく首をかしげる。それを見た姫香はむぅと困った顔をする。



「なんだ、私がいたら不服か?」


「別にそういう訳じゃないが…」



一騎は否定の意を示す。すると、後ろから夏希が補足してくれる。



「わたしたちが着替えようと入ったら先に姫香ちゃんが着替えてたからね。どうせなら一緒に行こうと思って。姫香ちゃんもここのあたり、全然分からないでしょ?」


「ああ、ほとんどアメリカ人のようなものだからな」


「じゃあ、何でそんなに日本語が?」



そんなにアメリカ暮らしが長いなら、英語が自分の日用語になっていてもおかしくない。姫香がため息をつきながら言う。



「父が、いつ日本に返されてもいいように自宅では日本語を使うことを徹底させていたらしい」


「ああ…」



妙に前向きな性格の父である。姫香の性格もそういうところから来ているのかもしれないと、一騎は思う。



「さぁさぁ、こんなところで立ち話もなんだし早く行こうか!」



夏希の音頭で、みんなが動き出す。一騎はなんとなくみんなの中に飛び込めず、後ろに付いていくことを決め込む。すると、みんなから離れてフェイトが一騎の隣へやって来て、話しかけてくる。



「みんなと一緒に、というのはまだ勇気がない?」


「ああ…やっぱり昨日、今日だからな。何を話したらいいか」



一騎は難しい顔をする。フェイトはそれを聞いて、柔らかい笑みを浮かべた。



「……」



そんなフェイトに一騎は見とれてしまう。その視線に気づいたフェイトは、急に顔を赤くしてわたわたした。



「そんな、まじまじ見られたら恥ずかしいよ…」


「悪い…」



一騎も急に恥ずかしくなり、視線をはずす。そしてしばらくの妙な沈黙。そして、その沈黙はフェイトが破った。



「ど、どうしちゃったんだろうね…私。よく分からないけど」



一騎も同じである。大人びた雰囲気と口調がありながら、ちょくちょく見せる少女らしい振る舞い。色々、複雑な感情が渦巻いていた。



「というか…、結局なんなんだ?」



妙に桃色な雰囲気に入る前の話題を思い出す。フェイトも同じ考えに行きついたようで、手をポンと叩く。



「うん、わたしも忘れてた。輪に、入っていきにくいんだよね?」


「ああ」


「最初はね、話が合わなくて当然。お互い何も知らないからね。でもみんなは、一騎が近くにいてくれるだけで十分だと思うの。知り合って全然時間たってないけど、私たちにとっては深い関わりのある人すべてが大切な人たちだから…ね?」



フェイトはそう言うと先程見せた柔らかい笑みを浮かべる。先程とは違って優しく包み込むような、そんな感じがした。



「ほら、早速実践。行こ、一騎」



そうして、フェイトは手を差し出す。すばるのときと同じシチュエーションだが、もう疑問に思ったりはしなかった。



「…ああ!」



一騎は、その手を力強く握り返した。


そうして、フェイトと手を繋ぎ小走りで先を行く先頭集団に追い付く。



「あ、お帰りフェ…ってえぇぇぇー!」



フェイトと一騎が帰ってくる気配があったので振り返って出迎えた夏希は驚愕した。



「どうしたの…その手…」



夏希はしっかり繋がれたフェイトと一騎の手を指差して言う。フェイトと一騎は顔と手を交互に見やっては、首をかしげるだけである。



「ふふ、無自覚とは罪だな…」



姫香が意味不明なことを口走る。一騎はスルーして、みんなに言う。



「まぁ、それはおいといて…早く行かなくていいのか?遅くなるとヤバイだろ?」


一騎の言葉でみんなは我に返る。希来は片目をつむりながら言う。



「そうだね。あまり遅くなってもいかないし」


「フェイトちゃん、後でじっくり聞かせてもらうからね」



みんなも賛同してくれ、一緒に伊予市駅を目指す。しかし、その道中姫香は一人首をかしげる。



「それでも手を離す気はないのか…」


「フェイトは自分で望んだことに躊躇がないから」



すばるは冷静にフェイトの事を考察していた。


ちなみに一騎がフェイトの手を離したのは買い食いがお開きになったときであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「母さん…私、野球部を辞める」


私は、母にその旨を伝えた。母はそう、と頷く。


「あなたが決めたことなら、母さんは何も言わないわ。明日、ちゃんとみんなに言うんだよ」


私は、無言で頷く。そして母は炊事に戻った。


(これで…よかったのよね。私に…もう野球はできない…)


私は自責の念に駆られる。母に言ったはいいが、未だに迷っている。しかし、いってしまえばもうそれで未練はないだろう。


(ご飯食べて、風呂に入ったらはやく寝よ…)


私はそう決めると、配膳の手伝いに回った。

明日ですべてが終わる―…


私はそう、信じていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



次の日。部活動紹介のため、その間みんなは昨日の事について一騎とフェイトに尋問していた。



「フェイトちゃ~ん、黙っていちゃ終わらないよ?」



夏希が焦らすようにフェイトに詰め寄る。フェイトは困ったように手を振った。



「だから、別にあの間に告白したとか言うのじゃなくて…」


「それは嘘だな…でなければあのように嬉しそうな顔はしない」


「あう…」



姫香が自身の考察をのべる。嬉しそうだったのは図星らしく、フェイトは言葉につまる。



「あぅ~…一騎助けてぇ…」



フェイトは一騎に助けを求めるが夏希にそれを制止される。



「だめだよ~いつも誰かが助けてくれると思ったら大間違いだよ?」


「…すまん」


「ひゃうぅ…」



フェイトはますます困ったような表情になる。そこに夏波が助け船を出す。



「でも、どうして桜井くんにも聞かないの?」


「それは、桜井なら簡単に言いくるめてきそうだからな。それよか、押しの弱いフェイトくんに聞いた方が既成事実を作れて、なおいい」


「そんなものは、作らないでください~…」



フェイトは力なく抵抗する。当初は一騎が言いくるめる予定だったが、姫香に先手を打たれ目論見が崩れたのである。



「へぇ…フェイトちゃん、頑張れ」



夏波も撃沈する。


希来は笑って誤魔化すし、敬麻は知らんふり。すばるは何故か一騎の膝を枕に微睡んでおり、海太はどこかに行って今はここにいない。フェイトの最後の城、一騎は出鼻を挫かれているため実質、フェイトの味方はいないということである。


フェイトはどうしようかと考えていると、前から鈴音と黒山が新入部員を携えてこちらにやって来た。



「ほら、この話はおしまいっ。新入生を迎えるよっ」


「ちぇ…逃げられた」


「まぁ、しょうがない」



夏希と姫香はこれ以上追求する気はないようである。一騎は微睡むすばるの肩をとんとん、と叩く。



「ほら、起きろ」


「ぬー」


「ぬー、じゃねぇよ。ほら」



今度は脇腹を刺した。すばるはビクッとなりながらも起き上がった。



「ぬー…?」


「まだ寝ぼけてんのか」



とりあえず起きたので、夏希に後を任せて立ち上がる。そうして、一騎たちの前で鈴音たちは立ち止まる。鈴音は新入部員たちに向き直った。



「ここにいる子達が、これからあなたたちの先輩たちよ。…って海太と要は」



鈴音は夏波に聞く。しかし、夏波は肩をすくめた。



「目を離した隙にどっかに行きました。遠山くんはトイレです」


「どうせ、水泳部か女子テニに盗撮いってんでしょ」


「止めなくていいんですか?」



放っておいたら部内から犯罪者を出す羽目になりそうな会話に、一騎は不安になる。



「別に、あいつはもうプロ以上の腕前があるから…この学校程度のセキュリティなら大丈夫よ。…私は見つけられるわよっ?」



最後のほうを強調していたが、とりあえず安心していいのかよくわからない台詞が返ってきた。程なくして、要が帰ってくる。



「おうおう…こいつらが新顔か」



ちょっと睨みを聞かせながら、要は言う。新入部員の何人かは少しビクッとした。敬麻はこらこら、と要を制す。



「お前はなにもするな…。新入部員が逃げる」


「俺が睨んだぐらいで逃げてちゃあ、これから先やっていけねぇだろうが」


「それはそうだが。だからといって不安を煽るようなことをするな」



反論する要を難なく言いくるめる。



「まぁ、とりあえずアレだ。俺たちから自己紹介するぞ」



黒山の号令で一騎に対してと同じように、夏希から自己紹介を始める。一騎の時と同じように夏希と要が揉めたがひとまず全員がやり終えた。



「じゃあ、次は一年生だな。そこの君からやってもらおうか」


「はいっ」



黒山に指名された少女が元気な声を出して一歩前に出る。



「港南中出身、宗谷いくみです!左投げ左打ちのサードです!よろしくお願いします!」



ポニーテールに勝ち気そうな瞳。まさに元気一杯を体で表したような女の子である。自己紹介が終わるや否や、一目散に夏希の元へ駆けていく。



「夏希先輩、お久しぶりですー♪元気にしてましたか?」


「うん、半年ぶりだねいくみちゃん。そっちこそ元気にしてた?」


「はいっもちろん!」



一騎たちは矢継ぎ早な展開にポカンとする。夏希は腕の中でごろごろしているいくみをもふもふしながら説明する。



「いくみちゃんはね、同じシニアの出身なんだ。いつも私を追いかけてきたんだ」


「この懐きっぷりはもう愛だと思うがな…」



敬麻は呆れながら言う。黒山も夏希といくみの絡みにビックリしていたが、我に返って自己紹介を続けさせた。



「じゃあ、次」


「はい」



そう言って少し背の高い少年が前に出る。落ち着きのある無駄のない動作だ。


「松前中出身、西村悠一郎です。右投げ右打ちのセカンドです。足には自信があるのでよろしくお願いします」



西村は一礼すると一歩後ろに引いた。海太と違って、本当のジェントルマンのような印象をみんなに与えた。



「つぎっ、私いきますっ」



そう言って、少女が前に出た。身長は155程度、ツインテールが特徴のなんとも大人しそうな子である。



「内宮中出身、朝比奈柚子ですっ。ソフト部だったんですが監督に誘われて入部しましたっ。よろしくお願いしますっ」



声が時々裏返りながらも、柚子は自己紹介を終えた。その様子を見て、姫香が「いい…最高にソソるぞ…」とか言っていたが、一騎は聞こえなかったことにした。



「じゃあ、次は僕ですか?」



その隣にいた肩にかかる程度の、女装させたら美少女まんまであろう少年が前に出た。



「朝比奈さんと同じく内宮中出身の奥居心結です。初心者ですが、頑張っていくのでよろしくお願いします」



そう言ってみんなに愛されるような微笑みを浮かべる。姫香や夏希は言うまでもなく、敬麻やすばるでさえも「おお…」といった声をあげた。



「素晴らしい…あれこそ萌えの境地だ」


「いつの間に帰ってきたんだ海太…」


「ふっふっふっ、この俺の『萌えセンサー』を侮ってもらっては困る」



黒山といつの間にか帰ってきていた海太がそんなやり取りをしていた。すると、次は新入部員の中で一番小さいつり目でショートヘアの少女が前に出てくる。…小さいのは背だけでなく胸(A)もだが。



「北伊予中学出身、泉日向です。右投げ右打ちの投手でストレートとナックルが武器です。中学時代はどのボールも捕手が取れなくて補欠だったので、捕ってくれる捕手がいてくれると助かります」



そう言って日向は一礼する。その動きに合わせてちょい長めのくせ毛がピコピコ揺れる。姫香は、イヤらしい目で「妹萌えにはたまらんな…」とか言いながら日向を見ていた。



「じゃあ、次が最後か。そこの君」


「!?あ、はい…」



少女は突然指名されてビックリするが、何故呼ばれたのか思い出して平静を取り戻して、前に出た。いくみと同じく、160くらいの背でお団子×2+セミロングヘアの美少女である。



「えっ…と、港南中学出身の雛森春香です。夏希はお姉ちゃんにあたります。右投げ左打ちの一塁以外の内野ができます。よろしくお願いします…」



最後の方は尻すぼみになっていったが、とりあえず春香の自己紹介が終わる。


そして鈴音が口を開いた。



「これで全員かな?そんじゃあ、私の自己紹介を兼ねてこれからの部の予定を言うね。まず私が顧問の西音寺鈴音です。用があったら職員室に来てね。んで部のこれからの予定だけど、女子は公式戦に出れないのは知ってるよね」



その言葉に全員が頷く。



「だから、まずそれをどうにかするためにまぁ頑張っていきましょうと言う事です」


「具体的な案はあるんですか?」



いくみは鈴音に質問する。鈴音はふむ、と頷きながら言う。



「そうね…。このルールを制定した人は『野球は女のやるスポーツじゃない』と言ったらしいわ。だから、女子でも男子にひけをとらないということを証明すればいいと思うの。私はこの目的のために、あなたたちを集めたんだからね」



鈴音は女性陣を見ながら言う。新入部員はともかく、すばると姫香は男子以上の実力がある。それは確定しているので実力で証明するのは不可能な話ではないのだ。部員たちの期待は高まる。



「よし。じゃあ、早速練習を…」


「あぁ、少し待ってくれますかな?西音寺先生」



出鼻を挫かれた鈴音は睨みながら振り返る。しかし声の主を認識した途端、苦悶の表情に変わる。



「…何か用ですか、黒崎先生」


「ええ。しかし、相変わらず無駄なことをお頑張りで…いやはや、別にいけないと言うわけではないですよ?」



嫌みがましい笑みを浮かべながらここの教頭、黒崎は言う。一騎はこのまんま悪役な男にかなり嫌悪感を抱いた。姫香も同じことを感じたようで、難しい顔をして黒崎を見ている。


「おやおや、どうや

ら歓迎されてはいないようですねぇ」


「当たり前です。この子たちは貴重な時間をあなたに取られているのですから。用ならとっとと終わらせてくれませんか?」



相手が上司にも関わらず、ずけずけとものを言う鈴音。



「いやはや、失礼。では手短に」



対して全然悪びれていない謝罪の言葉を吐く黒崎。と、その時一騎は顔をひきつらせてしまう。それに気づいた姫香が心配の表情を浮かべる。



「どうした?」


「悪い、姫香…なんかは知らねぇがすげぇ嫌な予感がした…」


「偶然だな…私もだ。天賦の才ゆえ…というやつか?」



2人して、変わらずの睨み顔で黒崎を見る。そして、黒崎は全員に聞こえるように衝撃的な発言をした。



「今週の週末、実に勝手ながら伊丹学園と練習試合を組ませていただきました。そして、その試合に勝てなければ野球部を廃部にしますので」


「「「え…!?」」」


「ビンゴだな…」


「ああ…」


「ちょっと待ってください、黒崎先生!!そんな横暴が通るとでも思っているんですか!?」



驚愕する一騎たちの声を背に、鈴音は反論する。ちなみに対戦相手である伊丹学園はここのところ毎年春夏どちらかの甲子園には必ず出場する強豪校である。黒崎はにやにやしながら答える。



「西音寺先生には伝え忘れていましたからねぇ。本当なら新入部員勧誘会にも参加できない筈だったんですが…まぁいいでしょう。これは偶然西音寺先生が居なかった職員会議で賛成多数で決定しました。まぁいきなり廃部というのは可哀想なので、救済措置として強豪校との練習試合を組ませていただきました。こんなに叩かれながら、練習を続けているのですからこれくらいは勝っていただかないと続けさせるわけにはいきませんから。では、私も仕事があるのでこれで」



言いたいことだけを言って黒崎は去っていく。鈴音は大声で呼び止める。



「待ちなさい!!納得のいく文を要求します!!」



しかし、聞こえていないフリをしてそのまま去っていってしまった。鈴音たちは呆然とする。それとは行き違いで、一人の少女がこちらに向かってきていた。



「麻希…?」



麻希と呼ばれた少女は鈴音の元まで歩いてくるとピタリと立ち止まった。



「練習に戻ってきた…訳じゃないね」



鈴音は麻希の出で立ちを見ながら言った。麻希の服装は一年生と変わらない制服姿。加えて麻希の表情はかなり暗い。



「はい…私、野球部を辞めさせてもらいます」



麻希ははっきりそう告げる。そして、そのまま踵を返そうとする。一騎は麻希の元へ歩みよりそれを制した。



「待って」



麻希は無言で振り返る。一騎は構わず続ける。



「さっき、教頭が来て今週末の甲子園出場常連との練習試合に勝てなかったら廃部だっつってきた」


「それと私に、なんの関係があるの…」



麻希の答えは芳しくない。しかし、一騎はそれでもめげない。



「俺たちがどれくらいの実力か分からないから、もしかしたら負けるかもしれない。どちみちあと3日…ってむちゃくちゃ時間ねぇな、だからお前の力を貸してほしいと思ってる」

「別

に、私じゃなくてもいいじゃない」


「3日と練習試合までの付き合いだろう?それ以後は好きにして構わないし、そもそも野球部が続くかさえ分からない」


「……」



麻希はしばらく黙り込む。やがて、口を開く。


「わかった。でも、今日は道具がないからまた明日」



麻希は今度こそ去っていった。一騎はそれを見送る。鈴音は驚きの声をあげた。



「あなた、あの一度凝り固まったらなかなか意見変えない麻希をよく言いくるめたわね…」


「意外とまだ、野球に未練があるんじゃないでしょうか。それより…」



一騎の問いかけに鈴音は頷き、そして部員たちに言う。



「いきなりこんなことになってしまって一年生には申し訳ないけれど…2、3年生も付いてきてくれるよね?」


「「「はいっ!!」」」


「よし!打倒ハゲ、打倒伊丹学園!!じゃあ、練習開始!練習試合まで時間がないから筋トレとかの基礎練習は、しばらく流す程度!実践練習中心でいくよ!!」


「「「はいっ!!」」」



鈴音の号令で一年生は着替え、部員全員でストレッチ、キャッチボール、ランニングと基礎練習をこなしていく。一時間ほどたった頃、鈴音は一旦集合をかけた。



「今から、シート打撃はいるよ。打つのは3年生から順番に1打席ずつで、ヒット打ったら最大3打席までね。終わった人はそれぞれ空いたポジションにつくように。心結は初心者だから私と個人指導で、バッテリー組も私のところ集合。質問は?」



鈴音が聞くが、特に質問があるものはいない。

「よし、じゃあマシン組んで練習開始!じゃあ、一騎、直人、すばる、日向、心結は私について来て」



一騎たちは必要なものを身に付けて、鈴音のあとを付いていく。その先には2ないし3組分のブルペンがあった。



「じゃあ、バッテリーの事だけど…基本的には本業の一騎に一任しようと思うわ。大変だろうけど…やれるよね?」


「もちろんです」



鈴音の問いかけに二つ返事で頷く一騎。



「だけど監督。こいつは、そんなに信頼できるやつなんですか?」



黒山は疑問を口にする。鈴音はそうよ、と頷く。


「昨日彼の事調べてみたんだけど、全国区の捕手だったようね。でも、中学時代はバッテリーの投手が下手というハンデもあって悲劇の天才と揶揄されていた。でも、それくらいすごい子がどうしてウチなんかに?」


「別に深い理由はないですよ?というか野球ができるならどこでもいいし、ここを選んだ一番の理由は学費が安くて寮があるというだけですから」


「なかなか現実的な理由なのね…」



鈴音は呆れ返った顔をする。しかし、すぐに笑顔に変わった。


「まぁそのお陰でウチは助かったんだし…まぁいいか。そんでこれから何をしようかというとね…」



鈴音は自分の中で納得し、話題を元に戻そうとするが、日向の声で遮られる。



「すいません、先いいですか」


「なに、どうしたの日向ちゃん」



鈴音は特に気にすることなく、日向の要求を聞こうとする。



「本当にすごいのなら、私の球を今すぐに受けてほしいんですけど」



日向は一騎に挑戦するような口調で言った。黒山はその言動を咎めようとするが鈴音がそれを遮る。



「しかし、監督…」


「これは私たちが入る話題じゃないからねぇ…」



鈴音は一騎に全部任せる気でいる。黒山も観念して、一騎達のなり行きを見守ることに専念することにした。



「落ち着け。心配しなくてもすぐに受けてやれるから」


「今すぐじゃないと気がすみませんっ」



一騎はなんとかなだめようとするも、一向に譲る気配がない日向。一騎は羞恥心を煽って、何とかしようと試みた。



「まぁまぁ、俺を気に入っていたのはわかるが物事には順番があってだな…」


「気に入ってますよ!だから待ちきれなくてこうして頼んでるんじゃないですか!!」



音声だけを切り取れば、ナルシストなイケメンに言い寄る、熱狂的な女性ファンの会話である。今まで女の子とのいさかいは、やりたくもないのにそのような方法で何とかしてきたため、通用しない日向にどうすればいいかが分からない。一騎は諦めたように投げ槍に答えた。



「わぁーったよ、受けてやるよ!だから、とっとと準備しろ!」


「だからそういえば良かったんですよー…」



日向はまだぶつぶつ言っていたが、とりあえずマウンドに向かっていった。



「あなたも大変ねぇ…あんな娘を相手にして」


「のわっ!?」



突然隣に現れた鈴音にビックリして思わず飛びずさる一騎。



「ビックリするじゃないですか!」


「うんうん、ビックリさせたのは謝るわ。でもあの娘の球は本当にすごいから、期待を裏切らないであげてね」



そう言って鈴音は意味ありげな笑みを浮かべてその場を離れる。



「なんだってんだ、いったい」



一騎は疑問を浮かべながらも、マスクを被り捕球体勢をとる。日向はロージンを手に取って、指が滑らないようにしていた。やがてロージンを投げ捨て、ワインドアップのポジションをとる。



「桜井センパイ…私の期待を裏切らないでくださいね」


日向はそう言ってからモーションに入る。そして、粗削りな腕の振りから繰り出されるボールは一気に一騎に迫ってきた。



「ッ!!」



ドパァァンッ



そこら中に響くような音を立てて、ボールは一騎のミットに収まった。黒山、心結はいうまでもなく、鈴音、すばるでさえもその威力に開いた口が塞がらない。



「ボール、返してください」



呆気に取られていた一騎にボールを催促する日向。我に返った一騎は、慌ててボールを投げ返す。そして再び、モーション。先ほどの豪快なフォームから繰り出されるボールは、今度は想像を絶する変化を見せる。



「「「なっ…!!」」」



放たれたボールは、無回転のままゆらゆらと揺れ、一騎のミットに収まった。捕球した後、一騎は、ははっと笑い出す。



「高めに浮き上がるような錯覚を見せるほどのストレートに、完全にノースピンのナックル…対極に位置する球種をここまで完璧にマスターするなんてな」

「……!」



自身の渾身のボールをいとも簡単に捌かれた日向は、呆然と立ち尽くす。そんな日向たちを見て、鈴音は一言漏らした。



「あなたたちなら、もっと凄いことができそうね…!」


「すげぇ…。端から見てこの威力だもんな」


黒山も日向のボールになにか感じるものがあったようである。やがて、日向が口を開いた。



「よかった…これで私、試合に出れる…」



そう言うと、途端に大粒の涙が日向の頬を伝いだし、程なくその場にへたりこんで泣き始める。それに気づいた一騎は弾かれたように、走り寄った。



「だあぁ、何で突然泣き出しやがる!?」


「だって…ひっ…私のボール、ちゃんと…止めで、くれだがら…」



日向は一向に泣き止む様子を見せない。困り果てた一騎は、とりあえずその頭をわしゃわしゃと撫でる。



「ひゃあぁ!?」



可愛い声をあげてビックリする日向。しかし泣き止む気配はまだない。



「まったく、止められたくらいでそんなわんこら泣くな。そんなんじゃ、お前勝つたんびに泣く羽目になるぞ」



あやす一騎に、恐る恐る日向は顔を向ける。一騎は微笑みながら一言言う。



「お前が1番を背負うかもしれないんだ。だから、泣くな。…まぁまずは土曜日の試合に勝たなくちゃな」



そう言って、一騎ははははと笑う。しかし日向はむぅ~、と頬を膨らませる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが。



「もちろんそのつもりですっ。そして土曜の試合も勝つんですから」



その目は決意に満ちた目をしている。


それを見た一騎は自然と顔が綻んでくる。



(はは…なんだよこいつ…勝つ気満々じゃないか。そうだよ、そうこなくっちゃな)



そして日向の頭にまた手を伸ばし、わしゃわしゃする。



「なにするんですか、セクハラですよ!?」



口では嫌がるもまんざらでもない表情の日向。あらかた撫で終えると立ち上がり、一騎は鈴音の方を向く。



「土曜日…勝ちましょうね、絶対。俺たちのチームは無敵ですから」


「当たり前じゃない、勝ってあのハゲの鼻を明かしてやるのよ」



鈴音はさも当然、といった風に言う。

あと3日で終わるか、はたまた続いていくか。すべての答えは土曜日に出る。けれど一騎は、絶対に終わらせたくないと心に誓うのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ