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Diamond☆Girls  作者: 由真
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第1話 新天地

2005年4月7日。私立風祭学園の学生寮『風和里』に荷物を搬入する一人の少年がいた。



「やれやれ、これで終わりだな」



最後の段ボール箱を入れ終わり、彼…桜井一騎は一息ついた。力仕事で伝い始めた汗を肩に掛けたタオルで拭っていると後ろから女の人の声がした。



「こんなもんかな?差し入れ持ってきたよ」


「あ、ありがとうございます」



入ってきた女性、八戸唯湖はここ風祭学園の学生寮の寮長をしている。同時にスクールアドバイザーもしており、相談しやすく、フレンドリーな対応がよいと生徒の間では評判になっている。唯湖は一騎に話しかけた。



「桜井くんだったよね。そこいら中に学校はあるのにどうしてここを選んだのかな?」



この学校に勤めるものとしてそれはどうなんだという質問に一騎は答えた。



「両親がいないですし、兄姉も仕事の都合がありますから」



一騎の両親は三年前に病気で帰らぬ人となっている。運よく、一騎の兄がプロ選手として活躍していたため、一騎と姉は兄のもとで暮らすことになったのだ。


その兄がポスティングシステムでメジャーに渡ることが決定し、姉も声優の勉強を始めたため一緒に暮らす余裕がなくなり、一騎は地元に帰って寮がある学校に転校することを余儀なくされた。年俸数億を誇る兄の仕送りがあるため正直生活には困らないが、一騎はできるだけ質素な生活を心がけようと決めていた。


とりあえず出していた座布団に唯湖を座らせて、差し入れを広げた。主にお菓子類とジュースである。それらを飲み食いしながら唯湖は感心したように頷いた。



「そっか、かわいい子には旅をさせよと言うしね。お兄さんは、マリナーズだっけ?」


「はい、イチローさんと同じチームになれて光栄だといってました」



一騎も、唯湖が持ってきたお菓子を手につけながら話す。唯湖は嬉しそうに見つめている。



「どうかしましたか?」


「ううん、なんでもないよ。そういや、部活はどうするの?やっぱ野球部?」


「はい、そうですね。兄に憧れて始めたものですから」


「そっか。でも大変よ?」


「?そりゃあ、運動部は大変ですけど」


「えっと、そういうんじゃなくて」



唯湖の言いたいことがわからず、一騎は首をかしげる。唯湖はああ、そうかという風に続ける。



「うちの高校はすごい進学校なのは知ってるよね」


「はい」


「うちの学校は、運動部はあるにはあるんだけど入部は推奨してないの。特に野球部はひどくてね…」


「ひどい?」



いったい何がひどいのだろうか。



「うちの野球部は女子が入っていてね。うちの校風で『無駄は己を潰す』ていう思想があって、出られもしないのに野球部にいる女の子を叩きまくっているの。そんで、他の部員もとばっちり食らっていてね、学校ではひどく腫れ物扱いされてるのよ」


「女の子が…」



一騎は別に女の子が野球をすることに驚いているわけではない。かつては一騎も近所で男女関係なく集まっては草野球に明け暮れた時期があったのだから。


そうではなく、一騎は出来もしないからとやらせようとしない人たちにすごく怒りを感じていた。



「そんなの、おかしいじゃないですか」


「え?」


唯湖は一騎の答えに素っ頓狂な声をあげる。



「出来ないからやらせないなんて…間違ってますよ。先生たちはむしろ応援するべきじゃないでしょうか」


「へぇ……」



唯湖は感心したように呟く。そして立ち上がると、ベランダに向かって歩きだした。そして窓際まで向かうと振り返って、一騎に聞いた。



「じゃあ、桜井くんはその子達のために、野球部のみんなと一緒に戦える?たとえ自分がどんなに追い詰められても、出口が見つからなくても、決して逃げずに」



それは唯湖の一騎に蕀の道を歩んでほしくないという最後の警告だったのかもしれない。


しかし、その子達が困っていると聞いて黙っていられるほど軟弱な人間ではなかった。



「当たり前です。自分の好きな事が、それが好きなのにできない人がいるなんて事は嫌ですから」



一騎は決意の籠った声で唯湖に言う。唯湖はしばらく押し黙っていたが、やがて口を開いた。



「ふふ、本当に変わった子ね。いったい誰ににたのかしら」


「そんなのは、わからないですけど」



唯湖はあっはっはっ、と笑う。そしてそのまま携帯を開き、時間を見ると急に焦った表情になった。



「どうかしました?」


「やっば、もうこんな時間。じゃあ桜井くん、今から学食作ってくるから。材料ないなら食べに来てね」


「あ…」



そう言い残して唯湖は飛び出していった。



「さっきの…いったいどういう意味だったんだろう…」



あの唯湖の言葉の意味。それは明日すべて判明することだと言うことは一騎は知るよしもない。ふと、足元を見ると何やらメモが残されていた。



『明日8:15までに職員室の西音寺先生を尋ねるように』


「………」


まずこれを伝えろよ、と一騎は頭を掻きむしりながら思ったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そして次の日。一騎は学園の職員室に来ていた。



「初めまして、桜井くん。あたしは西音寺鈴音よ。これから一年あなたの担任を勤める事になるわ」


「………」


「あ、あなた今あたしを見て小さっ、って思ったでしょ」


「いえ、そんなことは…」



一騎は図星だった。しかし、鈴音は規格外に小さい。150も無いような身長に寸胴な体型を目の当たりにしては、正直小学生としか思えない。



「まあ、いいわ。いつも老若男女問わず言われていることだから。それより、野球部希望なんだってね」



一騎は少し身構える。昨日の唯湖からの話からすれば、どんな教師から咎められてもおかしくないのだから。どう反論してやろうかと考えていると。



「良くやったわ!ナイス選択よ♪」


「は?」



目の前の子供教師の発言に一瞬、思考回路が止まる。



「いや~、かの有名な桜井佑紀くんの弟君が野球部に来てくれるなんてね~。すごく助かるよ」


「あの、それはどういう…」



一騎は恐る恐る聞いてみる。しかし、鈴音はあっけらかんとした表情で答えた。



「ん?あぁ~あたしは野球部の顧問兼監督だからね。野球部の事はあたしとあたしの友達の先生、唯湖ちゃんは咎めないから安心して?」


「は、はぁ…。しかし唯湖さんと知り合いなんですか?」



一騎は何となくそれを聞く。まさかあんな美人と目の前の子供教師が同い年とは思っていないだろう。



「うん、24の同い年。唯湖ちゃんとは長い付き合いなんだ」


「まじっすか」



一騎は意外そうな顔で答える。鈴音はあははと笑いながら話を続けた。



「まぁね。昔から腐れ縁でなにかと一緒扱いだったわ。今もこうして同じ敷地で働いているんだからよっぽど深い繋がりがあるんでしょうねぇ」



うんうんと頷きながら言う。一騎はその時、一人の幼馴染みであり元彼女である少女の事を思い出していた。一騎が心を許せた数少ない人の事を。


と、ちょうどその時職員室の扉が開いた。



「失礼します。2年3組唐沢緋奈です。西音寺先生に用があって…」


「緋奈!?」



一騎は思わず大声で叫んで声の主の方を向く。とすると声の主、唐沢緋奈もこれまた叫んでしまう。



「一騎!?」

「あら、あなたたち知り合い?」



鈴音が首をかしげながら一騎と緋奈を交互に見る。当の本人は、完全に他の事は上の空であった。



「あなた、大阪にいたんじゃないの!? どうしてここに戻ってきてんのよ!?」


「お前ちゃんとテレビ見てたのか!? 兄貴がアメリカ行っちまった上に姉貴も声優になったからこうやって迷惑かけねぇように一人暮らしできるとこ探して転校したんだよ!!」


「落ち着け!」


「あたっ」


「ひゃっ」



大ボリュームで喋るのは職員室でのマナー違反なので、鈴音は取り敢えず出席簿で頭を(ジャンプしながら)叩いて黙らせた。


我に返った一騎と緋奈はその辺りの先生たちに一通り頭を下げてから、鈴音に向き直った。



「って、なんでそんなにぜえぜえいっているんですか?」


「ほっときなさい…」



2人は首をかしげた。2人を止めるために後ろで全身全霊をかけて頑張っていたことに2人は気づかない。



「まぁいいわ。二人とも同じクラスだし、再会の抱擁とかはその後にしなさいな」


「それは俺に死ねと言っているのでしょうか」



いくら恋愛の事に疎くても、見知った顔の贔屓目を差し引いても異様に美人な緋奈を公然の前で抱き締めればどうなるかは分かっているつもりだ。



「そうですよっ。一騎とはもうそんな関係じゃありませんから!」


「ありゃ、痴話喧嘩でもして別れちゃってた?」


「違います!付き合ってはないですけど今も好きなつもりですから!」


「そうですよ!別れたのは一騎の家庭の事情です!」


「職員室で熱愛宣言ねぇ…二人ともお似合いだよ」


「「!!」」



ここが職員室と言うことを完全に失念していた。他に仕事をしていた先生たちもにやにやしながらこちらをみている。は、はめられた…!


「あっはっはっ! 桜井くんは面白いねぇ。緋奈ちゃんも普段見せない顔だったし、先生いいもの見せてもらったよ」


「忘れてください!! もぉ、何言いに来たのか忘れちゃったじゃないですか!!」


「今日は別に構わないじゃない。ていうかHRだけだからずっとクラスについてるし思い出してからでいいよ」


「はぁ…では、失礼しました。一騎、また後でね」



そういって赤面したまま、緋奈は退室した。と、同時にチャイムが職員室に鳴り響く。



「ん、じゃあ教室に行きましょうか」


「はい」



そして教室へ向かう廊下で、鈴音は一騎に会って最初の方の事について聞いてきた。



「そういえば、野球部希望って言ってたよね」


「はい、それがどうかしましたか?」


「私がね、その野球部の監督なのは言ったよね」


「はい」



あのとき自分が野球部希望と聞いて喜んでいたが、本当に野球部の関係者とは思っていなかった。鈴音は続ける。



「まぁ、唯湖ちゃんから聞いてると思うけどうちの部は風当たりが強くてねー。練習すら満足にできない」



それはもう野球部として機能してるのか?



「うちの子達もよく耐えたと思うわ。まぁ隠ぺいして軟式野球部と練習試合組んで凌いだりしたんだけど、あの子達の目標はあくまで甲子園みたいだから」


「そうなんですか。じゃあ、やっぱり真剣に取り組んでるんですか?」


「いんや、結構適当だよ」



感心して損した。そんな一騎をよそに、鈴音は急に立ち止まり真剣な表情になる。



「いまでこそちゃらんぽらんだけど、私はあの子達が甲子園を本気で目指してるのはちゃんとわかってる。けどね、うちの学校がそれを邪魔してるの。幸いあなたにはチームを牽引するだけの力と思いがある。だから、あの子達と一緒に戦ってほしいの。野球部に、入ってくれるかな…?」



一騎の目をまっすぐ見て、そしてしがない学生に教師が本気で頭を下げている。元々、そのつもりだったが一騎の気持ちを加速させるには十分すぎた。



「わかりました。俺にどれだけ力添えができるかわかりませんが、尽力します」


「…よかった」



ようやく顔をあげ、そう言ってから笑った。大人の女性らしかぬ、むしろ同級生に近い柔らかい笑みに一騎はドキッとしてしまう。



「それじゃあ、放課後にグラウンドに来て。道具は持ってきてる…よね」


「はい」

一騎はしょっているバッグとバットケースを示す。鈴音はうんうん、と頷いてピタッと立ち止まった。一騎が上を見上げると2年3組とかかれた札があった。どうやらここが一騎のクラスの教室らしい。



「んじゃあ、桜井くんはちょっとまってて。呼んだら入ってきてね」



そう言ってから、鈴音は颯爽と(彼女はそのつもりで)教室の中へ入っていった。



~2年3組教室~



「はいはーい!さっさと席ついて、朝のホームルーム始めるよ!」



鈴音の一声で騒がしかった教室はだんだんと静まり返る。なんだかんだいって立派な教師である。



「さ、今日は連絡事項の前にうちのクラスに来ることになった新しいお友だちを紹介します」



小学校風な説明ながら、生徒たちの心をつかむには十分だったようであり、教室は途端に騒がしくなった。



「はい!その子は男の子ですか!?それとも女の子ですか!?」



クラスの一人がそう質問する。ちなみにその転校生が誰なのか知っている緋奈は湿気た顔で窓の外を見ていた。



「男の子よ!」



女子からはきゃあああっ、といった黄色い声が、男子からはなんだ、男かという興味を失った呟きが聞こえる。緋奈は窓で戯れている雀を指でてがっていた(小動物に好かれる)。


「その子はかっこいいですか!?」



女子の一人からそんな質問がとんだ。周りからもそれは重要ねー、とかいう声が聞こえてくる。



「それは見てからのお楽しみ!それではどうぞ!」




『それではどうぞ!』


鈴音の声が聞こえたので一騎は一呼吸入れてから意を決して、扉を開けた。



「「「きゃあああっ!」」」



開けての第一声がそんな矯声だったので思わずビクッとなってしまう。



『なにあれ、スッゴくかっこいい♪』


『めっちゃタイプやわー』


『どんな人が好みなのかな…』



周りからはそんな声が聞こえる。どうやら自分はこのクラスではかっこいい男子にカテゴライズされるらしい。


だけど女子の歓声に混じっている冷たい殺気のほうをどうにかしてほしい、と一騎は感じていた。



「そんじゃあ、自己紹介お願いね」



そう言って鈴音は後ろを向き、連絡事項を書き連ねていく。この先を読んで、手を打っている鈴音に一騎は感心していた。立っていてもしょうがないので一騎は自己紹介を始める。



「初めまして、桜井一騎です。大阪桐蔭から転校してきました。運動はなんでもできますが、勉強は人並みです。そんなやつでありますが…よろしくお願いします」

一騎の自己紹介が始まると、騒がしかった教室がシンとし、終わったあともしばらく静かだったがやがて大きな拍手が響いた。

そんな大歓迎ムードを一騎は味わったことがあるはずもなく、顔を赤くして俯いてしまった。しばらく拍手が続いてから鈴音はその場を制す。



「んじゃあ、連絡事項は前に書いといたからね。じゃあさっそく体育館に向かうように。では解散!」



そう言って鈴音はその場を去っていく。それと同時に、時間が圧しているようで、みんなは龍を構っている暇はなく体育館にぞろぞろと向かっていく。一騎もそれにならって後ろについていくと、後ろから誰かに話しかけられた。



「ねぇ、桜井くん。野球部に入るって本当?」



その女の子はつり目でシングルテール、元気百倍が似合いそうなはつらつな子であった。振り返るとパッと見ただけでもとても可愛らしい子だったため一瞬焦ったが、ここでノロけたら負けだと一騎の第六感が叫んでいたため冷静に答えを返した。



「ああ、そのつもりだけど。…で、君は?」


「わたし?ああ、雛森夏希だよ。気軽に夏希って呼んでくれて構わないからね♪」



そう言って夏希は龍に向かってウィンクする。が、鈍感でポーカーフェイスができるこの男がノロケるはずもなく。



「……。…ぶ~」


「?どうした?」


「なんでもない…」



そう言って夏希は頭を抱えた。まさか、自分の鈍感さが原因とは思ってない一騎は頭を捻るばかりである。



「まぁいいや。野球部に入るんだよね?」


「ああ」


「わたしもね、野球部なんだ。だから自己紹介しとこうと思って」



なんだかんだいって律儀な子である。体育館に向かいながら、一騎は夏希に聞く。



「君はマネージャーなのか?」



普通なら、野球部に所属する女子はたいていマネージャーである。女子の野球部員がいると唯湖から聞いてはいたがまさかこんな華奢な美少女とは思わない。しかし、一騎の予測は大きく裏切られる。



「あたし、選手で部に入ってるよ?」


「マジか!」



本気で驚く一騎をしてやったりな笑顔で夏希は見上げる。



「ふふん、驚いたでしょ。他にも選手登録してる子はいるよ。あ、もちろんマネージャーもいるからね」


「そうなのか。男の部員は?」


「6人くらいだったかなぁ?あと一人は怪我して入院中」



何気にヘビーな事が混ざっていた。そんなこんなしていると、あっという間に体育館前についた。



「じゃあ、あとは教室に帰るときと部活でね」


「ああ」


夏希はそう言ってから自分の座り位置を目指して、雑踏の中に飛び込んでいった。一騎は転校生のためまだ出席番号がわからないので、とりあえず後ろに座ることにした。


そのあとはありきたりな入学式と同じような日程で進められ、教室に帰ってからもあまりどこの学校でもかわりないような時間が過ぎていった。


そして放課後。一騎は荷物をまとめていると、鈴音と夏希が寄ってきた。



「よし、じゃあ桜井くん。さっそく野球部の練習にするわけだけど、一回集まってからみんなの自己紹介と君の自己紹介をやるからね。言うことは…わかるよね?」



野球部に入部を希望する人間は大抵出身中学と希望するポジションを言う。一騎は野球経験者だが鈴音は確認の意味で聞いた。



「はい、大丈夫です」


「練習メニューはそれが終わった後にいうから。夏希、桜井くんをグラウンドに案内してくれる?あと、部員には制服でいいって伝えてあるから部室に連れてかなくていいからね」


「りょーかい、鈴ねぇ」



一騎には少し失礼な会話が聞こえた気がした。



「どうしたの、桜井くん?そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」


「え、いやだって…夏希が先生の事"鈴ねぇ"って…」


「あぁ~…夏希はね、うちの愚弟と同じリトル出身でね。その時から顔は知ってたの。ちなみに、愚弟も同じ学校通ってるけど今は足の骨折って入院中」


「そうなんですか」



鈴音と夏希の意外な関係に一騎は少し驚く。続けて夏希が口を挟む。



「鈴ねぇとは家が近いし、小さい頃から野球教えてくれたしね。今のわたしがいるのは鈴ねぇのお陰なんだよ」



夏希はそう言ってあまりない胸(B)を反らした。一騎にとっては昔と今の夏希がどういう選手なのか分からないので、答えに迷った。



「まぁ、そういうわけだよ。じゃあ桜井くん、付いてきて」


「分かった」



夏希は移動を促すと、一騎はそれについていった。程なくして、無駄に整備が行き届いているグラウンドに出ると、制服を来た数人の生徒が集まっていた。その集まっている中に何人か女子が混ざって見えた。



(あれが、夏希以外の女子選手か…)



夏希だけでも中々な驚きだが、それ以外にもまだいたことに少し驚く。しかし、一騎の中でどんな選手なのか知りたいという野球選手としての本能が渦巻いていた。



「あ!おーい、みんなー!転校生くん連れてきたよー!!」



夏希の声に気づいた生徒たちがこちらによってくる。

そこにはこれ以上のバリエーションはないんじゃないかというくらい個性的そうなメンバーが集っていた。



「君が転入生?」



先頭にいた、手入れがしっかり行き届いた出で立ちをした男が一騎に聞いてくる。



「はい、そうです」


「どこの学校?」



今度は少し寝癖がかった髪型の中性的な男の子が聞いてきた。



「一応、大阪桐蔭に…」


「「「大阪桐蔭!」」」



その名を聞いて一気に活気づく。ちなみに大阪桐蔭は野球がなかなか強く、その他のスポーツでもその名を轟かすスポーツの名門校である。



「大阪桐蔭ってあの…!?」


「すごいじゃん!!外人部隊ってやつ!?」


「あ、え~…っと…」



いきなりお祭り騒ぎなムードに、一騎はついていけなくなる。そうこうしているうちにジャージ姿に着替えた鈴音がやって来た。



「はいはい、直人たちはいきなり新顔に詰めよっていろいろ捲し立てないの。ほら、一騎。自己紹介」



どうやら鈴音は部員と接している間は、生徒を名前で呼ぶらしい。ともあれ、自己紹介の指示が出たので素直に自己紹介する。



「2年3組、桜井一騎です。大阪桐蔭から転入してきました。野球始めた頃からキャッチャーやってたのでここでもキャッチャーを…」



と、そこでつい言葉を止めてしまう。視界の先には、驚きと喜びが入り交じった器用な顔をした部員たちがいた。



「って、あなた捕手だったの!?」


「「「あんたが一番驚くんかい!!」」」



鈴音のオーバーアクションに部員と一騎がぴったりのタイミングでハモり突っ込みをいれる。妙なところで連携感をつけていく不思議集団といっても過言ではない。



「あはは、軽い冗談よ☆わたしに掛かればそんなの一発でわかるんだからっ」



ならそんな本気で驚いた顔するなよ、と一騎は突っ込もうとしたが、時間を無駄にするのもどうかと思ったので止めておいた。



「まぁいいわ。これで黒山くんも本業に専念できるわね」


「別に嫌という訳じゃないですけど…」



鈴音に話を振られ、困惑気味に返す黒山。どうやら彼がこの学校の捕手だったらしい。黒山は気を取り直して、ざわつき始めた部員たちを取りまとめる。


「落ち着け、お前ら。ほら、雛森から自己紹介しろ」


「おっけ~、黒りん♪」


「黒りんはやめろ!」


「へ~い。もぅ黒りんはユーモアが…」



黒山に叱咤されて、減らず口を叩きながらも夏希は改めて自己紹介をした。



「じゃあ桜井くん、改めて初めまして。わたしは雛森夏希。右投げ右打ちでポジションはショートストップだよっ」



初めて教室で会ったときと同じく、ウィンクを交えて挨拶をしてくる夏希。始業式の時も難なく雑踏の中を縫うように通っていたのだから、案外そういうポジションなのだろうと一騎は思っていたので、大して驚きはしなかった。



「む~…桜井くん教室でも取り乱さなかったよね…」


「そりゃあ、始業式であれだけ華麗に人混みを掻き分けていったからある程度予想できるしな」



不満を言う夏希に、一騎は思ったままの感想を口にする。すると夏希は、少し声のトーンを落とす。



「そうなんだ。はぁ…わたしって分かりやすい女なのかなぁ」


「俺ぁその事に今更気づいたお前に驚いたわい」



横から柄の悪そうな男が口を突っ込む。夏希はむ~っと頬を膨らませながら彼に向かって愚痴を叩く。



「何いってるのよ要くん!いつも三振ばっかな癖に!」


「あぁ!?俺は肩で貢献してんだよ!!てめぇこそ脳天お花畑なくせに色気ばっか使いやがって!!お前に欲情する奴が見てみたいよ!」


「むむ~っ!!言わせておけば…」



要と夏希は周りをそっちのけで口喧嘩を始める。あとで聞いた話によると、仲はいいが口喧嘩はちょくちょくやるらしい。しかし一騎がいる手前、あまり普段の光景を見せたくなかったのか、夏希と同じ短い尻尾頭の少年が制止する。



「そのへんにしておけ、二人とも。要も言い過ぎだ」



そこまででかい声ではなかったが、二人の耳には届いたらしく二人とも素直にやめる。



「ちっ」


「分かったよ~」



どちらもまだ不満だったが、それ以上は何も言わなかった。そして、そのまま尻尾頭の少年が喋り出す。



「見苦しいものを見せてすまなかったな。俺は嵐敬麻。右投げ両打ちの外野手だ。打撃には自信がある。それで、さっきの柄が悪そうな奴が遠山要。右投げ右打ちで俺と同じ外野手だ。あんなやつだが、真面目なやつだぞ」



敬麻に紹介され、ばつが悪そうにそっぽを向く要。一騎は、敬麻に少しやりにくさとかそういう感じの苦手意識を感じていた。



「敬麻がやったから僕もしようか。僕は羽田希来。右投げ左打ちの外野手だよ」


そう言って、希来は誰からも愛されるような優しい笑みを浮かべる。敬麻と対照的な印象を受けたため、一騎は何となくほっとした。



「次は私。皇すばるです。左投げ両打ちのサイドスロー」



すばるは淡々と必要な情報だけを述べた。口調や見た目もそうだが、寡黙な雰囲気を醸し出す少女な印象を受ける。そして次に健康的な日焼けが特徴の少年が自己紹介を始めた。



「俺は鈴木海太。いちおう三年な。右投げ右打ちの外野手だぜ」



そういって芸能人並みの白い歯を見せた。やたら健康そうな少年である。こういうやつに限って変態であるが、当人曰く「変態という名の紳士」らしい。もちろん、一騎はその事実を知らない。



「じゃあ、俺で選手組は終わりだな」



そういって黒山が前に出る。ちなみに夏希が「いよっ待ってました!」と言っていたのはスルーの方向でいくようだ。



「俺が3年で、キャプテンの黒山直人だ。ちなみに3年は、俺と海太だけだ。右投げ右打ちのセカンドで去年はキャッチャーが居なかったから兼任で勤めていた。わからないことがあれば遠慮なく聞いてくれ」



一騎は、キャプテンらしい貫禄のある自己紹介を受けて、さすが三年生という印象を受ける。黒山はそのまま続ける。



「じゃあ、最後に…夏波!フェイト!」


「「はいっ」」



黒山に呼ばれ、夏波とフェイトと呼ばれる少女がこちらに駆けてくる。律儀に二人揃って整列すると、夏波の方から喋り始めた。



「始めまして、高橋夏波です。2年生でマネージャーやってます。それでこちらの子が…」


「フェイト・クラークです。同じく2年生、マネージャーやってます。一応アメリカと日本のハーフで、日本には8年住んでます。夏波とはそれからずっとの付き合いです」



さりげなく二人の関係も紹介するというナイスコンビネーションを見せる。二人の付き合いは本当に長いのだなと一騎は感じた。



「もぅ、フェイトちゃん抜かりないんだから…」


「自然に出ただけだよ、夏波。私にとってそれくらい大切な人だから…」


「フェイトちゃん…」



この小説にはカテゴライズされてない雰囲気になりそうな位、二人の関係は順風満帆なようである。ともあれ、これが風祭野球部のやたら個性的なチームメンバーである。少々不安な部分があるが、一騎は一生懸命頑張ろうと心に誓う。


そして、ずっと事態を静観していた鈴音がようやく口を開く。


「あとは、今は怪我で入院しとるわたしの弟の彼方だけだね。ちなみに右投げ右打ちのスリークォーター、ウチの実質的なエースだよ。そういや麻希はどうした?」



鈴音は、もう一人いるらしい一人の少女の所在を確かめる。しかし、誰も知らないようだった。そんな中、すばるが唐突に口を開く。



「あの子、悩んでる」


「はぁ?」



そばにいた要が間抜けな声を出した。それが恥ずかしかったのかひとつ咳払いして、威勢の強さを纏ってすばるに詰め寄る。



「そりゃあどういう事だ」



もちろんチームメイトであり、そういう雰囲気を常に持っていると知っているすばるは特に気にした様子もなく淡々と述べる。



「私は超能力を持ってる訳じゃないから理由は分からない。でも、あの子が悩むならきっと野球の事」


「野球?あの歩く精密機械よろしくコントロール抜群のあいつがか?」



敬麻も驚きの声がある。一騎も聞いたことある名前なので、話に首を突っ込んだ。



「なぁ、近藤麻希って…」


「なんだ桜井も知っていたのか?ご存じの通り、精密機械の名を馳せた名女性投手近藤麻希だよ」



麻希は愛媛県下で非常に有名でリトル、シニアと全国大会へ行きその制球力で全国に名を轟かせた女の子である。あるシニアチームの監督は「あいつが男なら甲子園連覇も夢じゃない」と言った程である。本人自体も、非常に明るい性格らしいので尚更疑問である。



「けど、いつもつるんでるお前ならなにか分かるんじゃねぇか?」



要はなおも食い下がる。しかし、すばるは力なく首を横に振る。



「悪いけど、分からない。分かっていたとしても言わないし、言えない。周りの人間には見守ることしかできないから。だから、みんなそっとしておいて」



すばるは、みんなに頭を下げた。要もどれくらい深刻なことか理解したようでこれ以上、なにも言わなかった。一騎はいい友達を持ってるんだなと、麻希を羨ましがっていた。



「じゃあ、すばるの言った通り麻希はそっとしておくとして…」


「鈴ねえ、後ろ」


「ん?」



鈴音はなにか喋ろうとしたところで、夏希がストップをかける。鈴音は後ろを振り返ったが、誰もいなかった。



「なんだ、誰もいないじゃん」


「あれぇ、おかしいな…さっきまでいたのに」



夏希は首をかしげる。どうやら本気のようなので、誰もどやしたりはしない。鈴音が前に向き直ると、目の前に一人の茶髪の少女が立っていた。



「うわぁ!?」


鈴音は突然目の前に現れた少女にビックリして飛び退く。その少女は申し訳なさそうに軽く頭を下げる。



「すみません、驚かせてしまって…話を聞くなら正面からの方がいいと思って回り込んだのですが…」


「要するに行き違ったわけだね」



フェイトが要約する。



「はい、そういう事です。それで、改めて聞きますけれど…野球部の方々ですか?」



少女は一騎たち全員に質問を飛ばす。よく見ると、少女は制服姿だが一騎と同じく使い古したスポーツバッグとバットケースを背負っており、この少女がただ者ではないということを物語っていた。



(この子も…野球を本気で?)



なぜ、ここまで野球を本気でやって来た少女がこんなにも集うのか。やはり、高野連憲章改正の一手なのか?一騎は少し今の状況に疑問を感じていた。



「って、誰かと思えば姫香じゃない。ほら、ついでだからみんなに自己紹介」



鈴音に促され、姫香は背負っていたものすべてを降ろし、みんなに向き直る。



「初めまして。アメリカから帰国して、風祭に転入した西條姫香です。右投げ右打ちのファーストで向こうでは4番を打ってました。日本の事はあまり分からないですが、よろしくお願いします」



そう言って、姫香はぺこりと頭を下げた。一騎の後ろにいた敬麻は姫香が4番を打っていたと聞いた辺りから、なにやらオーラを纏っていた。



「へー、じゃあ英語ペラペラ?喋ってみて?」



夏希が初めて有名人を見た顔で姫香に懇願する。姫香はクスリと笑うと、なにやら喋り始めた。



「(はっはっはっ、面白い女の子だ。名前は、なんていうんだい?)」


「夏希だよ?雛森夏希」


「(夏希くんか。見た目通りの可愛い名前だ)」


「えへへ~ありがとっ」



夏希は嬉しそうに姫香に抱きつく。その様子はまさに姉妹のようである。それを近くで見ていた希来たちは。



「…わかるんだ」


「まぁ、夏希はバカだが語学は優秀だからな」


「無駄な才能ってやつだな」



夏希を哀れんでいた。



「さて、これが私たちのチームだね。明後日には新入部員が来るけど、これでも十分優秀かな?」



鈴音がそう言った。まだ彼らが持つ能力は分からないが、鈴音がそういうならそうなんだろう。そして鈴音は今日の予定を告げる、とみんなを集めた。



「今日は悪いけど急用が入ったから練習休み。明日から練習だから忘れ物しないでね。それでは、解散!」



そこで、今日はお開きとなった。



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