CALL3:「初めまして、四之宮さん」
「ハルナ!私やっぱり帰る!」
慣れないヒールの靴に、綺麗なドレスを身にまとった私たちは、大きな高級ホテルの前で尻込みしていた。
「何言ってんの!大金持ちとの合コンなんてそうそうないんだから!」
バーガーショップで四之宮先輩に彼女がいると分かってから、私はハルナに何回も合コン連れ出された。だけど、ムリに好きな人見つけようなんて思わなかった。いつも思い出すのは四之宮のことだったし、この気持ちがなんだろうかなんて考えたくも無かった。
痺れを切らしたハルナはある打開策を練ったのだ。それが一般庶民とはかけ離れた世界のパーティーに出席することだった。なぜこうなったのかと言うと、ハルナのお姉さんのお陰だ。
ハルナのお姉さんは、ある大手メーカーに就職している。年に一度、大手企業のやり手だけが集まるパーティーがあるのだという。そこに行くはずだったハルナのお姉さんを、ハルナが脅して…いや説得して私たちが出席することになったのだ。もちろん高校生だとばれたら大変なことになる為、変装はばっちりだ。
「ま、一種の社会見学みたいな?」
そういうハルナは、どこから見ても20代前半のキャリアウーマンにしか見えない。リョウちゃんがこの姿を見たら泣いて喜ぶだろう。
「ナツミ、何ぶつぶつ言ってんの!行くよ!」
ハルナにひっぱられついに高級ホテルに足を踏み入れた。
パーティーの会場は最上階だった。天井からは煌びやかなシャンデリアが誇らしげに光っている。
「ハルナ、やっぱり帰ろ…」
場違いを否めない私はハルナを探した。
隣にいるはずの彼女はそこにはいなかった。振り返りハルナを探す。どうやらお目当ての男性を見つけたらしい。シャンパンを片手にとびっきりの笑顔を見せている。
さすがハルナ。
「こんばんは」
ふいにかけられた言葉に見上げると、紳士のような優しい雰囲気を持った男性が立っていた。
「あっ、こんばんは」
「あまり見ない顔なので、ついお声をかけてしまいした。
このパーティは初めてですか?」
「え、ええ……」
年齢がばれないように大人のように振舞う。肝心なときにハルナはいないんだから、もう!
「退屈なパーティと思っていたが、あなたのような可愛らしい人に会えるなんて光栄です。
僕は、栗沢カナメといいます。あなたは?」
にっこり笑った顔は、愛らしさと華やかさを兼ね備えていた。20代前半に見えるが、堂々とした余裕が感じられる。お金持ちとなると気持ちに余裕ができるのだろうか。それとも年上だということが、余裕を感じさせるのだろうか。
私はくだらない思考を働かせいた。
とにかく正体がばれてしまっては元も子もない。
「私は…ナ、ナツミです」
「いい名前だ。ナツミちゃん、シャンパンでもいかがですか?」
「いただきます…」
動揺を隠しながらグラスを受け取る。
「わたくし、もう行きませんと……そ、それでは」
耐え切れなくなった私は急いでその場を立ち去ろうとした。
「キャっ」
振り返った先には人が立っていた。大きく揺れたグラスからはシャンパンがキラキラと零れ落ちる。体制を崩した私は、ゆっくりと傾いていくが、目の前の男の長い腕が背中を覆うように支えてくれるのが分かった。一瞬、前に同じようなことがあったような…そんなデジャヴを感じた。
「ご、ごめんなさい!!スーツにかかってしまって…」
ようやく体の安定をとりもどすと、男から離れた。
「いえ、安物ですから、お気になさらずに」
どこかで聞いた事のある声にドキリとする。
「四之宮さん!」
「よう、栗沢」
栗沢さんが、呼んだ男は四之宮と言うらしい。顔を見ると、そこには忘れたくても忘れられなかった男の姿があった。
「ホ、ホ、ホスト!!!」
「ホスト?ナツミちゃんどうしたの?」
シャンパンのグラスを持ったまま固まってしまった私を栗沢さんは怪訝そうな顔で覗き込む。急に上がりだした心拍数を何とか押さえようと深呼吸をする。まさかこんなところで会うなんて……。
「い、いえ、ホントーに申し訳ないと思いまして」
「あはは面白い方だ。四之宮さん、紹介します。彼女はナツミさん。
こちらは四之宮ハジメさんです」
四之宮はにやりと笑うと手を差し伸べた。
「初めましてナツミさん」
ワザとやっているのか…それとも、私に気付いていないのか。どちらにせよ、私は自分の変装を信じるしかなかった。
「初めまして、四之宮さん」
四之宮の手は大きく、そして冷たかった。
――――
CALL
――――
私が四之宮と握手を交わした後、やっとのことハルナが帰ってきた。機嫌のいいところを見ると何かいいことがあったのかもしれない。
「ハ、ハルナ、こっち!」
(なんだぁ、ナツミも両手に花で上手くやってるじゃん)
(何馬鹿なこといってんの!違うのホスト!ホスト!)
(はぁ?)
「ナツミちゃん、そちらのお美しい女性はお知り合い?」
「美しいだなんてとんでもない。わたくし、ハルナと申します」
ハルナの度胸には当たり前だが負ける。私はハルナになら抱かれてもいいかもしれないと思った。
「僕は栗沢カナメです」
「四之宮です。以後お見知りおきを」
得意のスマイルを出した四之宮に、ハルナは固まった。
「四之宮…さん…?
四之宮…四之宮………!ホストの!……っ」
勢いよくハルナの口をふさいだ私は、シーと人差し指を立てた。
「ちょ、ちょっと失礼致します」
ハルナの腕をひき、急いで会場をあとにする。
「なんで、ホストがいんのよ!」
「わかんないよ!………あっ、やばい携帯忘れた!ごめんハルナ先行ってて!すぐ行く」
携帯どこにやっただろう。急いで走ったときに落ちたのかもしれない。
再び会場に入ると思いがけない光景を目にした。四之宮の周りに女が群がっている。
どの女の人も皆、美人ばっかりだ。しかし四之宮は女たちの誘いをするりと交わし続けていた。まるで誰よりも人を惹きつける魅力を持ちながら、誰も近くに来ることを許さない。そんな印象を受けた。
「四之宮さんてどんなタイプが好きなんですかぁ?」
「私も知りたーい」
「あらやだぁ四之宮さんは私みたいな人がタイプよねぇ」
「タイプですか?間違い電話をしない人……かな」
そう言うと四之宮は真っ直ぐにこちらを見た。相変わらずの自信たっぷりな笑顔は私を試しているかのようだ。四之宮はやっぱり気付いているに違いない。私は四之宮の目に何もかも見透かされているような感覚に陥り、すぐに目を逸らした。
「間違い電話?」
「何それ意味分かんない〜」
「四之宮さん最高!」
四之宮狙いの女たちの闘いはまだ続いているようだ。四之宮に果敢に迫る女たちを見ていたらなんだか胸の辺りがちくちくと痛み出した。
早く携帯を探して帰ろう。急にもやもやと心が曇り始めた理由は自分でもわからなかった。
「ナツミちゃん。探したよ?」
「栗沢さん…」
振り返った先には満面の笑みを浮かべ、歩み寄る栗沢さんがいた。私は悪いことをしているような気分になり、肩をすくませた。
「これ、ナツミちゃんの携帯じゃない?」
「あっそうです!」
「よかった。はい」
差し出された携帯をとろうと腕を伸ばす。しかし携帯をとろうとした腕は空を切りもとの場所へ戻った。一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに栗沢さんがワザと渡さなかったのだと悟った。
「栗沢さん、携帯返して…」
「嫌だと言ったらどうします?」
「えっ?」
「今晩もう一軒だけ付き合ってください。そうしたらこの携帯返しますよ」
そう言って笑った顔は、イタズラをして喜んでいる子供のようだった。
「何を言ってるんですか返してくださ……」
取り上げようとした手は簡単に捕まった。身長差がありすぎるのだ。
「僕は本気ですよ?ナツミちゃん」
「わかりました。
一軒だけ付き合えば本当に返してくれるんですね?」
「ええ、もちろん」
栗沢さんは、天使のような笑顔で言った。