CALL1:「あ、あなた誰?」
携帯を握り締め、数字とにらみ合う。たった12桁。そうたった12桁の番号を押すだけでいいのに。
告白と言うのはいつでも勇気が必要となる。17年も生きてれば、そりゃあ何回か告白された経験があるけど、告白をする人はいつも勇気に満ち溢れたチャレンジャーみたいだった。たとえその告白に応えられなかったとしても、素直に嬉しいし素敵だと感じた。
いま私はまさにチャレンジャーになろうとしていた。相手はバスケ部のキャプテンで皆の憧れだった四之宮タケシ先輩。彼は今年の春卒業してしまった。卒業式から半年。私は四之宮先輩に思いを伝えようと意気込んでいた。
ボタンを押し終えるとゆっくりと耳に当てた。高いコール音は眩暈がするくらい頭に響いた。
「はい、四之宮です」
「四之宮先輩ですか?私、ナツミです。先輩、私、先輩に伝えたいことがあるんです。明日の19時桜木公園の噴水の前で待ってます!」
勢いよく電話を切る。緊張で会話にもなってなかったけど、伝えることは伝えた。
――――
CALL
――――
終了のチャイムと同時に隣のクラスに走る。
「ハルナ!リョウちゃん!聞いて!」
「はいはい、どーせまた先輩に電話できなかったんでしょ?いい加減諦めたら?」
リョウちゃんはまたか、という顔で頬杖をつく。
ハルナはマスカラを丹念に塗りながら鏡に夢中になっている。
「違うって、電話したの!先輩に!」
「うそ!マジ?!で、愛しの四之宮先輩はなんて言ってた?」
リョウちゃんが身を乗り出して話に加わる。
ハルナとリョウちゃんとは高校一年生のとき一緒のクラスになってからの付きあいだ。クラスが離れた今も、放課後は三人で集まることが多い。集まるたびに私は四之宮先輩のことを話していたのだ。つまり二人は大切な相談役でもある。
「ちょっ……リョウ!机揺らさないで」
「真剣に話聞いてよハルナ!私とマスカラとどっちが大切なわけ?」
「マスカラ」
「即答だよ」
「そんなむきになって化粧しなくても、素顔のままで十分綺麗じゃん」
リョウちゃんはハルナを覗き込むと得意そうに言った。
「は?うざい死んで」
「うざい言われた!!死んで言われた!!ナツミ〜〜〜」
「リョウちゃんうっとうしいー」
「ナツミまで…ひでぇよ」
勘のいい私の推理ではリョウちゃんはハルナが好きだと思う。まぁ誰が見てもわかると思うけど。ハルナは本当に美人で、女の私から見ても付き合いたいと思うほど魅力的な女の子だ。それに比べリョウちゃんは…。顔は悪くないのだが、優柔不断でお調子者。強い男が好きと言うハルナの理想には程遠い。そうは言っても、私はリョウちゃんの気持ちが、いつかハルナに伝わるといいなと思っている。
「話が進まないからリョウ黙って。ナツミ、ちゃんと告ったの?」
「告ってはいない…。でも今日会う約束はした」
「デートってこと?」
「デートじゃない………」
「じゃあ何?」
「一方的に場所伝えて電話切っちゃったから……」
「ばか!!」
「何も二人そろって言うことないじゃん!」
「はぁ…まぁいいよ。ナツミ。ふられても明日ちゃんと学校にくるんだぞ」
「桜木公園の周りってお水系の店が多いから、先輩が時間になってもこない場合はすぐ帰ること。わかった?」
「了解!」
呆れ顔の二人をおいて、私は桜木公園に急いだ。
「こない……」
約束の時間から30分が過ぎた。
ライトアップされた噴水から色とりどりの光の粒がこぼれ、暗闇に浮かびあがる。
あたりにはこれから夜の街に消えていくであろうカップルと、スーツ姿の男が一人。
スーツ姿の男は私の真正面のベンチに座り、こちらをただ見つめていた。街灯だけでは顔はよく見えないが、整った顔立ちには間違いないと思う。この時間に何をしているんだろう、あまりにこの場に相応しくない彼を、私はぼんやりと見つめた。もっとも、制服姿で何時間も待っている姿は彼から見たら、そっちのほうがよっぽど不思議なのかもしれない。
気がつくと私とスーツ姿の男だけになっていた。
私は鞄から携帯をとった。創先輩に電話をかけよう。たとえ答えがダメだったとしてもこのまま待っているよりはずっとましだ。
震える手を押さえながら、四之宮先輩に電話をかけた。
一回のコール音が鳴る。
四之宮先輩の携帯につながり、響いたコール音は、同じタイミングで前のスーツ姿の男の携帯をならす。
「えっ」
「はい、四之宮です」
「し、四之宮先輩ですか?」
「俺あんたのこと知らないんだけど」
どうにも理解ができない。前の男の声と携帯からの声がシンクロしている。男はゆっくりと立ち上がりこちらに向かい歩いてくる。近くで見ると、やはり思った通りの整った顔立ちだった。
背は高く、足も長い。その風貌は、モデルといってもおかしくないものだった。
「どちらさま?」
四之宮先輩にかけたはずなのにどうして。四之宮先輩からであろう言葉は、携帯を通し、そして目の前のスーツ姿の男の口元から聞こえてくる。
街灯のもとで見ていたイメージよりも幾分若く感じられたスーツ姿の男は、迷いも無く私を見据えていた。20代後半ぐらいだろうか…。切れ長の目は強い意思の現れであり、風に揺れる髪は大人の魅力を醸しだしている。
「あ、あなた誰?」
男の迫力に負けている私は、情けない声で素直な感情を口に出す。携帯の充電をマメに行わないのが祟ったのか、ピーという警告音の後、充電が切れた。
「いや、こっちが聞きたいよ。なんで俺の携帯知ってんの?」
ため息をつくと、男は携帯を耳から離し、私の目の前にゆらゆらと差し出す。
「違う。私は四之宮先輩に……」
「だからなんで俺の名前知ってんの?」
「私、あなたなんか知りません!四之宮先輩に電話しただけです!」
「四之宮先輩……俺はたしかに四之宮だけど?四之宮ハジメ」
「四之宮ハジメ?」
「私が電話したのは四之宮タケシ先輩です」
状況を理解できていない私は、多分ものすごく間抜けな顔をしているだろう。
「はぁ………その先輩とやらの電話番号見せろ」
「携帯の充電切れちゃって番号までは……。あっリョウちゃんからもらったメモに番号が書いてあったはず」
そうだ。もともと四之宮先輩の電話番号はリョウちゃんから聞いたのだ。リョウちゃんは先輩と同じバスケ部で、先輩からよく可愛がられていた。
私はスカートのポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出すと、男に渡した。
「これは俺の携帯の番号だよ。そのリョウって奴が番号を間違えたんじゃないのか」
「そんな…」
つまり昨日の電話もこの人にかけていたってこと?
「まぁいいやどーでも。あんた中学生?」
「ちゅっ…違います!高校生です、高校三年」
「ふーん」
男は内ポケットからマルボロとライター取り出すと、慣れた手つきで火をつけた。白い煙は上へと昇っていく。月明かりを浴びて、男は軽い笑顔を見せた。
「高校生にしては色気ないね。中学生かと思った」
「余計なお世話です!あなたこそ売れないホスト見たいじゃないですか!」
実際売れないとは思わなかったけど、ホストに見えるのは真実だ。
「ははっ言うねあんた。気に入った。まぁあながち外れてもいないな」
私はいったい何をしているんだろう。四之宮先輩にかけた電話は全くの赤の他人につながり、今その他人と言い争っている。
「なぁ、ナツミって言ったっけ?その四之宮先輩を呼び出して告白でもするつもりだった?」
「あなたに関係ないでしょ?!」
「図星?ほんと子供は分かりやすいね」
ククッと笑った姿がやけに妖艶で背筋が凍る思いがした。今まで生きてきた中で、男の人に色気を感じたのは初めてだった。
「どっちにしても俺が告白されないで良かったよ。まさか学生に告白されちゃあ困ると思って、ちょっと様子を見てたんだが、ガキにどうこう言われても応えらんねぇしな。子供は早く帰って寝なさい」
「ガキガキってあなた何様のつもりですか?!
あなたみたいな人好きにならないし、告白もしません!!」
男の目がゆっくりと細まり、にやりと微笑む。悔しいけど、綺麗だと思ってしうのは私がミーハーだからだろうか。
「こんな時間に男呼び出すってことは襲ってくださいって言ってるようなもんだよ。
わかってる?」
男のすらりと伸びた手が私の腕を掴む。加わった力に支えきれなくなった私の身体は男の胸に吸い寄せられた。
「離してっ」
どうもがいても力の差は歴然としている。全てを見透かしたような、逆らえなくさせる瞳は、私の全てを捕らえていた。頭の中ではバカみたいに警告音が鳴り続けた。
「気をつけないとオオカミに食べられちまうぞ」
耳元で呟かれた音は、私の血を一気に顔に集中させる。
「な……」
「気をつけて帰れよ、ナツミちゃん」
男は特有の笑いを浮かべ、ひらひらと手をふった。
「―――――――――っなんなのよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
小さくなる男の後姿に、私は声にならない叫びを送った。
初めまして。unicornです。小説を書くのは初めてで、ちょっと緊張してます。つたない文章ですが最後までお付き合い頂ければ幸いです。