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秋暑、学校のプール

作者: 新田紅葉
掲載日:2026/03/12

 この作品は、大長編の物語を書く練習のため、実体験を誇張したり捏造したりして書きました。もちろん、練習だからって手抜きはしておりません!

 至らぬ点や気になる点がありましたら、容赦なく指摘してくださると嬉しいです! 優しい言葉だと更に嬉しいです!

「「「「ーーありがとうございました!」」」」


 狭い教室に、四十人……から不登校その他を除いた三十五人の声が響き渡る。


 九月二十九日、月曜日。午前八時三十分。朝の会が終わり、週で最初の授業が始まる。

 しかも保体。バスケだ。運動嫌いの少女にとって、苦痛以外の何物でもない。


 保健になれば良いのに……せめて水泳ならなぁ……と願うが、あいにく水泳はもう終わったと、担任が言っていた。水泳だけが、少女が得意な保体の科目なのに。

 前の保体の授業で水泳だと期待しながら持っていって、結局バスケをしたせいで持ち帰るタイミングを逃したプールバッグが哀れだ。

 と、思われたがしかし。


「ーーえ!? うっそ、今日水泳なの?」

(え、ほんと!?)


 叫んだのはこのクラスの女子の保体委員だった。その隣では、担任が平謝りをしている。


「そうなんよ〜。ごめんな、私勘違いしとったわ」

「えぇいや良いですよ。ーー皆ぁ今日水泳だって!」


 前半は担任に、後半はクラスの女子に、保体委員が言う。

 どうも担任が、今日はプールはないと思い込んでいたらしい。


「えー、嘘ぉ、私プールバッグ持ってないんですけどぉ」

「そんなん聞いてなかったしー」

「突然言われても困るわ」


 ぐちぐち、ぐちぐちと文句を垂れつつも、多くの女子が体操服を持って更衣室へ移動する。水泳の授業を見学する場合、忘れていなければ体操服になる必要があるためだ。


「えー、最悪ぅ。なぁーーちゃん、プールバッグ持ってきた?」


 そう言って話かけてきたのは、少女のクラスメイト。少女にとって最も仲の良い相手になる。

 その相手に少女は、持ってきて(持って帰り忘れて)いたプールバッグを自慢気につきつけた。


「ふん。これを見ろ!」

「え、なんで持ってきてんの? 謎すぎる」

「私には未来を見通す第三の目があるのだよ」

「はいはい。とっとと着替えるぞー」


 話している最中に更衣室にたどりつく。適当に流されつつも、さっさと水着になる少女。友人は体操服だ。


(あー、いつも一緒にいるこの子が見学なら、今日はぼっちで水泳だな……)


 少女はこっそり気落ちしつつ、周りを見回した。他の女子も多くが体操服だ。水着を着用しているのは、少女含めて七人程度。隣のクラスの人が多い。


(……え? 七人!?)


 驚いて数え直すも、結果は変わらない。間違いなく七人だ。

 そして、プールのレーンは六コースある。つまり、ほぼ一人一レーン。

 今水着を着用している女子の中に、少女と親しい者はいない。同じコースで泳ごうとはならないだろう。つまり、プールは使い放題だ。


   

  〜〜〜(・∀・)〜〜〜



「じゃあ、水に入ってくださぁい。えー、そしたら肩まで浸かってー、自分のコースへ歩いてください」


 担任の言う事ばかり鵜呑みにするな云々という女性の保体教師の説教時間が過ぎ、女子七人がプールに入る。


「あ、あったかい!」

「ねーほんとそれ!」


 案外高い水温に、隣のクラスで比較的仲の良い女子と感激しあう。なお、今日泳ぐ者の中に少女のクラスメイトはいなかった。悲しい。


 二人はすぐに別れ、自分のコースへ向かった。

 少女は第三コース。端の第六コースは、少女の知らない仲良し二人組で泳ぐ事になった。


「着いたら、ぁーまずけのびをしてくださーい」


 再びの保体教師の掛け声で、七人の生徒が一斉にけのびをする。しかし、その中で最も上手いのは少女だった。


(あー楽し!)


 水の中で、少女は微かに笑みを浮かべる。もう九月下旬であるがために、プールは汚れ水は緑色になっていたものの、大雑把な少女にとって気にする対象ではない。


 二十五メートルプールを往復し元の位置に戻ると、すぐに保体教師の指示が飛んできた。


「では、ぁー平泳ぎの練習をしてくださいー。見学生はやっている人を見て、アドバイスをしてくださぁい」

(……えっ)


 少女は動きを止める。そんな少女の行動に気付く者もおらず、のんびりした返事をしながらプールサイドを移動する女子生徒たち。


 こういう場合、仲の良い相手が他クラスにいなければ、大抵が同じクラスの者の動きを見る。

 つまり、だ。


(なんか、めっちゃ見られてるっ!)


 ーー少女は、見られる事になった。同じクラスの女子十五人から、隣のクラスに仲良しがいるであろう三人を引いた十二人から。じっくりと。


「ーーちゃん、がんばー」

「えっ……えー、私めっちゃ見られるじゃん照れるー」


 友人の声援になんと答えるべきか悩み、ふざける事で返答する。やや早口ではあったが、その程度なら御愛嬌だろう。

 そして、そんな少女をにやにやと眺める友人。少女は復讐を誓った。


 だが、いつまでも復讐心を胸に秘めていても仕方ない。少女は泳ぎ出す。


 足をお尻に引きつけて、水を蹴る。手は水面を掻き分けるように。顔を上げて口呼吸をするのは、鼻呼吸をして鼻に水が入ってくるのを防ぐため。


 往復で五十メートルを泳ぎ切った少女は、クラスメイトからの称賛の嵐を浴びた。


「えー、すごーい!」

「泳ぐの上手くない!?」

(ふふん、そうであろうそうであろう!)


 惜しみのない褒め言葉に、鼻高々の少女。


「もしかして、ーーちゃん水泳習ってた?」


 クラスメイトの質問に、少女は頷く。


 少女は小二から小五まで、スイミングスクールに通っていた。水泳はボビングからバタフライまでお手のものである。


 そのため、体力テストでは下の下である少女にとって、唯一無二の得意科目かつ好きな科目がこの水泳なのだ。着替えは面倒だが。


「あーやっぱりぃ? そうだと思った! 上手いもん!」


「ーーはい皆さんー! もう一回行きますよー!」


 頷いた少女に、更に頷き返すクラスメイト。その言葉に被せるかのように、教師が命令を下す。


 先生の従順なシモベたる少女は、その指令に答えるべく、クラスメイトとの会話を中断し、平泳ぎの体勢に入った。



  〜〜〜 /(◎-◎)\ 〜〜〜



 唾を手のひらに溜め、周りに気付かれないように排水溝に流す。更に手にプールの水をかけ、軽く洗う。


 少女は基本、水泳は好きだが、唯一プールの水が口の中に残るような感覚は苦手だ。一度プールに顔を浸けると、誰かの体液やら謎プランクトンやらが水と一緒に口腔内に侵入してくるような気がしてならない。


 友人にそれを伝えてもピンとこないようなので、少女が他人より潔癖なだけかもしれないが。


 しかし、この行為を他の人に知られてしまえば少女のクラス内の地位は終わる。「ーーちゃんって排水溝によだれ出してるらしいよ?」「うわ何それ汚ー」「ちょっと距離取った方がいい」「それな」みたいな会話がされること請け合いだ。


 少女とてクラスメイトに避けられたくはないので、唾は極力出さないようにしているし、出すときは手のひら経由でそうと分かりづらくしている。涙ぐましい努力である。


 などと側から見れば下らない、しかし少女にとっては重要なことをうだうだと考えつつ、少女はゴーグルを洗う。といっても、ゴーグルを顔から浮かせてプールの水に浸けるだけだが。


 なんだか五分に一回は洗っている気がする。それもこれもプールの水の汚さが悪い。たまに蚊の死骸浮いてるし。蚊だけでなく蜻蛉の死骸とかもあるし。


 と、少女の思考がプールの水への恨み節になりかけた所で、女性教師の指令が再び。


「ぇー、ではぁー、もう一回二十五メートル平泳ぎで泳いでくださぁーい」

(また!?)


 これで通算……通算ではないが、とにかく五回目の平泳ぎ。基礎的な体力が欠如している少女はすでに息も絶え絶えである。とは言い過ぎだが、ちょっと疲れたのと、あと飽きた。


 泳ぐ人数が減ったことで、これまでで一番ハイペースで泳ぐ羽目になっているのだ。先生もその事を考えてほしい。


 だがしかし、少女は忠実なシモベ。文句は許されない。仕方ないので、再び平泳ぎを始める。


(人数が七人に減るだけで、こんなに疲れるなんて……)


 これが数の力というやつか……と考えていると、ふと目元にひんやりとした感覚。ブランクはあれど水泳歴七年目の少女は、即座に察した。


(やば! ゴーグルちゃんと付けれてなかった!)


 動揺する少女。ここで、少女の予想だにしなかった事態が発生する。

 この動揺のせいで、水中で息を吸ってしまったのだ。少女の三年間の努力とスイミングスクールの月謝の(もと)に培われた水泳力も、全く役に立たなかった。


 口呼吸をしていたのが幸いして、「鼻がぁ! 俺の鼻がぁ!!」という悲劇に陥らずに済んだ。済んだが、()せる。


「げほっ! えほっ、ぺっぺっ!」


 慌てて泳ぎをやめて立ち上がり、水を口から吐く。唾も混ざっているので、次にこのプールを使う人には申し訳ない。


 だが少女は、そんな感傷を抱く隙を与えない、"弱り目に祟り目"……いやさ"一難去ってまた一難"とでも呼ぶべき危機に襲われていた。


 ゴーグルが、立ち上がった弾みで落下してしまった。


「うぇ、最悪……!」


 焦ってゴーグルを取ろうとするも、悲しいかな沈んで見えなくなってしまい、どこにあるのか分からない。水の透明度と少女の視力の低さが原因だ。


 どうしたものかと途方に暮れていると、通りがかった隣のクラスの友人ーー第四コースの女子が、少女に何かを「はい」と手渡す。


 それは先程、行方不明になった少女のゴーグルだった。


「このゴーグル、ーーちゃんのでしょ?」

「あ、そう! 拾ってくれたの? ありがと!」

「いやいや大丈夫!」


 隣のクラスの友人は、それだけ返して平泳ぎを再開した。


(女神か!)


 少女はぼんやりと隣のクラスの友人を見送り、はっと我に返る。


(私も泳がないと!)


 気付けば他の女子は少女より先に進んでおり、少女が最後尾だった。

 これではいけない。水泳歴7年の少女が、学校以外で泳いだこともない温室育ちのお嬢様共に負けるなど、プライドが許さない。そんなことになっては、悔しくてフローリングの床の上で泳ぐ練習を始めてしまう。

 少女は深窓の令嬢達を、全力の平泳ぎで追い縋った。



  〜〜〜%°⊂(・∀・)⊃%。〜〜〜



「きをつけー、礼ー!」

「「「「ありがとーございましたー」」」」


 女性教師の号令に応える、気怠げな声。


 レーン一つを独占という、極めてレアな体験が今終わった。


 体操服を着た女子達はぞろぞろ歩き、更衣室へ向かったり友達を待ったり。水着を着た少女達は、シャワーの方へ。


 やたらと冷たかった小学校のシャワーは、巷では"地獄のシャワー"と呼ばれていたものだが、中学校に上がるとそこまで冷たく感じない。


 少女が成長したのか、設備が変わったからか、はたまた地球温暖化のせいで気温が上がり、冷たいシャワーが心地よくなったからか。

 少女としてはどれでもいい。いや、地球温暖化だと将来が不安になるが。だが、二つ目であってくれれば良いなと思う。

 小学生にマウントを取れるから。


 シャワーを浴び終わった少女達は、フェンスに雑に掛けてあるバスタオルを回収し、プールの外に出る。


 足裏に感じる(ほこり)らしきものに不快感を覚えつつ、バスタオルを肩に掛けた。

 髪を絞って水気を切り、バスタオルで(こす)る。なのに全く水分が吸収された気がしない。


 前から思っていたのだが、プール用のタオルは吸水性が悪すぎないだろうか。周りの子が何故あそこまで短時間で全身を拭けるのか、疑問でしかない。


「ーーちゃん、もう拭き終わった?」


 少女を待っていたらしい体操服の友人が、少女にそう訊いてくる。


 少女としては「お前の目玉はどうなってる、この状態で拭き終わったとでも思うのか」と答えたいところ。だが、一応はこちらも待ってもらっている身なので、あくまで穏便に返す。


「いや終わってないし。全身びちょびちょだし」

「知ってたー。早くしろー」

「早くできるならやってるし」


 へらへら笑う友人に若干イラッとしつつ、必死で全身を拭く。もう他の子は体が乾いたらしく、体を拭いているのは少女含め二人しかいない。


 本当にどこの会社のタオルを使ってるんだ、と思いつつ、ラッシュガードの裾を絞る。ぽた、ぽた、と水滴が垂れた。


「ーー諦めた! 行こ!」

「え、まだ結構濡れてね?」

「そのうち乾くし! さっさと行くよ!」


 頑固な水と反抗期のバスタオルに痺れを切らし、少女は友人の手を引いて更衣室へと歩き出した。



  ミ ( ᐛ ) 彡 [タオル]

      °

   。____



 その後、体にへばりつく水着に四苦八苦しながら着替えた少女は、美術室に行くため階段を上っていた。二時間目の授業・美術を受けるためだ。


 踊り場に差し掛かったあたりで、一緒に移動教室に行っている友人が言う。


「でもさー、ーーちゃん、楽しかったでしょ?」

「何が?」

「水泳」

「んー……まあ、それなりに」


 少女は、湿った髪が制服を濡らさないか気にしながら答えた。


「だろうねー。あー、私も泳ぎたかったー。……そういや、今日忘れた人用に、来週の火曜の放課後、水泳の授業するじゃん?」

「そうだっけ?」

「そうだよ! 先生が言ってたよ!」


 友人が声を高くして説明するも、少女の記憶にはない。必要ないことはすぐに忘れる、特別製の脳味噌を持っているためだ。


「落ち着け、どうどう」

「馬扱いすんな! ……あー、もういいや。それで、その火曜の授業さー、ーーちゃんも参加するの?」

「え?」


 不思議に思った少女は問い返す。


「それ、プールバッグ忘れた人のためにやるんじゃないの?」

「そうだけど、今日参加した人もやっていいってさ」

「へー。じゃ、私もやろっかな」

「え!?」


 今度は友人が驚いたように問い返す。


「やるの!? マジ?」

「訊いてきたのそっちじゃん。なんで驚いてんだ」

「だってやるとは思わないもん」

「もん、ってな」


 かわい子ぶった友人に、げんなりする少女。

 友人の顎に当てて握られた手を離させるため、さっさと話題を先に進める。


「最近ちょっと、腹回りがねー。水泳ってダイエットに良いって言うでしょ?」

「あー、確かに」

「……」


 無事に手は下ろされたので良かったが、その"確かに"はどこにかかっているのか、実に興味深い。もし前半だったら……今度は少女が拳を握る事になるだろう。


「でも、水汚いのに泳ぐの? 痩せるためだけに?」


 友人は理解できぬ、とでも言いたげに少女を見る。


 少女はかぶりを振った。


 いくらお腹の脂肪が摘めるどころか握れるようになっていようと、わざわざ貴重な放課後の時間を削ってまでダイエットのためだけに泳ぐつもりはない。少女はあまり外見に頓着しない性質(たち)だ。


「泳ぐのは好きだし……それに、私ら今もう中三じゃん」

「それが何か……ああ、そーゆーこと?」

「そういうこと」


 友人は質問の途中で意図に思い至ったようだ。納得したように頷く。


 少女達はもう中学三年生。来年にはもう、この学校にはいない。つまり、ここのプールは使えない。


「多分それがプール納めになるでしょ。なら折角だし、参加しようと思って」

「なーるへそ。でも、ーーちゃんが行く高校ってプールあったよな?」

「落ちるかもしれんだろ。それに、どっちみちここのプールには入れないし」

「落ちるとか、縁起でもないこと言うな」


 話しているうちに美術室に着いた。少女は建て付けの悪い引き戸を力任せに開ける。


 美術科の教師に大声で言った。


「こんにちはー!」



  ━━(。・∀・)ノ゛━━



 その後、少女はもう一度プールに入り、思いっ切り楽しんで、思いっ切り脂肪を燃焼させるのだが。

 それはまた、別の物語。



 ふと思った。

 季節感、死んでるな、と。

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