竜人
「え、ええと」
銃を下ろし、落ち着け、落ち着け、とジェスチャーで伝える。
竜人語なんて分かんねえよ俺……こんな事なら竜人語を少し齧っておくべきだった、と後悔するが、まあ地上で孤児として生きてて竜人と遭遇するなんて事は殆どない。竜人は獣人たちを見下す者が多く、空に近い場所に住む自分たちを高貴な存在と信じて疑わない。
だから彼らが地上に降りてくる、などという事はまずないのだ。竜人はプライドが高いのである。
「ええと、あの、なんだホラ、アレだよアレ。俺は敵じゃない、怪しいものじゃないから……」
『Quid es!?(お前は何だ!?)』
妹と思われる少女を庇うように抱きしめながら、中性的な顔つきの少年が敵意剥き出しの目で睨みながら声を荒げる。
俺たちの話すスパーニャ語とは随分と語感の違う、独特な言語だった。
『Si audes digitum sorori meae tangere, guttur tuum sordidum resecabo!(俺の妹に指一本でも触れてみろ。その汚い喉笛を掻き切ってやるぞ!)』
「お、おおおお落ち着けって。大丈夫、何もしない何もしない。ね?」
『Abstine, bestia!(近づくな、ケダモノ!)』
何と言ってるのかは全然分からないけれど、なんだかものすごく汚い言葉で罵られている、という事は分かった。
どーすっかな……と頭を悩ませる。
このまま放置する……のが今のところ一番かもしれない。村にいる騎士に通報なんてしたら大事になりそうだ。幸いスパーニャ王国は天地戦争の戦地になる事はなかったが、それでも大勢の義勇兵が従軍し戦死している。
終戦から3年とはいえ、夫や息子を失った遺族にとって天地戦争はまだ”生傷”と言えるレベルのものだ。竜人が近所に潜伏していた、なんて事が知れたら怒り狂った遺族が殺しに来そうだし、当局に通報してもまともな扱いはしないだろう。
噂で聞いた話だが、王都の方では竜人を標本にしているとんでもない貴族がいるらしいし、一部では竜人の身体を”不老不死の霊薬の素材”だと信じてるその……頭がアレな人もいるのだそうだ。騎士団に引き渡してもそういう連中のところにこの2人の身柄が渡ってしまう可能性もゼロではない。
とりあえず、ここを離れないようにってジェスチャーで……ああクソ、どうやって伝えればいいんだ?
そういやここに仕留めたゴブリンの死体もあるし、放置してたらゾンビ化してこの2人が危険に晒されてしまう……死体処理を俺が済ませるか、それとも安全な場所に移ってもらうか。どうすればいい?
そう頭を悩ませていた、その時だった。
ぐぅ~……と腹の虫が鳴る音が、はっきりと聴こえたのである。
「……?」
『……』
「……?」
『……』
ねえ誰、みたいな感じで兄貴の方を見ると、兄貴は「いや俺じゃねーよ」みたいな感じで首を横に振った。
じゃあ誰が、と2人で妹の方に視線を向けると、妹の方は恥ずかしそうに顔を赤らめ、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
……お腹空いてるのか。
そりゃあそうだよな、こんなところに隠れてたら腹も減るだろう。
「あー……ちょ、ちょっと待っててね」
メニュー画面からBRN-180の装備を解除。丸腰になるなり、全速力で村の方へと走っていった。
悪い、エミリオ。帰りに何かリンゴとか甘いものでも買っていこうと思ってたけど……今回ばかりは我慢してほしい。
弟分や妹分たちに心の中で謝罪しながら、とにかく全力で突っ走った。
バゲットをとにかく口の中へと押し込み、リンゴをぼりぼりと丸齧りして、孤児院の井戸から汲んできた水の入った水筒を一気に呷る。
財布の中身を全部出して、買える分だけ買ってきた食料たちは、あっという間に竜人の兄妹の胃袋へと消えていった。
りゅ、竜人って食欲凄いんだな……。
これでもまだ足りないのか、リンゴの芯を味わい尽くすように舐める妹。兄の方はというと、食料まで用意してくれた相手を無下には出来ないと思ったようで、どう言葉を投げかけるべきか対応に窮しているようだった。
『Ignosce mihi... numquam putavi te mihi cenam paraturum esse. Quaeso mihi liceat veniam petere propter meam priorem ruditatem(すまない……まさか食事を用意してもらえるなんて。さっきの非礼は詫びさせてほしい)』
ぺこり、と頭を下げながら未知の言語で何やら謝罪の意を伝えてくる兄。
いいよいいよ、と鷹揚に応じながら、俺も水筒の水を一口飲んで水分補給する。
そろそろ暗くなってきた……ちょっと急ごうか。
額の汗を拭い去り、廃屋の庭先に掘った穴の中を見下ろす。
急ごしらえで掘った穴。お1人様専用塹壕程度の規模しかないが、しかし身長1m程度のゴブリンを3体収めるには十分な規模だ。底には孤児院から拝借してきた薪とおが屑を敷き詰めてある。
動かなくなったゴブリンの死体を穴の中に放り込んで、ポケットの中から5.56㎜弾の空薬莢を使って自作した”トレンチライター”を取り出す。廃屋の中から拝借した布切れに火をつけて穴の中に放り込むと、炎はあっという間に燃え広がって死体を包み込んだ。
村の外れにあるスクラップ置き場からくすねてきた廃油を継ぎ足して火が消えないようにしていると、隣に妹がやってきて、燃え盛る炎と穴の底で焼けていく死体を見下ろした。
『Quid agis?(何をしているの?)』
「え、何だって? え……ああコレ。死体を焼却処分してるの」
『Cur id comburere?(なぜ燃やすの?)』
「あー、えっと……言葉分かんないや……」
穴の底では焼けたゴブリンたちの身体が動き始め、胎児のように丸くなっているところだった。燃えた事で筋肉が収縮して、さながらまだ生きているように見えてしまうのだという。孤児院にあった冒険者の経験談を集めた本にそういう記載があった……他にも死体から出る水分で火が消えてしまう恐れがあるから火力維持用の油を必ず用意しておく事、という注意書きもあったので今回は廃油を用意している。さすがにガソリンとか灯油と比べると火の着き方はあまりよろしくないけれど。
ちなみに自作したトレンチライターのライターオイルは孤児院にあったランプ用のオイルをくすねました。マチルダ先生ごめんなさい。
『……ん』
「ん?」
隣にやってきた竜人の妹は、こっちを見つめながら自分を指差した。
『ロザリー』
「ロザリー……あっ、名前?」
こく、とロザリーは首を縦に振る。
「ええと……ラウル。ラ・ウ・ル」
『……ライル?』
「ラウル」
『らい、ら、ラウル』
「そう、ラウル」
『ラウル……』
ラウル、と自分に言い聞かせるように、ロザリーはもう一度繰り返した。
彼女は次に俺たちを遠巻きに見つめている兄の方を指差すと、『ユリウス』と言った。お兄さんの名前なんだろう。
竜人の兄妹、ユリウスとロザリー……か。
言葉は全く通じないし、全面戦争の直後という事もあって予想以上に隔たりは大きいけれど、お互いの名前が分かっただけで一気に距離感が縮まったような、そんな気がした。
それからというもの、俺は頻繁に例の廃屋へと足を運んだ。
孤児院で出された食事にはあまり手を付けずに取っておき、人目を盗んでそれを持ち出してはユリウスとロザリーに分け与えた。村で荷物運びとか農業の手伝いをやってもらった日銭も食料や日用品の購入に充て、2人のために廃屋まで届ける毎日。とはいっても、孤児院の運営費のために何割か提出するようだし、残ったなけなしの日銭程度で買えるものなんてたかが知れてるけれど。
ボロボロのパンと屑野菜、たまに賞味期限切れのサラミも買えて、滅多に食べる事の出来ない肉が手に入った時はちょっとしたお祭り騒ぎだった。
「あれ、ラウ姉?」
エミリオに呼び止められ、ぎょっとしながらゆっくりと振り向く。
ボロボロのバケツ。その中には、今朝の食事で食べずに取っておいたパンとチーズが布にくるまった状態で入っている。
「どこ行くのさ?」
「ん、ちょっと散歩」
「パンとチーズを持って?」
クソッタレめ。エミリオの奴、犬の獣人だからやたらと鼻が効くんだよなコイツ。
「……なあ、エミリオ?」
「なあにラウ姉?」
ちょいちょい、と可愛い弟分を手招きし、近くにやってきたところで上から押さえつけるように肩を組んだ。そのまま彼の犬耳のすぐ近くで、お得意のASMRの如く囁く。
「ナイショにしてくれたらさ……お姉ちゃん嬉しいなァ♪」
「ひうっ!?」
「ねぇ……ヒミツにしてくれない?」
「で、でもラウ姉……っ、最近ご飯た、食べてないしっ、マチルダ先生心配して―――ひぃんっ!?」
ふーっ、と彼の言葉を遮るように吐息を一発。
「秘密にしてくれたら……ふふっ。もぉーっとスゴい事、シてあげよっかなぁ……♪」
「え、どんな!?」
「お姉ちゃん狼だし……食べちゃうかも♪」
ふーっ、と吐息を交えながら囁くと、エミリオは何を期待したのか目を丸くして、犬耳をピンと立てながらフリーズしてしまった。
毎度思うんだが、これバイノーラルマイクとインターネット環境あったら俺ASMR配信で食っていけるんじゃないだろうか。ASMR系狼獣人男の娘とか需要の塊だろ。需要あるよな?(威圧)
ともあれ、エミリオを骨抜きにして口止めには成功。最後にウインクして彼のハートを撃ち抜き、そのまま例の廃屋へと向かう。
駆け足で廃屋に向かうと、血の匂いがした。
いやいやまさか、と嫌な予感を抱きながら全力で向かったのだが、廃屋に到着するなり思わず脱力してしまう。
廃屋には腹を切り開かれ、内臓を全部取り除かれた状態で宙ぶらりんになっている大きな鹿が1頭。下には流れ落ちてくる血を受け止めるための木製の桶が置かれている。
血抜きをしているのだ。
「ラウル!」
俺の姿を認めるなり、ロザリーがこっちに向かって走ってきた。
10歳のラウル君は同年代の男子の平均身長を上回る145㎝なのだが、しかしロザリーはというと俺よりもちょっと背が高い。巨人みたい……というわけではないが、少なくとも今の時点で150㎝くらいはあると思う。
ユリウスも160㎝くらいあるんだが……竜人の発育が獣人よりも早いのか、それとも単純にこの2人が年上なだけなのか。多分両方なのかなぁ、とかぼんやり考えてる間に、こっちにやってきたロザリーがバケツの中からパンとチーズを引っ張り出してキャッキャとはしゃぎ始めた。
「ラウル、ラウル!」
「あーうん、たくさん食べて」
「ラウル?」
「ん? うん、俺の分は気にしないで良いからね」
多分コレ「あれ、ラウルの分は?」みたいな感じに心配してくれている……のかもしれない。分からないけどなんかそんなニュアンスが含まれているような気がしてならない。
なんだかロザリー、犬っぽい感じがする。
俺の姿を見ると身体全体で笑って駆け寄ってきてじゃれてきて、何か距離感バグってないかとは常々思うが10歳くらいの子供ってこんなもん……じゃねーよな、もう思春期始まってるもんな。もうちょい他人との付き合い方に慣れてきて、適切な距離を保とうとする年代だもんな思春期って。
最近ユリウスが俺を見る目がやたらと冷たいと思ったが、まあそういう事か……何か分かる、転生前の俺3人兄弟で、弟の下に妹いたもん。妹が彼氏を家に連れてくるって言い出した時もあんな顔してたもん俺。
まあ、結局その彼氏もミリオタで話が弾んでしまい彼氏彼女よりオタク談議で盛り上がってしまったのだが。
今頃結婚まで行ってるかなぁ……と思いながらロザリーに両手を掴まれ遠心力でぶんぶんぶんぶん振り回され、そろそろ上下左右の間隔消えてきたちょっと待ってロザリーさん力強くないか待って今手を離したら俺ぶっ飛ぶからマジやめて怖い怖い怖いうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
「おろろろろろろ」
おろろろろ
おろろろろろろ
おろろろろ
ラウル
吐きながら一句詠んでしまった……。
ユリウス氏、あの、すいません。距離感バグった妹さんとのスキンシップがアレなのは分かってるんです。分かってますからその、木材と石器で作った槍をわざと音を立てて研ぐのやめてくれませんか怖いんですけど。
「あははははは! ラウル、ラウル!」
「お、おう……あの、ちょ、ちょっと休ませ」
「ラーウールー!」
「分かった分かった遊ぶから、遊ぶk……ん゛ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
俺、こんなクッソ汚い声出せたんだな。
美少女……じゃなくて男の娘が出しちゃいけない声、それこそR-18作品でもない限りまず聞く事の無い声を発しながら、ロザリーにぶん投げられる。
この子、俺の事フリスビー的なオモチャか何かと勘違いしてない……?
賢者の石
紅いルビーのような結晶状の物体。浮遊大陸のコアをなしており、周囲の重力に干渉、独自の重力場を形成する事で大陸を浮遊させているとされているが詳細は不明。なお、一般的に「賢者の石」と言われると紅い結晶を差すが、あくまでもそれは活性化した際に変色した状態であり、通常時はサファイアのように蒼い結晶体である。
どのように形成されたのかは不明だが、一説によるとそもそも賢者の石は地球で形成された物質ではなく、銀河系中心方面から隕石に乗ってやってきた物質であるとされているが不明である。
なお、結晶のような形態をしているが【有機物である】。




