さらば理想郷
パパン、パパパン、と軽快な銃声が響き渡る。
右肩を殴りつけてくる、さながら突き飛ばされているかのような反動。小口径で反動が小さい、とされている5.56㎜弾ではあるが、ちゃんとした姿勢で撃たなければそりゃあ反動はデカいし、装薬の量も拳銃弾より多いので普通に反動はある。
マグプルUBRストック越しに感じる反動。銃を右に傾けて薬室の中が空である事を確認、マガジンを取り外してダンプポーチに突っ込みつつチェストリグから予備のマガジンを取り出して装着、ボルトリリースレバーを左の手のひらでぶっ叩くようにしてボルトを前進、初弾を装填する。
最近ではもう、すっかりAR系のライフルの扱いに慣れた。
当初は戸惑いもあったし、リュングマン方式は機関部の動作部品にガスを吹き付けるから部品の劣化が……という謎の忌避感もあったが、ちゃんとメンテすれば問題はないし、動作部品が少ないから余計な振動がなく命中精度の向上にも寄与してくれるのでこれはこれでアリだとプラスに考えている。
というわけですっかり相棒になってくれたMARS-L。対人戦では5.56㎜仕様のMARS-Lを、魔物などの大型の敵や中距離戦闘が想定される場合は7.62㎜仕様のMARS-Hを、という感じで使い分けるようにしている。
俺のMARS-Lはとにかく「バランス」を重視してセットアップした。
銃身は14.5インチの一般的なもの。命中精度と過熱を抑えるためにヘビーバレルを選択している。
M-LOKハンドガードにはCクランプ・グリップで握り込むためのハンドストップを装備。Cクランプ・グリップは構え続けると腕や肩が疲弊してしまう欠点があるが、銃がしっかりと身体に固定されるので揺れも少なく安定した射撃ができるという利点から多用する癖がある。
光学照準器はホロサイトのUH-1とブースター。近距離と中距離に対応できるようにした。ACOGとオフセットサイトの組み合わせにしようか悩んだけど、僅差でこっちが勝った。MARS-Hでもホロサイト+ブースターの組み合わせを採用しているので、操作感を統一できると判断したためだ。
ストックは伸縮可能なマグプルUBRストック。多くの軍隊から民間の射撃競技者に幅広く愛用されているストックである。
マガジンは一般的な30発入りのものだ。
あとは場合によってはこれにサプレッサーを足したりする事もあるが、まあこんなもんだ。必要なパーツだけを装着し余計なものは取りつけない。重量が増加するし、あまりごちゃごちゃし過ぎるとパラシュートやハーネスに引っかかってしまう恐れもある。だからゲームみたく何でもかんでも付ければいい、というわけではないのである。
射撃、射撃、射撃。人型の的がばたばたと倒れていき、マガジンの中身を使い果たして再装填。ボルトリリースレバーを手のひらでぶっ叩こうとしたところでブザーが鳴り、射撃訓練の終了が言い渡される。
マガジンを取り外し薬室内をチェック。空である事を確認するも一応何度か空撃ちして弾が出ない事を確認して、やっと安全装置をかける。
「上達しましたね、ラウルさん」
「ありがとう。クラルテがいつも付き合ってくれるおかげだよ」
「いえいえ、私はそんな。ラウルさんの努力の賜物ですよ」
そうは言うが、ここまで上達できたのは彼女のサポートスキルのおかげでもある。というか3分の2以上は彼女のスキルのおかげであり、クラルテ抜きではここまで到達できなかっただろう。
兵器の操縦から武器の使い方まで、とにかく何度も何度も身体に叩き込んだ。それこそ頭で「あ~今日の夕飯何かな~」とか「長い乳ってえっちだよね」とか考えながらM4A1のリロードができるくらいには身体が覚えている。
スコアを確認し何発かヘッドショットを外した事を悔しがっていると、何かバイオリンの音が聴こえてきた。
はて、ウチのギルドにバイオリンの演奏ができる人なんていたっけか、と首を傾げていると、バァン! と派手な音を響かせながらドアが開き、真っ赤なマントとテイルコートの裾が翻った。
「はーっはっはっは! ボンジュール、子猫ちゃんたち!」
「「」」
”協商連合のおもしろい女”ことクロエ・クロワール氏である。
黙って澄ましていれば男装の麗人、異性同性問わず虜にしてしまうであろう美貌の持ち主でありぶっちゃけ美女だと思うのだが、しかしひとたび口を開けば出てくるのはナルシスト感溢れる発言とキザな台詞回し。そして仕草がいちいち芝居じみていて、昨晩からこの人歌劇とかそういうのが専門の役者さんなんじゃないかとすら思えてくる。
ただその、ミカエルさん曰く「彼女はアレが素」だそうで。
いったいどんな環境で育ってきたんだろう、と思いながら呆然としている俺とクラルテを他所に、どこから取り出したのかFA-MASを装備するクロエ。ドットサイトとフォアグリップを装備したシンプルなそれにキスをすると、射撃訓練開始のボタンを押した。
「いくよ、ボクのビューグル」
射撃の腕は如何程か―――剣術指南役、と言ってたしあくまでも射撃はおまけ程度なんじゃないかな、と思っていた時期が俺にもありました。
そこから始まった射撃は、圧巻の一言だった。
ビー、とブザーが鳴ると同時に―――クロエのおちゃらけた雰囲気が、一気に鳴りを潜めたのである。
それはさながら獲物を狙う捕食者の如し。
パタン、と的が起き上がるよりも先に発砲。起き上がったばかりの的の眉間を正確に撃ち抜き、キルを確認するよりも先に次の標的へと銃口が動いている。
発砲、発砲、発砲。
兎にも角にも反応が早い。標的を撃ち抜いた頃には、もう既に銃口が次の標的を狙っている。
そしてリロードもとにかく素早い。
マガジンの回収は考慮していないのだろう、マガジンを投げ捨てて次のマガジンを装着、キャリングハンドルの下にあるコッキングレバーを引いて初弾を装填―――その時間およそ0.6秒。
はっや、と思わず口に出した頃には、訓練終了を告げるブザーが鳴り響いていた。
彼女が銃を手放すと、自然と賞賛の拍手を送っている事に気付いた。俺もクラルテも、パチパチと手を鳴らして彼女の超絶技巧を讃える。
くるりとこちらを振り向き、さながらオーケストラの指揮者の如く深々とお辞儀をするクロエ。
そんな芝居がかった所作すらも、今は輝いて見えた。
「堪能したかい? ボクの奏でるハーモニーを!」
「いやあの、え……すっごいもん見せられた」
「はーっはっはっは! 正直でよろしい、ますます可愛く見えるよラウル!」
くいっ、と顎を指先で持ち上げるクロエ。何だコイツ馴れ馴れしいゾという正直な感情と、俺の中にまあ3割くらいは存在している乙女な部分が反応して胸がキュンとする。なんだこれ。
「剣術……いや、白兵戦は戦いの基本だよ。素早い状況判断、視線、判断、筋肉の動きを観察する目。必要な要素が全部詰まっている。その基本をコツコツ毎日続ければ、君もいつかはこの高みに上れるさ♪」
「はぇ……」
「というわけでさあ、一緒に訓練しようか! 可愛いボクの仔犬ちゃん♪」
「ちょっと待ってくださいラウルさんはあなたの仔犬ちゃんじゃありません。私のです」
「はーっはっはっは! 麗しい乙女の嫉妬も実に愛嬌がある……ふふっ、トレビアン!」
なにこれ。
ちょ、誰か助けてマジで。段々収拾がつかなくなってきた。
思い出したくないほど嫌な思い出は、この65年という長い人生の中で腐るほど経験してきた。
今でも見るフラッシュバック。死にゆく仲間たちの断末魔。ひとたび眠れば死者たちが夢に出て、早くお前もこっちに来いよと死者の国へと誘ってくる。
そんな経験も、しかし機関を弄っていると不思議と忘れるものだ。
だからヨルゲンセン機関長は、艦の罐の面倒を見るのが好きだった。嫌な現実を忘れさせてくれる―――血の通わぬ冷たい機械だけが、いつも自分に寄り添ってくれるような気がして、気が付けばいつもメンテナンスをしている。
そんな毎日を送っているうちに、気が付けば『獣人最高の機関士』だなどと呼ばれるようになった。その賞賛に至るまでの道筋を開示したら、いったいどれだけの人間が幻滅するだろうかと考える事もある。
エンジェルパレス内部のドッグに停泊中のソーキル機関室。オイルの臭いが充満する狭い機関室の中には工具箱と、チャンさんが持ってきてくれた夕食のチャーハンの皿が置いてある。作業がひと段落したら厨房まで持っていこう、と思っていたところに何者かの気配が生じたのを鋭敏に察知し、しかしヨルゲンセン機関長は振り向かずに言葉を投げかけた。
「なんじゃ、ガキはもう寝る時間じゃぞ」
「おやっさんこそ、夜更かしは身体に毒だぜ」
葉巻の火を消し、シケモクを口の中へと放り込んで咀嚼しながら現れたヴォイテク。彼は壁に寄り掛かりながらタンプルソーダの瓶を機関長に差し出して、腕を組みながら天井を見上げた。
「なあ」
「なんじゃ」
「いや……ラウルの件なんだが」
ラウル、という名前が出た途端、一瞬だけ機関長のスパナを持つ手が止まったのをヴォイテクは感じ取っていた。薄々勘付いていた話題をいよいよ突きつけられたか、といわんばかりの反応に、やっぱり思う事は同じかと共感を覚える。
「ずぅーっと前から思ってたんだ」
「奇遇じゃな、ワシもじゃ」
「……アイツの後ろ姿、誰かに似てるんだよな」
「……ラウルは孤児じゃったか」
「ああ。スパーニャのバレーシャ県、エルマータ孤児院の出身」
彼女のプロフィールを探れば探るほど、どうしても符合する部分が顔を出してくるのだ。
とはいえまだ断定はできない―――仮にそうだったとしても、彼女以外にもそういう子は大勢いるだろうから。
「……まさかな」
「……後ろ姿だけじゃない。あの目つき」
普段は優しく、しかしいざスイッチが入ると捕食者の如く鋭くなるラウルの銀色の瞳。
そして普段からやや攻撃的で、粗暴な口調。
否定しようとすればするほど、パズルのピースは揃っていく。
「もしかしたら……もしかするかもな」
「ラウルには知らせるか?」
「いや、伏せておこう」
溜息をつき、ヴォイテクは顔をしかめた。
「―――下手すりゃあ、自分の出生を呪う事になる」
「―――ええと?」
翌日……アルカディア滞在最終日。
ミカエルから言い渡された依頼の内容に、くまさんハウス古参の皆さんはともかく、若手×4は耳を疑った。
「ですから、次の依頼はミカエル様をイライナ公国首都キリウまでお届けする事です」
クラリスの言葉に、ミカエルの方を振り向く。
当事者たるミカエルはというと、まるで悪の組織のボスが膝の上で猫を撫でるノリでハクビシンを撫でながら、皿の上のパイナップルを食べさせているところだった。
「つまり……積み荷はミカエルさんだと」
「私のご主人様がお荷物ですって!?」
「言ってねー!?」
全く失礼しちゃいますわ、とぷんぷん怒るクラリス。話が進まなさそうだと判断したのだろう、ミカエルが苦笑いしながら話を進めてくれた。
「キリウで”御三家会合”があってね」
「御三家……会合」
御三家、といわれてピンときたのはアレだ。
この世界には、優秀な魔術師を輩出している事で魔術師界隈で確固たる地位を築いている名門の家系が3つ存在する。
まず北方、イライナ公国の『リガロフ家』。
次に極東、倭国の『速河家』。
そして西方、浮遊大陸ブリタニアの竜人一族『ペンドルトン家』。
リガロフ家は長女アナスタシアを筆頭に、長男ジノヴィ、次女エカテリーナ、次男マカールの4人がいずれも優秀な魔術師として開花した事で優位に立っており、その劣勢を覆すために速河家とペンドルトン家が接近を図っている……という噂を聞いた事がある。
しかしそんな御三家の会合に、なぜ関係のないミカエルが出席するのだろうか。
「あとついでにノンナの奴に新しい軍艦売ってもらおうかなって」
「ノンナの奴」
「ご主人様、公式の場では”キリウ大公ノンナ様”と」
「うっかりフランクなノリで言いそうで怖い」
「あんた国家元首を何だと思ってるんだ」
「ん、妹分」
「妹分」
なんなのこの人。
御三家の会合には出席するわ、イライナのキリウ大公を妹分呼ばわりするわ……この人本当は実は高貴な身分の人だったりするんじゃないだろうか。
「ああ、それともう一つ」
「まだ何か」
「くまさんハウス、絶望的に人手が足りてないんだってね」
「あー……ハイ」
それはそうである。
なんであんな、フツー90人くらいは頭数を揃えなきゃいけない空中艦を10人足らずで運用してるんだろうか俺たちは。着艦しての補給中にパイロットが銃座につかなければならないのははっきり言って異常事態である。
「というわけで心強いベテランをくまさんハウスに派遣する事にした」
「え、誰ですか」
その言葉を待っていたかのように響き渡るバイオリンの音色。しかも音を外したりとかそんなヘマが一切ない、どこかの楽団にでも所属してたんじゃないかというレベルの見事な演奏なのがちょっと腹立つ。
扉を開けて部屋に入ってきたのは、藍色のテイルコートに真っ赤なマント、そして頭の上に小さな王冠を乗せた王子様のような格好のあの人だった。
そう、クロエ・クロワール氏(18)である。
「―――なんか呼ばれた気がした!」
「うん呼んだ」
「えぇ……?」
「というわけでこれからよろしく、仔犬ちゃん♪」
「は、はあ……」
隣で唖然とするクラルテをちょいちょいと肘で突き、耳元で告げた。
オイなんかやべー奴来たぞ、と。
「抜錨、ソーキル発進する!」
係留していた舫が解かれ、ソーキルの船体がゆっくりとエンジェルパレスのドッグから浮かび上がっていく。
段々と遠ざかっていく、アルカディアの絶景。積乱雲の中にあるとは思えぬ楽園の姿が下方に去り、浮遊大陸を囲む光の輪の外に出る。
「気流結節点、離脱する。両舷前進微速」
「ヨーソロー」
入る時は細心の注意を必要とする気流結節点だが、離脱する際はその限りではないのだそうだ……気流の流れに乗って勢いをつけ、そのまま抜けてしまえばいい。簡単に言えばハリケーンみたいな乱気流を用いたスイング・バイのようなものである。
舳先が積乱雲へと触れた途端、艦が流され始めた。
流れに逆らうな、というヴォイテクの指示に、歯を食いしばりながら答えるソコロフ。
やがて雲が晴れ、青空が広がった。
太平洋を回遊する気流結節点、そして浮遊大陸アルカディアの威容が後方へと去っていく。
次の目的地は、イライナ公国。
ミカエルの生まれ故郷だ。
第四章『天空潮流』 完
第五章『踏み躙られた花』へ続く
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