祖国を求めて5万年
ラウル「ん……っ/////」
ユリウス「」
シェリル「ヴォイテク伍長、ラウ×ユリ本はまだですか」
ヴォイテク「夏まで待ってね」
シェリル「ひゃっほう」
ラウル「 ち ょ っ と 待 て 」
『私は”テンプル騎士団異世界遠征軍”所属、指揮官の【マルギット・クランウェル】大佐』
唐突に姿を現したホログラムの人物は、俺たちに確かにそう言った。
テンプル騎士団―――大昔のレギオンか何かなのだろうか。おそらくは組織名であろう、という事は馬鹿にでも分かる。
しかしその簡潔な自己紹介を、はいそうですかとすんなり呑み込むには引っかかる部分があり過ぎた。
―――異世界遠征軍とは何か。
そのままの意味として捉えると、自分たちの世界とは異なる世界へと遠征するための部隊である、という事になる。
ごく短い自己紹介の中に閉じ込められた情報量に、頭の中が機能不全を起こしているような錯覚すら覚えた。
つまり何か、彼女らテンプル騎士団はそもそもこの世界の存在ではないという事か。それともこの世界を拠点に、別の異世界へと軍を差し向けていたという事なのか。
どちらであろうと、恐ろしい事実が明らかになる。
それは彼女らテンプル騎士団が―――別の世界、すなわち並行世界を行き来する術を持っていた、という事だ。
次元の壁を超え、別の世界へと自由に行き来できるレギオン。
38000年以上昔の高度な文明では、それが普通だったというのか。
それとも彼女らこそが、別の次元からこの世界へとやってきた侵略者の成れの果てであるのか。
永劫にも等しい思考。しかしそんな俺たちを他所に、マルギットと名乗った女性の軍人は言葉を続ける。
『あなた方は、この世界の人間ですね』
「え、ええ」
『記録によると……そうですか、もう59341年も経過したのですね……』
そんな大昔から彼女らはここにいたのか。
推定していた38000年よりもさらに2万年ほど長く、彼女らはここにいたという事になる。
いったい何故……?
「我々はレギオン”協商連合”所属のものです。私はレギオン代表ミカエル・パヴリチェンコ氏より信任を受け、この艦の調査を命じられた現場指揮官のシェリル・パヴリチェンコ。我々の目的はこの艦の調査と、有益と思われる技術を持ち帰る事。しかし艦の持ち主が存命中ということであれば、こちらも話が変わってきます。あなた方の目的と正体……とまでは言いませんが、背景について詳しくお話をお伺いしたい」
こういう状況にも慣れているのだろう。シェリルは全く表情を変えず、また敵意がない事を伝えるためにも銃に安全装置をかけて背中に背負い、両手をフリーにしてそう言葉を投げかけた。
戦意はない、という意志は伝わったのだろう。マルギットの口元には笑みが浮かんだが、それには自嘲の色がうっすらと浮かんでいた。
『存命中……ですか』
実体のないホログラムとなった自分の手に視線を落とし、マルギットは言葉を続けた。
『あなた方も既に艦内をご覧になったのでしょう。お察しの通り、我らの肉体はとうの昔に朽ち果てている』
そこでやっと、俺は艦橋の艦長席に座ったまま朽ちている白骨死体の主が彼女である事に気付いた。すっかり風化した布切れと、ボロボロになった大昔の軍帽らしきもの。部分的に残った特徴が彼女の身に纏うそれと一致しているのだ。
大佐、という階級であれば艦の指揮権を持っていてもおかしくはないレベルである。
視線を艦長席の白骨死体に向けながら、そう思った。
『今はこうして、死の前に意識を電子化し生きながらえているにすぎません』
「いったい何の目的で?」
『全てをお話ししましょう……我々はこの世界とは別の異世界からやってきた軍隊、”テンプル騎士団”の者』
マルギットの隣に立体投影されたウィンドウに映像が映し出された。
緑に覆われた美しい大地、どこまでも広がる青空。しかしその節々には戦争の爪痕と思われるクレーターや戦車の残骸も映っていて、彼女らの世界でも大規模な戦争があったのだと推察できる。
結局、人間は次元の壁を隔てていてもやる事は変わらないらしい。
『我々の世界でも大きな戦争がありました。第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦……地球規模の戦争を乗り越え、我々はやっとの事で勝ち取った平和な時代を謳歌していたのです』
映像が切り替わった。
宇宙の彼方から巨大な火の玉―――隕石が彼女らの世界の地球へと落下していく映像だった。
巨大隕石は南半球を直撃。地球の南半分が瞬く間に炎の色へと姿を変えるなり、生き残った沿岸部へと巨大な津波が押し寄せた。50mを優に超える津波がビルを、街を、人を押し流し、全てを無に還していく。
竜巻や異常気象、そして隕石から放出された未知の細菌による感染症。やっとの事で掴み取った平和が、宇宙の彼方から飛来した石ころ1つに拭い去られていく光景は圧巻で、何も言葉が出なかった。
彼女らの世界の辿った記録に、ただただ圧倒されていた。
『しかし宇宙の彼方から飛来した隕石の直撃で南半球は壊滅、地球環境は激変しました。異常気象、大津波、火山の噴火、そして未知の細菌による感染症。もはや地上は人間の生きていける場所ではなくなり、我らは地下都市で僅かなリソースを分け合いながら細々と暮らしていたのです。ですがそれもいつかは尽きる……我らに残された選択肢は、2つだけでした』
映像が切り替わった。
国連らしき大きな議場での会議の様子と、手術台の上に寝かされた人間の映像。
手術台の上の人間の姿が、段々と変わっていった。頭からは角が生え、腰からは尻尾が伸びて、身体の表面がドラゴンのような鱗に覆われていく。
『1つは我らの世界を捨て、別の異世界へと移住する【フロンティア計画】。そしてもう1つは地球環境に耐えられる肉体へと人工進化させる事で今の世界に適応する【ヒューマン2.0】。国際世論は分断され、人類の3分の2は母なる世界を捨てて次元の彼方へと旅立っていきました』
紅く開いた次元の穴へと飛び込んでいく無数の空中艦たち。
新たな新天地を求めて旅立つ彼らを見送る人類は、もはやヒトの姿をしていなかった。
リザードマンと言うべきか。
母なる世界を捨てて”人間らしさ”を残すか。
人間らしさを捨てて母なる世界で生きるか。
究極の二択を強いられた人々の歴史が、そこにあった。
『ですが我らは希望を捨てませんでした。きっと、きっと無数に存在する異世界のどこかに我らの世界の環境を修復できる技術があると信じて、放浪を続けました。志半ばで倒れた同志たちや、絶望に耐えかね自ら命を絶った同志たちも居ました。しかし故郷に残してきた仲間たちを思えば、我々が使命を投げ出すわけにもいかない。不屈の思いで探索を続けた我々は、ついにこの世界で見つけたのです』
「見つけたって……まさか」
『―――”タイムリバース”』
映像が切り替わる。
光の輪に覆われた、蒼く輝く結晶の塊。表面にはびっしりと幾何学模様が浮かんでいて、ふわふわと宙に浮く不思議な物質。
『これを用いれば、我らの故郷は隕石落下以前の姿に戻る―――我らはこれを持って故郷への帰還を目指しましたが、叶いませんでした』
「なぜ」
『今まさに次元転移を行おうというタイミングで、艦の対消滅機関が寿命を迎えてしまったのです。そのまま艦は浮遊大陸カッパドキアに墜落、機能を停止していました。意識を電子化していた我々にとって、電力の枯渇は脳死にも等しい状態。だからそれを防ぐために艦全体をスリープモードにして、永い眠りについていたのです』
「そして俺たちがやってきた、と」
やっと話が繋がった。
艦の電源が落ちていたのは、電子化した意識を喪失しないための意図的なスリープモード。そしてシェリルたちが艦橋でそれを解除した事により、艦内で眠っていたマルギットたちの意識もまた覚醒した、と。
事情は確かに理解できる。
気の遠くなるほどの時間だったのだろう。あてもない航海の末に故郷救済のための遺物を見つけ、しかし故郷への帰還が叶わないという焦燥感。世界を救う手段が手元にありながら帰還する手段がないという歯がゆさは、俺たちが察するに余りある。
『……どうか、お願いです。もしあなた方が対消滅エンジンを持っているなら、それを我らに譲っていただきたい』
「なんですって」
『無論、タダでとは言いません。この艦とタイムリバースはお渡しできませんが、それ以外のものであれば全て差し上げます。我らの持つ記録も、艦内の兵器も全て差し上げましょう。運用データもセットでお渡しいたします』
マルギットはホログラムの中で、涙に声を詰まらせながら深々と頭を下げた。
『どうか―――我らの帰還を待ちわびている人たちがいるのです。どうか、どうかお力添えを』
「……マルギット・クランウェル大佐」
一歩前に出て、いつもの抑揚のない声でシェリルが言う。
「私はあくまでも現場指揮官です。技術の譲渡、確かに魅力的な提案ではありますが……私の一存で判断できる事ではありません」
ですが、と言葉を続けた。
相手に落胆する猶予すら与えない。
「―――少々、お時間を頂きたい。我らの代表は慈悲深いお方、きっと前向きに検討してくださるでしょう」
「初めまして、マルギット・クランウェル大佐。私はレギオン”協商連合”代表補佐官のヴァシリーと申します」
立派なスーツ姿で空中艦の艦橋へとやってきたヴァシリー。かぶっていた山高帽をそっと手に取って頭を下げた。細かい仕草から育ちの良さと落ち着いた物腰、紳士的な雰囲気が滲み出ている。
まるで貴族の家で育ったようだが……いや、詮索はしないでおこう。人は誰しも過去を探られるのを良しとしない。
「あなた方からの申し出、確かに承りました。現在、5基の直列型対消滅エンジンの搬入、及び換装作業を進めております」
『感謝します、ヴァシリー殿』
「……しかしよろしかったのですか、ヴァシリー代表補佐官」
「何がだい、シェリル?」
「ミカエル様不在での独断と聞きましたが」
マジかよ、と思わずヴァシリーの方を見た。
依頼主は外ならぬミカエル。依頼内容はこの空中艦の調査と確保であった筈である。しかしそれに対消滅エンジンを供与して元の世界へと帰還させてしまえば、当初の目的は果たせない事になってしまう。
レギオンのトップからの命令を、いくら右腕とはいえ№2が勝手に判断してよいものか―――レギオンはギルドとは違うのだ。指導者の決断には、より大きな責任が伴うものである。
随分と思い切った事をしたものだと思いながら彼の方を見ていると、ヴァシリーは笑みを浮かべた。
「……ミカなら、きっとこうしたさ」
「……もし違ったら?」
「その時は僕の首が飛ぶかなぁ。ハハッ♪」
すっ、と手刀で自分の首をサッと斬るジェスチャーをしながら笑うヴァシリー。うわぁ笑えねえ、と俺もシェリルも、というか艦橋にいた全員が顔を青くしてしまう。
「冗談冗談。ミカはそんなことしないさ……シェリル、君ならわかるだろう?」
「それは……まあ、そうですね。あの人優しいですから」
信頼されてるんだなぁ、と思う。
本人不在でも、アイツならばきっとこうしたから……という周りからの高い解像度の下で物事が進んでいく。危うさはあるが、それ以上にミカエルに対する絶対的な信頼がそんな柔軟性を可能としているのだろう。
「それに、あなた方テンプル騎士団の保有する兵器とデータは我らへの大きな助けになる。この取引の申し出、むしろこちらが感謝を申し上げたいくらいですよ。マルギット艦長」
『何から何まで申し訳ありません。あいにく、肉体が滅んでしまい意識も電子化されているのでそれ以外の満足なお礼も出来ませんが……』
「お気になさらず」
艦橋の窓から外を見た。
既にミストルテインの艦隊とは決着がついたのだろう、空中艦の周囲にはソーキルやトキを始め、アルカディアから追加で動員された輸送艦が何隻も着陸していて、貨物区画から搬出された分解状態の対消滅エンジンがテンプル騎士団の艦内へと運び込まれている。
その間の電力はトキからケーブルを繋がれて提供されているようだった。
気流結節点を越えられた事からも分かるが、トキも対消滅エンジンの搭載艦なのだ。
艦橋のハッチが開いた。
駆け足で艦橋へとやってきたのはシスター・クラルテだ。手には一枚の紙切れを持っており、何やら深刻そうな顔をしている。
「ほ、報告します!」
呼吸を整え、クラルテは声を張り上げる。
「警戒中だったU-2207より入電! 『カッパドキア沖ニテ、夥シイ数ノミストルテイン艦隊見ユ』、以上です!」
「おやおや、もう増援か。連中、よっぽどあなた方を諦めたくないらしい」
困ったものですね、と肩をすくめながらマルギット・クランウェル大佐に冗談めかして言うヴァシリー。しかしこちらを振り向いた頃にはおちゃらけた笑みはすっかり鳴りを潜めており、冷静な指揮官としての顔に変わっていた。
「モニカ艦隊及びヴォイテク艦隊、迎撃戦闘用意! この艦には指一本たりとも触れさせるな。弁え知らずの痴れ者共に、礼儀ってものを教えてやれ!」
「了解!」
クラルテを伴い、駆け足でソーキルへと向かう。
既に頭上では命令を受けたモニカ艦隊の旗艦『スラヴァ』と指揮下の巡洋艦『フギン』『ムニン』が進路を変更、カッパドキア沖へと殺到する敵艦隊へ向かって飛翔しているところだった。
海の船乗りがそうであるように、空の船乗りにも『困っている船乗りは見殺しにしない』という暗黙の了解がある。
そんな常識も知らないケダモノ共には―――ご退場願おうか。
あらゆる文献や生還した兵士たちの証言から「地獄」と評されているメルキア沖空戦では、倭国から派遣された空中戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『紀伊』4隻の喪失が確認されている。




