VSアンタレス
どうでもいい話
クロエは鏡の前で自分の美しさに酔いしれてしまうあまり、部屋の鑑を眺めるだけで1日を終えた事が何度かある。
ヒュゴッ、と銃剣付きの尾がすぐ真上を突き抜けた。
切先はさながら焼き入れ中の剣身の如く朱く燃え盛っており、掠めるだけでもその熱気が嫌というほど伝わってくる。あんな攻撃を受けたらどんな事になるのか、考えるだけで背筋に冷たい感触が生じてしまう。
MARS-Hをセミオートでぶっ放し、蠍型ドローンを狙った。ガガガ、と装甲表面で弾丸が弾かれてしまいダメージが入っている様子はない。
クソッタレが、と悪態をつきながらも狙いを変更。頭部や装甲の隙間などに狙いを変えて射撃してみる。
ガギュ、とそのうちの1発が8本ある脚のうちの1つ、人間でいう膝の間接のところに美味いこと飛び込んだ。案の定、間接までは装甲で覆われていなかったようで、古めかしい人形みたいな球体関節が破損。そこからオリーブオイルみたいな色合いの機械油が血のように溢れ出る。
がくんっ、と蠍型ドローンの動きが目に見えて鈍った。
「関節だ!」
マガジンを交換しながら仲間たちに向かって叫んだ。
紅いテープを巻いた徹甲弾のマガジンを装着しボルトリリースレバーを手のひらで叩くようにして初弾を装填。引き続き関節を狙う。
ドガガガ、と弾幕を張っていたクラルテの射撃も、蠍型ドローンの攻撃を引き付けるためのものから、関節やセンサーを狙って確実に弱体化を試みるためのものへと変化したのが分かった。制圧射撃のような長い射撃ではなく、短間隔の指切り射撃へと変わっている。
ドローンの狙いがクラルテの方を向いたタイミングで、あろう事かロザリーが蠍型ドローンの目の前に出た。「私を狙え」といわんばかりの大胆な行動に、ドローンも挑発に乗ったかのようにターゲットを変更。尾の先端に装着されているブローニングM2重機関銃の銃口が、クラルテではなくロザリーを睨む!
「ロザリー!」
なんて無茶な、と思ったのも束の間。
チェーンソーを唸らせながら、蠍型ドローンは両手のクローを左右から挟み込むようにして突き出した。しかし捕らえるべくした獲物―――ロザリーはもう既にそこにはいない。
後ろへ飛び退いたわけではなかった。
むしろ前へと飛び込んでいたのだ。
目と鼻の先に立つロザリー。頭部に搭載された7.62㎜対人機銃がロザリーを狙おうと旋回するも、あまりにも近すぎるせいで狙う事すらできない。自らの装甲に阻まれる銃身とモーターの音が、虚しく響き渡るだけだ。
ドカン、と大砲のような音が響いた。
DP-12―――水平二連型ポンプアクション式ブルパップショットガンとかいう属性の過重積載、アメリカのパワフルさここに極まれりといった感じのロザリーの得物が至近距離でドローンの頭部目掛けて火を噴いたのである。
しかも装填されているのは散弾などという生易しいものではない。
12ゲージのスラグ弾―――ヒグマなどの大型の猛獣ですら仕留め、生半可な防弾装備など貫通してしまう一撃必殺の大口径弾。少なくとも人間に撃つものではない、と総じて評されるそれが、ほぼゼロ距離でぶち込まれた。
ぐわん、とドローンの機体が大きく揺れる。苦しんでいるかのように複眼型のセンサーが点滅するが、ロザリーは容赦しない。続けてもう一発叩き込みコッキング。グリップ後部のエジェクション・ポートから2発分の薬莢が排出され、チューブマガジンの中から次のスラグ弾が薬室へと送り込まれる。
容赦ナシの追加の2発。頭部が大きく損壊し、血のように機械油やパーツの一部が飛び散った。
がごん、と口のようなパーツが大きく開き、中からレンズのようなパーツがせり出してくる。バヂッ、と放電にも似た音が生じた瞬間にはロザリーは身を屈め、スライディングするようにドローンの機体下部へと潜り込んでいた。
直後、どう、と空気を震わせながらピンク色のレーザーが放たれた。周囲の大気が一瞬でプラズマ化、その辺に堆積した埃があっという間に発火して、レーザーの流れ弾を喰らったドローンがあっという間に融解。プラスチックや金属の溶ける悪臭が格納庫の中に充満する。
スライディングでドローンの股下を潜り抜けながらもショットガンでの攻撃を止めないロザリー。ドカンドカン、と2連射の心地よい銃声が響き渡り、腹部の装甲にスラグ弾が捻じ込まれていく。
尾の下から抜けてきたロザリー。尾の先端部にある銃剣と重機関銃がロザリーを睨むが、しかしそれをクラルテの弾幕が許さない。ガガッ、ガガッ、と短間隔のバースト射撃で尻尾の関節を狙う。
数発が間接に食い込んだようで、大蛇のようなしなやかな動きをしていた尾の動きが鈍り始めた。
「ラウル!」
パパパ、と10㎜オート弾で射撃していたユリウスがこっちに向かって走ってきた。
「どうした兄貴!?」
「C4まだあるか!?」
「あるぞ!」
「どこだ!?」
「ケツのポケットにある!」
さすがに複数の敵からの攻撃を煩わしいと思ったのだろう―――蠍型ドローンの背中の装甲が開いたかと思うと、そこからPL-15をマウントした小型ドローンが複数機飛び立った。レーザーポインタがこっちを狙ってくるが、撃たれる前にセミオート射撃で叩き落していく。
ガンガン、とMARS-Hを撃ちまくった。ユリウス兄貴にC4を手渡したいところだが、今はそれどころではない。
ピストルをマウントした射撃型ドローンのようだが、あれが自爆用の爆薬を搭載していないとも限らないのだ。
「ケツのポケット!?」
人の尻にあるポケットに手を突っ込みながらユリウス兄貴が銃声に負けじと叫んだ。
「いっぱいあるぞ!」
「左だ、左のケツのポケット!」
するっ、と手がポケットの中に入ってきた。どれだどれだと指先で探るものだから、思わず「ん……っ」と変な喘ぎ声が出てしまう。
「兄貴あんた……」
「いや違う、違うぞラウル!」
「ちょっと兄さん! 私の旦那様に何してるのよ!?」
「ユリウスさん戦闘中になんて破廉恥な!!」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁう!!!」
半ばヤケクソになりながらC4爆弾を引っ張り出すユリウス。慣れた手つきで信管をセットした彼は、「奴の動きを止めろ、俺が決める!」と言って右へとダッシュ。射撃地点の移動のためにM60E6を抱えて走るクラルテを狙い始めた蠍型ドローンに射撃を加えて牽制する。
今回は室内戦を想定していたからランチャーのような装備はない。
しかし、C4ならばどうか。
建造物を容易く倒壊させる高性能プラスチック爆薬ならば?
「足を止めろ!」
棘のような脚に射撃を集中。とはいえ動き回る脚の球体関節を狙って撃つなど至難の技であり、足を狙っている間に徹甲弾のマガジンが空になってしまう。
銃を少し左へと傾けて薬室内をチェック。目視で弾切れを確認してからマガジンを振り落とす。本当ならダンプポーチに収納するところだが、今はそれどころではない!
マガジンを交換、ボルトリリースレバーを手のひらで叩いて初弾を装填。引き金を引く。
がくん、と蠍型ドローンの動きが鈍った。
ロザリーの放ったスラグ弾が、ドローンの脚のうち1本を根元からぶち折ったのだ。ピンク色の機械油を撒き散らしながらバランスを崩すドローン。頭部の対人機銃を連射してロザリーを狙うが、今度はロザリーに誘引されてクラルテのキルゾーンに入ってしまい、顔面に7.62×51㎜NATO弾の徹甲弾を1ダースほど叩き込まれる結果になってしまう。
セレクターレバーをフルオートに入れ、撃ちまくった。
バキュ、と脚部の球体関節が撃ち抜かれたらしく、自重をついに支えきれなくなったドローンがどう、とその場に崩れ落ちる。
「兄貴!」
言うまでもなく、ユリウスは動いていた。
その辺に転がっていた他のドローンを足場にして大きく跳躍するなり、蠍の背中に飛び乗る。敵に取り付かれた事を悟った蠍が身体を激しく振って抵抗するが、そんなもので振り落とされる兄貴ではない。背中の装甲の繋ぎ目にC4爆弾を捻じ込むなりジャンプして脱出、空中で起爆スイッチを押し込んだ。
ドン、と腹の底まで響く爆音。
装甲が吹き飛び、脆弱な内部構造を吹き飛ばされた蠍型ドローン。苦しそうにじたばた暴れながらも両手のチェーンソーを振り回し、あらぬ方向へと機銃を放つが、しかしそんなものは当たらない。
手榴弾の安全ピンを引き抜き、「フラグアウト!」と仲間に手榴弾の投擲を告知してから思い切り投げ放つ。手榴弾は装甲の繋ぎ目に見事にホールインワンすると、起き上がろうとしていた蠍を真上から押さえつけるように爆発した。
怯んでいる隙に蠍目掛けて突っ走る。突き出されたチェーンソーを紙一重で躱し、こちらを向こうとしている7.62㎜対人機銃の銃身をブーツで踏みつけて押さえつけ、頭部の複眼型センサーにMARS-Hの銃口を押し付けた。
ドガガガガ、とゼロ距離での7.62㎜徹甲弾のフルオート射撃。
弾切れするなりMARS-Hから手を放してグロック40を引き抜き、銃口を押し付けて連射。マズルガードを装着してあるのでスライドの後退による発砲不可という問題を無視できるのだ。この改造しててよかったと心の底から思えた。
25発―――クリス・ヴェクター用(※10㎜オート仕様)の25発入りマガジンを使い切り、フラッシュマグに刺してある予備マガジンを差し込む。スライドを前進させてさらに25発、全弾頭に叩き込んでやった。
ギ、ギ、ギ……苦しそうな呻き声とも、単なる軋む音ともとれる音を発し、どう、とドローンが崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
上がった呼吸を整え、仲間たちの方へと視線を向ける。
落としたマガジンを回収、MARS-Hにも予備のマガジンを装着したところで、汗をびっしりとかいていた事に気付いた。
ぼろり、とドローンの残骸が崩れ始める。
機体の表面が朱色に錆びたかと思いきや、それが急速に広がっていって、ドローンがぼろぼろと崩れ始める。
ぎょっとしながらドローンから飛び退くと、あんな巨大な機体があっという間に崩壊して、カレー粉みたいな色合いの錆びた金属粉末へと姿を変えてしまった。
「なんだこりゃあ」
そっと歩み寄り、指先でそれに触れてみる。
さらさらしていて、強烈な鉄の臭い。
やっぱりそうだ、錆びたのだ。
先ほどまで稼働状態にあった機体が、まるで時間が急激に経過したかのように風化して、崩壊した……そうとしか思えない。
「今のはいったい……?」
「……こんな兵器、見た事がありません」
隣にやってきたクラルテも興味深そうに言いながら、錆びた金属粉末を手で掬い取って空の瓶の中へ。サンプルとして持ち帰るつもりなのだろう。
何か解析できればいいんだが、と思いながら一息ついていると、何の前触れもなく頭上の照明が点灯し始めた。バン、バン、バン、とブレーカーが入ったかのように、段々と照明が光を放ち始める。
何事かと思って銃を構えたが、よくよく考えればブリッジに残ったシェリルさんたちが非常電源の復旧に成功したと見るべきだろう。
「とりあえず、合流しようか」
「そうしましょう」
彼女たちと情報を共有しなければ。
戦闘中に投げ捨てたマガジンを回収し、艦橋へと続く道を歩き始めた。
兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も 巡りて
忘れがたき ふるさと
幻聴だろうか。
どこからか、聞き馴染んだ歌が聴こえてくる。
『故郷』だ―――日本の童謡。遠く離れた故郷への思いを綴った旧い歌。小学校に通っていた頃、音楽の授業で散々やったものだ。岩手から東京に出稼ぎに出ていた頃もたまーにこれを聴いて、生まれ育った故郷への思いを募らせたのは良い思い出である。
伴奏がないせいなのか、その故郷は哀愁に満ちていた。
帰りたい、けれども帰れない……そんな悲しみが、歌声には詰まっている。
最初は少女の独唱だったそれに、段々と他の声が混じり始めた。
若い男性の声、女性の声、老人の声……様々な年齢層の人間の声が段々と重なって、歌声もはっきりと聴こえるほど大きなものになっていった。
如何にいます 父母
恙なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる 故郷
「どこの国の言葉だろう」
警戒しながらも、ポツリとロザリーが言った。
竜人語でも、獣人語でもない……当たり前だ。そもそもこの歌詞に用いられている言語は、この世界の言葉ではないのだから。
「俺の……故郷の言葉だ」
「え」
聴こえてくる歌声に混じって、俺も口ずさみ始めた。
志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
通路を進み、ブリッジに通じるハッチを開けた。
やはり、歌声の発生源はここだった。室内には復旧作業に当たっていたトキの乗員たちとシェリルさんがいて、しかしその視線はモニターではなく、ブリッジの正面にある何もない空間へと向けられて釘付けになっている。
そこには、人の姿をしたホログラムが浮遊していた。
すらりとした身体に、黒い軍服。
海原のように蒼い頭髪と、そこから伸びたブレード状の角。
竜人の兵士だ。
哀愁に満ちた故郷の合唱が終わると、儚げな歌声を紡いでいた小さな口が静かに開き、血のように紅い目がこちらを見据える。
『私は”テンプル騎士団異世界遠征軍”所属、指揮官の【マルギット・クランウェル】大佐』




