廃墟遭遇戦
観測歴37995年
ラウル 10歳
だいぶ身体が出来上がってきたと思う。
腕立て伏せ100回、スクワット100回、プランク3分をそれぞれ3セット。インターバルを挟んでトレーニングを済ませるなり、水筒に入れてきた水を飲んで水分補給。汗をタオルで拭き取って、メニュー画面を呼び出す。
製造済みのライフルの中から『BRN-180』を選択、召喚する。
BRN-180は、正確に言うとライフルの名前ではない。AR-15系列のロアレシーバーに組み込む事で動作方式を変更する事が可能なアッパーレシーバーである。
元々、AR-15系列の小銃……有名なM4やM16では『リュングマン方式』という構造が採用されている。射撃の際に生じたガスをガスチューブに通し、直接ボルトキャリアに吹き付ける方式となっており、十分なガス圧力の確保と部品点数の削減を同時に達成する事が出来る。
しかしながら、ガスを直接銃の心臓部に吹き付ける事になるため部品の損耗が激しく、潤滑油の消費量も増えてしまうという欠点もあった。
分解結合にも慣れてきたし、そんなにバカスカ撃っているわけではないのだが、部品寿命が短くなりがちというのはちょっとな……という不安もあったので、思い切ってBRN-180をM4A1のロアレシーバーに組み込んでみる事にした。
BRN-180を組み込むと、動作方式がリュングマン方式から『ショートストロークピストン方式』に切り替わる。要するにこれは”ガスチューブを通ったガスがピストンを動かし、そのピストンがボルトキャリアを動作させる”というもので、直接ガスを吹き付けるわけでもないので部品の寿命にも優しいのだ。
加えてAR-15には『バッファーチューブ』と呼ばれる部品が存在し、これがストックの中にまで伸びている事からストックを伸縮させる事は出来ても折り畳む事は出来ない、という運用上の制約があったが、ショートストロークピストン方式ではこれがないのでストックを折り畳み、よりコンパクトに持ち運ぶことが可能になっている。
更に本来、BRN-180は民間用のAR-15に組み込む事を想定しているのだが、俺がコイツに組み込んだロアレシーバーはフルオート対応のM4A1……つまり軍用小銃と同じくフルオートで撃てる、というわけだ。
改造は既に色々とやっている。スロットが並ぶ特徴的なM-LOKハンドガードにはハンドストップを装備。銃口にはカバーを巻いたサプレッサーを装着し、レシーバー上にホロサイトとブースターを装備。これは今低倍率のスコープとどっちがいいか悩んでいるので今後変える可能性もあるが、暫定的にはコレだ。
ストックはACRストックを選択。マガジンは一般的な30発入りのSTANAGマガジンだが、今度40発入りとか60発入りとか100発入りのドラムマガジンとか色々試してみるつもりではある。
銃身は18.5インチのロングバレル。連続射撃による銃身の過熱と命中精度を考慮し、ヘビーバレルにしてある。
ふう、と息を吐くなりストックを肩にしっかりと当て、左手でハンドガードを横から握り込んだ。指先をハンドストップに引っかけるようにして銃を肩に押し付けてしっかりと固定―――いわゆる『Cクランプ・グリップ』と呼ばれる構え方で狙いを定める。
バスバスッ、とサプレッサーでだいぶ小さくなった、しかしそれでも十分聴こえる銃声が廃墟の中に響く。
5.56㎜弾は部屋の奥に並べた空き缶を次々に直撃。前は外すのが当たり前だったが、実弾訓練を初めて1年……それなりに当たるようにはなってきた。
とはいえ、本格的な訓練を受けた本職の軍人には遠く及ばない(当たり前だ)。今の俺はあくまでも『銃の使い方を多少知ってる一般人』でしかなく、民兵の範疇を出ないのだ。
だから何度も何度も繰り返し訓練して、身体に覚えさせる。それこそ頭で考えることなく身体が条件反射で勝手に動くレベルで、だ。頭にではなく身体に刻み込んでいくのだ。
弾切れを悟るや右側面のマガジンリリースボタンを押しながら銃を振り、STANAGマガジンを振り落とす。
空になったマガジンは捨てるイメージがあると思うが、基本は『ダンプポーチ』と呼ばれるポーチに入れて持ち帰り再利用するものだ。資源の浪費を防ぐ事に繋がるし、マガジンを捨てて床に落としたりした際の音で敵に弾切れを悟られる可能性もある。軍隊の場合、弾薬がマガジンと常にセットで支給されるとは限らないという事もあるだろうが、俺の場合はこれに『機密保持』という目的も加わるので、マガジンは基本持ち替える方針で考えている。
とはいえ、今は緊急時の素早い再装填の訓練なのでこうして思い切り払い落としているが。
ストックを腹に押し付け、銃口を斜め上に向ける。その状態で左手をマグポーチへと伸ばしマガジンを引っ張り出して装着。そのままハンドガード下に左手を潜らせ、右側面のコッキングレバーを引いて初弾を装填する。
発砲、弾切れ、再装填。
この動作を何度も繰り返したところで「そろそろいいかな」と呟き、そっと銃口を下ろした。
まだマガジンが3つ残ってるけど……どうしようかコレ。フルオートで景気よくぶちまけようかな、と思ったその時だった。
廃屋の壁に開いた穴の向こう側から、血の匂いが香った。
獣か、と思ったが違う。聴こえてくる足音、息遣い……狼や熊といった動物じゃあない。もっと邪悪で殺意に満ちたもののように思え、反射的にケモミミは立っていた。
魔物か……? でもこの廃村はとっくに魔物が掃討されている筈だが……。
安全を確認したからこそここを訓練場に選んだつもりだったのだが、どうやら他の地域から迷い込んだのか、それともここに住み着いてしまったか。
いずれにせよ、逃げた方が良さそうだ。
弾切れになったマガジンと空の薬莢を素早く拾い集め、腰の後ろに下げていたダンプポーチの中へと詰め込んだ。
念のためBRN-180の安全装置を解除、余ったマガジンを装着しコッキングレバーを引いていつでも発砲できる状態で廃屋の今にも外れそうな扉を開け、外に出る。
外には3体のゴブリンがいた。
「!」
3体のうち2体は手負いのようだ。片手で肩口を抑え、その小さな身体には矢が刺さっている個体もいた。
ゴブリンのうち1体の、まるで山羊みたいな瞳と目が合う。
『ピギャア!!』
「やべっ」
咄嗟に扉を閉め、奥の壁を背にして銃を構えた。
ゴブリン―――魔物の中ではそれほどの強さではないが、凶暴さと繁殖力の高さで恐れられている存在である。
肉食で獰猛、知能は原始人並みで自作の石器や槍、棍棒で武装するほか、仕留めた冒険者から鹵獲した刀剣で武装する事例も確認されている。それでいて一度標的と定めた相手は執拗に追いかけ回して仕留めるのだが、それが男性であれば食料に、女性であれば殺さない程度に痛めつけて巣へと連れ帰り、繁殖のために使うのだそうだ。
ファンタジー系のエロゲで散々見た奴じゃん、なんて今では全然笑えない。
その脅威に今まさに、自分が晒されているのだから。
さて、どうするか。
出入口は塞がれた。壁の穴から外に出るか、と思い視線を壁の穴に向けたまさにその時、ゴブリンが穴を潜って廃屋の中へと入ってきた。
俺の顔を見てにたぁ……と笑う。
黄色く濁った眼に映る自分を見て、だいぶ嫌な想像をした。
―――コイツら、もしや俺の事をメスとして認識してないか?
ぞくり、と顔が青ざめたのが分かった。
血の気が引くとはこの事か。
打製石器を埋め込んだ棍棒を手に、長い舌から唾液を滴らせるゴブリン。よもやこんなところにメスがいるとは、なんて思ってるんだろうが……。
―――死んでたまるか。
俺の二度目の人生は、やっとスタートラインに立ったところなのだ。こんなところで死んでたまるか!
腹を括るなり、BRN-180の銃口をゴブリンに向けて引き金を引いた。
バシン! とサプレッサーで減音された銃声が響く。
5.56㎜弾はホロサイトのレティクルの中央に重ねられたゴブリンの胸板を直撃。まさか非力なはずの人間のメスが飛び道具で反撃してくるとは夢にも思っていなかったのだろう、ゴブリンは自分が撃たれた事すら理解できていないようで、ニタニタと粘つくような笑みを浮かべたまま、まるで貧血でぶっ倒れたようにその場に転がり込む。
アクション映画とかアニメだと、撃たれた相手が叫び声をあげながら派手にぶっ倒れる印象があるが、実際はそうではないらしい。まるでいきなり転んだように倒れ込んで、そのまま起き上がらなくなる……そんな話を聞いた事がある。
どうやらそれは本当のようだった。撃たれたゴブリンはうつぶせに倒れたまま、起き上がる気配すら見せない。
とはいえ本当に死んだのか疑わしいのでもう一発撃ち込んでおいた。胴体に対しやけに大きな頭にポツリ、と新しい風穴が穿たれて、どろりと血が溢れ出す。
作り物のように思えた。映画の中の死体やら特殊メイクが凄いのか、それとも現実が予想以上にチープだったのか……それは分からない。
ああ、コレ後になって「俺が殺した」って実感が追い付いてきて色々考えさせられるやつだな、と他人事のように考えている間に、ゴブリンがドアをぶち破って室内に入ってきた。
仲間の死体を見て、ゴブリンの目つきが変わる。
『―――キシャァァァァァァァァ!!!』
「―――!」
歯を食いしばりながら引き金を引いた。
手負いのゴブリンは俺に飛びかかろうとしたところを5.56㎜弾に突き飛ばされ、廃屋の中のかつては暖炉だったのであろう壁のくぼみの中へと転がり、灰を被ってそのまま動かなくなった。
残り1体。
肩口に矢の刺さったゴブリンは警戒するようにじりじりと俺との距離を保つが、いいカモだ。お構いなしに銃口を向けて一発、血を流し倒れたところを更に眉間に一発。
ついでに暖炉の中で動かなくなっているゴブリンにも1発撃ち込み、3体すべてのゴブリンの死亡を確認……息を吐き、銃に安全装置をかけたところで足から急に力が抜け、床にへたり込んでしまう。
息が上がる。
コレ……俺が殺したのか。
冷静になった途端に鮮明に蘇る、人生初の「命の奪い合い」。
一歩間違ったら、俺がこいつらに……そう思った途端に胃袋の底から何かが込み上げてきて、俺は我慢できず盛大に朝飯を撒き散らした。
呼吸を整え、タオルで口の周りに付着した胃液を拭い去り、銃を手に取ってそっと立ち上がる。
と、とにかく……村に戻ろう。
駐留している騎士にも通報しないと……ゴブリンの、というか人間を含めた死体は焼却処分して灰にしなければ、死亡してから概ね36~48時間でゾンビ化する恐れがあるからだ。
火を起こせるものなんて持ってないし、仮に火打石とか知恵の限りを尽くして火を起こしても消火用の水も用意していないから火事になる恐れもある。ここは「ゴブリンの死体を発見した」という事にして通報し、当局に処分してもらった方が良い。
早く……早く帰ろう。血の臭いで噎せ返りそうだ……というか、これ以上血の匂いを嗅いでいたら俺の、狼の獣人としての「狼」の部分の本能が変に刺激されそうな気すらしてくる。クソ、なんであんなグロい死体を見たってのに口の中に唾液が溜まってくるんだよ……。
これは獣の本能、これは獣の本能……と自分に言い聞かせながら外に出た。
ガタッ
「―――」
心臓がひっくり返りそうになった。
咄嗟にセレクターレバーを弾いてセミオートに切り替え、音が聴こえた方へと静かににじり寄る。踵をゆっくりと地面につけ、なるべく足音を出さないように細心の注意を払いながら……。
ゴブリンは実は4体居ました、なんてオチはやめてくれよ……そう祈りながら、音の聴こえた廃屋の離れにあるドアをそっと開けた。
かつては物置として使われていたのであろう離れの中。錆び付いた農耕具やら肥料やらが散乱し異臭を放つ狭い小屋の中、身を寄せ合い怯えた目でこっちを睨んでくる人影が2人。
すらりとした体格と白い肌。爬虫類のような形状をした、翡翠を思わせる美しい瞳。長い頭髪も薄汚れこそしていたものの同じく翡翠色で、よく見るとその中からブレード状の鋭い角が生えているのが分かる。
明らかに、獣人の身体的特徴ではない。
腰の後ろからは翡翠色の鱗と外殻に覆われた尻尾も伸びている。
「……竜人?」
そう、竜人だ。
2人とも顔つきが似ている事、身体的特徴が一致する事からおそらくは兄妹なのかもしれない。兄の方は俺を睨み、妹にだけは絶対手を出させないと敵意を剥き出しにしている。
先ほどのゴブリンから隠れていたのだろうが……さて、どうしたものか。
大陸落とし
天地戦争において竜人側が多用した作戦。浮遊大陸を攻撃目標の上空まで移動させ、そこでコアとなる賢者の石を意図的に破壊、または取り除く事で大陸を大地に落下させるというもの。戦時中はこれにより地上に多大な被害がもたらされたが、竜人たちの生活圏が縮小する事に加え、相手への抑止力となるよりはむしろ復讐心を植え付け煽る結果となってしまい、戦局に大きな影響を与えたとは言い難い。
観測歴37992年の終戦に伴い締結された『メルキア条約』には大陸落としの禁止も盛り込まれ、明確に禁忌とされた。
近年では観測歴37986年、ポルスキー共和国の首都ワルハワに対し行われた大陸落としが最後となっており、これにより民間人に多大な犠牲者が出た。こうした度重なる大陸落としで故郷や家族を失い、独り身となってしまった兵士だけで構成された【亡霊大隊】も結成され、その復讐心を原動力として竜人側に多大な損害を与えている。




