方舟の中に眠るモノ
どうでもいい話
転生前ラウル君は学生時代、体育の柔道の授業を『クラスの嫌いな奴を合法的にボコせるチャンス』と認識しており、授業が始まるや否や嫌いな奴を投げ飛ばし、締め落としまくったので保健室が常に満員だった。
ついには体育の先生も組手の相手をしたが勝てず、ボコられるのを嫌がった生徒が続出して体育の授業が成立しなくなってしまったため担任と体育の先生が「通知表で5確約するから教室で自習しててくれ」と懇願するもラウル君はそれを拒否。その際に発言した『成績なんて1でもいいんです、投げさせてください』『投げさせろ締めさせろ殺させろ』『もう俺が全国行きますわ』という発言は彼の母校で伝説になっている。
なお助っ人で出場した柔道の試合ではマジで全国大会まで行った。
浮遊大陸カッパドキア突入と同時刻
浮遊大陸アルカディア
協商連合本部 エンジェルパレス 第三修練場
ギィン、と甲高い金属音と共に、刃を落とした訓練用のレイピアが宙を舞った。
喉元に突き付けられる切先。もしこれが実戦であったのならば、彼女―――【ラファエル・パヴリチェンコ】の命はなかっただろう。そのまま喉仏を刺し貫かれ、血を迸らせて、手の施しようもない深手を負い緩やかに死んでいく事しか出来なかった筈だ。
そうならないように、戦において常に殺す側であるために訓練を積んできたのに、しかし師には未だに届かない。
悔しさを顔に滲ませると、師匠の【クロエ・クロワール】はそっとレイピアを下ろした。
「ここまで、だ」
「……はい」
また負けた、と落ち込むラファエル。何度繰り返しても、何度挑んでもクロエには手も足も出ない。
しかしそんな彼女の小さな肩にそっと手を置くなり、クロエは快活な……というよりは、その男装の麗人といった雰囲気には似つかわしくない豪快な笑い声をあげた。
「はーっはっはっは! いやぁ上達しましたねぇラファエル様!」
「そ、そうでしょうか」
「そうですとも! 前よりも鋭い踏み込みに技のキレ、そして”今回こそは”というその執念! このクロエ・クロワール、感服いたしました!」
顔を上げたラファエルに、にっ、と太陽のような笑みを向けるクロエ。
「ですからそのようなお顔をなさるな。あなたはこの空に咲く一輪の花。そう萎れてしまえば太陽も悲しむでしょう。何より、私という太陽が悲しみます」
「は、はぁ」
「さあ、今日の訓練はこれで終わりです。後は気持ちを切り替えて、ゆっくりお休みなさってください」
「分かりました……ありがとうございました、先生」
ぺこり、と頭を下げるラファエル。床に落ちたレイピアを拾い上げるなり、彼女はケモミミとハクビシンの長い尻尾をひょこひょこと揺らしながら修練場を後にしていった。
―――やはり、あのお方に似ている。
ラファエルのまだあどけない後ろ姿に、しかししっかりと父親の面影が重なって見える。
ミカエルがそうであるように、ラファエルもまた最初から素質を持っているタイプではない。むしろ血の滲むような努力で後天的にスキルを伸ばす大器晩成型だ。努力を始めてから習得するまでが短いから、どれでも好きな分野に特化する事ができる”成長の後出しジャンケン”ともいえる特権を持っている。
いずれは自分も超えられてしまうのだろうな、と思うが、それこそ師として望む事だ。むしろ自分の今の立ち位置など、ラファエルにとっては通過点であってほしいとすら思う。
修練場の後片付けを済ませるなり、クロエはミカエルの下へと向かう事にした。修練の終了とラファエルの成長を報告するためだ。
途中、立ち止まって手鏡を開き身だしなみを整える。前髪は乱れていないか、埃はついていないか、表情は良いか。几帳面に思えるかもしれないが、彼女にとっては重要な事だ。
「うん、さすがボク。今日も完璧」
ナルシストであるクロエ。自覚はあるが、しかしそれを改めるつもりはない。
曰く『自分を好きになれない人間に成長はない』のだから。
見張りの戦闘人形に身分証を提示してミカエルのいる役員区画へと足を踏み入れるクロエ。ゲートを潜った途端にうっすらと聴こえてくるピアノの旋律は、ドビュッシーの『月の光』だ。
この曲が聴こえてくるということは、と思い至るなり、ミカエルの書斎ではなく”瞑想室”の方へと足を運んだ。
コンコン、と扉をノックするなり、聴こえてくる『どうぞ』というクラリスの声。クロエです、失礼しますと告げて扉を開けたクロエは、椅子に深く背中を預けて目を閉じているミカエルの姿を見て息を吐いた。
(ミカエル様、いつ見てもお美しい)
クロエの視線はさながら幼女と表現されてもおかしくないレベルで小柄なミカエルにだけ向けられていたが、しかし「瞑想室」と呼ばれているこの部屋もなかなか異質な空間であった。
部屋の中央にミカエルの座る椅子が配置されており、その四隅を取り囲むように蒼い輝きを放つ円柱が配置されている。
―――賢者の石の原石だ。
浮遊大陸のコアとなっている賢者の石。存在するだけで重力場を発生させ、地球の重力にすら干渉・反発するそれ。しかし室内に安置されたそれは不活化されているようで、薄暗い部屋の中で優しい光を放っている。
部屋の隅にはピアノが設置されており、先ほどから聴こえてくるドビュッシーの月の光もクラリスの演奏によるものだ。
やがて、ミカエルがゆっくりと目を覚ました。
彼女は眠っていたわけではない―――交信していたのだ。
その相手がいったい誰なのかは、彼女にしか分からない。
「クロエ、か」
「お目覚めですね、ミカエル様」
跪いて手を取り、そっとキスをするクロエ。
アズールカラーのテイルコートに派手な赤いマント、そして頭の上にちょこんと乗った王冠。そのような服装だからなのだろう、傍から見れば眠りから覚めた日目の前に跪く王子様のようにしか見えない。
そんな一幕を、クラリスは真顔のまま鼻血を垂れ流し、スマホを取り出して激写していた。
いちいちそんな手の甲にキスなんて、と何度も言っているミカエルであるが、クロエがそれを改める様子はない。これも彼女なりの忠義の証なのだろう、と受け取り最近はすっかり諦めてしまっている。
「ラファエル様も上達なされた。ボクを超える日はそう遠くはないでしょう」
「君の指導の賜物だよ、クロエ。いつもありがとう」
「もったいないお言葉です、ミカエル様」
そっと立ち上がるミカエル。幼い容姿に見合わぬ、包容力に満ちた笑み。それを向けられるだけでクロエは心の底から安堵する。まるで自分自身を構成する全ての細胞が、「ここがボクの居場所なんだ」と理解しているかのように。
「さて……クラリス、悪いけれど総旗艦【チェルノボーグ】の出撃準備を」
「かしこまりました、ご主人様」
「征かれるのですね、ミカエル様」
「ああ、すぐ戻る。キミにはヴァシリーの補佐を。不在の間何かあってもすぐ動けるようにはしておいてくれ」
「分かりました。お気をつけて、ミカエル様」
深々と頭を下げ、出撃するミカエルとクラリスを見送るクロエ。
きっとミストルテイン絡みなのだろうな、と悟りつつ、同時に確信した。
今回も勝てる、と。
ミカエルとはそういう人物だ。
幸運にも勝利にも、女神にすら愛された人物なのだから。
ここにも死体があった。
艦橋らしき空間の中。真ん中にある艦長席っぽい座席には、すっかり風化してボロボロになった布と、まだ辛うじて軍帽だったと思われる何かを頭にかぶった白骨死体があった。床にはロシアのPL-15拳銃が落ちており、こめかみには弾痕も刻まれている事から死因はピストル自殺であった事が分かる。
「……頭を撃ってるのはゾンビ化対策か」
APC-10に装着したライトで照らしながら死体を検めていたユリウスが言う通り、頭を撃ち抜いて死んでいるのはきっとゾンビ化対策なのだろうと思う。
この世界では概ね36~48時間経過すると、死体はゾンビとして蘇ってしまう。そして生者を襲い肉を喰らい、襲われた者を更にゾンビに変える事で感染を広げていくのだ。
それを防ぐためには死体を焼却処分するか、頭か心臓を破壊するしかない。前者はもっともポピュラーな処分方法だが、後者は本当に止むを得ない場合に応急的にそうするケースもある。まあ火葬できる死体の頭を潰して放置したら遺体損壊罪で処罰されるのだが、残念な事にこの世界では死体処理をめんどくさがった冒険者がこれで済ませてしまうケースも多い。
頭を撃ち抜いて死んでいる死体が多いのは、きっとゾンビ化を防ごうとした結果なのだろう。こうして無事に白骨化しているところを見ると、その選択は間違いではなかったようだが。
「シェリルさん、俺たちは他の区画を見てきます」
「分かりました。こちらは何とか非常電源の復旧と情報の吸い出しを試みます」
「いけそうですか?」
「ワンチャンありそうです。いけたら私の旦那様に膝枕と耳かきの生ASMRをしてもらえるので頑張ります」
「お、おう……」
そ、そーっすか……。
何でもできるクールビューティーから段々と残念な女とか面白い女にカテゴリーが切り替わっていくシェリル氏。この人ワンチャン黙ってればイメージ崩さずに済んだんじゃないかなと真面目に思ったが、まあ初対面の時の高速詠唱を見る限りではいずれ化けの皮が剝がれた事だろう。
ともあれ彼女に任せておけば間違いはないだろうから、俺たちは別行動だ。
行こう、とクラルテにロザリー、ユリウスの3人を伴って艦橋を出た。
この空中艦の設計思想は、どちらかというと竜人の空中艦に近い事が分かる。
竜人の空中艦と、獣人の空中艦では設計思想がそもそも異なる。獣人の空中艦は簡単に言えば『エンジンポッドがついた空飛ぶ水上艦』みたいなデザインをしており、戦艦だの巡洋艦と言って皆が思い浮かべるような艦に外付けのエンジンポッドを取りつけてそのまま飛ばしたような、そんな姿をしている。
そしてそれらは竜人艦隊に頭上を抑えられる事が多かった事から、船体上面に主砲などの武装を集中配備している。
それに対し竜人の空中艦は、飛行船のような優美な姿をしているのが特徴だ。船体の上下に艦橋を持ち、船体上部が航行用、船体下部が戦闘用の艦橋として分離されていて、武装も地上を爆撃する機会が多かった事から船体下部や側面に集中配備されている傾向がある。
この艦の構造を見るに、どちらかと言えば竜人側の空中艦に近い設計であるという印象を抱いた。とはいえ完全一致ではなく、艦橋は艦首下部から突き出た1つだけ。また技術的な繋がりも見えてこない。
「隔壁だ」
通路が隔壁で隔てられていた。
この奥にも何か空間があるのだろうが……当然電力も死んでいるからコントロールパネルをタッチしても機能しないし、手動開閉用レバーらしきものもない。
バールでいけるかな、とユリウスの方を見ていると、すたすたとロザリーが前に出た。隔壁に手をかけて何をするかと思いきや、思い切り歯を食いしばって隔壁を持ち上げ始める。
オイオイいくら何でも無理だろと思って見ていたが、しかしロザリーは本気らしい。ぼこっ、と両腕の筋肉が隆起した途端、ぎぎぎ、と隔壁が軋む音を発して―――シャッターさながらに上へと開いていったのである。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
「ふんす!」
「すっご……」
「ラウルのために頑張ったよ!」
ほめてほめて、と尻尾をぶんぶんしながらやってくるロザリー。祖父母の家にいたゴールデンレトリバーを思い出すなぁ、と思いながら頭を撫でた。
「凄いなぁロザリー。よしよし」
「えへへ~♪」
「ここは……格納庫、でしょうか?」
さすがに取り回しを考慮して、バックアップ用に持ってきたAPC-10に持ち替えたクラルテがライトで隔壁の奥を照らしながら言う。
ロザリーを撫でるのをやめ(そんな悲しそうな顔すんなよ……)、俺もグロック40のフラッシュライトで室内を照らした。
本当に空中艦の中か、と思ってしまうほど広大な空間がそこにはあった。学校の体育館の5倍から6倍はあろうかという面積の空間。照明はすっかり落ちていて、光源も何もあったもんじゃない暗い空間だが、しかしそこに大量に格納されている兵器の存在は辛うじて識別できる。
ドローンだろうか。小型の自爆タイプや徘徊タイプから、爆撃機みたいなサイズのドローンに戦車のようなサイズの地上戦闘用ドローンまで、多種多様なドローンが眠っている。
信じられないのが、そのいずれもが風化や経年劣化していないという点だ。
埃が多少堆積しているくらいであり、表面を清掃すればまた新品同然の質感に戻ってしまうのではないか、とすら思えてしまう。
「これが……本当に38000年前の兵器なのか?」
「まるで新品みたいな……」
第1文明以前の空中艦……いったいどんな技術で作られている?
38000年前の兵器だというのに、整備も受けず野ざらしにされていたというのにこんなにも良好な状態で保存されているなんて。
その時だった。
ブゥン、という重低音。
なんだ、と視線を巡らせようとしたのと、脳裏に冷たい感覚が走ったのは同時だった。人間の発する殺気とはまた違う、しかし無機質ではあるが自らの死を悟らずにはいられない危機感。咄嗟に身体を仰け反らせて飛び退いた直後、両刃の銃剣らしき巨大な刃が取り付けられた銃身が、俺の首のあった空間を突き抜けていった。
「!?」
「何かいる!」
ユリウスが警戒を促すなり、4人全員が同時に戦闘モードに入る。
攻撃が飛来した方向をライトで照らした。眩いばかりの光の中に浮かび上がったのは、灰色の装甲に覆われた異形の兵器だった。
踏むだけで装甲すら穿ちそうな鋭さの8本の脚。華奢で、しかし頑丈なそれに支えられた扁平な胴体はステルス機を思わせるようなのっぺりとした質感で、前方からは2本の巨大な爪が生えている。爪の内側はチェーンソーになっているようで、あんなものに挟まれたら痛いなんてもんじゃない……スプラッター映画さながらの死に方をする事になるだろう。
胴体後端からは長い長い尾が伸びており、尾の先端部にはブローニングM2重機関銃がマウントされている。長大な銃身には大剣と見紛うばかりの巨大な銃剣が取り付けられており、尾の先端で揺らめくさまはまるで蠍の毒針だ。
複眼型のセンサーを持つ頭部の側面には、外付けの機関銃のポッドがある。
蠍型の戦闘用ドローンだった。
まだ動きはぎこちないが、胴体だけでも3mはあろうかという巨体が38000年の眠りから目を覚まし―――俺たちに牙を剥こうとしていたのである。
地上戦闘型ドローン『アンタレス』
全長
・5.5m(尻尾含む)
全高
・4m(尻尾含む)
全幅
・3m
武装
・ブローニングM2重機関銃×1
・対物ブレード×1(ブローニングM2に銃剣としてマウント)
・頭部7.62㎜対人機銃×2
・チェンソークロー×2
・頭部高出力レーザー砲×1
■■■■■■■(※検閲により削除)が開発した地上戦闘用ドローン。■■■■■■■■(※検閲により削除)以降、■■■■■■■(※検閲により削除)では人的資源の損耗が大きな問題となっており、人材喪失を避けるため無人兵器の大量生産へと舵を切った。このアンタレスもその一環で開発された兵器の1つであり、主に市街地に潜伏する敵戦力の殲滅に投入される。
脚部は鋭く敵を踏みつけるだけでも殺傷する事ができ、装甲車の天井も貫通可能。また頭部のレーザー砲は2秒間の照射でM1エイブラムスの正面装甲の融解・貫通が可能なレベルであり、尾の銃剣も赤熱化させる事で対象を溶断する事が可能。遮蔽物を融解させ敵兵を殺傷するのが主な用途であり、自軍の兵士とそれ以外の人間を見分けるだけの単純な識別能力しか意図的に持たされていない。




