墓標
どうでもいい話
ミカエル氏、ラウル君がASMR配信をできるようアルカディアのインターネット環境を整備し始める。
ごうん、と重々しい音を立てて、ソーキルの補助エンジンでもあるレシプロエンジンの収まったポッドがその向きを変え始めた。ポッド後方にあったプロペラが、エンジンポッドごと縦に回転を始めたかと思いきや、プロペラが船体下部へと向けられる。
唐突に変化した推進ベクトル。ソーキルの140mの巨体がゆっくりと減速し始めたかと思いきや、あろうことかVTOL機よろしくカッパドキアの地表すれすれでホバリングを開始したのである。
酸素マスクの装着状況を確認するなり、ハッチ解放のボタンを押した。
重厚な音と共に貨物搬入用のハッチが解放される。上下に開いていったハッチを滑り台のように滑り降りて、俺は浮遊大陸カッパドキアの大地をブーツで初めて踏み締めた。
足元は苔やシダで覆われていた。高度3500m、重力は1Gとされている浮遊大陸カッパドキア。これだけの高度ならば紫外線もさぞ強い上に酸素も薄いからなのだろう、生えている植物は総じて背の低いものばかりだった。
樹木は針葉樹らしきものが見えるが、それも高さは概ね10m程度。幹は太くどっしりとしていて、強い風に吹き飛ばされないよう踏ん張っているようにも見える。こんな苛酷な環境にも適応してしまうのだから、植物の生命力には驚かされてしまうし、大自然の力に敬意を払わずにはいられない。
他の艦からも歩兵部隊の降下を確認。チャイカ、カナレイカ、トキからも続々と歩兵が降りてくるが、トキから降りてくる歩兵部隊を除いては殆どが戦闘人形のようだった。手にはUBRストックとMOEハンドガード、フォアグリップを装備したM16A5がある。
トキから降りてきたコーリアの歩兵部隊の手にあるのはM16ではなく、韓国軍で採用されている『K2C1』のようだ。ホロサイトやらフォアグリップやらをごちゃごちゃつけており、資金にかなり余裕がある事が窺い知れる。
他のギルドとの合同作戦になる。カッコ悪いところは見せられない。
「各員、無事に降りましたね?」
「あれ、シェリルさん?」
意外な事に、チャイカから降下してきた歩兵部隊と一緒にいたのはシェリルだった。ミカエルの妻の1人らしく、確かに指には結婚指輪がはめられている。あんな地獄のような経歴を辿ってきた彼女も幸せを手に入れたという事なのだろう。それは何よりだが、この人現場まで出張ってくるようなアグレッシブな人だったんだなとちょっと驚く。
装備しているのはベルギー製アサルトライフルの優等生、FN SCAR-L……の銃身を限界まで切り詰めたコンパクトなカービンモデル、『SCAR SC』。それにフォアグリップとハイドラマウント、レーザーサイトにAIMPOINT T2を乗せている。
「僭越ながら、ミカエル様より現場での指揮を任されました。私が指揮を執ります」
「了解しました。お願いします」
「では行きましょう」
こっちです、と言いながら歩き始めるシェリル。先行した戦闘人形の一団がドローンを飛ばし、前方、左右に展開させて索敵・警戒態勢を素早く構築する。
―――動きが早い。
戦い慣れている、と見るべきだろう。
それもその筈だ。アルカディアは新興レギオンで、古株のレギオンからは相当疎まれている。独立と主権を守るためには理不尽な圧力や武力に屈せず戦う必要があり、その苛酷な環境が彼らの練度をそこまで研ぎ澄ましているに違いない。
前を歩くシェリルも、ただ歩いているように見えて周囲に視線を張り巡らしているのが分かった。目が絶えず動き、少しでも物音や違和感を感じた方向を警戒している。
少しだけ酸素マスクを外し、匂いを嗅いだ。
自然の匂い。
樹の匂い、草の匂い。
―――そして血の臭い。
「シェリルさん」
「なんです」
「この浮遊大陸、やっぱり原生生物とかいます?」
「いますね」
やっぱりね、と納得しながらセレクターレバーを弾き、チャージングハンドルを引いた。ジャキン、と初弾を薬室へと装填、銃口を針葉樹の上に向けて引き金を引く。
パシン、とMARS-Hの銃声が響いた。サプレッサー越しの空気が抜けるような銃声。放たれた7.62×51㎜NATO弾が針葉樹の上で待ち構えていた謎の影の眉間をぶち抜き、樹上から落下させる。
それを合図にクラルテが機銃掃射を開始。M60E6の重々しい銃声が針葉樹の樹上に物騒なノックを叩き込み、潜んでいた影を次から次へと薙ぎ倒していく。
「散開」
シェリルの指示で戦闘人形たちが散開。警戒態勢に入った彼らも射撃を開始する。
バシバシ、と何度か射撃し、AIMPOINT COMP M2の後方にブースターを展開。3倍の倍率でズームアップされたレティクルの向こうに映ったのは斑模様の表皮に人間とは大きくかけ離れた姿をした歩く爬虫類―――リザードマン。
こんなところにも居たんだな、とその環境適応能力の高さに驚かされながら、弓矢を構えていた個体をヘッドショットで黙らせた。
「ラウル、ここは彼らに任せましょう」
タタタン、とM16A5で応戦する戦闘人形兵たちの方を見ながら、シェリルが言った。
「しかし」
「彼らはあくまでも機械、喪失しても作り直せばいい。それより我らの目的を忘れてはなりません」
「……了解」
ドドドドド、とM60を撃ちまくっていたクラルテの肩をタップして射撃中止の旨を伝えた。彼女は弾薬箱に残っていた中途半端なベルトを全部使い切ってリザードマンを制圧すると、M60E6のストックを脇に挟んで銃口を上へと向け、弾薬箱の交換を始める。
クラルテさんの今回の装備はM60E6に加え、バックアップ用にAPC-10、そしてサイドアームにグロック20。APC-10にはクリス・ヴェクター用の25発入りマガジンがぶっ刺さっている。
そんな意地でも弾幕を張ってやるという意気込みが感じられる装備に加え、予備の弾薬箱と予備銃身を2個も背負っているのだ。しかも弾薬箱に至っては特注の200発ベルト入り。いったいどんな重量になっているのかは考えたくもない。
戦闘人形たちの支援を受けながら、クラルテとトキの歩兵部隊を先に行かせた。続けてロザリーを、そしてユリウス兄貴を先に行かせる。
俺もマガジンを交換してから走り出した。仲間たちと合流するなりすぐさま後ろを振り向いて、こっちに向かい全力で走ってくるシェリルを援護。弓矢などの飛び道具を持っているリザードマンから優先的に仕留めていく。
彼女が合流するなり、戦闘人形たちも針葉樹の森を突破。俺たちの背後を守るように陣形を組み、防衛線を張った。
パパパン、と銃声を遥か後方へと置き去りにして、大陸の内陸部へ。
歩いて3分もしないうちに風景に変化が生じた。
カッパドキアもメルキアやアルカディアのように、内陸部に向かうにつれて勾配がきつくなっていく典型的な地形をした浮遊大陸となっている。だから内陸部に向かう以上は基本的に上り勾配となるのだが、そんな足元の地面が唐突に下り勾配へと転じたのである。
踏ん張った足が空回りしそうになりながら、俺は周囲を見渡した。
よく見るとその一帯だけ、地面が大きくへこんでいるのが分かる。いや、へこんでいるなんてものではない。すり鉢状に大きく抉られていて、さながら隕石が落下した際に形成されるクレーターのよう。
そしてその底に、苔に覆われた異形の残骸があった。
F-22やF-35といったステルス戦闘機の機首を、そのまま引き延ばし肥大化させたような形状の艦首らしきパーツ。艦首の下部には複眼状のセンサーのような物が埋め込まれたゴンドラっぽい構造物が見えるが、あれが艦橋なのか、それとも単なるセンサーポッドの類なのかは分からない。
しかしながら第二次世界大戦の水上艦にエンジンをつけて飛ばしたようなレトロなデザインが目立つ現代の空中艦と比較すると、それは随分とSF的に映って仕方がなかった。合理性とステルス性を追求したのっぺりした船体と、どこか生物的な印象を抱かせるフォルム。
確かにそれは”遺物”であり、同時に”異物”でもあった。
艦首には映像で見たとおり、【Tёmplё kлйhts Ё-67380】という5ケタのハルナンバーも掠れてこそいるが確認できる。
艦首を岩盤に乗り上げさせた形で朽ちているそれこそが、『第一文明以前の空中艦』であった。
この世界における”特異点”。
今から俺たちは、その特異点にメスを入れる。
ずん、と重々しい爆音が聞こえた。振り向くとまだカッパドキア沖ではレギオン『ミストルテイン』と協商連合艦隊の戦闘が続いているらしく、俺たちを降下させたソーキル、チャイカ、カナレイカの3隻もトキを残して反転、戦闘に参加しているようだった。
空中艦らしからぬ速度で飛び回り、3隻で編隊飛行するソーキル、チャイカ、カナレイカの3隻。さながら重攻撃機のようだ。
「行きましょう。時間がない」
「了解」
行こう、とロザリーたちに告げると、俺はふとクラルテが気になった。
彼女はその擱座した空中艦をじっと見つめ、目を見開いている。
「……クラルテ?」
「え―――ああ、ごめんなさい。行きましょう」
「……どうかしたのか?」
「いえ、その……この空中艦、どこかで見た事が―――」
そこまで喋ったところで、クラルテの旨にある太陽を象ったメダリオンが紅く点滅した。それと同時にクラルテもまるで透明人間に口を押さえつけられたかのごとく、ぴたりと口を噤んで言葉を途切れさせる。
「……検閲か」
「すみません」
彼女の信奉する”マザー”は、あの太陽のメダリオンを介して巫女たちをいつも監視しているのだという。そしてマザーに対し不都合な事を巫女たちが言いそうになると今回のように警告を発したり、声帯をロックするなどして情報漏洩を防ぐ事があるのだそうだ。
前にもあった事だ。彼女に対し、マザーとやらの正体を尋ねた際にもああやってメダリオンが発光し、クラルテの声帯がロックされた。
この空中艦はマザーにとって都合の悪いものなのか。
もしやあのメダリオンを介し、マザーはクラルテの中にある不都合な記録にまでプロテクトをかけているのではないか。そんな不信感が頭の中で渦を巻き、その一方でクラルテが心配になる。
その様子を肩越しに見ていたシェリルが、目を細めた。
クレーターの底へと滑り降りていき、船体表面のハッチらしきものを探し出す。記載されている文字は獣人語とも竜人語とも異なる全く未知の言語だが、古代語か何かだろうか。考古学は専門外なので全く分からない。
シェリルは持ってきたスマホのような端末から端子を伸ばし接続を試みるが、当たり前と言えば当たり前なのだろう、端子の規格が違うようで接続には至らなかった。
「爆破しよう」
C4を、とシェリルに言われ、持参したC4爆弾をいくつか彼女に手渡す。シェリルはそれをハッチにセットするなり信管を差し込んで、全員に退避を促してから起爆させた。
ドン、と爆音が轟き、C4爆弾が炸裂。濛々と立ち昇る黒煙の向こうから現れた空中艦のハッチは、しかし多少歪んだだけで吹き飛んではいなかった。
38000年前の、普通であれば経年劣化どころか風化していてもおかしくない残骸である。なのにこの異様な耐久性はいったい……と驚愕している間に、ランチャーに代わって多数の工具を持ってきたユリウスがハッチのゆがみで生じた隙間にバールを差し込んだ。
数名のトキの兵士たちもそれに手を貸して、てこの原理を使ってハッチをこじ開ける。
武器をMARS-Hからカービンキットを組み込んだグロック40に持ち替え、ヘルメットの右側面にマウントしたシュアファイア製のライトを点灯させてから艦内へと足を踏み入れた。
先ほどのハッチの一件で薄々感じていた事だが、やはりというかなんというか、この艦は明らかに38000年以上前のものとは思えなかった。艦内の通路には多少の誇りの沈殿はあれど清潔で、壁面や天井のパネルがいくつか崩落しているところはあるものの、しかし総じて艦内は綺麗だった。生活感すらある。1日かけて掃除してやれば、当時の清潔さを取り戻してしまえるほどに。
「なんだ……これは」
本当にこれが第1文明以前の空中艦なのか。
つい最近墜落した艦ではないのか―――そんな疑念を抱きつつも、艦内を慎重に索敵する。
小部屋がある。居住区だろうか?
当然ながら電力は生きておらず、中に入るにはユリウスから借りたバールを使って扉をこじ開けなければならなかった。
うっすらと埃で化粧をした室内。乗員の個室だったのであろうそこでは、ボロボロに風化してしまった布切れを纏った白骨死体が、胸に文庫本を抱いた体勢のまま静かな眠りについている。
きっとお気に入りの本だったのかな、と思い、そっと手を合わせた。その隣ではクラルテも、胸の前で十字を切ってそっと黙祷を捧げている。
死者を弔うのも大事だが、急ごう。
長居は出来ない。
「あれ」
「どうしたロザリー」
「この人の頭、見て」
DP-12を脇に抱えながら死体を見下ろしていたロザリーに言われるがままに、視線をベッドの上の死体へと向けた。
死体の頭には、角があった。
竜人の死体だ。
メルキア沖空戦がなぜ地獄と呼ばれているか
・1000隻以上の艦隊が真っ向からぶつかり合い、両陣営とも70隻余りしか生きて帰って来なかった
・砲弾を撃ち尽くした艦が特攻、または敵艦に接舷し白兵戦に雪崩れ込む事例が多発
・母艦を沈められた艦載機たちがそのまま敵艦へ特攻、戦闘に参加したパイロットの9割が戦死
・竜人側からすればすぐ後ろが首都なので撤退も出来ず徹底抗戦が続いた
・ここで攻めきれば獣人側の勝利となるため獣人側も撤退が許されず突撃する艦が相次いだ
・特に獣人側は復讐心で戦う将兵が多く、生還よりも敵の道連れを優先した
・獣人の艦隊後方には『督戦隊』が控えていた
・しかし損耗率の上昇から督戦隊も前線に放り込まれた




