戦域突入
どうでもいい話
ロザリーさん、ついにラウルとの子育て計画で産む予定の赤ちゃんが200人を突破。
双眼鏡の遥か向こうは、既に紅蓮の炎が乱舞する花園と化していた。
雲の中からするすると伸びていく対艦ロケットの噴射煙。扇状に複数放たれたそれが、回避運動中の巡洋艦の横腹を盛大に殴りつけていく。ここからでもはっきりと轟音が聴こえて来そうなほどの火柱を吹き上げて、船体を真っ二つに叩き折られて沈んでいくのはミストルテインの巡洋艦だった。
「全艦後れを取るな! 行けーッ!」
「旗艦スラヴァより後続のフギン、ムニンへ伝達。最大戦速」
白猫の獣人、モニカ・パヴリチェンコ艦長が興奮気味に命じる隣で、副長のセルゲイ・クロパトキンは冷静に後続艦への命令伝達を命じる。
戦艦スラヴァは、協商連合所属艦艇の中では総旗艦【チェルノボーグ】を除いて最大級の巨体を誇る。戦艦長門に匹敵するサイズの巨体に36㎝3連装砲を4基12門、背負い式に装備しているのだ。そればかりか艦首には対艦ロケット発射管が6門、体当たり用の衝角とセットで装備されている。
協商連合における殴り込みを担当するのはいつもモニカの仕事だ。謀略も戦略も彼女には不向き、特技は敵との真っ向からの殴り合い。物事は単純であればあるほどいいのだ。複雑になればなるほど良い事はない、というのは今は亡きモニカの父の言葉でもある。
「左砲戦用意! 交互撃ち方、目標敵艦隊。距離3500!」
「照準ヨシ!」
「全艦警報鳴らせ。甲板上の乗員は直ちに退避」
ヴー、と重々しい警報が戦艦スラヴァの甲板上に鳴り響く。作業していた乗組員たちが大慌てで艦内へと退避、ハッチが閉じられるなり各部署から退避完了を告げる報告が艦橋へと上がってくる。
艦長、とクロパトキン副長に促され、モニカはにんまりと笑みを浮かべた。
「砲撃開始!」
「撃ち方始め、撃ち方始め」
「撃ちーかたー始め!」
復唱が復唱を呼び、末端まで伝達されたその時だった。
ドン、と天空で竜が吼えた。
それはまるで太古の竜が、怒りの咆哮を轟かせたようにも聴こえただろう。周囲の雲を吹き飛ばさんばかりの豪快な衝撃波をぶちまけ、発射された36㎝砲弾が星空の真下を疾駆する。
そろそろですな、とクロパトキン副長が紳士的な低い声で告げたのと、敵の巡洋戦艦の向こう側の雲が吹き上がったのは同時だった。
ヒュゴッ、と船体のやや向こう側に着弾した36㎝砲弾。完璧な調整が施された時限信管が動作し炸裂、生じた爆風が巡洋戦艦の船体を下から突き上げるように煽る。敵艦内ではその激震に船体が軋む音がひっきりなしに響き渡り、艦橋内の乗員が盛大に転げ回った。
砲弾の破片が敵艦の船体下部から突き出た第二艦橋に牙を剥く。
ミストルテインは竜人の冒険者レギオンであり、天地戦争では竜人軍の一翼を担っていた事から旧式の空中艦を多数保有している。竜人側の空中艦は獣人側の空中艦とは設計思想が異なっており、船体の上下にそれぞれ独立した艦橋を有しているのだ。
船体下部の第二艦橋に破片があられのように降り注いだ。ガラス張りの艦橋が割れ、血に染まり、乗員が船外へと投げ出される阿鼻叫喚の地獄。戦友の血に塗れた観測要員が艦内電話で悲鳴じみた報告を上げ、第一艦橋内に戦慄が走る。
ただの砲撃ではない―――戦艦クラスによる砲撃だった。
続けた第二射が巡洋戦艦に降り注ぐ。
今度は手前側に2つ、奥側に2つの雲柱が屹立。まるで巨人の剛腕が船体を掴んで揺るがしているかのように、巡洋戦艦の船体が悲鳴を上げた。
反撃を命じる巡洋戦艦の艦長だが、もう遅い―――スラヴァはもう既に、夾叉を得ている。
「夾叉!」
「全門斉射用意」
ゴゴン、と今しがた砲撃を終えた砲身が元の仰角へと戻っていった。砲塔内の揚弾筒内部を砲弾と装薬が駆け上がり、徹甲弾、装薬の順番で砲身内部へと装填されていく。
重々しい駆動音と共に36㎝砲の砲身が屹立。罪人の首を刎ねるギロチンの如く黒光りする砲身が、今まさに必殺の一撃を解き放つところであった。
「全門斉射!!」
カッ、と12門の36㎝砲が吼えた。
巨人の咆哮にも似たそれ。砲口から溢れた爆炎と衝撃波が周囲の雲を吹き飛ばし、スラヴァの周囲の空域を大きく抉る。
だいぶ遅れて敵艦からの砲撃がスラヴァの周辺にも到達するが、何もかもが遅すぎた。いったいどんな観測をすればこれほどまでに無様な砲撃ができるのか、と言いたくなるほどだ。
―――モニカが指揮する戦艦スラヴァは、かの”メルキア沖空戦”を生き延びた幸運艦である。
天地戦争末期、お互いに1000隻以上の大艦隊を差し向け、しかし最終的に両陣営とも70隻余りしか戻ってくる事の無かった、人類史上類を見ない地獄の空戦。
スラヴァの乗員の中には天地戦争末期を生き延びた熟練の乗員も多数いるのだ。そしてモニカもまた、メルキア沖空戦にスラヴァと共に参戦、亡き父の指揮の下砲術長としてあの地獄を生き延びた経験を持つ女傑である。
そんな叩き上げの熟練者ぞろいの戦艦なのだ。
戦時中から今の地位に胡坐をかいているだけの老害レギオンに後れを取る筈がない。
「時間です」
クロパトキン副長が死刑宣告にも等しい声で着弾の時間を告げた。
ゴゴゴンッ、と敵巡洋戦艦の船体に、12門の砲身から放たれた砲弾の内の3発がめり込んだ。
被弾した敵艦はまるで思い切り頭を殴り飛ばされ、そのまま脳震盪を起こしたかのように脱力。軽く何度かふらつきながら雲海の中へと沈んでいくと、雲を下から押し上げるような派手な爆発がカッパドキア沖の一角を派手に照らし出す。
敵艦撃沈、という知らせにスラヴァ艦内は大いに沸き立った。
見たかオラァ、と荒ぶるモニカの隣で、クロパトキン副長が冷静に報告する。
「フギン、ムニン、位置につきました」
「ヴォイテク艦隊は?」
「つつがなく」
「了解、では予定通りに」
「ハッ。フギン、ムニンに伝達。”矢を放て”」
敵艦隊への砲撃を続行するスラヴァ。ミストルテイン艦隊も味方の巡洋戦艦1隻という大きな損失を受けてやっとモニカ艦隊の存在に気が付いたようで、当たりもしない砲撃を延々と垂れ流してくる。
それをあざ笑うかのように砲撃するスラヴァの陰から、2隻の空中重巡洋艦が躍り出た。
重巡洋艦『フギン』、『ムニン』の2隻である。
670型―――ソーキルがやっとの事で搭載している20.3㎝砲を3連装で3基9門搭載する重巡洋艦だが、最大の脅威はそこではない。砲戦能力にも優れているが、真価を発揮する分野は別にあるのだ。
艦橋後部と煙突の後方に搭載された兵器がそれである。
傍から見れば金属製のレールを8×8列に束ね、旋回可能な台座の上に乗せただけのような簡素極まりない装備に見えるが、よく見るとそのレール1本1本の上に対艦ロケットがマウントされているのが分かる。
8×8×2発、合計で1隻につき128発もの対艦ロケットを敵艦隊に向けて斉射する事が可能なのである。
空の戦いではロケットが魚雷に相当する兵器として扱われる。1発1発が厳正に管理されている高コストな魚雷と比較して、ロケット弾は安価だ。だからこのように、豪快にばら撒くような運用が可能になる。
そんなロケットのお化けとも言える艦が、2隻もいるのだ。
「ヴォイテク艦隊、位置につきました」
双眼鏡を覗き込みつつ右舷を確認した。
670型空中駆逐砲艦―――ソーキル、チャイカ、カナレイカの3隻と、大型カーゴを搭載したトキの4隻が、カッパドキアへの突入タイミングを今か今かと待ち受けている。
「それじゃあ、景気よくパーティーでも始めちゃいましょうか!」
「ロケット弾攻撃開始、攻撃開始」
発光信号を受け、フギンとムニンが豪快にロケット弾を放つ。
8×8×2発、それが2隻―――たった2隻だけでも256発という凄まじい数のロケット弾が、ミストルテインの放った艦隊へと降り注いだ。
巡洋艦がロケット弾の攻撃を受けて艦首を切断、ふらつきながら味方艦へと激突していく。
生き延びた巡洋戦艦にもロケット弾が南方のスコールの如く派手に降り注いで、甲板の上が一瞬で地獄と化した。
迎撃のための砲火を放っていた駆逐艦もロケット弾の攻撃を浴びて大破。おまけと言わんばかりに2発の追撃を受け、船体を真っ二つにして雲海へと沈んでいく。
それを合図に、ソーキルが旗艦を務める駆逐隊が増速した。砲撃を継続するスラヴァの真下を潜り抜ける軌道で、純正対消滅機関の馬力をこれでもかというほど見せつけながら前進。花火大会の様相を呈する空域へと突っ込んでいった。
全長140mの船体が、一気に急加速した。
通常のレシプロエンジンでは決して出し得ない速度―――イライナ公国、フリスチェンコ技研純正の対消滅機関を搭載しているからこそできる急加速。イライナ語でハヤブサを意味する名に恥じぬ加速を経て、ソーキルは一気に650㎞/hまで増速する。
機関室に詰めているヨルゲンセン機関長は耐熱ツナギ姿で対消滅機関の悲鳴じみた唸り声を聴きながら、まるで幼い孫娘に語り掛けるかのように「よーしよし、良い子だ」と囁いた。
機関長としてはあまり出してほしくない最大戦速。しかし今ばかりはどうしても背に腹は代えられない。
ソーキルに倣うようにカナレイカとチャイカも増速。どうしても置いていかれがちになるトキを曳航しながら、一番槍を務めるソーキルの背中に喰らい付いていく。
「艦首ちょい上げ、主砲仰角+1度」
ゴウン、と主砲の20.3㎝連装砲の砲身が上を向く。
670型―――ソーキルの主砲であり代名詞でもある20.3㎝砲は、本来は巡洋艦の主砲として搭載されている代物だ。それをコンパクトな船体に搭載し、機動力と火力を両立しようというコンセプトで生み出されたのが、今では稀少な670型空中駆逐砲艦である。
後続のチャイカとカナレイカも砲身を調整、曳航されているトキも15㎝単装砲の仰角を調整し、今まさにスラヴァの砲撃に晒されている敵艦隊へ突っ込んでいく。
雲海に紛れながらの匍匐飛行。波の如く荒れる雲海の向こう側に見えたのは、浮遊大陸カッパドキアの威容と、その前面に展開するミストルテイン艦隊だ。
敵巡洋艦がヴォイテク艦隊の接近に気付いたようだが、もう遅い―――既に必中の間合いに突入している。
「撃てぇッ!!」
20.3㎝連装砲6門と15㎝単装砲が、景気よく火を噴いた。
加速の勢いを乗せた砲弾が敵巡洋艦を直撃。ゴスン、とまるで魚を銛で突くかのような勢いで突き刺さった砲弾が爆発し、何度か小さい爆発を繰り返しながら敵巡洋艦が墜落していく。
突破口を構築するなり、ヴォイテクは伝声管へと向かい叫んだ。
「総員衝撃に備え!」
ぐんっ、とソーキルの艦首が、後続のチャイカに道を譲るかのように持ち上がる。
上昇に転じたソーキルの真下を通過していくチャイカとカナレイカ。それを確認するなりヴォイテクは叫んだ。
「ダイブブレーキ展開! 面舵一杯、機関後進! 敵艦隊との相対速度合わせ―――”左ドリフト”ぉ!!」
ダイブブレーキが展開し、ソーキルに急激な減速がかかる。
前方へと投げ出されんばかりの急激なG―――それだけでも悲鳴を上げくなるというのに、今度はソーキルの艦首が一気に右を向いた。それと並行して機関が後進へと切り替わり、ソーキルの140㎝の船体が左の横腹を進行方向として横滑りする格好になる。
空中艦でを用いたドリフト。
曲芸じみた操艦で機関に異常を発生させ、機関長にスパナで殴られたのは一度や二度ではない。
ソーキルの艦首が敵艦隊の無防備な背中を睨んだ。それと同時にトキの艦尾から発射されたワイヤーがソーキルの艦尾に接続され、ソーキルを引っ張り始める。
「対艦ロケット、斉射ァ!!」
敵艦隊へと放たれる対艦ロケットに加え、命令を無視する形で勝手に発射された20.3㎝連装砲の一斉射撃。武装の多くが艦首側を指向する形で配置された事による火力は凄まじく、戦艦スラヴァによる砲撃で総崩れになりつつあった敵艦隊が更に混乱へと陥った。
阿鼻叫喚の地獄を尻目に、カナレイカとチャイカ、そしてトキの3隻に曳航されて戦闘空域を飛び去っていくソーキル。
テンプル騎士団の遺物が眠る浮遊大陸カッパドキアは、もうすぐそこだった。
「カッパドキア重力圏に突入!」
チャイカ、カナレイカ、トキの3隻が後進に転じてブレーキをかける。それに呼応するようにソーキルは機関を前進へと切り替えて、艦隊のブレーキ役を担った。
そのまま加速すれば浮遊大陸へ激突してしまうであろう殺人的な突入も、左ドリフトからのソーキルをブレーキ役とした作戦でなければ成り立たない。
こりゃあ機関長にまたスパナで殴られるな、と苦笑いしながら、ヴォイテクは伝声管へと告げた。
「歩兵部隊、降下用意! 頼んだぞラウル!」
戦艦スラヴァ
全長
・230m
全幅
・45m(エンジンポッド含む)
全高
・50m
重量
・18000t
乗員数
・1120人(現在は省人化され570人)
主機
・直列型フリスチェンコ式対消滅機関×4(大型艦用のハイパワータイプ)
・混焼式大型多気筒レシプロエンジン12
武装
・36㎝3連装砲×4
・15㎝単装砲×18
・12.7㎝連装高角砲×8
・12.7㎜対空機銃多数
・艦首533㎜対艦ロケット発射管×6
・艦尾533㎜対艦ロケット発射管×2
・突入用衝角
協商連合が保有する超弩級飛行戦艦。イライナ公国海軍黒海造船所で建造された戦艦であり、キリウ級の2番艦として建造された。しかし竜人軍による徹底した空爆で黒海造船所が攻撃を受け、就役を間近に控えていた1番艦『キリウ』が破壊されてしまい、これ以上の損失を回避するため未完成の状態でアルミヤ半島の空軍基地へと回航。そこで完成と艤装を受けて就役し、天地戦争末期の様々な戦場を転戦した武勲艦として知られる。
元々はより強力な『クニャージ・リガロフ級殲滅型空中戦艦』が就役するまでの繋ぎとしての活躍を期待されたが、竜人側の空爆により造船所が被害を受けた事により建造が遅延してしまい、最終的には近代化改修を受けながら半世紀に渡り現役であり続けた。
天地戦争末期、多くの将兵が口をそろえて『地獄』と評するメルキア沖空戦にも参戦。前部甲板全損、艦橋大破、艦首切断という致命傷を受けながらも果敢に戦闘を続け、後部砲塔が砲弾を撃ち尽くすまで戦場に留まり続けた。イライナに生還した70隻余りの残存艦のうちの1隻であり、幸運艦としても名高い。
戦後は協商連合代表のミカエル・パヴリチェンコがイライナ公国統治者のキリウ大公、ノンナ1世に本級の譲渡を直談判。旧知の仲であった事もあり二つ返事で了承され、イライナ公国から正式に協商連合へと譲渡されたという稀有な経歴を持つ。
歴戦の老兵が武器を置く日は、まだまだ先になるようだ。




