アルカディア艦隊、出撃
どうでもいい話
戦時中、チャンさんは敵の砲撃と爆撃が降り注ぐ塹壕の中、ずっとその場でチャーハンを炒め続けていた。そして塹壕に突入してきた敵兵に出来立てのチャーハンを味見させて降伏させた。
「それでは、僭越ながらこのクラリスが作戦を説明させていただきます」
エンジェルパレス内部、中央作戦会議室。
ここの建造を命じた人は潔癖症なのかもしれない、と疑いを抱いてしまうほど真っ白で何もない部屋の中。クラリスの声を合図にしたかのように部屋の照明が落ちるや、床に刻まれたスリットから青い光が漏れ、空中で立体映像を成す。
映し出されたのは中規模の浮遊大陸の威容だ。傍らには『浮遊大陸カッパドキア』という名称が添えられており、遅れて別のウィンドウも投影され、そちらには現地に派遣されている空中艦と思われる視点で撮影された映像が表示されている。
「二週間前、我々の調査によりこの浮遊大陸カッパドキアに第1文明以前と思われる水準の遺物が眠っている事が判明しました」
ヴォイテクは事前に知らされていたのだろう、腕を組んだまま微動だにせず顔色一つ変えなかったが、俺たちにそんな真似は到底不可能だった。
第1文明以前の遺物―――彼女の言葉に、俺たちはざわめく。
そもそも観測歴とは、文明の存在と記録、その連なりが確実に確認できる時期を”観測歴1年”として起算した暦である。つまり単純計算で、第1文明とは38000年前頃から栄えていた文明という事だ。
そして記録上、最も高度な文明であったという事になっている。
別のウィンドウが開き、そこに不鮮明ではあるが空中艦の一部と思われる画像が表示された。見た限りでは船体の大半が地中に埋没していて、装甲表面の塗装は剥がれ落ちてしまっているが形状はしっかりと保っているのが分かる。
艦首なのだろう、ソ連と中国の国旗を足して2で割ったようなエンブレムの下には【Tёmplё kлйhts Ё-67380】という未知の言語とハルナンバーらしき表記も確認できる。
5ケタのハルナンバーにも驚かされるが、より驚いたのはその艦の設計が獣人のものとも竜人のものとも符合しない、という事だ。
過去に26回も文明の滅亡を繰り返しているこの世界では、その度に技術の大幅な喪失が発生しており、その都度技術水準は大幅に低下してしまっている。今の技術水準がちぐはぐなのも、過去の遺物を発掘しそれを模倣して何とか食い繋いでいるためだ。
そのような技術的喪失を経てもなお、技術体系というものは脈々と受け継がれているものである。何かを参考にして新しく生まれた技術は、どうあっても元となった技術に似てしまうのだ。まるで血の繋がった親子のように。
しかしこの空中艦はどうか。
さながら潜水艦……いや、ステルス戦闘機をそのまま大型化したような鋭角的なデザインは、現代のどの空中艦とも符合する事はない。まるで全く異なる技術体系―――この世界を巨大な身体と例えるならば【異物】としか例えようがないような、そんな姿をしているのが分かる。
「これを動かしてもいいものか、安全な代物か……回収後の段取りも含めて調査と検証を行いつつ、24時間体制で我が方の艦隊に監視させていたところ、レギオン【ミストルテイン】の艦隊が接近中との連絡を受けました」
「ミストルテインって、あの古参ギルドの?」
「ええ、そのミストルテインです」
今のところ、大規模なレギオンは7つだ。
協商連合とミストルテインはその一角である。
特にミストルテインは天地戦争以前からその存在が確認されている竜人側のレギオンとして知られている。戦時中は自由天空連合の戦力の一角として機能、竜人側に貢献したレギオンとして知られており、戦後8年を経ても今なお十分な数の艦隊と戦力の稼働状態を維持している。
「5年前の協商連合発足より、我々とミストルテインは事あるごとに衝突してきました。住民の受け入れ、領有権、保有戦力、経済、貿易……この浮遊大陸カッパドキアも、国際法の上では我々協商連合の領空に存在する浮遊大陸です。気流結節点の影響を受け、アルカディアの後を追うように世界を回遊する浮遊大陸カッパドキア。しかしミストルテインはそれを未だに認めていません」
「―――”我が方のギルドの中にはカッパドキアに民族的ルーツを持つ者もいる”というのがその言い分だそうだ」
腕を組んで説明を聞いていたミカエルが、呆れたように吐き捨てた。その口調と冷めきった表情から、ミストルテインの横槍は彼女も相当面倒な案件としてとらえている事が窺い知れる。
転生前の職場にもいたな、何でもかんでも難癖つけてくるめんどくさい上司。間違って1枚カラーコピーしちゃっただけで2時間説教された時はコイツマジかと思ったし、「A4の紙きれ1枚で2時間説教できるの才能ッスよ」って言ったら殴ってきた。避けたけど。
それはさておき、協商連合にとってはそれくらい面倒な相手だって事だ。
「そろそろ、彼らとの付き合い方を見直すべきかもしれないな」
「殲滅ですかご主人様」
怖っ。
ユリーカの巫女ってみんなああなのか、とクラルテの方を振り向くと、彼女は「殲滅ならお手伝いしますよ」といわんばかりに目を輝かせていてダメだった。ユリーカの巫女は血の気が多いらしい。
「うーん……搾るもんも搾ったしなぁ」
「で、ミカ。作戦の目的は?」
「すまん脱線した。今回の作戦はミストルテイン艦隊による異物回収阻止、そしてこの異物の回収だ」
ミストルテインとは一戦交える事になりそうだ。
画像を見た。ノイズ交じりの画像には戦艦や巡洋艦といった、空戦で雌雄を決するのに十分な数と質の艦隊が映し出されている。
「国際法上、カッパドキアは協商連合の領空内だ。”防衛戦争”という体裁になるが、まあ……思い切りやってしまって構わない。弁え知らずの能無しに、キツいの一発ぶち込んでやれ」
レギオン同士の抗争が、始まろうとしていた。
気流結節点を越えた。
操縦桿を握ったソコロフ曰く、『気流結節点は入るのが難しくて出るのは簡単』との事だ。まあ考えてみれば当然でもある。外へ外へと流れる気流の流れと遠心力に身を任せ、渦を巻く巨大積乱雲と気流を用いたスイングバイでそのまま外に出ればいいのだから。
ソーキルの後に続き、2隻の同型艦―――”670型飛行駆逐砲艦”が積乱雲を突き破って姿を現すなり、ソーキルの後に続いて単縦陣を組んだ。今回の作戦に参加する670型にはそれぞれ『カナレイカ』、『チャイカ』という名称がついている。
同型艦が僅か35隻しか建造されなかった少数生産のレアな空中艦。天地戦争で戦没を免れた残存艦12隻のうちの5隻を、協商連合は保有している。
当然ながら作戦に参加するカナレイカとチャイカも、イライナ純正となる【フリスチェンコ式対消滅機関】を搭載した艦だ。その推力は同世代の空中艦と比較しても抜きん出ている。
ごう、と風の音が変わったような気がした。
虎の子の20.3㎝連装砲を搭載した駆逐艦たちの上方―――気流結節点の中から、巨大な大剣を思わせる舳先が現れる。
アルカディアに入港した際に見えた戦艦『スラヴァ』。イライナ語で「栄光」を意味するその超弩級空中戦艦には、ミカエルの妻の1人である【モニカ・パヴリチェンコ】が座乗しているのだという。
スラヴァに遅れるように重巡洋艦『フギン』『ムニン』の2隻も出現。超弩級戦艦1隻、重巡洋艦2隻という投入戦力に、今回の抗争における協商連合の本気度が伺える。
当たり前だが、巡洋艦クラスならばともかく戦艦を投入するなどよっぽどの事だ。国家の威信をかけて建造した海の戦略兵器―――軍事大国が保有するならばともかく、少なくとも民間の冒険者ギルドやレギオンがおいそれと保有できるものではない。
水上艦がそうであるように、空中戦艦もまた維持費を始めとした運用コストが嵩むのだ。対消滅機関を搭載しているから重油の問題はないのだろうが、それにしたってあのサイズである。
全長230mという長門型戦艦に匹敵する巨体に、36㎝3連装砲を4基12門、前部・後部甲板に2基ずつ背負い式に搭載しているのだ。あの1隻を動かすだけでも相当な葛藤の末の決断であった事は想像に難くない。
ソーキルが旗艦となる駆逐隊に遅れる形で、ここまで一緒にやってきたコーリアの武装貨物船『トキ』も気流の中から現れた。船体の損傷は完全に修復されているようで、船体後部のがらんどうになっている部分には灰色のカーゴが搭載されている。回収した遺物を持って帰るためのものなのだろう。
前部甲板の露天式15㎝単装砲も砲塔付きにグレードアップしているのがここからでも分かった。
「じゃあ俺は艦載機で待機を」
「いや、お前も上陸部隊だラウル」
コルセアで待機している旨を告げると、ヴォイテクにそう断られた。
なんでや、と思いながら首を傾げると、ヴォイテクは葉巻に火をつけながら艦橋のガラスの向こうを悠然と飛ぶ戦艦スラヴァの方を顎でしゃくって示す。
「殴り合いはウチのうるせえ女に任せておけ」
「大丈夫なのか? 3隻で」
「必要とあらば俺たちも参戦するが、なあに心配すんな。殴り合いならモニカは負けない」
ヴォイテクが絶大な信頼を寄せるモニカとかいう艦隊司令は何者なのだろうか。一応はギルド『血盟旅団』の団員の1人で、ミカエルの妻のうちの1人である事は分かっているが……。
ともあれ艦長命令だ。了解、と返答するなり自室へと向かい、ロッカーの中からMARS-Hを引っ張り出す。
5.56㎜弾ではなく7.62㎜弾のバトルライフルを選択した理由は単純明快、「敵が人間とは限らない」からである。
今回の任務では擱座している正体不明艦の内部へ突入する事になる。まあ、それが完全に死んだ艦であるならば問題はないが、もし仮に電力が生きていた場合、非常防衛システムのような物が機能していたら厄介だ。
まあ38000年も電力が確保できるなんてどんなテクノロジーを使ってやがるのか、と問い詰めたくなるところだが。
装備を選択し次々と召喚、淡々と装着していく。
マルチカムのコンバットシャツとコンバットパンツ、その上に同色のチェストリグを着用。マガジンは全部で8個ほど携行する。バチクソ重くなるが、銃弾は少なくとも「多すぎて困る」事はないだろう。足りなくて困る事の方が多い筈だ。
ヘルメットは世界中の軍隊や特殊部隊で愛用されているFASTヘルメットを選択。右側面にあるレールにシュアファイア製のフラッシュライトを装着して、眼球保護用のゴーグルとフェイスガードも用意。目出し帽もあった方が良いなと思い召喚、着用する。
手榴弾とC4爆弾もいくつか持っていこう、爆薬は全てを解決するのだ。
後はお気に入りのカランビットナイフと何かあった時のための小型斧も。投げナイフもあった方が良いだろうか。
あーでもないこーでもないと吟味する俺の傍らで、クラルテは黙々とベルトに7.62×51㎜NATO弾を装着する作業を続けていた。なんか楽に装着する器具みたいなの無かったっけ、とは思うがどうやら手元には無いらしい。
虚無感すごそう。
「……クラルテ、手伝おうか?」
「うふふ、大丈夫ですよ」
「でも大変じゃない? 虚無感とか」
「いえいえ、これを敵に向かってぶっ放すのを想像するともう……うひゅひゅ」
「」
ウ チ の 巫 女 や べ え 。
いや、その、前から分かってた事ではある。ただなんか最近その、親密度が上がってきたからなのかクラルテが随分と俺に気を許した行動をとることが多くなってきて、それに比例して彼女の狂気も見え隠れするようになってきたのホント草生える。
「ラウルさん、お祭りの前って楽しいですよね?」
「そーっすね」
撃ちまくる快感を考えれば機関銃の装填作業などさしたる苦行ではないのだろう。俺には理解できないが、彼女にとっては……うん、やめよう。人それぞれだからね趣味趣向は。うん、これも多様性。だから敵に向かって7.62×51㎜NATO弾をぶちまけるのもきっと多様性(そんな多様性あってたまるか)。
さて、と。
今回の仕事、ミカエルはかなりの額の報酬を提示してくれたが……人生初のレギオン抗争への飛び入り参加だ。
緊張のせいで、さっきから手汗が止まらない。
アルカディアからモニカ艦隊とヴォイテク艦隊が出撃した、という知らせは、これまで静観を決め込んでいたカーチャ艦隊に敵への攻撃を決断させるにはあまりにも十分すぎる知らせだった。
長い長い我慢の時間はもう終わりだ。
ここからは思い切りはっちゃけていい時間である。
「攻撃高度へ浮上。艦首ロケット発射管1番から8番、開け」
《艦首ロケット発射管1番から8番、開きます》
潜望鏡を覗き込むカーチャ。雲海から突き出たU-2207の潜望鏡の向こうには、すぐ近くに潜雲艦が潜んでいるとも知らずに無防備な横腹を晒すレギオン『ミストルテイン』の巡洋戦艦の姿が見える。
「あの巡洋戦艦を第一、後続の巡洋艦を第二攻撃目標とする。攻撃後は高度3200まで潜航」
《了解》
《諸元入力ヨシ》
「1番から4番、発射!」
命令を聞き入れた戦闘人形が、艦橋内にある発射スイッチを押し込んだ。発射管内部に装填された533㎜対艦ロケットが点火するなり、排煙口から吐き出しきれないほどの噴射煙をこれ見よがしに残して加速。敵の巡洋戦艦へと向かって束になって伸びていく。
「5番から8番、発射!」
艦首がやや左に逸れるのを待ち、残る4発のロケット弾も放たれた。狙うは後続の巡洋艦、その脇腹。
「急速潜航!」
ぐんっ、とU-2207の艦首が下を向いた。
潜望鏡から目を離し、先ほどの攻撃が当たるように祈るカーチャ。
ミルクのような雲海の向こう側に紅い光が瞬き、遅れて重々しい爆音が轟いてきたのはそれからすぐの事だった。
U-2207(潜雲艦)
全長
・127m
全幅
・12.7m
全高
・40m
重量
・7900t
乗員数
・120人(U-2207は自動化されカーチャ1人のみ)
主機
・混焼式大型多気筒レシプロエンジン×4(通常航行時)
・低速型魔力反応炉(潜航中)
武装
・15㎝単装砲(露天式)×1
・艦首533㎜対艦ロケット発射管×8
・艦尾533㎜対艦ロケット発射管×2
・滞空機雷投射機×1
・12.7㎜連装機銃×2
備考
・艦橋は戦闘・潜航時になると艦内に引き込み収容する事が可能
天地戦争に投入された獣人側の潜雲艦の1隻。大戦序盤、エンジントラブルを起こし墜落した潜雲艦を徹底的にリバースエンジニアリングしたドルツ帝国はその技術を基に潜雲艦を国産化、激化する天地戦争へと投入していった。またその技術は世界各国にも伝わっていったが、高度な技術と運用難易度の高さから運用できる国家は限られたという。
本艦はドルツ帝国の【U-2000】級に属する潜雲艦のうちの1隻である。潜航中の安定性と雷や気流への耐性の強化を図り、どのような環境でも安定して運用できる潜雲艦を目指して設計された。その甲斐もあって荒れた空でも影響を受けにくく、武装も強力な艦として仕上がったが船体の大型化は避けられず、127mという巨体になってしまっている。
戦後、ドルツ帝国は機密保持のために同級を全てスクラップとして廃棄処分したが、協商連合はスクラップ業者を装って軍に接触し密かに艦をアルカディアへと移送。機密の塊であり稀少な潜雲艦を4隻も入手する事に成功した。現在は4隻ともカーチャに預けられており、今日もどこかの雲海に潜んでいる。
なお、莫大な維持費は全てレギオン『ミストルテイン』からせしめた資金で賄われている。ミストルテインは実に有能なATMである。




