棄てられた者たちの居場所
どうでもいい話
ミカエル君はラウル君の牙を見るとちょっと本能的にビビる
※ハクビシンの天敵の1つは狼
『なんて禍々しい!』
『この子はきっと悪魔の仔よ!』
親の口からそんな言葉が出てきた事が、未だに信じられない。
あんなにも『愛してるよ』だとか、『あなたは私たち夫婦の大切な仔よシェリル』なんて甘い言葉を吐いていたのと同じ口から出た言葉なのだと、私には受け入れられなかった。
愛情とは、なんと薄っぺらいものなのだろう。
たかが角の形程度で、愛情が嫌悪に変わる。無責任で、その場だけで取り繕うような言葉。人間の感情など簡単に覆るのだと、骨の髄まで理解するのに時間はかからなかった。
獣人たちによる空爆に巻き込まれて負傷、片角を失った私はその日からあらゆる色を認識できなくなった。青く澄み渡る空も、風に揺らめく草原も、あらゆる命を焼き尽くす戦火も……全てがモノクロで、味気ない世界に早変わりした。
『あなたが生きていてくれただけでもいいのよシェリル』
涙ながらにそう優しく囁き、抱き締めてくれた両親に―――私はその日、【悪魔の仔】と呼ばれた。
悪魔憑き。
竜人に伝わる悪しき迷信。
私は怖くなった。あんなにも優しかった両親から悪魔と責め立てられ、怖くなって家を出た。
当時5歳……禍々しい捻れた角の悪魔憑きで、そうでなくともまだ幼い子供。社会というものがどんな概念なのかすら理解できていない私にとって、家庭の外は死の世界だった。
手元にあるのは兎のぬいぐるみと、ポケットの中の30コルタ硬貨だけ。リンゴ1つ、パン1つすら買えやしない。
そうでなくとも戦時中。食料の値段は上がりに上がり、子供が手を出せるものではない。
お腹を空かせ、すっかり骨と皮だけになり、このまま餓えて死ぬのかな、と子供心に思う日々。
そんなある日の事だった。
あの人が……ミカが、私の目の前に現れたのは。
『さあ、おいで』
天使が本当にいるのなら、きっと彼女のような姿をしているのかもしれない。
今まさに消えゆく命の前に、天が遣わしたもうた慈愛の天使。その姿は今もなお、15年前から変わらない。
私は彼女の温かい手をとった。
可哀想に、と抱き締めてくれた彼女の胸の中で、わんわん声をあげて泣いた。
彼が私を光の中へと連れ出してくれた―――モノクロの闇から、カラフルな光の中へと。
「その時誓ったのです。ミカのため、この心も身体も全てを捧げるのだ、と」
シェリルの話が終わった。
終始シリアスなもので、浮遊大陸で優雅に暮らす竜人の闇が垣間見える内容の話。同じ竜人として共感する部分があるのだろう、隣でロザリーは涙と鼻水とよだれと……その、顔面から出せるであろう体液のほぼ全てを動員して泣いていた。
「ひっく、ぐずっ、大゛変゛だ゛っ゛だ゛ん゛で゛ず゛ね゛ぇ゛」
うわ鼻水すご……あーハイ。よしよし。
シェリルの話は悲惨そのものだった。幼少の頃に獣人側の空爆を受けて角が折れ、それが再生してしまった事で悪魔憑き呼ばわりされて迫害される―――それも自分に愛情を注いで育ててくれたはずの両親に、だ。
幼少期という人格形成にとって重要な時期にそんな壮絶な経験をしてしまったのである。彼女が味わった恐怖と絶望は、俺たちには察するに余りあるものだ。そんな悲惨な経験をしていて、よく人格が歪まないで育ったものである。
俺だったらグレてるか闇墜ちは確定だろうな。
それはそうと、だ。
―――オタク特有の凄まじい高速詠唱。
ミカエルの話が始まった途端、シェリルの言葉はどんどん早くなっていった。それはまるで今ハマっているアニメや推しのキャラクターの魅力を熱弁するオタクのそれのように思え、先ほどまではあんなに無表情で仕事のできるクールビューティーといった感じの佇まいだったシェリルさんが、どんどん残念な女へとランクダウンしていくような気がして、素直に同情すればいいのか引けばいいのか分からなくなってしまう。
あれ、この人もしかして面白い女だったりする?
「ああ、失敬。長話が過ぎましたね」
「い、いえ」
「では次は宿泊施設をご案内いたします。お着換えがなくとも、エンジェルパレス内部には各種洋服店がありますので、そこで衣服や水着等の購入が可能となっています。ぜひご活用ください」
なんで水着、と一瞬思ったが、そういやプールあったな。
資源が限られる浮遊大陸でプールだなんて贅沢な、とは思ったが、よくよく考えてみればこのアルカディアは積乱雲のど真ん中にある。採水用プローブを伸ばせばいつでもどこでも24時間雲を吸引して濃縮、水を採取し放題というクッソ理想的な環境にあるのだ。
そうか、だからか、と納得しながら何気に窓の外を見た。ちょうど採水の時間になったらしく、浮遊大陸外縁部にある施設から長い長い採水用のプローブが気流結節点でハリケーンの如く渦巻く積乱雲の中へと伸びていった。
豊富な水は農業にも活用されている。視線を勾配に沿うように配置されている畑へと向けると、農作物へと散水する大型農業用ドローンの姿が見えた。農夫たちの姿も見えるが、この浮遊大陸の農業は随分と自動化されているらしい。
農業だけではない。
何気なく視線を空へと向けると、荷物の入った小型コンテナを吊るした運送業ドローンが飛び交っていて、民家の玄関口に荷物をそっと投下してはアームを伸ばし、請求書をポストに投函しているところだった。
高度に発達した科学技術。
これも協商連合の恩恵なのか。
地上や浮遊大陸に渦巻く天地戦争の爪痕が、しかしここでははるか遠い場所の出来事のように思える。
誰も自分を差別せず、居場所として認めてくれる世界。
弱者の生存を肯定する、慈悲に満ちた箱庭。
きっとそれがこのアルカディアなのだ。
シェリルの後に続いてエレベーターに乗った。床に蒼い光が迸ったかと思うと、エレベーターは大した揺れもなく、するりと上昇してあっという間に5階へと到達してしまう。
無数のホログラムが浮かぶ賑やかな通路の扉を開けると、シェリルは「ここが宿泊用の部屋になります」と説明してくれた。
言っちゃあ悪いが、ソーキルのビジホみたいな個室とはえらい違いだった。さながらそれは高級ホテルのスイートルームのようで、パーティーでも開けそうなほど広いリビングには最新の薄型モニターが、奥の方には割としっかりしたキッチンがある。
左手の方にはベランダ付きの大きな窓があって、そこからはアルカディアの街並みや農村部を一望できるようになっていた。
「わぁ……すごーい! 見て見てラウル、この部屋すっごく広いよ!」
「お、おう」
「アルカディアに、こんな技術が……」
広い庭を走り回ってはしゃぐ犬みたいなロザリーとは対照的に、クラルテはアルカディアと協商連合が誇る技術水準に驚いているようだった。
それはそうだろう。俺からしても、ここの技術は21世紀の地球を上回っている。室内のインテリアは西欧的なスタイルでまとめ上げられているが、ホログラムといいエレベーターといい、何もかもが21世紀のそれを上回っている。
まるで22世紀……いや、23世紀にタイムスリップしてしまったような感覚だ。
「こちらには浴室が。トイレは向こうの扉です」
トイレと浴室を案内すると、シェリルはおもむろにリビングに足を運んでモニターに向かって手をかざした。
彼女の眼にブロックノイズ状の紫色の光が一瞬だけ宿ったかと思うと、まるでそれが何かの認証を行っていたかのように、沈黙していたモニターが起動。大きな画面には明日の天気予報を伝えるニュースキャスターの姿が映し出され、翻訳装置でも搭載されているのか俺の母語でもあるスパーニャ語として耳に伝わった。
「モニターは最高品質、AIアシストによる画質自動補正と番組の視聴傾向からのリストアップ、ノイズキャンセリング機能付き。翻訳装置も内蔵しているので言語の心配も不要です」
「おおー!」
「もしご希望であれば、こちらでソーキルから皆様の私物等を運んでおきますが」
「え、いいんですか?」
「はい。皆様は冒険者ギルド”くまさんハウス”の一員にして、このレギオン”協商連合”の同志。あなた方の今後のご活躍には、ミカエル様も期待を寄せております。これはそのための、我々の誠意です」
どうしょうかな、と悩んでいると、どたどたと部屋を走り回っていたロザリーが俺に抱き着いてきた。
「ねえねえラウル、お言葉に甘えましょうよ! 私、さっきのプールで泳いでみたい!」
「そういえばスパもあるらしいですね。私、そこに行ってみたいかも♪」
「射撃訓練場もあったな。鍛錬にはちょうどいいんじゃないか、ラウル?」
「うーん……じゃあ、お言葉に甘えてもいいですかシェリルさん?」
「承りました。それでは荷物はこちらで手配を」
ヴン、と一瞬だけ彼女の眼に再び紫色のブロックノイズ状の光が燈った。いったいどこから現れたのか、彼女の周囲に小型のドローンが4機出現すると、開け放たれた窓から外へと向かって飛び去って行った。
「それでは宿泊の準備を致します。ショッピングするなり、散策するなり、ご自由にお過ごしください」
「ラウル、水着見に行こっ♪」
「あ、ちょっ、ロザリー引っ張るな!」
「あらあら、じゃあ私も水着を。うふふ♪」
「お前らちょっと浮かれすぎじゃ……いいや、俺も行くよ」
ロザリーに引っ張られる俺と後をついてくるクラルテ、そしてなんだかんだで付き合ってくれるユリウス兄貴。
ちょっとしたバカンスが始まろうとしていた……?
見せたいものがある―――ミカエルの言葉に呼応するように、クラリスは立体投影装置のスイッチを弾いた。
先ほどまでラウルたちがいた広間の照明が落ち、円卓の真上に一枚の画像が立体投影される。
AIによる補正は経ているのであろうが、しかし随分とノイズが酷い。砂嵐とまではいかないものの、辛うじてその画像には大破した空中艦の一部らしきものが擱座している様子が確認できるだけであり、どこで撮影されたのかはおろか、空中艦の細部すらもはっきりとは見えない。
「二週間前、浮遊大陸【カッパドキア】を調査していたモニカが発見したものだ」
「これは……明らかに現代の空中艦じゃあねえな」
「推定で第1……いや、それ以前の旧い文明に由来するものである可能性がある。いやあるいは」
一瞬、ミカエルは言葉を途切れさせた。
このまま続けていいものか、自分でも確証が持てないのだろう。
しかし僅か一瞬の躊躇の後に絞り出した言葉は、それが如何にこの世界の道理から外れた遺産なのかを示すには十分すぎた。
「―――より新しいものなのか」
「どういうことだ」
「符合する部分が多すぎるんだ。艦の意匠、カラーリング、そしてこのエンブレム」
クラリスが画像をスワイプすると、擱座した空中艦の船体表面をズームアップした画像が表示された。
何かのエンブレムなのだろうか。赤い星を頂いた、鎌と金槌が交差したようなエンブレムが描かれている。ソ連と中国の国旗を折半したような、共産主義の化身とも思えるようなデザインだった。資本主義者が目にしたら卒倒するであろう。
エンブレムの下には、【Tёmplё kлйhts Ё-67380】という未知の言語とハルナンバーらしきものが確認できる。
「―――【テンプル騎士団】」
ミカエルの口から出たその名は、ヴォイテクを凍り付かせた。
噂程度には聞いた事がある。
次元の遥か果て、この世界とは異なる異世界の果てにあって、かつて栄華を極めたという最強の軍隊。全盛期には次元すら超える能力を持った空中艦を何隻も建造して異世界に送り込んでは、最新技術の簒奪を行っていたという。
「まさか」
「有り得ない話ではない。連中は色んな世界に足を延ばしていた……もしかしたら、この世界の旧文明の滅亡にも関わっていたのかもしれない」
「……それも向こうのお前が教えてくれた事か、ミカ?」
腕を組みながらヴォイテクが尋ねると、しかしミカエルは否定も肯定もしなかった。
「恐ろしいスキルだよ、お前のユニークスキル―――【全知全能】」
全知全能―――それこそが、ミカエル・パヴリチェンコという転生者が最強たる所以。
そして年齢30歳でありながら、まるで何百、何千、何万、何億年も生きているかのような貫禄を生み出している根源。
彼女にとっては明確な”知”の力であり、しかしそれは牢獄である。
「で、現場は」
「カーチャの艦隊が24時間体制で見張っている。近々、これの調査と回収のための艦隊を派遣するつもりだ。その時はヴォイテク、君にも協力を依頼したい」
「……高くつくぞ?」
「金額は期待しておいてくれ。いずれにせよ、どんな対価を支払ってでもこの代物は我々”協商連合”が押さえる必要がある」
危険な技術は、ミカエルの手のひらの中で適切に管理されるべきなのだ。
圧倒的な力は、この世界においては例外なく火種になりかねない。
もしまた天地戦争のような戦争が始まれば―――きっとその時が、この第27文明終焉の時なのだ。
レギオン『協商連合』
くまさんハウスの加盟するレギオン。代表は転生者のミカエル・パヴリチェンコ、代表補佐官はヴァシリー。気流結節点の中心に位置する浮遊大陸アルカディアを本拠地としており、世界中から爪弾きにされてしまった人々を積極的に受け入れて勢力を拡大した。母体となっているのは冒険者ギルド『血盟旅団』。
比較的新興となるレギオンであり、過去には幾度も他のレギオンに疎まれ抗争に突入したものの、転生者序列1位と2位の猛者を擁し、加えて第3文明以前の遺物と高度な技術力を持つ協商連合は敵対勢力をことごとく撃破。ミカエルが得意とする斬首作戦も功を奏し、今は他のレギオンと膠着状態を作り出す事に成功している。表立った軍事行動に出る事はないものの、水面下での諜報戦や妨害工作に力を入れて間接的に敵対勢力を切り崩しており、くまさんハウスはそのための実働部隊という側面を持つ。
過去には何度も人権団体が支援を打診してきたが、ミカエルはその全てをことごとく拒否。本人曰く「活動家や人権屋さんに弱者を食い物にさせてたまるか」との事。




