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エンジェルパレス

どうでもいい話


転生前ラウル君は、駅構内で自分にぶつかって来ようとしたぶつかりおじさんをギリギリで神回避し転倒させた事がある。


 ミカエル、と名乗ったハクビシン獣人の少女は、肩に乗ってまだぴーぴー泣いているハクビシンを優しく撫でながら「うん、怖かったね」と、まるで転んで泣きじゃくる子供を優しく諭す母親のように小さく囁く。


 外見年齢は本当に小学生くらいにしか見えない。ランドセルを背負っていたらもう小学生、というレベルで小柄なのだが、何なのだろう―――随分と大人びているように見える。


 笑みや動物に対する態度から分かるように、コイツはきっと優しい奴だ。今まで遭遇してきたクソ野郎のような敵意だとか、そういった攻撃的な気配を一切感じない。かといって優しさを貼り付けにじり寄ってくる詐欺師みたいなタイプかと思えばそうでもなく、どこまでも澄み渡った空のように裏表を感じさせない謎の安心感があった。


「ほら、あっち行って遊んでおいて」


「がう」


 肩の上にいたハクビシンをそっと床に下ろし、どこかへと行かせるミカエル。尻尾をぴょこぴょこ揺らしながら走っていくハクビシンに笑顔で手を振ってから、彼女はこっちを振り向いた。


「すまないね、俺の友人はイタズラ好きで」


「え、あ、いや……」


 なんだろう、気圧される。


 優しい笑みを浮かべ、親し気に接してくれているというのに……何なのだろう、この貫禄は。


 さながら何もかもを知り尽くしたような、そんな感じだ。世界の隅から隅まで、あらゆる理論を万遍なく、そして人間の内面の何もかもを知り尽くし、観測し、そして醜い部分に嫌気が差したのかどこか愁いを纏っているような―――うまく言語化できない、”ちょっと冷めたような”笑み。


 ただしそれは決して冷笑のようなものではなく、それでも他人を思いやる慈愛に満ちたものだ。


 そしてやはり、色気がある。


 外見的年齢と内面的年齢の著しいまでの不一致とも言うべきだろうか。


「君の分のアップルパイ、友人が食べてしまった事に関しては謝罪するよ。すまなかった。すぐに替えのアップルパイを用意するよ」


「え、何で知って……」


「そりゃあ、俺はハクビシンの獣人だからね。ハクビシンが相手なら意思の疎通ができる」


 いつの間に話を聞いていたのだろうか。


 獣人の特殊能力だ。自分と同じタイプの動物が相手である場合に限り、獣人は動物と意思疎通ができる。だから俺の場合はハイイロオオカミと意思疎通ができ、ミカエルの場合はハクビシンと意思疎通ができる……そういうわけだ。


 そして意思疎通できる動物が相手である場合、そこからさらに踏み込んで使い魔として契約する事ができる。


 きっとさっきのハクビシンは彼女の使い魔だったのではないだろうか。


「さ、みんなのところに行こうか。ラウル・エルマータ君」


「……どうして俺の名前を」


 何者だ、本当にこの人。


「何って……ふふふっ、ヴォイテクが教えてくれたからね」


 そっと唇に人差し指を添え、ウインクしながらイタズラっぽい笑みを浮かべるミカエル。


 小さい女に興味はなかったのだが―――謎の色気のせいで、不意にどきりとしてしまった。


 早いとこ戻ろう。この人と一緒にいたら性癖がぶっ壊れそうだ。


















 大天使ミカエルは、少なくともキリスト教の中ではあらゆる天使たちの頂点に君臨する存在であるとされている。


 きっとミカエルの母親は、自分の娘がそうなる宿命の下に生まれてきた存在だと何となく察していたのかもしれない。


「久しいね、ヴォイテク」


「ミカ、元気だったか?」


「そりゃあもう。優秀な仲間に支えられて仕事も捗るし、幸せ者だよ俺は」


 傍らで話を聞いていたヴァシリーも誇らしげだった。


 ああやって、さりげなく仲間の株を上げるあたり”理想の上司”なのだろうな、と思う。


 カツ、カツ、と広間に響く靴の音。ミカエルはぴょこ、と猫みたいなハクビシンのケモミミを立てた。顔色は変わらないというのに、まるで大好きなご主人様から「散歩行くよ」と言われてはしゃぐ犬のようにも思える。


 『獣人の本音は耳と尻尾に現れる』、『耳には建前がない』という諺がスパーニャには存在する。その通り、獣人のケモミミや尻尾は心に連動して勝手にぴょこぴょこ動いてしまうという、便利なのか迷惑なのかよく分からない機能がある。


 そんなわけなので、獣人は竜人よりも遥かに感情豊かであるとまで言われる。


 やってきたのは3名の護衛の兵士を従えた、メイド服姿の竜人の女性だった。大海の如く蒼い髪は僅かに波打ち、背中まで届くほどの長さで柔らかそうに揺れている。頭からは2本のブレード状の角が伸びており、腰の後ろからは蒼い鱗に覆われた尾が生えていた。ロザリーやユリウスと同じ身体的特徴がある。


 瞳の色は打って変わってルビーのように紅く、瞳の形状はやはり爬虫類のようなものだ。しかし竜人は爬虫類ではなく哺乳類、人間同様に赤子が母親のお腹から生まれてくる。


 それに加えてあのメイドさん―――でけえ。


 クラルテほどではないけれど、でけえ。


 でけえって何がって……で、でけえ。


 何もかもだ。身長もお尻もおっぱいも、何もかもがでけえ。


 ドフ、と脇腹にクラルテの肘鉄を喰らった。ごめんなさい、そうですよね他所のところのメイドさんをえっちな目で見てはいけませんよね。いやもうホントごめんなさい。


 でっかいメイドさん(仮名)はロングスカートの裾を摘まみながら深々と、優雅に一例した。


「失礼いたします。ご主人様、ご命令されていたものをお持ち致しました」


「ん、ありがとう”クラリス”」


 クラリス、とよばれたでっかいメイドさんは笑みを浮かべ、従えていた兵士に目配せする。


 3人の兵士(うち2名は戦闘人形でもう1名はクラリス同様の竜人のようだ。顔つきが似てるが姉妹か?)は持ってきたブリーフケースをテーブルの上に置き、中身を俺たちに見せてくれた。


 合計で6つのブリーフケースいっぱいに詰め込まれた札束たち。バスタブ一杯に敷き詰めても溢れてしまいそうなほどの額に、俺もロザリーもユリウスも、思わず身を乗り出して息を呑んでしまう。


 あんだけ金がありゃあ……孤児院にいる弟妹たちにももっと楽をさせてやれるはずだ。


「ここに3億コルタがある。既に”手数料”は差し引いた」


「今回は随分と景気が良いな、ミカ?」


「そりゃあ、期待の新人たちに対する投資も兼ねているからね」


 ほら、とヴォイテクに促され、俺とクラルテはそのブリーフケースたちを受け取った。中に詰まっているコルタ紙幣(※浮遊大陸での通貨)は決して偽札などではない、本物だ。贅を尽くした豪邸を建てられるほどの金額がそこにある。


 しかしクラルテの興味は、そんな巨額の富よりもクラリスの方を向いているようだった。


「あ、あのっ」


 まさか、とでも言うかのように目を見開きながら、クラルテは言葉を絞り出した。


「あなた―――もしかして、【シスター・クラリス】ですか!?」


「えっ」


 シスター・クラリスって―――まさかあのメイドさんも巫女なのか?


 じゃあ、彼女が仕えているあのミカエルは……!


 ミカエルのティーカップに紅茶を注いでいたクラリスは、ニッコリと微笑んだ。


「ええ。そういうあなたはシスター・クラルテですね?」


「私の事……覚えて……」


「本当に、立派になりましたね」


「……クラルテ、知り合いなのか?」


「はい。あの人はシスター・クラリス。”ユリーカ”で私の教官だった最強の巫女です」


 最強の巫女……。


 クラルテの戦い方を見ていれば、その練度の高さはよく分かる。マザーとやらの”調律”を受けているとはいえ、それを差し引いても適切な判断力と場合によっては勝負に出る豪胆さを兼ね備えており、まさしく熟練の兵士のそれだ。


 そんな彼女を育て上げたのが、あのクラリス。


 しかしユリーカから派遣されてきた巫女でありながら―――クラルテのように、太陽を象ったメダリオンを着用していない。


 当然シスター服もだ。服装に関してはまあ、メイドだから今はそっちの服を着ているだけなのかもしれないけれど、メダリオンを身に着けていない理由が気になる。彼女はマザーの調律を受けていないとでもいうのだろうか?


「あ、あの、じゃあもしかしてミカエル……さんはもしかして」


「ああ、転生者だよ」


 さらりと転生者である事を認めた。


「改めまして、私はシスター・クラリス。異世界転生者統括管理機構【ユリーカ】巫女筆頭、クラリスにございます。そしてこちらのお方こそが()()()()()1()()、ミカエル・パヴリチェンコ様」


「じょっ……!?」


「序列1位!?」


 がたん、と音を立てて俺とロザリーは驚いてしまった。


 ただならぬ雰囲気を纏っていたが、よもや1600名の転生者の頂点に君臨する奴がこんなちっこいヤツだったなんて……。


 というか、もしそれが本当なら協商連合は序列1位(ミカエル)序列2位(ヴォイテク)が在籍しているというとんでもなく強力な組織なのではないか。


 比較的新興のレギオンでありながら、他のレギオンが決して手を出せない存在―――他を圧倒する技術力に加え強力な転生者の存在が抑止力となっているのであれば、現在のパワーバランスも頷けるというものである。


「昔、俺コイツと戦った事あるけどさ」


 煙草いいかい、とクラリスに問うヴォイテク。しかし首を横に振られてしまったのでしょんぼりしながら懐に戻した。なんで屋内で吸えると思ったのだろうか……ってオイ、吸えないからって 葉 巻 を 食 う な 。


「もーね、手が付けられない。錬金術使い始めたらもう台パン」


 もっちゃもっちゃと葉巻を咀嚼し呑み込んでから言うヴォイテク。


 錬金術って確かアレだ。魔術みたいな適性で左右されるものではなく、難解な学問さえ理解し適切に魔力をコントロールできれば誰でも使えるという、例えるならば【物質の性質を書き換える魔法】みたいなもんである。


 適正というハードルが存在しないので門は広いが、しかしその習得に必要な学問が難解を極めるが故に習得は難しく、1000人が習得を目指して一桁の人数が習得できるかどうか、というほどの難度らしい。


 転生者でありながらそれを習得しているのはユニークスキルによる恩恵なのか、それとも文字通り血の滲む努力を重ねてきたからなのか。


「買いかぶり過ぎだよヴォイテク。そういう君こそ、()()()()()()()()()()()()数少ない猛者だ」


 とりあえず、ミカエル氏には逆らわない方が良さそうだ。台パンって事はもうゲームバランスを崩壊させる勢いのやべえ術なのだろう。


「ところで君たち……しばらくアルカディアにいるんだろう?」


「え、ええ。すぐには出港しないと思いますよ」


「それは良かった。ここには食べ物も豊富にあるし、訓練施設もある。エステとかそういう美容関係の施設もあるからゆっくりリフレッシュしていくといい。”シェリル”、彼らに案内を」


 シェリル、と呼ばれたのはマルチカムのコンバットシャツにコンバットパンツを着用し、頭にマルチカムの略帽をかぶっていた女性だった。クラリスと顔つきは驚くほどそっくりで、姉妹のようにも思える。


 彼女はぺこりとミカエルに一礼するなり、「こちらです」と俺たち新人4人についてくるよう促す。


「おー、気を付けていって来いよ」


「ヴォイテクは?」


「ん、俺はミカ様と()()()()()があるから」


 なんだよ猥談か?


 俺も混ぜろ……ってちょっと待って、ミカエルって大人? あの見た目で大人なの?


 嘘やろ、とミカエルの方を見ているとクラリスに「早く行け」と言わんばかりの咳払いをされた。ご、ゴメンナサイ……。


















「ここが屋内プールになってます」


「すっげー!」


「こちらは屋外プール」


「うおー!」


「こちらが大浴場。サウナ、露天風呂付きです」


「Fooooooo!!」


「こちらは射撃訓練場」


「OMG!!」


「こちらがCQB訓練用キルハウス」


「毎日通う」


「ちなみに通うとポイント溜まります」


「うっひょー!」


 なんだかリゾートに来た気分だった。


 このエンジェルパレスはあくまでも協商連合の本部だが、所属するギルドのメンバーに対しての福利厚生用施設でもあるらしい。長旅を経て気流結節点を越えてきた船乗りたちへのご褒美、というわけだ。


 そして驚くべき事に、これと全く同じリゾート施設が市街地にも用意されていて、そちらは住民向けに一般開放されているのだそうだ。さすがミカ様お心が広い。


 前に立って案内してくれるシェリル。ひょこひょこと揺れる蒼いポニーテールを思わず目で追っていると、視線を感じたのか彼女は立ち止まって俺の方をじっと見つめた。


「あ、いや……すんません」


「気になりますか」


「……はい。あの、クラリスさんに似てるなって」


 ちょっと、とロザリーに肘で小突かれた。いやホントこればかりは申し訳がない。そこに刀があれば切腹する所存にて候(※嘘です調子乗りましたごめんなさい)。


 するとシェリルは、そっと略帽を手に取った。


 蒼い頭髪の中から伸びる特異な角を見て、ロザリーとユリウスは息を呑む。


「あなた、その角……っ!」


「まさか……」


「ええ、そうです」


 シェリルの頭から伸びる、竜人の角。


 左側から生えているそれは、異形へと変形してしまっていた。


 捻じれ、曲がり、枝分かれして……本来刀剣の切っ先を思わせるような鋭利な形状の角は、さながら悪魔の角のような禍々しい形状へと変貌していたのだ。


 以前にユリウスが教えてくれたことを思い出す。


 竜人にとって角は種族の象徴であり、戦士の誇り。


 そしてそれは折れると高確率で脳に損傷を与え、時折骨芽細胞が暴走を起こして、再生するはずのない角があのように変形して再生してしまう事がある。


 その捻じれた角は醜く、竜人たちは角が再生してしまった竜人を『悪魔憑き』と呼んで忌み嫌い、迫害してしまうのだそうだ。


 だから彼女の角を見るだけで、なぜシェリルがここにいるのか、その経緯が理解できてしまう。


 アルカディア―――世界から爪弾きにされた者たちの、最期の楽園。









「私は―――15年前、あのお方に救われたのです」







悪魔憑き


 竜人たちの間で信じられている迷信。本来竜人の角は折れれば再生する事はなく、折れた竜人は脳に障害を負ってしまうが、ごく稀に骨芽細胞が暴走する事で角が再生し、大きく曲がったり捻じれたり枝分かれしたような、複雑で醜い角が再び生えてくる事がある。


 古来より竜人たちにとって角は種の象徴であり戦士の誇りであったが、このように捻じれた角は『悪魔が取り憑いた悪しきもの』とされ、迫害の対象となった。より旧い時代には異端、あるいは悪魔そのものとして宗教裁判にかけられ、有無を言わさず火炙りにされてしまう事もあったという。


 この迷信は現在においても信じられており、特に天地戦争中は多くの兵士が角を折られ帰国。その中の少なくない負傷兵たちが角の再生を理由に故郷や家族から追い出されてしまう悲劇に見舞われた。


 アルカディアではそういった者たちを受け入れており、貴重な人材として偏見なく活用している。シェリルもミカエルの慈愛に救われた1人である。



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ラウル君はどっちかといったら性癖を破壊しに行くほうじゃないかい?いっそのことミカエルと一緒に世界乗っ取りに行ったらどうだい君たち(主に同人誌とASMRで) 人ってどうして自分たちと違うところがあるっ…
ミカエル君は転生者順位No.1、そしてクラリスも登場。彼女はユリーカ所属の最強の巫女ですか…同一人物ではないかもしれませんが、やはりこの二人は一緒なんですね。そして錬金術を使われたら台パン。そんなとこ…
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