進路、北へ
どうでもいい話
実は、ソコロフは最近「ARいいな」と感じ始めている。
無限に広がる空の彼方。
8年前まで、この空の下では100年にも及ぶ戦争が続いていた。
しかしそれでも、26回にも及ぶ文明の滅亡に比べれば、随分とちっぽけなものだ。
それだけの戦災、天災を経ても、この星から人の営みが消える事はない。
観測歴38000年
6月1日 5時10分
極東 倭国海上空
ブローニングM1919重機関銃に装填された.30-06スプリングフィールド弾が、小癪にも機銃掃射を試みた敵機の鼻先へと伸びていった。
焼夷弾にエンジンをぶち抜かれた敵の複葉機から瞬く間に火の手が上がるや、禍々しい黒煙を空に描きながら錐揉み回転を始め、ソーキルの船体真下を掠めて雲の中へと姿を消していく。
これで3機くらいは撃ち落としたのではないか、と頭の片隅で計算しつつ機関銃を旋回させて敵機のどてっ腹を追った。対空照準器で偏差射撃を行い、その弾幕に絡め取られた1機が出火。燃え盛る部品を盛大にぶちまけながら高度を落としていった。
まさか空賊風情が艦載機を持ち出してくるとは。
爆弾やロケット弾を投棄して逃げていく敵機の尻を小馬鹿にするように撃ちながら、予想外に戦力に驚かされる。空賊なんてのは所詮は賊でしかなく、装備も練度もたかが知れているのだ。
近隣には少なくとも空賊が根城に出来るような飛行場はない。この辺りは倭国―――前世の世界でいう日本が統治している空域であり、賊が活動するには余りにも適さない地域であると評されている。
「右舷見張り台より艦橋、敵機が逃げていく」
《了解、監視を続行されたし》
伝声管で艦橋にいるヴォイテクとやり取りをし、酸素マスク越しに息を大きく吸い込んだ。弾薬箱の中の弾丸にはまだ余裕がある。
船体側のバーに括りつけている命綱が緩んでいないかも確認していると、後方のエアロックが開いて酸素マスク姿のクラルテがやってきた。予備の弾薬箱を背負った彼女は命綱を腰に装着するなり「見張り代わりますよ」と申し出てくれたので、ありがたくバトンタッチ。「ゴメン頼む」と一言告げてエアロックへと入り、気圧の調整を終えてから酸素マスクを外した。
艦橋へと通じるハッチを開けると、高度2000mの寒さから一気に解放された。暖房の効いた艦橋の中ではジャケット姿ではじんわりと汗をかいてしまいそうなほどで、ジャケットの正面を開けてとりあえず深呼吸。肺の中の冷え切った空気を絞り出す。
「お疲れさん。悪いな、朝イチから叩き起こしちまって」
「仕方ない、仕事だし」
タラップを誰かが上がってくる音。この重量感からしてチャンさんかな、と思って待ち構えていたらやはりその通りだった。人懐っこそうな感じのチャンさんの顔が笑顔に染まるなり、彼は持ってきた皿を艦長席の傍らに置いた。
「戦闘糧食ネ」
「ありがとうチャンさん」
皿の上に乗っていたのは大きな大きなおにぎりだった。ヴォイテクの後に続いて手に取って食べてみると、ふっくらしたご飯の食感と、奥にあるぷるぷるした歯ごたえに強烈な塩気が加わる。何だこれ卵かな、と思って中を見てみると案の定、中華料理でよく使われる鹹蛋が中身として収まっていた。
塩漬けにして作るアヒルの卵である。とにかくしょっぱいので単品で食べると地獄を見るが、おかゆと一緒に食べたりするともう絶品なのだ。個人的に大好きな一品である。
しばらくしたらクラルテの分も持っていってあげよう、と思いつつ指についた米粒を舐めとって水筒の水を飲んだ。メルキアで真水の補給はしたし、可能な範囲で雲の中に採水用プローブを降下させて水の補充もしているので、今のところは水に困る気配はない。
「しかし面倒だな」
頭を掻きながらヴォイテクが言った。
「まさか空賊連中に後をつけられるとは」
「この辺に空賊が利用できる飛行場はない……ということは」
「ああそうだ、母艦がいる」
面倒な事になった。
メルキアを出港してからまだ1日しか経っていないというのに、もう空賊に目をつけられるとはなんとツイていない事か。それも純正の対消滅機関を搭載しているソーキルにある程度ついて来れるレベルの速度の母艦ときた。
いっそ反転して撃滅しては? と思うのだがそうも行かないらしい。
理由はまあ、納得できる。今のソーキルは合法的な荷物以外にも盗品をどっさりと積んでいるため、万一倭国やジョンファ、コーリアといった国家群の領空警備隊に目をつけられ臨検でもされようものならばもう最悪だ。
なので最短ルートでアルカディアを目指し、とっとと盗品を合法的に使える金に換えてしまいたい、というのがヴォイテクの本音だった。
ガチャ、と左舷のエアロックが開いて、ロザリーが艦橋へと戻ってきた。「お疲れさん」と彼女を労い、チャンさんが持ってきてくれた鹹蛋入りのおにぎりを手渡す。
「ん、ありがとラウル♪」
ロザリーは竜人なので、高度2000mでも酸素マスクを必要としない。そりゃあ大気が薄い上に1.1Gの浮遊大陸で育ってきた屈強な肉体を持っているのだ。彼女に限った事ではなく、竜人はある程度の高度までは酸素マスクなしでも問題なく活動できるというのだから驚きである。きっと高山病とも無縁なのではないだろうか。
同様の理由で、竜人が建造する空中艦は与圧されていないらしい。だから天地戦争の頃、獣人の捕虜を移送する際には捕虜がみんな高山病や酸欠に苦しんでバタバタ死んだため、低高度を航行するか与圧区画を設けるなどの対策をしていたのだそうだ。
「で、艦長。そのアルカディアってまだつかないの?」
「そんなに時間はかからん筈なんだがな」
懐から煙草を取り出し、大きなトレンチライターで火をつけようとするヴォイテク。しかしライターオイルが不足しているのかなかなか火がつく様子が無かったので、俺のトレンチライターで火をつけてあげた。
サンキュ、と短く礼を言い、ヴォイテクは艦橋の壁に貼り付けてある世界地図を指差す。
「今のシーズンであれば、アルカディアは極東からノヴォシア辺りを回遊している筈だ。だからこの辺りにある」
彼の話では、アルカディア周辺の環境はかなり特殊であるらしい。
まず前提として、アルカディアは普通の浮遊大陸ではない。極東から北方、南方から吹き付けてくる気流が合流する地点―――『気流結節点』の中心に位置している。この気流結節点は季節によってその位置も変わるため、本来回遊するはずのないアルカディアの”推力”として機能しているのだそうだ。
そしてもう一つ。
こっちの方が、俺たちからすれば大問題だろう。
「でっかい積乱雲なんてまだどこにも見えないけど……」
「見えるさ、そのうちな」
―――そう、アルカディアは巨大な積乱雲を常に纏っており、その中心に浮遊している。
複数の気流が合流する気流結節点の中心であり、その周囲には極めて巨大な積乱雲。
普通のレシプロエンジンで飛行する空中艦では、まず内部への突入は不可能である。強烈な乱気流と、もはや極めて大規模なハリケーンにしか見えないレベルの積乱雲で推進ベクトルを無茶苦茶にされてしまい、墜落するか空中分解してしまう。
だからアルカディアに突入するには純正対消滅機関の圧倒的推力が必要になるのだ。乱気流をものともしないような、圧倒的推力が。
ヴォイテクが反転攻勢に転じず逃げの一手を打っているのもそのためだろう。ソーキルのように純正対消滅機関を搭載していない空賊の艦艇が、気流結節点を越えるなど不可能だからだ。
しかし彼の言っている事が本当ならば、こっちも相当な負荷を覚悟しなければならない筈である。
アルカディアへの寄港―――これは一筋縄ではいかない筈だ。
言うまでもないが、俺、ラウル・エルマータ―――旧名『川端明』はミリオタである。
銃とか戦車とか戦闘機でテンションの上がる身体になってしまったのは、まあ良くも悪くも映画好きの祖父のせいであろう。祖父は80年代から90年代のアクション映画が大好きで、祖父母の家に遊びに行けば必ずと言っていいほど家のテレビからは銃声と悪役の断末魔が聴こえていたものである。
さて、そんな環境で祖父と一緒に映画を見るようになるうちに、出てくる銃に興味が出てきた。
そこからミリタリー系のゲームをプレイするようになり、自分で銃について調べるようになって、気が付けばミリオタへの第一歩を踏み出していたというわけだ。
祖父が見てた映画はだいたいアメリカのものだったので、幼少の頃から致死量の民主主義をDNAに摂取しながら育ったわけである。なんだ致死量の民主主義って。
しかしそんな、祖父の影響でミリオタを拗らせサバゲーやFPSにまで手を出した男が、よもやネット小説みたいな異世界転生を果たして異世界で現代兵器を撃ちまくるとは誰が想像した事だろうか。
ベッドの上で腰を下ろし、テーブルの上に置いたスタンドにセットしたSMGにドットサイトを乗せていく。
見た目は短銃身のARに見えるかもしれないが、しかしマガジンを見ればそれが通常のARではない事が容易に判別できると思う。まるでクリス・ヴェクターみたいな真っ直ぐなマガジンが、グリップ側に後退するような角度でぶっ刺さっているのである。
『Banshee Mk10』と呼ばれる、アメリカ製のセミオートカービンだ。
使用弾薬は10㎜オート弾。フルオートには非対応の民間用だが、さっきM4A1のロアレシーバーを組み込んで強引にフルオート射撃に対応させた。
とはいってもこいつが対応しているマガジンはグロック40やグロック20のもので、それを前提とした専用設計となっている。ボルトキャリアも互換性がないものだったので、そういう互換性のない部分を色々と弄るのに苦労した。
専用設計のSMGでやればいいじゃねーかと言われたらそれまでだが、AR系の中では数少ない10㎜オート弾対応のモデルだったので……ね、わかるでしょ? わかれ。
「そういえばクラルテさ」
「はい、何でしょう?」
調整したばかりのBanshee Mk10の銃口を天井へと向け、トリガーから指を離した状態で構えてみる。やはりAR系のライフルをそれなりに使い込んできたからなのだろう、随分としっくりくる感じがした。
「巫女って転生者の序列とかユニークスキルとか、色々参照できるんだよね?」
「はい、出来ますよ」
M60E6の分解整備をしていたクラルテが、いつも通りの調子で言った。
「巫女にはそういう権限がありますので。マザーのデータベースにアクセスする形で参照しています」
そう、巫女には転生者の名前やユニークスキル、そしてその専属の巫女の情報を閲覧できる権限がある。いつぞやの序列99位の転生者、マールムと戦った時もそうだった。クラルテは瞬時に奴の名前とユニークスキル、専属の巫女の名前を参照し俺に教えてくれたのである。
「じゃあちょっと調べてほしい事があるんだけど」
「何でしょう?」
「……ヴォイテクって、序列でいうと何位くらい?」
「ええと……お待ちくださいね」
胸元の太陽を象ったメダリオンにそっと手を当てるクラルテ。マザーと交信しているのだろうか、メダリオンの中心に埋め込まれた紅いレンズみたいな部位が何度か点滅した。
「―――ヴォイテクさん、序列2位です」
「……は?」
ぽろ、とBanshee Mk10を落としそうになった。
序列2位……アイツが?
いやまあ、確かにかなりの猛者である事は分かる。5年前の一件で助けてもらったし、彼の年齢的にも天地戦争末期に出兵していてもおかしくない筈だ。一番激しかった時期に従軍して生還しているのだから、その実力は高いと見積もっていた。
しかし現時点でおよそ1600人いる転生者の中で……序列2位……?
あまりにも予想外であり過ぎた。序列100位入りはしてるだろうなとか、そんな予想はしていたのだが。
「じゃあ……アイツの巫女は?」
「……亡くなっています。戦時中、ポルスキー共和国首都のワルハワで」
何となくだが、察してしまった。
ポルスキー共和国は天地戦争中、最後に”大陸落とし”を受けた国家とされている。よりにもよって首都ワルハワに大陸を落とされ、迎撃には成功したものの阻止限界点を突破していた事から破片が散弾のように降り注いで、都市部に甚大な被害が生じたのだと。
住民の8割が死亡し、ポルスキー軍の兵士たちの多くが帰るべき場所と守るべき家族を失い、復讐の鬼と化すきっかけを作ったこの世の地獄の一つ。
そんな彼の凄惨な過去を詮索してしまった自分を、俺はただただ恥じた。
誰にだって、触れられたくない闇はある―――好奇心で触れてしまったものは、まさにそれだった。




