メルキアを後にして
どうでもいい話
寝起きのソコロフのおへそからはハチミツの匂いがする。
《それでは、次のニュースです。昨晩火災の被害に遭ったキケロー伯爵ですが、人身売買ビジネスに関与していた可能性があるとの情報提供を受け、メルキア最高議会ではカッシウス公爵を始めとした諸貴族からの追及が止まりません。また匿名の情報提供者からもたらされたこの情報を受け、メルキア当局は関係各所へ一斉に捜索に入っており、議会ではキケロー伯爵の弾劾決議案も提出されるなど、朝から騒然とした状況が続いています》
ん、今日もごはんおいしい。
贅沢なくらい砂糖を入れて溶かしたアツアツの豆乳に、同じくアツアツ揚げたての油条を浸して口へと運ぶ。程よい油っこさとサクサクした食感、そして贅沢極まる甘みが言いようのない幸福感となって、胃袋から脳天まで一気にグァーっと駆け上がってくる。
箸を伸ばして小籠包を口へと運び、肉汁たっぷりでジューシーな味わいを存分に楽しんで笑顔になった。
朝っぱらからみんなそんな勢いで朝飯にがっついているので、調理担当のチャンさんも嬉しそうだ。
このギルドに入って良かった事はたくさん挙げられるが、まあ真っ先に挙がるのは待遇の良さと、それから毎日本格中華が楽しめる事だろう。
そんな最高の朝食に、他人の不幸という蜜がブレンドされて5割増しで美味く感じる。他人の不幸は蜜の味というが、それが嫌いな奴だったりすると本当にもうね、最高というか愉悦というか。
ただまあ、気をつけたいのはこの他人の不幸という蜜の味に酔い過ぎない事か。これで味をしめてしまうと、”蜜”を求めつため他人を傷つけ不幸を撒き散らすだけになってしまう。程々にしよう。
さて、あれから何がどうなったか、という事をここで述べておく。
昨晩の強盗で手に入れたキケロー伯爵のやべえ内情は、キッチリ耳を揃えてキケロー伯爵の反対派閥へと送り届けておいた。議会内部では天地戦争継続派の急先鋒、キケロー伯爵の勢いに押されて停戦維持派は旗色が悪かったそうだが、それ故にこのキケロー伯爵のスキャンダルという千載一遇のチャンスに飛びついて、議会で激しく追及しているとの事だ。
おかげで法案審議は全部停滞、議会にはキケロー伯爵の弾劾決議案まで提出されており、彼を擁するタカ派の方もトカゲの尻尾切りを選択し火消しに奔走しているようだが……まあ一斉にメルキアの各メディアも報じているので簡単に鎮火はしないだろう。
キケローの破滅は確定、天地戦争の開戦を望むやべえ連中もこれで人心が離れ勢いを失う筈だ。いや、そうなってくれればいい。100年も続いた戦争を再開しようなどどんな神経を持っていればそんな主張ができるというのか。あんな失うばかりで何も手に入らなかったクソッタレな戦争を。
「ラウル、あーん♪」
「あーnもごー!?」
隣のロザリーが甘ったるい声でニコニコしながら言う。油条でも食べさせてくれるのかな、と思いながら口を開けて振り向くと、そのままのサイズのぶっとい油条を口の中に捻じ込まれる。……なして?
フツー千切って一口サイズにしねえかと思っていると、ちょいちょい、とクラルテも肩を叩いてそっちの方を振り向かせてくる。
「ラウルさん、あーん♪」
「もごもgもごー!?」
【悲報】油条2本目。
何、この2人もしかして俺の事嫌い……?
涙目になりながらユリウス兄貴に救いを求めて視線を向けるが、しかし兄貴は薄情だった。デザートの杏仁豆腐を美味しそうに平らげおかわりまで貰い、その優しい甘みと柔らかい食感に酔いしれて俺の事なんか蚊帳の外。実はあの人スイーツ男子だったのか……?
もごもご、と油条を2本も口に捻じ込まれていると、ロザリーはニコニコし始めた。
「そういえば、あの盗んだやついくらくらいになるのかしら。うふふ、あれだけ宝石盗んだんだもの。子供をたくさん養える額にはなるわよね?」
「どうだろうな」
油条もごもごしている俺に代わって、杏仁豆腐をパクついていたヴォイテクが冷や水を浴びせるように言う。
「分かってるとは思うが、あの盗品はそのままじゃ使えない。簡単に足がつくからな」
それはそうである。
金の延べ棒や宝石、指輪などの宝飾品たち―――よく見ればそれらの1つ1つに管理番号が刻まれているのが分かる。どの品が誰の手に渡っているのか、そういった記録は取り扱っていた商人や店にも残っている筈だ。
なので取引の記録を辿れば容易に追跡できる。
「じゃあどうするの、艦長?」
「知り合いに資金洗浄を請け負ってる業者がいる。ソイツに依頼して”洗浄”してもらう必要があるな。お前らの懐に入るのはそれからだが……ただ資金洗浄の手数料として何割か差し引かれる、という事は頭に入れておいてほしい」
「えぇー!?」
盗んだ宝石をそのまま使うか、売って金に出来ると考えていたのだろう。がーん、という効果音が聴こえて来そうなほどショックを受けるロザリーの頭をよしよしと撫でながら、とりあえず油条をやっとの思いで咀嚼し呑み込んだ。
まあ仕方があるまい。
金が手に入るのはもう少し後だ。下手を打って強盗犯である事が露見しメルキア当局に追いかけ回されるのはごめん被りたいものである。
「で、その資金洗浄やってくれる業者ってのは?」
「ここから北方ノヴォシアと、南方オースレリアまでの範囲を回遊している【アルカディア】という浮遊大陸がある。そこにいる」
ノヴォシアとオースレリア……転生前の世界に当てはめると、ロシアとオーストラリアまでの間の範囲を回遊しているという事だ。随分とまあ寒暖差のある地域を行き来しているものである。
浮遊大陸は特定の空域に滞空しているものから、決まったコースを回遊しているものまで様々だ(回遊型浮遊大陸にはコース次第で四季がある)。大昔はもっと浮遊大陸の数があり、回遊する大陸同士で衝突したり合体してしまったり……という事があったと考えられている。
「ところでお前ら、冒険者パーティーの集まりが”ギルド”っていうのは分かるよな?」
「あ、ああ。何だよ急に」
チャンさんから杏仁豆腐をもらう。トッピングにサクランボとマンゴーのシロップ漬けが添えられていて思わず目を輝かせてしまった。あのクラルテさん、何でそんな悶えてるんですかクラルテさん?
「んで、そのギルドの連合勢力の事を”レギオン”って呼ぶのは知ってるか?」
「それは聞いた事がある」
管理局の規定では、冒険者パーティーは4人までとなっている。そのパーティーが複数集まって組織として活動している場合は『ギルド』という扱いになるようだが、くまさんハウスは4人で活動していたので人員の下限には制限はかけられていないようだ。この辺ちょっとあやふやである。
そしてそのギルドが同じように複数集まり、同盟を組んだりして一緒に活動している連合組織の事を【レギオン】と呼称する。
「ウチのギルド、【協商連合】っていうレギオンに加盟しててな」
「ぶっ!?」
杏仁豆腐を吹き出しそうになった。
協商連合―――聞いた事がある。
群雄割拠の冒険者ギルド界隈の中で、最強クラスのレギオンとして上位に君臨する組織だ。レギオンとしては新興勢力であり、天地戦争による戦災や迫害を受けて爪弾きにされた人々を人材として吸収、急成長したレギオンであるとされており、特に高い技術力を保有しているという。
噂では、第3文明以前の技術も保有しているのだとか……。
その気になれば界隈を……いや、世界を牛耳る事も出来るだろうに、しかし勢力拡大に興味はないらしく、今は独自の経済圏を築いて傍観に徹しているとされている。
リーダーは確か、『パヴリチェンコ』とかいうイライナ人であると……。
いずれにせよ、くまさんハウスの秘密が色々と明らかになってきた感じがする。空中艦を保有できるだけの財力と、イライナ純正の対消滅機関を維持・管理できるだけの技術と資金。そのルーツが今まで不明だったが、しかしそれが裏稼業による爆発的な儲けと協商連合の高い技術力の賜物だったというならばすべての話が繋がってくる。
「……で、何でそんな話を?」
「資金洗浄は彼らが担当してくれる。実のところ、俺たちくまさんハウスは協商連合が擁する”強盗部隊”というのが実情だ」
裏で色々やってるねぇ……。
レギオンとして傍観はするが、水面下で政敵の足元の切り崩しは怠らない、か。
表向きは商業に精力的なレギオン、裏の顔は高い技術力を背景に世界を傍観、敵対勢力の切り崩しを行う勢力という事だ。そしてくまさんハウスはそのレギオンの実働部隊。
今思えば世界中を又にかけ運送業を生業としているという表向きの顔も、世界中を回って他のレギオンの動向を調べ報告したり、敵対勢力の資金源に対し強盗作戦をぶちかまして経済的ダメージを与えつつレギオンの資金確保をしたりと、そういった公に出来ない作戦に従事するための方便だったのだろう。
「じゃあ、次の目的地はアルカディアってか?」
「そうなるな。それに……レギオンのボスに新入りの紹介もしておきたい」
どうやら次の目的地は決まったようだ。
レギオン【協商連合】本部があるという、浮遊大陸『アルカディア』。
ノヴォシアとオースレリアの間を回遊する浮遊大陸―――そこが次の目的地。
腹の中にたっぷりと貨物を詰め込んだソーキルが、メルキアの大地をゆっくりと離脱していく。
右舷では大きなロケットブースターを4基も船体後部に括りつけた717型飛行駆逐艦が、ロケットを景気よく全部点火して急加速。高度2300mの空に灰色の煙をこれ見よがしに描きながら、一気にメルキア重力圏を離脱していった。
浮遊大陸には固有の重力圏があって、離脱の際には相応の推力が要求される。そのため自力で浮遊大陸の重力圏を離脱できないような空中艦にはあのように、大陸側がロケットブースターを無償で供与してくれるサービスもあるのだそうだ。
しかしそれは推力が足りない傾向にある通常動力型の空中艦の話である。
ソーキルにはイライナ純正の対消滅機関がある。
イライナという技術大国が、第1文明以前から遺されている旧い遺産を維持し続けたおかげで、本来ロストテクノロジーの仲間入りを果たしていてもおかしくなかったそれは今もなお本来の役目を果たし続けている。
ロケットブースターの助けを借りて重力圏を離脱していった717型の後を追うように、ソーキルも速度を上げながら上昇に転じた。
《艦長より達する。間もなく本艦はメルキアの重力圏を離脱する。各員衝撃に備えよ》
カタカタと壁が揺れ、床を通じて振動が伝わってきた。対消滅機関が金切声にも似た甲高い音を発して出力を上げていき、全長140mの武装貨物船をメルキアの重力圏の外へと押し出していく。
個室の窓から、ロザリーはじっとメルキアを見つめていた。
去り行く自分の故郷―――やはり寂しいのだろうか。
今は亡き両親と過ごした思い出の場所も、全てが空の彼方へと過ぎ去ってゆく。
「さようなら、メルキア……」
「……良かったのか、ロザリー」
艦の揺れも収まり、やっと自由に動けるようになったところで俺はベッドに腰を下ろした。ロザリーはベッドの上で膝を立て、丸い窓の向こうで雲海へと消えつつあるメルキアをじっと見つめている。
「……無理について来なくても良かったんだぞ。ギルドに籍だけ置いて、遠隔地で活動するケースだってなくはないし」
「ううん、いいの。確かに故郷を離れるのはさみしいけれど……私はそれよりも、ラウルと一緒にいられる事の方が嬉しいから」
窓から視線を離し、笑みを浮かべるロザリー。
5年前の無邪気だった頃と何も変わらない、太陽のような笑顔だった。裏表のない、元気の塊のような快活な笑顔。
「ロザリー……」
「お互い冒険者になって、こうしてやっとまた5年ぶりに出会えたんだもの。悲しい事も、楽しい思い出をたくさん作って埋め合わせすればいいのよ」
でしょう、と続ける彼女に首を縦に振ると、ロザリーはそっと肩に寄り添ってきた。
ふわりと舞う花のような香り。
そっと彼女を抱き寄せる。顔を近づけると、それを望んでいるかのようにロザリーは瞼を閉じて身を委ねた。
優しく、静かに唇を奪う。
お互いを抱きしめる腕に、自然と力が入った。
新たな仲間を加え、ソーキルは広大な空を征く。
どこまでも―――空の果てまで。
遠く、遠く、吸い込まれるような空の果て。
見渡す限り一面に咲き乱れるのは彼女の故郷、イライナ公国原産の”イライナハーブ”。カモミールの一種として古くから親しまれてきたそれは、薬草にも、郷土料理にも用いられ重宝されてきた。
紅茶にイライナハーブをブレンドしたそれが、彼女の好物の一つ。
「うん、今日も絶妙なブレンドだね」
「恐れ入ります、ご主人様」
ぺこり、と頭を下げるメイドに笑みを浮かべながら、”彼女”は膝の上に乗ってきたハクビシンの頭を優しく撫でた。懐から取り出したドライフルーツを同胞に分け与え、小さな獣をそっと愛でる。
「さて……彼らの到着はいつ頃になるかな」
旧友の顔も久しぶりに見たい。それに、彼が期待を寄せる子飼いとも話をするのが楽しみだ。
ゆったりと流れる時間の中―――レギオン”協商連合”を統括する『パヴリチェンコ』は、静かに空を見上げた。
第三章『ロザリー』 完
第四章『天空潮流』へ続く
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