ギルドの裏稼業
どうでもいい話
最近クラルテは、ラウルの寝顔や無防備な姿を見る度に母性を刺激され続けており、出来るならば彼女を赤ちゃんにしてみたいと考えている。
明かりを落とした食堂は、いつもとは随分と趣が違って見えた。ギルドの仲間と食卓を囲んでワイワイ楽しく食事をする空間も、しかし明かりを落とせば重苦しい雰囲気に早変わりだ。
テーブルの上に置かれたランタンの灯りを反射して、湯飲みに注がれた烏龍茶が琥珀色の光を放つ。
「……まあ、ありゃあ一種の”通過儀礼”ってやつだ」
烏龍茶を冷ましながら啜り、ヴォイテクはいつも通りの調子で告げる。
しかし何故だろうか―――ランタンの灯りに照らされるその顔が、まるで鬼神の類のように恐ろしいものと映って見えるのは。
戦争に行く前と後では顔つきが変わってしまう、というのは従軍経験者にはよくある話と聞いている。出征前は爽やかな好青年だった者も、戦火と毎日の極限状態、人を殺す事によって生じる良心の呵責に何年も苛まれる事で別人のようになってしまう、というアレだ。
いつものヴォイテクとは違う―――むしろこっちが素なのではないか、と思えてしまうのは気のせいであってほしいものだ。俺にとってのヴォイテクは、いつもの優しくて頼りになる兄貴分としての彼なのだから。
トレンチライターで葉巻に火を着け、彼は言った。
「この界隈じゃああの手の闇討ちは日常茶飯事さ。ギルドがデカくなって金を稼げるようになれば敵も増える」
「……で、アンタはそれを全部潰してきた」
「俺のせいじゃねえ」
ふう、と煙を吐き出し、葉巻を灰皿に押し付けて火を消すヴォイテク。彼は何を思ったのかその極太のシケモクを口の中へと放り込むなり、まるでお菓子を食べるかのように咀嚼し始めた。
煙草って食べ物だっけ……?
「―――相手の力量も分からず、喧嘩吹っ掛けてくる阿呆が悪い」
「……違いない」
喧嘩を売る相手はよく選べ、とはそういう事だ。力こそが物を言う界隈では、きっと馬鹿こそがそれができずに死んでいくのだろう。
「で、それと今回の一件……アンタは背後にクソッタレがいる、と」
葉巻を取り出しつつ、いつの間にか後ろに控えていたチャンさん(気配全く感じなかった……)に目配せするヴォイテク。チャンさんがテーブルの上にそっと置いたのは数枚の白黒写真と、写真に写っている竜人男性の詳細な個人情報が記載された書類だった。
「”ルシウス・カッシウス・キケロー”伯爵」
写真に写っている人物の本名なのだろう。凛々しく力強い顔立ちで、左の頬には流星のような傷跡がある。個人情報によると年齢は53歳、天地戦争に従軍し第三次キリウ防衛戦で戦果を挙げるも突貫してきたリガロフ公爵により左の頬を切りつけられ負傷。古傷はその時のものであるという。
陸戦部隊の運用に定評があり、攻勢の素早さと苛烈さから”電光石火のキケロー”、”流星ルシウス”とも呼ばれた天井連合軍の名将の1人。
とんでもない大物じゃないか、と息を呑んだ。
従軍記録を見るだけでも分かる、この男は相当なやり手だと。
「前々から俺たちにちょっかいをかけてくる相手でなァ」
「他诬告我们,甚至扣押了我们的财物,让我们孤立无援。光是听到这个人的名字就让我恶心(冤罪をかけられたり、荷物を刺し止めされて足止めを喰らったり。この男の名を聞くだけでうんざりするよ)」
チャンさんのジョンファ語は分からないが、しかし表情で相当煮え湯を食わされている相手である事が分かる。どうやら俺を疎んだわけではなく、所属するギルドの方に因縁があったようだ。
「メルキア議会じゃあゴリゴリのタカ派、天地戦争の停戦協定にも反対していた男だ。ソコロフが仕入れた情報じゃあ未だに議会で天地戦争の再度の開戦を訴えているらしい」
「危険人物じゃあねえか」
「まあそうだ。俺たち獣人に親でも殺されたのかねェ……まあ実際、親やジイさん世代を殺された奴は大勢いるだろうがよ」
「……で、どーすんだ」
この男を殺すのか―――獣人を目の敵にしている、キケロー伯爵を。
視線が中指の方へと向いた。闇を凝り固めたような指輪……針で突き刺した対象を灰にし消し去る遺物の事が頭を過る。屋敷に侵入し無防備な状態の彼を消せば、遺体は残らない。暗殺にうってつけの代物を手に入れちまったもんだ。
しかしヴォイテクは、そんな安直な命令は出さなかった。
火をつけた煙草をもぐもぐと咀嚼して呑み込むと、にいっ、と獰猛な笑みを浮かべる。
「盗もうぜ」
「……ゑ?」
盗むんだよ、と言葉を続け、腕を組みながらどっかりと椅子の背もたれにでっけえ背中を預けるヴォイテク。その言葉に宿る余裕と貫禄から、それが単なる思い付きで出た言葉ではないという事が分かる。
前々から検討はしていたがついに実行に移す事の無かった計画―――その再起動を告げるかのような、どこか楽しそうな声だった。
「盗むって……押し込み強盗って事か?」
「そうだ。お前にゃあ言ってなかったが……くまさんハウスも真っ当なギルドとは言えねえ。たった4人だけだった弱小ギルドが、どうしてこんな空中艦を保有し維持できてると思う? それもイライナ純正の、対消滅機関付きのレア物を」
「……いやまさか」
そういう事か。
今になって、ギルドのとんでもない実態に気付いた。
いや、もっと前に気付くべきだった。おかしいという違和感を抱くべきだったのだ。いくら天地戦争に従軍経験のある凄腕の転生者が率いるギルドとはいえ、たった4人の小規模ギルドが空中艦を保有し運用、あまつさえそれを維持している事を違和感として見るべきだったのだ。
兵器は持っているだけで金がかかる。燃料代、修理代、メンテナンス代……そういった出費は馬鹿にならないほど大きい。建造数が少なく、おまけにイライナ純正の対消滅機関を搭載しているソーキルであれば維持費は更に嵩むだろう。
普段の運送の仕事と冒険者の仕事だけで賄い切れるかどうか―――むしろそれを隠れ蓑に、裏で巨額の富を得ているからこそこの艦の保有と維持ができているのではないか。
とんでもなく最悪のタイミングで突きつけられた答え合わせだった。
「安心しろ、これまで襲ってきたのは俺たちに手を出したギルドや悪徳貴族ばかり……無差別に盗むような真似はしない」
「なんで黙ってた?」
「お前が尋ねなかったからだ」
「コイツ」
「それに関してはまあ、悪いとは思っている。後でクラルテやロザリーにも話しておくが……どうだラウル。自分を陥れようとしたアホンダラからひとつ、派手に盗んでやらないか」
正直、人を騙して闇討ちしようとした相手に対する怒りはある。
ギルドへの直接攻撃ではなく、敢えて仕事中の俺とクラルテを選んだ―――それはつまり、ヴォイテク率いるくまさんハウスにとって経験の浅い俺とクラルテこそが弱点であると見做したからに他ならない。
俺も安く見られたもんだ。
それに正直、やられっぱなしというのも性に合わない。
喧嘩を吹っかけてきたのなら、その顔面に一発キツいのをぶち込んでやらなきゃ気が済まない。
答えはもう、決まったようなものだった。
「やる」
ラウル君の強盗デビューが決まった瞬間だった。
「ほんじゃあ説明するよ~」
ギルドの裏稼業カミングアウトから3時間後。
艦内の会議室に呼び出されたギルドの若手4人と古株3名。そんなメンバーを前に、ヴォイテクはいつもの調子でホワイトボードに情報を書き込んでいく。
昨晩の彼とのあまりにもの温度差にラウル君ヒートショック起こしそう。なんで彼といいロザリーといい俺の周囲の人って温度差が砂漠並みに変化する人ばかりなのだろうか。謎は尽きない。
「キケロー伯爵の屋敷はメルキア市街地の高級住宅街にある。もちろん警備は厳重で私兵を雇っているし、屋敷内部にもおそらくは最新の警備システムが用意されているだろう。おまけに伯爵はメルキア憲兵隊の長官とお友達、国家権力とコネがある。屋敷で騒ぎがあれば完全武装の憲兵が飛んでくるのに3分もかからん」
アシスタントのソコロフが素早くホワイトボードにカラー写真を貼っていく。ドローンで撮影したものなのだろうか、空撮写真ばかりだ。屋敷の中を巡回する兵士は着剣したボルトアクション小銃らしきもので武装していて、彼らと一緒に骨組みだけで作られた機械の犬のような兵器(おそらく戦闘人形だ)も巡回している。
窓から撮影した屋敷の中の様子は同じく屋敷内を巡回する警備兵に戦闘人形の犬。隣の写真では通路をスキャンしたものなのだろう、緑色のレーザーみたいな光が通路中に張り巡らされている。
「そのレーザーみたいな光は?」
「結界だ。触れると警報が鳴る」
うへぇ……ファンタジーな世界なのに変なところで現代的なのね……。
しかしこれを躱しながら侵入する、というのもなかなか骨の折れる話だ。警備兵の人数といい、この結界といい、憲兵隊にコネがある伯爵といい、こうまで強行突破という選択肢に対し高いハードルを見せつけられると萎える、とにかく萎える。
策略を張り巡らせるのもいいが、ラウル君だってたまには頭を空っぽにして暴れ回りたいのだ。後先考えずどかーんどかーんってやるのが最高に気持ちいいのである。
「強行突破は無理だな」
「潜入しようにもあの機械の犬が気になりますねラウルさん」
「憲兵が3分で来るような立地も最悪だ。どう攻めるにしても難しいぞこれは」
「お金たくさんありそう」
コレどーすんのよ、と思いながらヴォイテクの方を見ると、彼はチッチッチ、と舌を鳴らしながら指を振った。
「お前ら真っ向勝負ばかり考えてるねぇ、若いねぇ」
「……何かいい案が?」
ソコロフ、と名指しされるなり、ソコロフはにやりと笑いながら説明を始めた。
「そりゃあもう、放火しかねえよな?」
とんでもねえアイデアだった。
これから盗みに入る屋敷に火を放ってどうするというのか。どいつもこいつも逃げ惑う中、短時間で文字通りの火事場泥棒でもキメろというのか。いやいやまさか、そんな時間的にも余裕がない状況下で満足のいく盗みができる筈がない。
そりゃあねえだろ、と否定しようとしたところで、俺たち若手4人の困惑ぶりを見たヴォイテクが補足する。
「火を放てばやってくるのは誰だ?」
「そりゃあ消防隊だろ」
「じゃあもしその消防隊の正体が、変装したらお前たちだったら?」
この男はもしかして悪魔の生まれ変わりなのかもしれない。
なんつー事を思いつくものか、と驚かされる。
彼の作戦はつまりはこうだ。
まず屋敷に何らかの手段で放火する。なるべく屋敷に火の手が広がらないような、しかし無視できない範囲である事が望ましい。
火災を確認したら間髪入れずに、消防士に変装した俺たちが堂々と屋敷に侵入。火事で使用人や私兵は避難済みで、結界には引っかかるだろうが消火活動のためにやってきた消防士なのだから誰も気にする事はない。唯一障害となりうるのはあの犬型の戦闘人形だろうが、それさえ何とか出来れば、誰にも邪魔されず誰にも怪しまれない最高の環境で、一方的な略奪が可能になる。
後は車に乗るなり何なりして、堂々と屋敷を離れればいい。艦まで盗品を持ち帰る事に成功すればこっちのものだ。
「……さすが、手練れは違う」
「もっと褒めろー?」
むふー、と胸を張るデスヒグマことヴォイテク。もしやこの男、戦時中もこんな感じで竜人側に対し略奪行為をしていたんじゃないかと少し思ってしまうが、まあ余計な詮索は止めよう。彼には何やらデリケートな過去がありそうだ。
「というわけで、だ。情報収集やらセキュリティに関する事は俺とソコロフで何とかする。お前ら若手4人は……そうだな、消防車とコスプレ用の衣装を何とかして手に入れてもらおうか」
この辺に消防署ってあったっけ……後で地図を確認しておこう。
「言っておくが、これはナメた真似をしたクソ野郎に対する報復だ。盗品の総額の1割はギルドに納めてもらい、残った金は参加者全員で山分けする。とはいえ支払いは資金洗浄の後になるが、まあそっちは問題ない。信頼できる裏方がいる。いずれにせよ盗んだ物品の総量と価値で報酬金額は上下するから、徹底的にやって欲しい。俺たちに喧嘩を売った事を後悔させてやるんだ」
だいぶ楽しくなってきた。
俺たちくまさんハウスに喧嘩を売った事、後悔してもらおうか。
今回の強盗作戦を実行に移すにあたり、脅威となるのは犬型の戦闘人形への対処である。
ソコロフ曰く『あれは比較的安価だから火災が起きても避難させず屋敷に残す可能性が高い』との事である。当然、俺たちが消火活動ではなく略奪行為を始めれば問答無用で襲い掛かってくるだろうから、反撃用の武器も用意しておかなければならない。
適度に貫通力が高く、尚且つ薬莢をばら撒いて証拠を残す事がないような銃……何か良いやつはないだろうか、と思いながらメニュー画面をスクロールさせ、アサルトライフルやPDWのカテゴリー一覧をチェックして武器の選定を続ける。
その中でぴたりと、とある小銃に白羽の矢が立った。
貫通力と薬莢をばら撒かない、更にカスタム次第でフルオート射撃が可能。
今回はこれだ。これにしよう。




