ワンサイドゲーム
どうでもいい話
転生前のブラック企業勤めだったラウル君はエナドリのストック確保のために仕事帰りにコンビニに立ち寄った際、運悪くコンビニ強盗に遭遇してしまった事がある。
その際度重なる残業と疲労のストレス、眠気と深夜テンションでおかしくなっていた彼はコンビニ強盗に対し「受精卵の頃から好きでした!!!」と叫びながら殴り飛ばし強盗を気絶させ、そのまま警察に突き出した。
全日本6連覇した空手家の右ストレートは伊達ではない。
※ラウル君が習ってた空手は型や寸止めの空手ではなく、ガチで殴りに行く実戦空手の方である。
ブツブツ……とレコード特有のノイズと共に、美しいピアノの旋律が部屋の中に響き渡る。
ドビュッシーの名曲『月の光』。おそらく転生者がこの世界に持ち込んだ事で普及したのであろう、ヴォイテクやラウルの前世の世界の音楽。
そしてそれは、彼の妻が好んで聴いていた音楽でもあった。
ヴォイテクには未だに、クラシックの良さが分からない。戦時中、彼は戦闘前によくジャズを聴いていたものだ。ハイテンポで、暴力的な曲調のものであるとなお良い。戦う前に士気を高めてくれる。
けれどもクラシックはその逆だ―――心を鎮めるような効果がきっとあるのだろう。
ふう、と息を吐きながら、棚の上に置いてある写真立てに視線を向けた。若き日の自分と、ヒグマの第二世代型獣人の女性が写っている。女性の腕の中には幼い赤子の姿があり、女性のお腹はうっすらと膨らみそこにもう1人の小さな命を宿している事が分かる。
妻が今の自分を見たらどんな顔をするだろう?
今の俺は、彼女が胸を張れるような夫になれているだろうか?
写真を見るたびに、いつもそんな問いが心の中を駆け巡る。
そしてその答えは、未だに出て来ない。
戦争が終わって8年も経った今もなお、だ。
かたん、と棚の上から音がして、視線をそちらに向けた。
艦内のスペースの関係で、ビジネスホテルのシングルルームよりも狭い部屋の中。そこにはいつの間にか1匹の獣が入り込んでおり、ふかふかのベッドの上で身体を丸めてはビー玉のようにくりくりとした目でヴォイテクを見上げている。
変わった動物だった。体格はイタチのようにすらりとしており、尻尾は長い。胴体に対して手足は短く胴長短足という印象を抱かせるが、最も特徴的なのは体毛の色と模様だった。
頭と手足、尻尾の先端部だけが黒く、それ以外は灰色だ。
そして眉間と目の周囲には、特徴的な白い模様がある。
ジャコウネコ科に分類される『ハクビシン』だった。
中国南東部や東南アジア、インド、台湾などに生息するジャコウネコ科の動物であり、明治時代頃に日本にもやってきたと言われている。可愛らしい姿をしているが性格は臆病で、外敵に対しては獰猛になる二面性を持つ小動物であるが、しかし部屋の中に現れたそのハクビシンはまるで飼い猫のように、喉をゴロゴロ鳴らしながらヴォイテクの傍らへと歩み寄っては身体を摺り寄せた。
優しく頭を撫で、葉巻の火を消すヴォイテク。そのまま葉巻を口の中へと押し込んでもぐもぐ咀嚼しつつ、ポケットから取り出したチョコレートをハクビシンに差し出す。
ピンク色の鼻をすんすん鳴らしながら、ハクビシンはチョコレートにかぶりついた。ポリポリと音を立てながらチョコレートに舌鼓を打つハクビシン。やがて身体を起こすと、茶色い瞳でヴォイテクをじっと見上げる。
瞳には、銀色の光が宿っていた。
「……ラウルが襲われた件、ありゃあ転生者単独の仕業じゃねえ」
話し相手も居ない独り言―――しかしそんな彼の言葉に応答したのは、意外にもヴォイテクの膝の上で身体を丸めるハクビシンだった。
《ラウル……君の子飼いか》
「アイツはかなりのやり手だ。疎む奴も出てきたって所だろうが……あるいはくまさんハウスを消そうとしているのか。まあいずれにせよ売られた喧嘩には違いない」
《血気盛んだねぇ》
「まあなんだ、お前にゃあまた世話になる」
《いいさ。他ならぬ【協商連合】の同志……友人の頼みだ。仕事が済んだらいつもの場所で落ち合おう》
その言葉を最後に、ハクビシンのビー玉のような眼から銀色の光が消えた。
まるで取り付いていた何かが消え去ったかのように、再びごろごろし始めるハクビシン。チョコもっとくれ、と言わんばかりに前脚でぐいぐいとジャケットを引っ張ってくるので、ヴォイテクは仕方なく貴重な、それはそれは貴重なチョコレートを分け与えた。
―――”使い魔”だ。
獣人だけが可能な、動物の使役。
自分と同じタイプの動物と契約する事で、視覚や嗅覚、聴覚を始めとした五感のリンクなどが可能になる。高位の使い手となると五感のリンクだけでなく、自分の意識を憑依させて意のままに操る事すらも可能となる。
つまり今しがた、このハクビシンを介して話していた人物はその『高位の使い手』であり、『ハクビシン型の獣人』であるということだ。
ついにはうたた寝を始めてしまったハクビシンを膝の上で甘やかしつつ、ヴォイテクは溜息をついた。
ゴブリンの上顎から上が消し飛んだ。
ズドン、と荒々しい銃声と共に突き抜けていく12ゲージのスラグ弾。空気抵抗が大きく狙撃には適さない代わりに、至近距離では防弾装備すら問答無用でぶち抜いて、ヒグマのような大型の猛獣すらも撃破せしめる必殺の一撃。
少なくとも人に向けて撃つものではない……無論ゴブリンにも。
しかしDP-12という新しい武器を手にしたロザリーには、そんなものはどこ吹く風だ。ホロサイトの向こうに見えたオリーブドラブの小柄な魔物、男を喰らい女を犯し繁殖する事しか能のない、種の繁殖を他の種の雌に依存しなければならないという繁殖プロセスに重大な欠陥を抱えて生まれてしまった生命の失敗作たるゴブリンに、12ゲージの資本主義を矢継ぎ早に叩き込んでいく。
フォアグリップを後方に引いてコッキング。二列に並んだチューブマガジンがそれぞれの薬室の中へと送り込まれるなり、再びDP-12が火を噴く。
棍棒を手に飛びかかろうとしていたゴブリンの胸板にでっかい穴が開いた。そのままビデオの巻き戻しを見ているかのようにふっ飛ばされ、岩に叩きつけられて表面に紅い染みを刻むゴブリン。
そろそろ16発か、というタイミングで俺も前に出た。下がれ、と視線で訴えるまでもなく後ろへと下がるロザリー。何度も訓練で繰り返したのだろう、ショットガンを逆さまにしてスラグ弾を次々にチューブマガジンへと押し込んでいく。
MARS-Lのハンドガードをしっかりと握り込んで、何度も引き金を引いた。
MARS-Hの7.62×51㎜NATO弾に比べれば慈悲深く、しかし十分に致命的な一撃が小柄な身体を抉る。
貧血を起こして倒れたかのように崩れ落ちるゴブリンたち。5体、6体、7体……面白いほどバカスカ撃ち殺したところで、トントン、とロザリーに背中を叩かれ後退を促される。
手榴弾を投げつけて後退。ドカン、と背後で響く炸裂音を聴きながら全力ダッシュ。背を向け走り出した俺たちの姿を見て好機と思ったのか、それとも散々殺された仲間の弔い合戦だと奮い立ったのかは分からないが、追ってくるゴブリンたちが子供みたいな声で雄叫びを上げた。
しかしそんな彼らが次の瞬間に目にしたのは―――キルゾーンへの誘因に成功してほくそ笑む俺とロザリーの悪辣な顔と、茂みから姿を現したシスター・クラルテの姿。
特注の200発ベルトと大型弾薬箱を装着したM60E6が、南国のスコールすら小雨に思えてしまうほどの勢いで火を噴いた。ドドドドドドドドド、と凄まじい勢いでベルトが機関部へと吸い込まれていき、7.62×51㎜NATO弾の空薬莢が飛び散っていく。
勝てると踏んで突っ込んできたゴブリンたちは、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄へと叩き落された。弾丸に射抜かれ、手足を千切られ、頭を叩き割られてバタバタと崩れ落ちていくゴブリンたち。噎せ返るほどの臓物臭が立ち込め、地面が千切れた皮膚とピンク色の肉片、臓物、鮮血で滅茶苦茶に攪拌される。
これ処理めんどくさそうだなぁ、と思いながら進路反転。逃げるばかりだった俺とロザリーも射撃に加わり、弾幕が一層濃密さを増していった。
「何か来るぞ!」
MARS-LのSTANAGマガジンを交換、ボルトリリースレバーを手のひらで叩いていた俺の嗅覚が、ゴブリンとは違う異臭をキャッチする。
お出ましか、と身構えた目の前に現れたのは、身長5mには達するであろう大物だった。オリーブドラブの表皮にはブツブツとニキビなのかイボなのかよく分からないできものが幾重にも浮かび、腹は大きく膨らんで歩く度にだるんだるん揺れている。
そんないかにも重そうな巨体を支える手足はがっちりとしていて、あんなので殴られたり踏み潰されたらひとたまりもないというのに、その怪物の手には巨木を削り、仕留めた動物の骨やら打製石器やらを埋め込んだ粗悪な棍棒が握られている。
最も異質なのはその顔だった。
黄ばみ、不揃いな牙が並ぶ口。その上にある筈の眼球は大きなものが1つだけだ。
―――サイクロプス。
トロールやオークとは似て非なる大型の魔物だ。食欲旺盛という点ではトロールと共通するが、サイクロプスのそれは度を過ぎている。動物だろうと魔物だろうとその辺の草花だろうと、腹の足しになりそうなものは何でも口の中に詰め込んで食べてしまう大食漢である。
しかし食べても食べても食欲が満たされる事はなく、際限のない捕食を繰り返した結果、その周辺の環境を激変させたり、生態系に回復不可能な打撃を与えてしまう事も多いのだ。
今回の依頼は、この百貫デブの討伐である。
俺たちが目の前にいるというのに、サイクロプスはその辺に転がるゴブリンの死体をつまんでは口へと運び始めた。ごりごりと骨を噛み潰す音に本能的恐怖を感じつつも、セレクターレバーをフルオートに弾いてサイクロプスを撃つ。
5.56㎜弾、7.62㎜弾、12ゲージのスラグ弾が立て続けにサイクロプスの身体を射抜くが、しかし効果は薄いようだ。それも当然である、全高5mの巨人に弾丸を撃ち込んだところで、強靭な筋肉や骨格で受け止められてしまうからだ。圧倒的な質量とは、すなわち圧倒的な防御力なのである。
しかしさすがに何度も撃たれ、鬱陶しくなったのだろう―――サイクロプスがこちらに向かって咆哮し、右手の棍棒を振り上げた。
その瞬間だった。
ヒュン、と風を切る音と共にサイクロプスの右腕が爆ぜ、肘から先が棍棒諸共吹き飛んだのは。
『ゴアァァァァァァァァ!!!』
作戦通り、キメてくれた。
今の一撃―――ロケット弾が飛来した方向を振り向き親指を立てる。
その先にいたのは身の丈にもなる長大な筒状の発射機を肩に担ぎ、砲口から煙をたなびかせるユリウス兄貴の姿。
RPG-29―――ソ連製の、大型対戦車ロケットランチャーである。砲身は前後で二分割可能で運搬時は分割、使用時は連結して発射する事になる。それほど大型で取り回しに難のある兵器であるものの、しかしその破壊力は絶大であり、歩兵の戦車に対抗する大きな助けとなるのは間違いない。
そしてそれは、異世界でも大型の魔物に対して有効であった。
砲身を地面に立て、後部から予備の対戦車榴弾を装填するユリウス兄貴。色覚障害を克服するため、眼球の保護と色覚補正を兼ねた特殊ゴーグル(※ヴォイテクお手製)を装着した彼は、淡々と再装填を終えたランチャーを肩に担いで引き金を引いた。
バフンッ、とバックブラストを残して、対戦車榴弾が発射される。
右腕の肘から先を失い、食欲すらねじ伏せるほどの激痛に叫ぶサイクロプス。ロケット弾はよりにもよって大きく開け放たれた口の中へと飛び込むと、体格の割に小さな脳味噌と特徴的な眼球を余す事無く吹き飛ばし、この世界の環境問題と食糧問題の一翼を担っているであろう、一刻も早く絶滅するべき欠陥生物の駆除成功を確固たるものとした。
首から上を吹き飛ばされ、ずずん、と崩れ落ちるサイクロプス。
ランチャーを背中に背負い、メインアームのAPC-10に持ち替えるユリウス兄貴。
相次ぐ轟音と仲間の死、そしてサイクロプスという格上の魔物の死に恐れ戦くゴブリンたち。逃げだす彼らの背中に容赦なく10㎜オート弾を叩き込んで黙らせた彼は、もう十分だろうと判断したのか銃口をそっと下げた。
「さすがお兄ちゃん!」
「ナイスキル。大物狩りの専門家だな」
「お見事な攻撃でした。お手柄ですね」
ロザリー、俺、クラルテが惜しみない賛辞を贈ると、ユリウスはちょっと恥ずかしそうに頬を指先で掻きながら「……ありがと」と小さな声で返答する。なんだこの兄貴。
しかし推定でゴブリン70体、サイクロプス1体討伐―――現代兵器を初めて使っての戦果としては上々というか、これ以上ないほどの戦果と言っていいだろう。この2人がギルドに加入してくれたおかげである。
これから更にギルドの仕事も捗るだろうな、と確信しながら、仲間たちと死体処理を始めた。
ガソリン足りるかな、コレ。
その日の夜。
チャンさんが作ってくれた北京ダックに舌鼓を打ち、クラルテとロザリーの巨乳をぶち当てられながらシャワーを浴びて、現在進行形ででっかい女×2の挟撃に遭っているラウル君。
すうすうと静かな寝息がケモミミに降りかかるわ、狭いベッド(1人用だ!)に172㎝の男の娘とデカ女×2が寝てるせいで密着必須だわ、2人ともおっぱいでけーわと童貞には辛すぎる悪条件が重なりに重なって、とてもじゃないが寝つけたもんじゃない。
ついつい変な気を起こしてしまいそうである……。
でも寝よう、明日も仕事がある。
誘惑に抗い瞼を閉じ、しかし一向にやってくる気配のない睡魔に苛立ちを募らせていたその時だった。コンコン、と部屋のドアが優しくノックされたのは。
誰だろうか、こんな時間に。
「……はーい」
『ラウル、ちょっと話がある』
ヴォイテクの声だ。
いつもは陽気で、頼れる兄貴といった感じの彼であるが―――気のせいなのか、今に限ってはやけにシリアスな雰囲気を漂わせていた。
『以前お前を襲った転生者と―――その背後にいるクソッタレの話だ』
使い魔
獣人のみが可能な術の一種。動物と契約を交わす事で、いつでもどこでも五感をリンクし偵察する事が可能。使い魔となった動物が目で見て、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、手で触れ、口で味わった感覚全てがまるで自分のもののように感じられる。また、高位の術者になると五感の共有だけでなく、【意識を動物に憑依させ操る】事も可能となる。
しかし契約できる動物は自分と同じタイプの動物(※ラウル君の場合ハイイロオオカミ)に限られるうえ、五感をリンクしている最中に動物が殺されると痛みまで本体にフィードバックしてしまいショック死するなど、危険と制約も多い。
天地戦争中は獣人の斥候が使い魔を用いて竜人の偵察を行ったが、使い魔の情報が捕虜から竜人側に伝わると竜人たちは発見した動物を容赦のない攻撃で殺傷し始めたため、無実の動物たちは大幅に個体数を減らす事となった。
動物たちもまた被害者である。




