射撃訓練
どうでもいい話
実は、ヴォイテクは煙草を「吸う」より「食べる」方が好き。
暗い、暗い、闇の中。
コツコツと、ハイヒールを履いた足が硬質な床を踏み締める音だけが反響する。
異様な空間だった。薄暗い広大な部屋の床には大小様々なケーブルが張り巡らされていて、その合間からは蒼く輝く彼岸花が伸びては、風もないのにゆらゆらと揺れている。
ハイヒールの爪先に触れた彼岸花は、微かなノイズを発しハイヒールに道を譲った。あの彼岸花たちは実際に生えているわけではない。極めて高度な精度で投影されたホログラムによるものだ。
真っ黒なスーツとタイトスカートに身を包んだ女性―――『シャロン』は、左手でホログラム投影装置を内蔵したバインダーを抱えながら部屋の中央まで歩みを進め、立ち止まった。
目の前に屹立するのは、樹齢1000年を超える大樹のようにも見える黒い物体。
しかしそれは樹などではない―――が、シャロンや異世界転生者統括管理機構【ユリーカ】に所属する巫女たちからすれば、樹齢1000年程度の大樹などこの黒い物体と比べればその辺の雑草に思えてしまうだろう。
それほどまでに尊い存在なのだ。
彼女らが信仰する【電脳の母】は。
ブゥン、と低い起動音と共に、黒い物体に蒼い光が燈った。
それはまるで、蒼く輝くルビーで構成された巨大な柱のよう。
発光する蒼いメインフレームの表面には幾重にも白いプログラムコードが浮かび、メインフレームの周囲には幾何学模様を散りばめた光の輪が十重二十重に展開していて、その神々しさたるや最新の科学技術で再現した機械仕掛けの神のようにも思えた。
「……”マザー”、ご報告を」
【承知しています。個体識別番号553番、転生者”マールム”が討たれたのでしょう?】
「はい。巫女のファム・ファタル共々」
【別に驚きはしません。彼女と彼の組み合わせでは、どう転んでも長生きは出来なかったでしょうから。しかし極めて有益なデータを得る事ができました】
「それは何よりです。それと、彼らを討った転生者……」
【ええ、それも承知しています。個体識別番号621番、転生者”ラウル”】
シャロンの手にしたバインダーのホログラム投影装置に、ラウルの姿が投影された。彼の姿と共に簡単なプロフィールと専属の巫女の情報も投影され、シャロンは眼鏡の奥の紅い瞳を細める。
転生者ラウル―――転生前の本名は”川端明”。ブラック企業勤めの享年25歳。仕事帰りに横断歩道に差し掛かったところ、突っ込んできた居眠り運転のトラックを神回避したかと思いきや反対車線から突っ込んできた別のトラックに着地狩りされて死亡。
その後はスパーニャ王国のエルマータ孤児院に住む少女ラウルとして転生。口が悪く粗暴ではありが、理性のある転生者として成長。序列圏外ではあるが今後の成長に注目が集まる。
専属の巫女はシスター・クラルテ。
「……」
どうやら彼女は、無事に転生者と合流できたらしい。
意気揚々と旅立っていったクラルテの姿を思い出し、シャロンは安堵した。ほとんどの巫女は無事に転生者と合流し旅を始めるが、しかしごく稀に存在するのだ。転生者との合流に失敗し死亡してしまう巫女が。
彼女までそっち側の人間でなかった事は、喜ぶべきであろう。
クラルテは優秀な巫女だ。訓練でも座学でも成績は常に上位で、彼女を引き当てた転生者は幸せ者だろう、とシャロンも感想を抱いてしまうほどだ。
マザーから転送されてきたデータを受信し、シャロンはその戦闘データを閲覧する。
クラルテが見た映像だった。彼女の支援を受け、何の躊躇もなく突っ込んでいくラウル。正確な射撃で相手の片腕を殺し、肉薄して深手を負わせて勝負をつけている。
確かにユニークスキル単体で見れば最弱と言っていいレベルかもしれないが……彼女のユニークスキル原初の火薬庫は仲間との共同戦線を組む事で真価を発揮する。そしてクラルテの持つサポートスキルとの相乗効果を最も得やすいものである、と断言してもいい。
【シャロン、ラウルの”ナンバーズ”入りを検討します】
「彼女を序列100位圏内にランクインさせると?」
【少なくとも、圏外でありながら99位を打ち倒しているのです。まだ検討の段階ではありますが】
「マザー、あなたの決定を疑うつもりはありませんが……少々買いかぶり過ぎでは」
現状で、生存が確認されている転生者の人数は総勢1573名である。
その中から僅か上位100名だけが”ナンバーズ”を名乗る事が許される―――その中に、たかが序列99位を打ち負かしただけで、巫女との合流から1ヵ月足らずの冒険者がランクインしてしまっていいものか。
しかしそんな思考も、全ては”マザー”の手のひらの上である。
【シャロン、あなたの思いも分かります。確かに経験の浅い転生者を、いきなりナンバーズに入れてしまってはどうかという意見もその通りなのでしょう。ですがこうして新しい風を吹き込む事によって、停滞しつつあるパワーバランスを刺激する事にも繋がります。停滞とは、やがて腐敗していくものなのですよ】
「……マザー、あなたがそう仰るのならば」
【しかしまだ確定事項ではありません。今後の彼女の動きを見て、総合的に判断します。もし心配だというのならば……シャロン、あなたがその目で確かめてきても良いのですよ】
「……はい、マザー」
いつの日か―――そうするべきなのかもしれない。
ラウルが序列100位圏内に入るに足る実力者なのか。
いずれ、この目で確かめるべきであろう。
そんなシャロンの思考も、マザーには筒抜けだった。
彼女は全知全能の、”電脳の母”なのだから。
実戦において、やむを得ない場合を除いて基本的にマガジンは捨ててはならない。
理由はいくつかある。まずマガジンを地面に落とした際の音で敵に弾切れを悟られる恐れがある。加えて補給の際、弾薬が常にマガジンとセットで支給されるとは限らないという事だ。弾薬箱を開けたらクリップと弾薬だけでマガジンの支給はありませんでした、という事になったら大変だ。
なのでマガジンはダンプポーチに入れて持ち帰り、再利用するのが鉄則である(常にマガジンと一緒に補給されるような環境だったらその限りではないが)。
クリップを使って10発ずつSTANAGマガジンに装填し、30発フルで入ったのを確認してからマガジンの背中をトントンと台に当てて叩く。
ごく稀に、マガジン内で弾丸が前後にずれた状態で装填されてしまい、それが装填不良の原因になったりする事がある……らしい。だから特に米軍の兵士はこうやってマガジンの背中をトントンと叩き、弾丸をしっかりと”整えて”やる事があるそうなのだ。
聞きかじった事だが、実際に効果があるかどうかは不明らしい。半ばおまじないみたいなもの、という認識で良いのかもしれないが……可能性が少しでも下がるならばやっておいて損はないだろう。
自衛隊でもやってるのかなコレ、と思いながらマガジンをライフルに装着。ボルトリリースレバーを手のひらで叩いてボルトを前進させる。
今持っているのはBRN-180……ではなく、【MARS-L】という5.56㎜弾を使用するアサルトライフルである。
型番で察しが付くかもしれないが、あの多様性に配慮したような顔の転生者をぶちのめした際に使用したMARS-Hの5.56㎜弾仕様だ。こちらもMARS-H同様にハンドガードやレシーバーが一体となっており強度向上に寄与しているうえ、優れた命中精度と利き手を選ばない操作性が特色となっている。
口径が違うだけなので、操作性も一緒だ。最近になってAR系統という沼にどっぷり浸かり、そろそろ耐圧限界深度に達しそうなラウル君としては嬉しい限りである。
バレルは20インチを選択していたMARS-Hとは打って変わって、ラウル君仕様のMARS-Lは14.5インチを選択した。一般的なバレルの長さで、M4カービンと同様の銃身の長さとなる。これよりも短い11.5インチ、極短となる10.5インチのショートバレルも存在するので、状況によって使い分けていきたいところだ。
イヤーマフを装着する。人間用のものと、ケモミミを覆う獣人用のものの2つだ。ヴォイテクやヨルゲンセン機関長、チャンさんにソコロフみたいな第一世代型獣人は獣人用イヤーマフだけでいいが、俺やクラルテのような第二世代型獣人は人間の耳とケモミミが合計で4つもあるので、必然的にイヤーマフを2つも着用しなければならない。
セレクターレバーをセミオートに入れ、引き金を引いた。
ソーキル艦内の空っぽの格納庫に用意された特設の射撃訓練場。その奥にある人型の的の胸に風穴が開き、パタンと倒れる。
普段は配達用の貨物でいっぱいのソーキルの格納庫も、今は空っぽだ。今は配達する荷物がここに運び込まれるのを待っている状態なので、少なくともあと3日は格納庫をこうやって使い潰す形での射撃訓練ができる。
やはり5.56㎜弾を使っている事もあって、7.62㎜弾の反動と比較するとかなーりマイルドだった。軽く突き飛ばされているのとガチで殴り飛ばされているくらいの違いがある。
右隣のレーンにやってきたクラルテが、M60E6を構えて射撃を開始した。それここで撃つものなのかとツッコみたくなるが、それはさておき。
左隣のレーンにはロザリーもやってきた。手には例のド変態ショットガン、DP-12がある。
ズドン、と水平二連ショットガンが吼えた。
12ゲージの散弾―――いや、違う。スラグ弾だ。
ショットガンは散弾を撃つ武器だと思われがちだが、発射できる弾丸の種類は非常に多い。散弾から拡散しないスラグ弾、非殺傷のゴム弾に燃え盛るドラゴンブレス弾、炸裂弾であるフラグ12など、対応する弾薬は多種多様である(※すべての機種で全ての弾薬に対応しているわけではない。中にはガス圧の関係で動作不良を起こしてしまうなどの理由で対応していない弾薬もあるので事前によく調べよう)。
ロザリーが使っているのは12ゲージのスラグ弾。散弾のように拡散せず、ぶっとい1発の弾丸が飛んでいくタイプの弾薬だ。狩猟ではヒグマなどの大型の猛獣を殺傷する事が可能な威力があるし、軍用ではボディアーマーをぶち抜いたり、突入前にドアの蝶番を破壊したりと活用できる。
もちろん人間に向かって撃つものではないのだが……散弾ではなくてスラグ弾を常用するつもりなのかロザリー。殺意の高さに思わず背筋が冷たくなる。
ちなみにスラグ弾はその通り威力があるが、弾頭の形状の関係で空気抵抗が大きく、威力を発揮できるのはあくまでも近距離までだ。これでスナイパーライフルみたいな狙撃なんて夢のまた夢なので諦めよう。
やがて16発全部撃ちきったのか、銃口を下げてトリガーの後方にあるローディングゲート(エジェクション・ポートも兼ねている)へと予備のスラグ弾を素早くぶち込むロザリー。よほど練習したのだろう、その手つきにはためらいが見られない。
最初に2発装填してコッキングし薬室へと装填、続けて7×2発のスラグ弾をテキパキと装填していく。全て終わったのを確認してから再びフォアグリップを握り、射撃を再開した。
その左隣ではユリウス兄貴がSMGを構え、セミオートで何度か反動を確かめてからフルオート射撃を行っているところだった。
アサルトライフルを使う俺、汎用機関銃装備のクラルテ、ショットガン装備のロザリーという3人の中にあって、しかしユリウスの得物は小ぶりだった。
【B&T APC-10】―――様々な弾薬に適応したB&T APCシリーズ、その中でも強力な拳銃弾として知られる10㎜オート弾を使用するモデルである。
銃口にサプレッサーを装着し、ハンドガードにはフォアグリップを、レシーバー上には小型のドットサイトを装備し、マガジンはグロック40用のものにエクステンションを追加し拡張に拡張を重ねた25発入り。マグポーチから素早く引っ張り出す事を想定しているのだろう、マガジンにはマグプルが装着されている。
ユリウスらしい堅実なチョイスと言えた。
なんでメインアームがSMGなのか。カービンやアサルトライフルではダメなのかと思ったのだが、射撃訓練前にヴォイテクが『アイツ器用だから工兵やらせたい』と言っていたのでまあ、理解した。
工兵は簡単に言えば何でも屋だ。川に橋をかけて戦車を渡らせたり、地雷を撤去したり敷設したり、塹壕を掘ったりととにかくやる事は多い。積極的に銃を撃つよりもそういう仕事の方が多いので、あくまでも銃は自衛用と割り切っているのだろう。
と思いきやおもむろにRPG-7を引っ張り出したユリウス兄貴を見て、思わず二度見してしまった。
え、何? あの人ロケラン持ちなの?
当然模擬弾頭なのでバックブラストは噴射せず、やる気のなさそうな弾頭が飛んでいくだけだったが……発射手順の確認のつもりだったのだろうか。
訓練用に用意した弾薬を全部使い切り、後ろの方に用意してある休憩用のパイプ椅子に座ってイヤーマフを外す。
奥にあった椅子に座って訓練を見守っていたヴォイテクが、キンキンに冷えたソーダを持ってきてくれた。メルキアの特産品らしい。
ガリルも一緒に受け取って王冠を外し、しゅわっしゅわのそれを口いっぱいに含んで飲み下した。さわやかな甘みと炭酸の刺激、これだよこれ。民主主義の味だ。
「アイツら、実戦出してもいいんじゃねえかなって」
「早くね?」
「そうかもしれねえが……銃の操作にも慣れてきているし、仮にもBランクの冒険者だ。基礎は出来てる」
「……まあ、アンタがそう言うなら」
メルキアへの滞在は、もう少しかかる。
現代兵器という新たな商売道具を装備した2人の実戦―――ヴォイテクが太鼓判を押しているのだ、大丈夫だろう。
みんなの仕様武器
ラウル
メインアーム:MARS-LかMARS-H(依頼内容によって使い分け)
サイドアーム:グロック40(ピストルカービン化)
クラルテ
メインアーム:M60E6
サイドアーム:グロック18C(100発入りドラムマガジン装備)
ロザリー
メインアーム:DP-12
サイドアーム:グロック40(ピストルブレース装備)
ユリウス
メインアーム:APC-10かAPC-556(依頼内容によって使い分け)
サイドアーム:グロック40




