だまして悪いが
「はーいラウル、あーん♪」
「あ、あーん」
ぱくっ、とロザリーが差し出してくれたピータン入りの中華粥を口の中へ。とろとろになるまで煮込んだ殆どペースト状の中華粥。刻んだネギと一緒に入っているピータン(※灰の中に入れて化学反応させたアヒルの卵。黒く変色しゼリー状になっているのが特徴)の程よい酸味が良いアクセントになっている。黄身の部分はとろりとしていて、白身はゼリーのようにぷるぷるだ。
朝起きたばかりの胃に優しい中華粥。最高ではあるのだが、その……ロザリーさん相変わらず距離感バグってません?
「美味しい?」
「う、うん」
「青春だなぁ」
「青春ッスねぇ」
「青春じゃのう」
ヴォイテクもソコロフもヨルゲンセン機関長も温かい目でホッコリしながらこちらを見守るのホントあの、何とかして。助けてとまでは言わないけど助け船とか、何か角材の切れ端でもいいからこっちに寄越してマジで。
ユリウスに目線で救いを求めると、あの野郎ぷいっとそっぽを向きやがった。薄情者め。
チャンさんは厨房の方でこっち見ながらウインクしつつ親指を立てている。待って、何? もう結婚しちゃえよって事?
「はい、ラウルさん」
対抗心を燃やしたのだろうか、クラルテも中華粥をレンゲで掬ってこっちへ。
「あーん♪」
「あ、あーん」
とりあえず一口。とろとろのお米とネギのシャキシャキ感、ピータンの酸味。
先ほどと変わらぬ美味しさだけど、何だろう……味が分からないように思えてしまうのは。
「ラウル、ほらもう一口♪」
「ラウルさん、はい。あーん♪」
「まっへまだのみほんへは(待ってまだ呑み込んでな)……もごー!?」
ずぼっ、と無理矢理口に捻じ込まれるレンゲと中華粥。なにこれ新手の拷問? 拷問なのコレ? 尋問なのか拷問なのかはさておき、アツアツの中華粥を人の口の中に無理矢理捻じ込むわけだからこれは明確なジュネーヴ条約違反ではないだろうか。え、ジュネーヴ条約の中に中華粥に関する条項はない? おうふ……。
もっちゃもっちゃと中華粥を頑張って食べていると、食器を片付けチャンさんに「ご馳走様。今日も美味かったよ」と礼を述べたヨルゲンセン機関長が向かいの席に腰を下ろして、ポケットから取り出した例の指輪×2を俺の目の前に置いた。
「ラウル、鑑定の結果じゃが」
「もご」
やっと口の中がフリーになったかと思いきや容赦なく中華粥を捻じ込んでくるロザリー。待って、今大事なお話中なの。
「おそらくこの指輪は第3から第5文明の間に製造されたものである可能性が高い」
機関長が口にした衝撃の鑑定結果に、食堂の中があっという間に静まり返った。
第3文明から第5文明―――ほとんど記録も残っていない筈の旧文明。第1文明以前の栄華を誇った超技術が、まだ色濃く息衝いていた時代ではないか。
少なく見積もっても、推定で25000年前に製造されたもの、という事だ。
「そしてこの針」
指輪に仕込まれていた小型レバーを操作すると、時計みたいな綿密なメカニズムが動作して、指輪の中に隠されていた真っ黒な針が顔を出す。
「見たところ毒のような類は仕込まれてはいない。が、何らかの呪物である可能性が高い」
「呪物……ですか」
「うむ。すまんがこればかりは鑑定できなかった。何しろ記録がほとんど残っていない旧時代の遺物じゃからな……」
実戦で使ってみるしかない、って事か。
「ありがとう、機関長」
「あとは実際に使って検証してみろ」
「ええ、そうします」
指輪を受け取り、それを薬指……ではなく、中指にはめてみた。
びっくりするほど指にフィットするサイズ感。まるで最初から俺のために用意されていたようで、きついとか大きいとか、そんな感じは一切しない。身体の一部であるかのような違和感の無さに驚いていると、ロザリーが隣から俺の指を覗き込んできた。
「ラウル、薬指じゃないの?」
「え? ああ、薬指は空けておくことにするよ。こんな禍々しい奴より、ちゃんとした指輪の方が良いし」
それに何より、相手を殺すのは人差し指と中指で良い。
クソみたいな奴を罵倒し、尊厳を踏み躙り、徹底的にぶちのめすのならば中指一択だ。罵倒し煽り散らかし中指を立ててやるのだから、そんな物騒な代物を仕込むならば中指で良いのだ。
さて、それじゃあ今日もお仕事しますか。
「やだー! 私もラウルといっしょに行くー!」
駄々をこねるロザリーだったが、しかし今回ばかりはちょっと、ね……。
冒険者ギルド『くまさんハウス』には、現代兵器を召喚するスキルを持った転生者が2人も在籍している。そしてこれはヴォイテクから聞いた話なのだが、チャンさんもソコロフもヨルゲンセン機関長にも、ヴォイテクが現代兵器を支給しており有事の際にはギルド全員が戦闘に参加可能という状態であるらしい。
つまりはくまさんハウスにおいて、現代兵器の取り扱いは必修科目となる。
そのためロザリーとユリウスにも現代兵器の支給が決定し、今日からそのための訓練が始まる事になった。幸い配達はひと段落し、今は艦に積み込む荷物を待っている状態なのでみんな手が空いている。なので俺とクラルテを仕事に行かせ、ヴォイテクとソコロフでユリウスとロザリーの2人を訓練する予定である。
「はっはっは、ロザリー。ラウルと並んで戦いたいならちゃんと武器の扱い方を覚えないとな。ラウルに迷惑かけちまうぞ」
「うー……!」
ぷくー、と頬を膨らませて不服そうなロザリー。そんな彼女の手には既に異形のショットガン『DP-12』が握られており、甲板の上に用意された射撃訓練用のレーンには12ゲージの散弾がいくつかスタンバイしてある。
DP-12はアメリカで開発された水平二連型ポンプアクション式ブルパップショットガンとかいう属性の過剰積載みたいな特性で有名な代物である。
弾数7発のブルパップ式ショットガンを左右に2つ並べたような構造をしていて、7×2発に加え、薬室にも更に+2発装填可能で合計16発という破格の弾数をしている。2発撃ったらコッキング、2発撃ったらコッキング……といった独特な操作が必要になるが、その弾数から来る火力は絶大だ。接近戦では絶対に遭遇したくない代物の1つである。
欠点はローディングゲートがトリガーよりも後方にあるため、敵に銃口を向けたままのリロードができないという事と、チューブマガジンなので1発ずつの装填が要求される事か。そこは遮蔽を上手く使い、リロードをレボリューションする事で何とか頑張ってほしい。
ユリウスの話では、ロザリーは元々スレッジハンマーに加え、ラッパ銃を使っていたのだそうだ。フリントロック式で動作する、黎明期のショットガンのようなものという認識で間違いはあるまい。
そのためロザリーが一番槍として敵にカチコミをかけ、ユリウスも一緒に突撃しつつ彼女の隙を埋めて援護するという戦術でこれまで生き残ってきたのだそうだ。
つまりロザリーはポイントマンとしての適正がある、という事である。
「ロザリー、ラウルと一緒にいたいならまずは新しい武器の使い方を覚えろ。話はそれからだ」
「むー……!」
「そうだよロザリー」
「ラウル!」
弾薬箱の中の7.62×51㎜NATO弾をクリップでマガジンに装填し終え、トントン、とマガジンの背を叩きながらそう言う。マガジンの背を叩いたのは中に入っている弾丸が装填不良を起こさないよう”整える”ためだ。実際効果があるかどうかは定かではなく、半ばおまじないのようなものだが……土壇場で弾が出ません、なんて間抜けな理由で死にたくはない。
マグポーチに20発入りのマガジンを収めたところで、ちょうどロザリーが俺の胸に飛び込んできた。
「ちゃんと戦い方覚えてから一緒に仕事しような。俺、待ってるから」
「うん分かった、私もラウルの敵を皆殺しに出来るように頑張るね♪」
怖い怖い。
いいんスかコレ、とヴォイテクの方を見ると、ヴォイテクとソコロフは2人そろって「いやぁ~青春っていいなぁ」「ホントッスねぇ~」なんて呑気にのほほんとした顔で……あの熊共め!
射撃訓練用のレーンのほうにパタパタと走っていくロザリーを見送り、俺とクラルテは艦を後にした。
配達も終わってしまったので、荷物が来るまではギルドの収入はゼロである。俺たちが何とかしなければ。
姿勢を低くしながら双眼鏡を覗き込んだ。
洞窟の入り口の前には先端に研いだ石器を括りつけたお手製の槍で武装した2体のリザードマンがおり、警備をしているようだ。
リザードマンと竜人は似て非なる種族である。彼らリザードマンが”二足歩行で歩く爬虫類”のような姿をしているのに対し、竜人は「ドラゴンの角と尾が生えた人間」といった容姿をしている。起源も全く異なる存在であり、竜人たちを魔物と混同するのは厳に慎むべきである(当たり前のように同じような扱いをする獣人は多い)。
双眼鏡をクラルテに渡し、マズルブレーキを取り外して代わりにカバー付きのサプレッサーを銃身に装着。固定型のPRSストックに20インチのロングヘビーバレルという取り回しもへったくれもないサイズのMARS-Hに更にサプレッサーなんて取り付けたら尋常じゃないレベルで長くなる。なんだこれは。
同じようにカービン化したグロック40にもサプレッサーを装着し、戦闘準備を整えた。
依頼内容は小規模なリザードマンの巣の一掃と、連中に拉致された竜人の女性の救出だ。
ゴブリンやオークは性欲を満たすため、そして種の繁殖のために女性を拉致して巣に連れ帰る事はあるが、リザードマンには女王となる個体が存在し、繁殖のために人間の女性を必要とする事はない(そもそもリザードマンは卵生であり、哺乳類である竜人とは根本から違う)。
じゃあなぜ拉致するのかというと、大半は保存食としてなのだろうが……一部の賢いリザードマンは、そうやって人質にする事で人間が救出にやってくるという事を理解しているのだ。より多くの食料を手に入れるための”餌”と認識している可能性がある。
管理局から貰った地図によると、あの洞窟はそれほど広いわけではない。中にちょっとした鍾乳洞が広がっているだけで、複雑な迷路があるわけでもないらしい。
俺が先に、とクラルテに合図を送り、姿勢を低くしたまま前に出た。
腰のベルトから投げナイフを1つ手に取り、剣身を人差し指と中指に挟んだ状態で投擲準備。リザードマンに勘付かれないように接近するなり、奥の方にいる奴の頭目掛けて手首のスナップを効かせ、余計な力を抜いてナイフを投げつけた。
すこーん、と面白いほど正確にナイフが命中。側頭部を串刺しにされたリザードマンが崩れ落ち、相方が慌てて槍を構えるがもう遅い。臨戦態勢に入った頃には、もうすぐ後ろに俺が忍び寄っていた。
中指の指輪の腹を親指で弾き、スイッチを操作。音もなく静かに、尚且つ瞬時に伸びた黒い針。暗器の如きそれを、正拳突きの要領でリザードマンの背面へと突き入れる。
ドッ、と鋭い針がリザードマンの鱗をぶち破って深々と突き刺さった。
変化が生じたのはすぐの事だった―――リザードマンが身を震わせたと思いきや、その身体がボロボロとまるで灰のように変質して、あっという間に崩れ去っていったのである。
死体や血すらも残らない。
対象を瞬時に、なおかつ一撃で、そして痕跡すら残さずに葬り去る暗殺者の指輪。
どうやら俺が手に入れた遺物は、そういう代物らしい。
クラルテにハンドサインを送って合流を促しつつ、MARS-Hを構えて洞窟の中を確認する。奥から吹き込んでくる風の音と、微かな水の音しか聴こえて来ない。
「……妙だな」
「え?」
「いや……リザードマンの臭いがしない」
「どういうことです?」
視線を左へと向け、さっき投げナイフでぶち殺したリザードマンの死体を見た。
洞窟の奥からは、コイツらのような生臭い臭いがしてこないのだ。むしろ逆に人間の臭いがする。汗の臭い、緊張した人間が発する体臭。狼の獣人として生まれたおかげで、そんな細かな臭いまで嗅ぎ当てられるようになった。
もちろん人質にされた女性の臭いなどではない。男性の臭いだ。このむさ苦しい感じはそうに決まっている。
「―――罠かもしれない」
「帰ります?」
「……その方が良さそうだ」
舐めやがってぶっ殺す、となるほど俺も沸点は低くない。その程度でブチギレる煽り耐性ゼロの奴はとっととインターネットやめて、どうぞ。
というわけで先ほど仕留めたリザードマンの死体から投げナイフを引っこ抜き、念のため洞窟の中へ銃口を向けたままゆっくりと後退。突入は断念する。
よくある話なのだそうだ……こうやって偽の依頼で目障りな冒険者をおびき出し、闇討ちするというのは。
今回もそのケースだろう。洞窟の中から香ってきた臭いが明らかにリザードマンの巣のそれではなかった。
クラルテが後退したのを確認してから、俺も踵を返そうとして―――。
―――半ば反射的に、クラルテを突き飛ばした。
「きゃっ!?」
ヒュゴッ、と頭上を通過していく炎の槍。
クラルテを庇うように彼女の上に覆いかぶさった。その炎の槍が発する熱が凄まじく高いせいなのだろう、周囲の大気がプラズマ化し草木が自然発火。俺も背中が燃えている感覚を覚えるや、クラルテの上から降りて小さな悲鳴を発しながら地面の上を転がった。
「ラウルさん!」
駆け寄ってきた彼女に背中の炎を消してもらい、「た、助かった……ありがとう」と礼を述べながらも戦闘態勢に入る。
洞窟の入り口に、人影があった。
右手には優美な装飾の剣を、左手には白銀の盾を持っている。同じく白銀の鎧に身を包み、黄金の刺繍が施された蒼いマントをたなびかせたその姿は、まるで絵本から飛び出してきた勇者様のような姿をしている。
しかしそんな清潔感が漂ういでたちとは裏腹に、顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「オイオイオイオイ……つまんねえなぁ。逃げんじゃねえよ」
言いながら、左手を目の前に突き出す勇者。
彼の目の前に紅いメニュー画面が表示された瞬間、身体中を冷たい感触が走った。
隣にいるクラルテも、目を見開きながら息を呑んでいる。
間違いない―――あのメニュー画面は。
―――アイツ、転生者だ。




