ロザリーの審判
「はぁ……これで全部か?」
持参したタンクの中のガソリンを穴の中に全て注ぎ、勢いを増す炎に少し驚きながら俺は溜息をつく。
妹の―――ロザリーのワガママに振り回される事には、慣れている。
幼少の頃からずっとだ。彼女がお腹を空かせているとおやつのビスケットを分けてやり、遊びに行きたいと言えば散歩に連れて行ってやり、眠いと言えば抱き抱えてベッドまで連れて行ってやった。
戦争で両親を失ってからは、兄妹の絆が一層深まったような気がする。
それもそうだろう、と自分で納得した。父を天地戦争で失い、一緒に疎開するはずだった母は獣人共の卑劣な攻撃で疎開船を撃墜され、俺とロザリーを庇って死んだ。
よりにもよって思春期という、人格形成に極めて大きな影響を与えかねない時期に両親が死んだ。もっと獣人への憎しみを顕わにしたり、歪んだ内面を育んでいてもおかしくはなかっただろう。それでもお互いにそうならずに済んだのは、お互いを最期の肉親として強く意識し気に掛け合っていたからに違いない。
それでもロザリーが大きく変わったのは、あの日からだ。
地上に落ち、ラウルに出会ったあの日から。
あの日を境に、妹は……なんかこう、変わったというか狂った。
メルキアに戻ってきて、日銭を稼いで何とか購入したボロ屋で生活していた(今はもう収入も安定しアパートを借りて住んでいる)のだが、毎日毎日ブツブツブツブツとラウルの名を囁いてはこう、壁に向かって話しかけたりラウルそっくりの人形を作ってニヤニヤしたり、狂ったような笑みを浮かべたりとなんかアレだ、だいぶ個性が出た。うん。
あの子はラウルに出会った日から、きっと脳を焼かれたのだろう。あの男か女かいまいちわからない、ワンチャン女じゃねーかなと思う狼の獣人に。
今頃ラウルと合流して押し倒し、体中舐め回して襲ってるんだろうなぁ……と我が妹の将来に凄まじい不安を感じて胃がきゅるると痛くなる。
あークソ、胃薬真面目に飲んだ方が良いかな……。
ストレス性の腹痛って薬で何とかなるものなのだろうか、と専門家の意見を確認したいなと思いつつ剣を抜き払い、回転する勢いを乗せて右へと大きく振り払った。
肉厚でずっしりと重く、されど短い剣身。
ブヅッ、と肉諸共骨を断ち切る手応え。
リザードマンの生き残りのようだった。仲間が殺されていく中、息をひそめて一矢報いる隙を伺っていたのだろうが……。
気配を消すのが下手過ぎる。こっちとしてはいつ来るか、いつ来るか……と少し楽しみに待っていたのだが、どうやら彼は俺が腹痛でちょっと苦しんでいるタイミングを好機と見たらしい。さすがは竜人の3分の1程度の脳味噌しか詰まっていない単細胞、我々竜人の失敗作。存在自体が恥とも言える弁え知らずの出来損ないは決断力が違う。
べっとりと剣に付着したモノクロの血を見つめながら、少しだけ目を細めた。
静かに、そっと左手を頭上の角に伸ばす。
俺にもロザリーと同じく、ブレード状の角が2本生えている。竜人には共通する身体的特徴でありアイデンティティなのだが……左側から生えている角は、半ばほどから折れ、欠けていた。
2年前、俺の左の角は折れた。
冒険者として駆け出しの頃だった。油断した一瞬の隙を突かれ、ゴーレムの拳が左の角を半分ほど持っていったのである。
竜人の角というのは頭蓋骨が変形し、頭皮を突き破る形で生えているものだ。放熱板としての役目を果たすもので非常に頑丈だが、しかし頭蓋骨の一部という特性上、折れてしまうと脳に障害が生じる恐れがある部位でもある。
実際、俺もあの日から色覚障害に悩まされている―――”赤色”が正しく認識できない。
普段ならば少し見えづらい程度だが、戦闘になって興奮状態になったりすると赤色がモノクロにしか見えなくなってしまう(今がまさにそうだ)。
まあ、おかげで血飛沫を浴びようとも気にも留めずに戦い続けた事から、他の冒険者たちからは『血を畏れぬ戦士』だなんて呼ばれたりしたのだが。
折れた角は回収してペンダントにし、戒めとして持ち歩いている。首に下げている小さいナイフのような物がそれだ。
斬り殺したリザードマンの死体を、穴の底で燃え盛る死体の山に放り込んだ。瞬く間に身体に火がついて、熱で筋肉が収縮し手足や首があらぬ方向へと曲がって、さながら生き返ったかのように蠢きはじめる。
その異様な姿をしばらく眺め、みんな灰になったのを確認してから穴を埋めて先を急いだ。
ロザリーの匂いを追って走ること数分。
かつては低所得層の居住地だったのであろう一帯までやってきて、俺は目を疑った。
ロザリーがいる。その傍らには黒いシスター服姿の修道女がいる。
それはいい、それはいいのだ。
問題は仁王立ちの2人に見下ろされる形で、地面から顔だけ出した状態で埋められている狼の獣人。灰色の頭髪で、茶髪交じりの独特な色合い。確か5年前に出会った時はもっと頼もしい顔をしていた筈なのだが、しかし今の彼女はなんかこう、雨の中捨てられた子犬みたいに弱々しい。
狼の獣人の威厳はどこへやら、飼い主に叱られたチワワみたいになっている彼女と目が合った。
「あっ義兄さん!!」
「誰が義兄さんじゃボケェ!!」
お前に妹はやらん!!
「え、ええと」
ゴゴゴゴ、と効果音が聴こえる。
首から上を出した状態で地面に埋められたラウル君。目の前では仁王立ちしたロザリーとクラルテが睨み合うというか、対峙しているというか。
狂気的な表情を浮かべるロザリーと、大人の余裕を崩さないクラルテ。彼女の場合あのメダリオンが余計なストレスを”調律”してくれているからなのだろうが、仮にあれが無かったとしてもクラルテから余裕が消える事はないのだろう。
「ユリーカだかヤリイカだかなんだか知らないけど……何、何なの? ラウルの何?」
「専属の巫女です」
「巫女? 召使い的な存在って事?」
「まあ、語弊はありますがそうなりますね」
頭を掻くと、ロザリーはずいっと俺の顔を覗き込んだ。
5年前に出会った犬みたいな感じのテンションの美少女はどこへやら。今の彼女の目からはハイライトが消えている。
「ねえラウル、あの女なんかヤバいよ……騙されてるのよ、あなた」
「いやあの……話せば長くなるけど、俺この世界の人間じゃなくて……」
「ええ、ラウルさんは”転生者”です。異世界で死亡し、この世界に転生した魂を持つ特別な人間」
クラルテがさらりと補足説明を入れた。どの道、今後転生者である事を隠すメリットはないし、先ほどクラルテが”ユリーカ”所属の巫女である事を打ち明けてしまっているので、正体を明かす事になるのも時間の問題であろう。
しかし事態は予想外の方向へと進んだ。
「じゃあ……この世界に転生したラウルと私が出会うの、きっと運命だったんだよ!」
な ん で そ う な る 。
にへらー、と笑みを浮かべながら身体をくねくねさせ、首から上を出した状態で埋められているラウル君の頭をむぎゅー、と抱きしめるロザリー。身長と一緒にIカップくらいまで育ったOPPAIの谷間に顔を埋められ、割とマジで窒息しそうになる。
「だってそうでしょ? 異世界から転生してきて、私と出会ってこうやって結ばれるの……運命としか言えないよ。ねえラウル?」
「むぐぐー」
「えへへ、くすぐったいよラウル♪ ……で、あの女マジで何?」
甘ったるい声から急転直下、一気にロザリーの声が冷たくなる。
さっきから思ってたんだけど何この子のテンションのアップダウン。アニメのヒロインみたいな可愛い声出してたと思いきやドスの利いた声になるんだから声優さんって凄い……いやそうじゃなくて。
「え……あの、ロザリーさん?」
「ううん、教えてほしいの。あの人、だあれ? ラウルの何なの?」
「俺の……み、巫女なんだって。転生者専属の」
「巫女って事はあくまでも上下関係って事?」
ちらり、とクラルテの方を見た。
彼女の気持ちは裏切れない。こんな俺を信じてついていてくれたし、献身的にいつも接してくれているのだ。そんな彼女の気持ちを裏切ったら罰が当たる。
どうにでもなれ、と腹を括り、ありのままを話す事にした。
その結果彼女に刺されてもそれはそれ、俺の不徳が致すところである。
「いや、俺の仲間で……大切な人だよ、彼女も」
クラルテが驚いたように顔を上げた。
ロザリーは表情を変えない。ただハイライトの消えた目で、じっと俺の目を見つめている。
「……特別な、人?」
「……そうだ」
「ラウル……あの人いないと困るの?」
「困る」
でも、と空白を置いて続ける。
「―――ロザリーも居てくれないと、困る」
「……そっか」
うふふ、と小さく笑うロザリー。それが合図であったかのようにロザリーの両手に変化が生じた。雪のように真っ白だった彼女の指先が、パキパキと薄氷を砕くような音と共に翡翠色のドラゴンの外殻に覆われ始めたのである。
竜人の能力だ。竜人たちは高い身体能力によって、ああやって体表にドラゴンの外殻を生成して身を守ったり、攻撃に利用する事ができる。そんな能力が生まれつき備わっているものだから、天地戦争の白兵戦において竜人兵は手が付けられないレベルの強さを発揮したという。
やべえ殺される、と身構えたのも束の間、ロザリーは貫手の要領で外殻で覆った両手を突き出して―――。
首から下が地面に埋まっている俺の頭を掴み、ずぼん、と地面から引っこ抜いた。
「……ゑ?」
「えへへ、ラウルの本音が聴けてよかった♪」
「……て、てっきり殺されるかと思った」
「殺すわけないじゃん! ラウルは私の伴侶なんだから! ……そんな事になったらやだよ、悲しいよ私」
「ロザリー……」
しれっと伴侶認定するのね。
この子アレか、外堀を埋めまくるタイプか。
「良いのか、一夫多妻制OKとはいっても浮気みたいに見えるんじゃ?」
「でもそれがラウルの幸せなんでしょ?」
「いや浮気が幸せってわけじゃないけども……」
「私ね、ラウルには幸せになって欲しいの。ラウルの幸せが私の幸せだから……ラウルのためになるんだったら何だってするよ、私」
ね、といいながら飛び切りの笑顔を浮かべるロザリー。今になってやっと、5年前のあのワンコみたいな感じで尻尾をぱたぱた振って全身で感情を表現していた少女の面影がはっきりと認識できた。
「クラルテさん……だっけ?」
「クラルテで構いませんよ、ロザリーさん」
「ん、クラルテもごめんなさいね、あなたがラウルにとってどれくらい大切な人なのか……試させてもらったの」
「うふふ」
「でもねラウル、クラルテさんもいいけど……私にもかまってくれないと泣いちゃうからね?」
「う、うん。それは気を付ける」
「えへへー♪」
むぎゅー、と抱きしめてくるロザリー。やっと彼女の本心が見えたところで俺も彼女の背中に手を回し、5年ぶりの再会を喜ぶ事にする。
5年前からロザリーは身体が大きい方ではあったけど、まさか5年でこんなにでっかくなるなんて……竜人ってみんなこうなのか、それともロザリーとユリウスが特別背がデカいだけなのか。
「……で、話は済んだか」
「あ、ゴメン義兄さん」
「 誰 が 義 兄 さ ん だ 」
「 義 兄 さ ん で し ょ ? 」
「 ア ッ ハ イ 義 兄 さ ん で す 」
【悲報】ユリウス義兄さん、妹に頭が上がらない模様。
いやでもまあ、何か予想はついてた。ユリウスってロザリーを大事にしてるから、絶対頭が上がらないタイプだろうなって。
まさにその通りだったわけだが。
「で……これからどうする?」
腕を組み、建物の壁に寄り掛かりながら問うユリウス。よく見ると彼の頭から生えている左の角は半ばほどから折れているのが分かる。
5年前はそんな事はなかった筈だ……この5年の間に何があったのだろうか。
「ひとまず、俺らは手に入れたものを換金してからメルキアにある船に戻るよ」
「え、結婚式は?」
「それはまあ……ね? うん、俺ら武装貨物船で旅してるわけだから、メルキアにはまだ定住できないんだよね……」
仮に定住しても待っているのは地獄のような差別に塗れた生活だろうしなぁ……浮遊大陸で獣人が生きていくのはまだ厳しい時代といえそうだ。
無論、逆もその通りである。
「じゃあ私も行くー!」
「え」
「いいよね、兄さんいいよね? というか兄さんも来て!」
「まあ行くあてなかったしなぁ……」
クラルテと顔を見合わせる。
この2人がギルドに加入してくれるというなら……ヴォイテクも納得してくれる筈だ。今のくまさんハウスはギルドの仕事を少ない人数で何とか回している状態で、最近それに募集をかけ俺とクラルテがやってきた、というわけである。
ロザリーとユリウスの実力ならば保証できるし、人出が増えるのならばヴォイテクも許してくれるだろう。
「悪いが、よろしく頼めるか」
「ああ、ギルドマスターに話をつけてみるよ」
頼む、と言うユリウスとがっちり握手を交わした。
この2人がギルドに加入してくれるならば、戦力UP間違いなしである。
竜人の角
竜人の頭から生えているブレード状の角。頭蓋骨が隆起し盛り上がって頭皮を突き破るかたちで生えており、頭部に溜まった熱を放出する生体放熱板としての役割があるとされている(※竜人の平熱は38℃)。それ故に非常に堅牢にできており、竜人たちからすれば種族のアイデンティティでもあり誇りである。
しかし頭蓋骨の一部という特性上、戦闘や事故などで折れてしまうと脳に障害が発生してしまう事がある。実際にユリウスがゴーレムの一撃で既に左の角を折られており、赤色を識別できない色覚障害に悩まされている。
戦時中、殺害した竜人兵士や捕虜の角を切り取り、戦利品として持ち帰る行為が横行し竜人側の獣人に対する復讐心を確固たるものにした。
今でもなお戦時中に手に入った竜人の角や、拉致、または奴隷にされた竜人の角が貴族向けの『美術品』として出回っている現状がある。




