み ー つ け た
ラウル君罵倒語録(現状で)
『金と暇を持て余した奴が活動家に転身して社会の癌細胞になっていく』
『FPSでイキるくせに学校では大人しそうな顔の奴』
『(死体処理は徹底しなければならないという)常識すら理解できない終身名誉馬鹿』
『モラルの欠片もない人間の失敗作』
たぶん今後も増えていくんじゃないですかね……。
どくん、と胸が高鳴った。
身体中が―――この私、ロザリーという少女を構成する前身の全ての細胞が一斉に歓喜に打ち震えているかのよう。
身体中を巡る血の声が、臓器の、筋肉の、そして細胞の1つ1つが踊り狂っているように思える。身体の芯に火がついて、一気に燃え上がったかのような全身の火照り。
「……ロザリー?」
仕留めたアラクネの死体からグラディウス(※剣身の短い剣。ローマで幅広く使用された)を引き抜く兄さんが心配そうにこっちを振り向くけれど、ごめんなさい兄さんもう私止まらない止められないたまんない。居ても立っても居られない。
だって、ラウルの匂いがしたから。
5年前と変わっていないラウルの匂い―――石鹸の匂い、獣の臭い、そしてちょっぴり火薬のアクセント。
来てくれた。
ラウルが―――あの子が、約束通りに来てくれた!
私と将来を誓い合ったオス、私だけの伴侶、私だけの番!
だってそうでしょう? あの子の唇を一番最初に奪ったのはこの私だから。
一番最初にマーキングしたのは、この私だから!
5年経っても約束を忘れずに、会いに来てくれた!
それだけでも嬉しいの、ラウル。
あなたと別れてから5年間、一度たりともこの心が満たされた事はなかった。
あなたとの再会を願って床に就けば夢に出てくるのはウエディングドレス姿のラウル。そして神父様の前で誓いのキスを交わして、私たちの愛の巣で愛し合って溶け合って絡み合って、そして生まれた子供は数えきれない。
ラウル、私ね? 寂しくてあなたの行動や口調、ちょっとした細かい仕草から色々とプロファイリングするために心理学を学んだのよ?
ラウル、私ね? 寂しくてあなたを模した人形を作って一緒に新婚さんごっこしてたのよ?
ラウル、私ね? ついにはプロファイリングの果てにあなたの好みとか身体的特徴とか趣味趣向とか全部網羅しちゃったのよ?
ラウル、私ね
「ロザリー!!」
兄さんの声が聴こえるまでもなく、視界の端に映った異形。
緑色の鱗と、ぎょろりとした爬虫類みたいな黄色い瞳。ちろちろと口から伸びる長い舌に鋭い爪、手には刃こぼれし錆び付いた刀剣と小さなラウンドシールド。
”リザードマン”―――私たち竜人とは似て非なる、品性の欠片もない野蛮なケダモノ。
意識がすっかりラウルに向いている私の隙を突く形で飛び出し、手にした剣の切っ先を私の首筋に向けて突き出して―――。
「―――は? 何オマエ」
刃が私の首を刺し貫くよりも先に、力任せに振るったスレッジハンマーの一撃がリザードマンの頭を殴りつけた。
まるで卵を拳で殴り潰したような、脆い殻が割れて中身が吹き出すような手応え。けれどもその柔い殻は頭蓋で、柔らかい中身は脳漿で、眼球で、神経で。
まだびくびくと痙攣する身体を踏みつけ、心臓を思い切り踏み潰した。
「邪魔すんじゃあねえよ……殺すぞゴミカスが」
せっかくのラウルとの再会直前だというのに。
私の伴侶がすぐそこに居るというのに。
これから教会に行って結婚して誓いのキスをして今夜は朝まで思い切りブチ犯……愛し合う予定だというのに。
それを……それをそれをそれを。
こんな品性の欠片もなく、言語も理解せず、ただただ本能のままに殺し喰らい犯すしか能のない下等生物の分際で、ラウルと私の激甘新婚生活(※予定)を邪魔しやがって……ッ!
返り血まみれになりながら、ぎろりと視線をリザードマンの群れに向けた。
「―――さない」
「ろ、ロザリー?」
投げ槍を投擲する準備をしながら、兄さんがなんだかドン引きしている。
きっと兄さんも嬉しいのね、だってそうでしょう? 大事な家族の晴れ舞台だもの。5年間ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと思いを募らせ妄想の中では10人も子を産み、マジで子供が生まれた暁にはつける予定の名前も考えているレベルでラウルの事を待っていた私がついにあの子と結ばれるんだもの。
嬉しいわよねえ兄さん? ねえ、ねえねえねえ? なんで目を合わせないの? なんで目を逸らすの? ねえ、なんで? なんでなんで? オイなんで? 聞いてるのよねえ、なんで? オイこっち見ろよ。ねえ、なんで?
まあ、いいわ。
「お前ら、全員殺すね?」
「いやあのちょ」
兄さんの言葉を最後まで聞かず、ハンマー1本を手にリザードマンの群れに突っ込んだ。
ラウルのためにね、お料理の練習頑張ったのよ?
ぐしゃあ、とリザードマンの頭を潰しながら笑みを浮かべる。私の作った手料理を「美味しい」って言いながら食べてくれるラウルの顔が目に浮かぶ。
うふふ、ラウルったら。ほっぺたにトマトソースついてるわよ☆
新婚生活の妄想してたらさっきまでの怒りがどこかに吹っ飛んだ。
もうこんなリザードマンとか、その、アレよ。男性向けのえっち本で女騎士にえっちな事してるくらいしか取り柄がない連中なんてどうでもいいわ。描写するのもめんどくさいだろうしもうパッと殺すわよパッと。
というわけで以下省略、パッと皆殺しにして私は息を吐く。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ラウルぅ……。
感じる、感じるわ。これだけ噎せ返るような血の臭いの中でもあなたの匂いはしっかり感じるわ。そうよ、私の伴侶の匂いがこの程度の血の海と臓物臭で遮られるような事があってはならないの。あなたは私の一番星。決して動じる事の無い北極星。
まだ息のあったリザードマンの頭を踏み潰して、私は兄さんの方を振り向く。
「ねえ兄さん?」
「ヒッ」
「悪いけど、死体の処理お願いできるかしら?」
コクコクと必死に首を縦に振る兄さん。震えてるけど武者震いとか、良い意味の意味よね? そうだよね?
死体処理を兄さんに任せて、私は走り出した。
ラウル、ラウル……うふふふふふ。
絶 対 逃 が さ な い わ よ 、 ラ ウ ル 。
「ねえ」
「はい」
「さっきから寒気するんだけど」
「風邪ですか?」
どうぞ、と言いながら薬用シロップの瓶をくれるクラルテ。中身はスライムみたいな、半透明でどろりとした質感の緑のシロップ。薬草とか魔物の肝とか昆虫とかを磨り潰して調合して作るやつじゃなかったっけコレ。
懐かしい、昔風邪ひいたエミリオのためにみんなで小遣いを出し合って村の市場で買ってきたもんだ。味の方は……その、エミリオは「こ、ころして……ころしてくれ……」って痙攣しながら涙を流していたのできっとこの世のものとは思えないほど美味いのだろう。ほらエミリオ、もう一口お食べ(鬼畜)。
え、俺はどうなのかって? ラウル君は身体が頑丈だったし免疫がラスボス級の強さだし健康管理も徹底していたので風邪なんて引く事はなかった。体調管理は社会人の基本、身体が資本なのである。風邪ひいても出勤しろとか言ってくるブラック上司は控えめに言って苦しんで死んでほしい。
息を呑み、ぐびっと薬用シロップを呑んだ。
最初はほんのり甘くて「あっ水飴みたい」って思ったのも束の間、遅れて押し寄せてくる苦味と渋み。それと多分魔物の肝の風味なのだろう、生臭い。とにかく生臭い。下処理を怠ったうえ常温で放置するという冒涜を経て食卓に並んだ生魚みたいな臭いがする。
「ラウルさん、顔が青いですよ?」
「こ、ころして……ころしてくれ……」
し か も 粘 度 が 高 い か ら な か な か 吞 み 込 め ね え 。
いつまでたっても口の中で滞留する粘液と生臭さ。吐き出したくてもクラルテの目の前で吐き出すわけにもいかず、辛うじて呑み込めば今度は胃袋が悲鳴を上げる。
良薬は口に苦しとはよく言ったものだが、劇物と紙一重という注釈も添えておくべきではないだろうか。身体に良ければ苦くてもいいと思ったら大間違いだぞコラ。
吐きそうになりながらも建物の中を物色。ここは何かを修理する工場だったようで、レンチとかニッパーとかペンチとかラチェットとか、お馴染みの工具がぞろぞろと出てくる。こういうのでも小銭程度にはなるかな、と思いダンプポーチに収めていった。
なんだか前世の世界の祖父ちゃんを思い出す。祖父ちゃんの家にはこういう工具類がどっさり置いてあって、手先が器用なものだからコンプレッサーから家にあった湯沸かし用のボイラーから何から何まで大体自分で直してしまうのである。
なんか昭和生まれの人って生命力が違うよね。
あの”生きる力”はデジタル世代として見習いたいもんである。今まさに必要な力がそれなのだ。
室内を物色し終え、さあてロザリーはどこかなと思いながら工場であったであろう建物の外に出た。
建物の中という空気が滞留しやすい環境だったので気付かなかったが、建物の外では俺たちを待ち構えていた冒険者パーティーがいた。
人数は7名……一般的に冒険者パーティーは4人までという管理局の規定があるのだが、明確な規定違反じゃないだろうか。それかアレだ、別々のパーティーとして出発して現地集合した感じか。「俺たちはたまたまダンジョン内で一緒になっちまったので」とでも言い訳すればお咎めなしなのだからガバガバすぎるにも程がある規定である。
「えーと、何か?」
「おい下等生物。命が惜しけりゃ手に入れたものと装備一式、そこに置いていきな」
リーダー格と思われる赤毛の男性が、ハルバードの穂先をこっちに向けながらニタニタと笑う。近接武器ばかりでどう戦うつもりかと思ったが、よく見ると7人中3人はマスケット……ではなく、レバーアクションライフルっぽい小銃を持っており、魔術師も1人紛れ込んでいる。
アレ金になりそうだなぁ、と思いながらクラルテを庇うように立った。
「さっきの戦い、見てたよ……お前らの持ってるその銃、随分と強力なやつみたいだな?」
「旧文明の遺産? まあ、そんなのどうでもいいわ。あんたたちみたいな野蛮人が持ってるなんて危ないから、私たちが管理してあげるわよ……うふふ♪」
「あー、何? 武器のお預かりサービス?」
そんな業者さんには見えないが。
そっと後退りつつ相手の配置と人数を確認。高台に1人、リーダーの隣に1人、俺たちの右手に1人。左側がお留守かと思いきやそっちには魔術師がいて、前門の虎後門の狼、といった感じの布陣になっててマジでクソである。
はあ、と溜息をついた。
両手を上げ、降参のジェスチャーをする。
「分かった、分かったよ。俺喧嘩弱いんだ……手荒な事はしないでくれ」
「いい心がけだ」
MARS-Hのスリングを肩から外し、地面にそっと置く。
―――ふりをして、思い切り中指を立ててやった。
「は?」
ピンッ、と安全ピンが引き抜かれる音。
俺の後ろにいたクラルテが、腰のグレネードポーチから取り出した手榴弾の安全ピンを引き抜いて、連中の目と鼻の先に投擲したのは一瞬の事だった。
阿吽の呼吸、という奴だ。
俺がわざと身振り手振りを交えて喋り、相手の視線を一身に集め、その間にクラルテが隙を見て反撃する。
手品と同じ手法だ。観客の視線を誘導して死角でトリックの下準備をする。それを事前の打ち合わせナシで、わざと俺が大きな声を出して目立つ身振り手振りで喋り出したタイミングで察して期待通りの行動をしてくれたクラルテには頭が上がらない。
ドカン、と手榴弾が冒険者共の目の前で爆発。飛び散った破片が数人を殺傷、男女の悲鳴が上がる。
「お、お前―――」
突然の反撃に目を白黒させているライフルマンにMARS-Hの一撃をお見舞いする。妥協ナシのフルサイズライフル弾で腹を撃ち抜かれ、貧血でぶっ倒れるかのように崩れ落ちる冒険者。
反対側ではクラルテが、M60の怒涛の弾幕で魔術師を圧倒しているところだった。杖を構えて詠唱しようとするが、しかし迂闊に身を乗り出せば弾幕に蜂の巣にされる。自分のすぐ近くを掠める弾丸の恐怖に頭を引っ込める事しかできない魔術師。
彼女が釘付けにされている間に、続けざまに高台にいたライフルマンに向かって引き金を3回ほど引き絞った。2発目が命中したのか、身体を大きく仰け反らせてそのままぶっ倒れ、動かなくなる。
魔術師の方はというと、彼女の運が無かったのか、それともクラルテの狙いが無慈悲だったのか……両方か。
隠れていた遮蔽物をぶち抜いた7.62×51㎜NATO弾で撃ち抜かれたらしく、悲鳴が聴こえてきた。
「まだ息があるようですが」
「こっちもだな」
手榴弾の破片を浴び、血塗れになりながらもまだ生きていたリーダー格の男。さすがは竜人の生命力と言うべきか。
呻き声を上げつつもその辺に転がっているペッパーボックスピストルに伸ばそうとした手を、ブーツで遠慮なくゴリっと踏みつけた。
「うぎゃああああ!!」
「喧嘩売る相手はよぉぉぉぉぉく選んだ方が良いよ」
射撃を終え、アツアツホカホカで寒い冬の日に恋人と味わいたいレベルの熱を帯びたマズルを押し付ける。
「や、やめ……やめ……っ」
「死にたくなけりゃあ出すもん出しな」
へいへいへーい、とマズルで頬っぺたをぐりぐりやっていたその時だった。
―――強烈な寒気。
やっぱりコレ風邪じゃないよ……インフルエンザでもねえよナニコレ。
ドドドドド、と地面を伝う振動。
新手の魔物か―――そう思いMARS-Hを構える俺の目の前に、その辺の建物の壁をぶち破って現れたのは1人の竜人の少女。
翡翠色の髪は美しい宝石を思わせ、前髪から覗く瞳もまた翡翠色。しかしそこには美しさというよりは狙いを定めた肉食獣の如き獰猛さと、何か狂気に満ちた歓喜の色が浮かぶ。それさえなければ可憐で清楚でどこかミステリアスな大人びたお姉さんといった感じの美少女なのだろうが……。
新手の敵と思ったが、すぐさま5年前の記憶がそれを否定する。
あまりにも身体的特徴が一致するのだ―――ロザリーと。
まさか、と思ったのと彼女と目が合ったのは同時だった。
「ろ、ロザリー……なのか?」
彼女は何も答えなかった。
寒気しか感じさせる気のない笑みを浮かべ、こっちに向かって猛ダッシュ。おいちょっと待て、と制止の声も何も意味を成さず、気が付けば勢いのままに突っ込んできた彼女に突き飛ばされて地面をゴロゴロと転がって、2人仲良くバトル漫画みたいな吹っ飛び方をしてから壁に叩きつけられた。
ま、間違いない……この力加減をミスった感じは完全にロザリーだ。
「ラウル、ラウル!」
「ろ、ロザリー……!?」
「うんそうだよ、あなたのロザリーよ! やっと来てくれたのね!? しかも私たちの言葉まで覚えてくれて……あぁぁぁぁぁぁぁ嬉しい、嬉しすぎて溶けちゃいそう……!」
顔を赤らめ狂気的な笑みを浮かべながら、人の上にのしかかって身体をくねくねさせるロザリー。何を思ったのかついには首筋にちゅっちゅとキスまで。ちょっと待ってクラルテがこっち見てる。
「さあ早く結婚しましょ? 良い感じの教会見つけたの」
「待って」
「結婚したら住む物件も見つけたのよ。メルキアまで徒歩5分で通勤圏内だしガレージ付きの一戸建てよ」
「あの話聞いて」
「子供は何人欲しい? 私は何人でもいいけどラウルの子だったらいっぱい産むよ? 妄想の中じゃもう10人くらい産んで名前もつけてるの♪」
「待ってこいつやべえ」
「もう駄目、身体が嬉しすぎてキュンキュンしてる……ねえ、もう襲っちゃっていい? いいよね、良いって言って、もう実質夫婦だもんね? ね? ね? あーんもう我慢できない、いただきまーす♪」
「ばっ、バカバカバカやめろ! ヤメロー!!」
服を脱がそうとしてくるロザリーさん(16)。待ってくださいここダンジョンです。危険地帯です。そんなところで服を脱がしてえっちな事しようとしないでくださいマジで。そんな行為の最中に不意打ちで死んだとか情けなさすぎて嫌になる。
全力で抵抗するラウル君と、そんな抵抗するラウル君を美味しく食べようとする超肉食系美少女ロザリーさん。
童貞という称号が失われるまで秒読みが入ったかと思った俺の視界の端で―――異変が生じた。
黒い人のような影が―――何もない空間に浮かび上がった。
ラウル「死にたくなけりゃあ出すもん出しな」
冒険者「しょうがねえな」
ラウル「待て待てベルトを外すなズボンを下げるなパンツに手をかけるn……ちょっ、ヤメロー! んなもん出さんで良い! ごめん俺が悪かった!」




