カエサリア探索
2026年前、旧市街地カエサリアは第25文明を支える大都市の1つであったとされている。
ティベリス川の流域に形成されたカエサリアは商業の中継地点として栄え、かつてメルキア大陸に根付いていた第25文明の一翼を担う商業都市であった。
けれども観測歴35974年、永久に続くと思われた繁栄は突如として終局を迎えた。
記録によると、宇宙の彼方より飛来した1つの隕石が地上へと落着。爆発と共に隕石の内容物が成層圏まで押し上げられたのだが、その中に地球上には存在しない未知の細菌が含まれており、感染した人間は次々に死亡。感染力の高さに加え、上層気流に乗った最近は浮遊大陸を含む世界中に広がっていき、第25文明は隕石の落着から僅か一週間で崩壊。助かったのは地下に避難していた一部の人類のみであり、また地上の汚染の除去にそこから長い期間を費やしてしまい、第25文明は終焉と相成った。
現代の第27文明と比較すると最近の出来事であるため、文明滅亡の原因はしっかりと記録に残っている。
とはいえ記録が残っているのはその1つ前の第24文明まで。こちらは核兵器みたいな戦略兵器のパイ投げ合戦にまで縺れ込んでしまい、世界全土を焼き尽くして滅んだ。そのため第24文明の詳細な記録と、それ以前の文明の記録はほとんど残っていない。
細菌で人間だけが死んだ方が良好な記録が残る、というのはなんという皮肉だろうか。
そして今のこの第27文明も、熾烈を極めた天地戦争が継続されていたならば今ごろは第24文明と同じ末路を辿っていた可能性も高いとまで言われているのだから1㎜たりとも笑えない。
カエサリアの周囲にはフェンスが配置されており、竜人語で『Caesarea urbs vetus ante nos est. Carcer designatus. Introitus vetitus est hominibus non auctorizatis(この先旧市街地カエサリア。ダンジョン指定中。関係者以外の立ち入りを禁ずる)』という記載がある。
しかしそのフェンスも錆び付いていたり、誰かがボルトカッターで切断して入ったのであろう大穴が穿たれていて、関係者以外の立ち入りを禁じるための障壁としての機能を成していない。
MARS-Hのセレクターをセミオートに入れ、フェンスに穿たれた穴をそっとくぐった。俺はともかく190cmもあるクラルテは少し大変そうだったが。
さてさて、人生初のダンジョンについに足を踏み入れたわけだが、ハイイロオオカミの獣人ラウル君の鼻腔が嗅ぎ当てるのは血の臭いに腐臭。「死」が漂う空間だということが嫌でも分かり気を引き締める。
足音を立てないよう細心の注意を払いながら静かに進んだ。
カエサリアの街中は近代的なイタリアを思わせる。メルキアの街並みの方がむしろ旧い時代のものに思え、遺跡=旧いものという認識がバグりそうになる。
車道には錆び付き、乗り捨てられた車があった。塗装は剥げ落ち車体も朽ちているが、プリウスに似た形状をしていることが分かる。
早速お宝発見かと思ったが、こんなダンジョンの入り口の近くで旧文明の車がそのまま放置されているはずもなく、正面に回り込んでみるとボンネットは強引にこじ開けられ、中身たるエンジンはもぬけの殻だった。細かいパーツに至るまでが持ち去られている。
落胆する一方で、まあだろうな、という諦めもあった。
第25文明のエンジンなんて、現代のそれと比較して高度な技術の結晶である筈だ。買い手は大金を出すだろうし、そんなものが放置されたままである筈がない。
はあ、とため息をつき、どうですかと言わんばかりにこちらを見つめるクラルテに首を横に振る。
風向きが変わった。
腐りかけの血の臭いに、本能的に戦闘態勢に入る。
イヌ科の動物の嗅覚は鋭く、索敵には大きな助けになる。しかし臭いで索敵する以上、風向きに精度が左右されてしまうのはどうしようもない弱点といえた。
今のもその嫌な例の一つである。
咄嗟にMARS-Hを向けた銃口の先。ホロサイトのレティクルの向こうに見えるのは人間の死体だった。頭から角が生えているところを見るに竜人なのだろう。私服の上に革の防具を装備した、典型的な冒険者スタイルだ。
眉間に矢が刺さっていて、死因は弓矢によるヘッドショットのようだが問題はそこではない。
―――アイツ、死んでからどのくらい時間が経ってる?
死体の焼却処分は冒険者の義務だ。死体を放置し36~48時間経過すると、死体はゾンビ化して蘇り生者を襲う。そしてゾンビに噛みつかれたり引っ掛かれたり、飛沫が粘膜に接触すると感染してゾンビになってしまうのだ。
そのため人間や魔物の死体の焼却処分は義務として定められているのだが、どうやらそんなことも理解できない終身名誉馬鹿か、モラルの欠片もない人間の失敗作が居たらしい。
ガソリンあるよな、とクラルテに問う視界の端で、ぴくり、と死体の指が動いた。
迷う暇などなかった。気が付けばMARS-Hの引き金を引き絞り、7.62×51㎜NATO弾で死体の上顎から上を砕いていた。
フルサイズライフル弾の威力はレベルが違う。アサルトライフルに用いる中間弾薬とは異なり、装薬量に関して一切妥協していない代物なのだ。
加えて弾丸の性能を引き出すため選択した20インチという長銃身により十分な運動エネルギーを受け取ったのだ。弱い筈がない。
あわやゾンビ化するところだった死体は頭を砕かれ、今度こそ動かなくなる。
ゾンビを仕留める際は脳か心臓に大きな損傷を与えるのが基本だ。逆にそれ以外の物理攻撃はあまり効果がない(死体だから痛みを感じない)。
あるいは教会で祝福祈祷を受けた聖水をぶっかけるか、光属性の魔術で浄化するか、銀の剣を用いるかだ。手っ取り早いがこの手段を選べる人間が限られるし、対アンデッド戦を想定していない限り、教会の聖職者でもない限り聖水や銀の剣なんて日常的に所持するなんてことはまずない。
なので頭を吹き飛ばすか、心臓を潰すか。これが主流だ。
今もしかして「それなら死体を見つけたら頭と心臓を潰せばよくね?」と思ったそこのあなた。
それはそうだが、そんな事したらフツーに死体損壊罪で罪になるので出来ないのだ(ダンジョン内ではやる奴がいるけども)。
死者の尊厳は守らなければならない。
死体にそっと手を合わせ、ポーチからガソリンのボトルを取り出し死体に振りかけた。その辺にある布の切れ端に火をつけ死体に着火、火葬にする。
「ところでクラルテってさ」
「はい」
「シスターって事は回復魔術とか対アンデッド用の魔術を習得してたりするの?」
「ええとですね、私はあくまでも異世界転生者統括管理機構”ユリーカ”から派遣された巫女ですので、聖職者ではないのですよ」
「そうなのか」
「ええ。シスターというのも便宜上のものですので……神に仕えるのではなく、あくまでも我々巫女は転生者と、そして”電脳の母”にお仕えする存在ですから」
電脳の母、ねぇ。
燃える死体にガソリンを継ぎ足した。
死体がゾンビ化する世界なので、火葬の文化がない民族は滅ぶか、伝統の変貌を強いられてきた。だからこの世界には火葬以外の死者の弔い方が存在しないのだ。
燃え残りから装備品を回収。小型盾とショートソードを拾い上げ、バックパックへと収める。
「ロザリーさん、いるんですかね本当に」
「いるさ」
周囲を警戒するクラルテに、俺はそう言った。
死臭が酷いが、懐かしい匂いは確かにする。
あと寒気。
「……クラルテ」
「はい」
死体がすっかり焼けたのを見届け、建物の中へと足を踏み入れようとする。
武器をMARS-Hからカービン化したグロック40に持ち替え、フラッシュマグに埋め込んだフラッシュライトを点灯。建物の中を照らして危険がない事を確認し、俺が前に立って突入した。後方からはM60を腰だめに構えたクラルテ(嘘だろお前それでCQBやる気か)がついてくる。
クラルテの教練空間で、あるいは空き時間にヴォイテクから指導を受けた際に訓練したように、カッティング・パイの要領で曲がり角を確認。さすがに銃を持った相手が待ち構えているとは思えないが、念のためだ。「まさか」で間抜けな死に方をしたくはない。
滅亡前はここに住んでいた住民の寝室だったらしい。机とベッドがあり、引き出しにはご丁寧に鍵がかかっている。開けられた形跡はない……というより、金目のものは入っていないだろうと目されスルーされたのか。
ガン、とグロック40を発砲、10㎜オート弾で鍵を破壊し引き出しを漁る。中には古びたペンや日誌のようなものがあった。日誌……というよりも日記か。竜人語のようだが現代語と比較するとより旧いもののようだ(そりゃあ2026年前の文明だから完全に同一の言語だなんて考えられない)。
読めないが、しかし当時の暮らしぶりを知る重要な手掛かりになるかもしれない。さすがに昔のスクラップと比較すると価値は下がるだろうが、念のため持っていこう。
こりゃあなんだ……ラジオなのだろうか?
壊れたラジオをこんなところに仕舞ってたのか、と思いダンプポーチの中へ。後は何かないか、と手を引き出しの奥に突っ込んだところで、カチッ、と指先が何かを押す手応えがあった。
ズズズ、と引き摺るような音を立て、俺から見て右手にあった本棚が横にスライド。埃の付着した壁に埋め込まれた金庫が顔を出す。
「え」
「……俺、また何かやっちゃいました?」
ウッソだろお前。
俺ってもしかして幸運のスキルでも持ってるのか、と思ったがまあ絶対そんな事はないだろう。第一幸運のスキルでも持ってたら生まれが初手から孤児院なんて事はなかった筈だ(多くの人たちの力添えのおかげで生きて来られたからまあ幸せ者ではある)。
ダイヤルを適当に回しても開く気配がない。どこかに何かヒントとかないか。引き出しにメモとか何か……。
真面目に周囲を探索している俺の背後で、ボコン、と金属がひしゃげるような音がした。
What? とアメリカンな感じのノリで後ろを振り向くと、そこには金庫に渾身の右ストレートを叩き込んで金庫を粉砕、めりめりと強引にこじ開けて中身の金の延べ棒を白日の下に晒す脳筋クラルテさんの姿が。
「ふんす!」
「えぇ……?」
この女金庫を殴って破壊しおったぞ……?
そりゃあまあ、M60とか迫撃砲を平然と装備してついてくる力とスタミナの持ち主だからパワーはあるんだろうけど……え、クラルテさんそんなキャラだったの?
褒めて褒めて、と言わんばかりに狐の尻尾をぱたぱたと左右に振るクラルテ。「お、おう、すげえ……よくやった、うん」と歯切れの悪い労いの言葉を投げかけると、彼女はヴェールの下で狐のケモミミを嬉しそうにピコピコ動かした。
とりあえず金庫の中身を拝借していこう。ぶっちゃけジャンクもお宝も既にほかの冒険者に取り尽くされ、ろくなものは残っていないだろうと期待していなかったがこりゃあとんでもない収穫だ。一体どれだけの金が手に入るのか、想像しただけでニヤニヤが止まらない。
金の延べ棒を何本かダンプポーチに収めたところで、ぴたりと手を止めた。
「ラウルさん?」
「続けて」
クラルテに財宝の回収続行を指示、部屋の外を警戒する。
銃を構えながら部屋の外に出ようとしたところで―――足を止め、武器をグロック40からMARS-Hに持ち替えるなり、壁に向かって3回ほど引き金を引いた。
ズタダダン、と重々しい銃声。突然の発砲にクラルテが驚いてこっちを振り向く。すまんやり過ぎた、とジェスチャーで謝罪の意を伝えつつ警戒しながら部屋の外に出ると、壁越しに背中から胸を貫通された冒険者の男が崩れ落ちていくところだった。
手には斧がある。
おそらく俺たちの後をつけ、あわよくば装備を奪おうとしていたのだろうが……こっちがまさかの隠し金庫を探り当て、金の延べ棒を回収し始めたのを見て焦ったのだろう。結果として死に急ぐ結果となったようだが。
他に敵がいない事を確認し、装備を回収。この斧も、アイテムポーチも、フリントロック式のピストルも……そして胸に下げている銀のロケットも全部だ。
「ラウルさん、こんなにたくさんありましたよ」
「……クラルテ、ケツ捲って逃げる準備した方が良さそうだ」
「え」
めり、と天井が軋み、一気に崩れた。
雪崩のように落ちてくる瓦礫の山。それに混じって大量の人影が廊下に転がり落ちてくる。
強烈な腐臭と青白い肌、そして首筋や腕に肉を食い千切られたような生々しい傷跡―――。
ゾンビだ。
ここの住人たちではないだろう。服装や装備を見るに、このダンジョンの探索中に命を落とした冒険者たちか。
誰だかわからんが死体の処理を怠るとこんな事になるんだ、クソッタレ!
落ちてきたゾンビたちは俺が撃ち殺した男の死体を貪り始めた。ぶちぶち、と筋肉繊維が立たれていく音、ぐちゃぐちゃと内臓を咀嚼する音が何とも神経を逆撫でし嫌悪感を抱かせてくる。
「クラルテ!」
「はい!」
ダンプポーチに金庫の中身を全部放り込み、グロック18Cを片手に離脱に転じるクラルテ。
彼女の背後を守るようにMARS-Hを発砲、ゾンビたちの顔面を吹き飛ばし、手榴弾を投擲して彼女の後を追う。
派手な爆発を背後に、全力で走った。
人生初のダンジョン探索は、とんでもない展開でスタートしやがった。
死体のゾンビ化
この世界では人間や魔物の死体は死後36~48時間の経過でゾンビ化し、生者を襲うようになる。ゾンビに襲われ噛み付かれる、引っ掻かれる、粘膜に体液が付着する等した場合は生者もゾンビ化し他人を襲うようになるため、感染に歯止めが利かなくなってしまう。
そのため魔物の死体や人間の死体は確実に焼却処分する事が義務付けられている。死体を灰にしてしまう事でゾンビ化を防ぐ事が可能だからだ。仕事中に発見した死体、あるいは討伐した魔物の死体を適切に処理できるよう、冒険者は火炎瓶やガソリン、炎属性魔術の習得などの用意が望ましい。
なおそれらの手段がない場合は最寄りの管理局に通報すれば、死体処理班が出動し死体を回収、確実に焼却処分してくれる行政サービスも存在する。
あくまでもゾンビ化するのは『脳と心臓の両方が健在な死体』であるため、頭部と心臓を破壊すればゾンビ化する事はない。しかしそういった死体を破壊する行為は『死体損壊罪』で処罰されるため、焼却処分で確実に処理する事のみが適法として扱われる。
しかしそういった処理方法が順守されているとはお世辞にも言えない状況であり、処理をめんどくさがり雑に頭部を破壊するだけで済ませてしまう冒険者も一定数いるようだ。




