旧市街地カエサリア
ヴォイテク「ヤンデレってある意味純愛の極致だよな」
ラウル「言いたい事は分かるけど今の俺割とマジでヤンデレのせいで笑えない事になりそうな気がするからやめて」
《Tramen celeris Stella 12 ad Astionium profectus mox a perone sexto discedet. Cavete portas claudendas(間もなく、6番乗り場から快速列車ステラ12号、アスティオニウス行きが発車します。閉まるドアにご注意ください)》
快速列車の指定席に座り、とりあえず一息ついた。
一旦ソーキルに戻り、ヨルゲンセン機関長にペレノアでダンジョン調査の仕事をするついでにロザリーに会ってくるという旨の話を伝えてから駅に来て、切符を買ったのがついさっきの事。そしてペレノア経由でアスティオニウスという宗教都市まで向かう快速列車があと3分で発車すると知り全力でダッシュしてきて今に至る。
地図によると、聖都メルキアの北方にあるというペレノアまでの距離は320㎞。分かり辛いと思うので日本でいうとどこからどの辺までの距離になるか当てはめると、だいたい岩手県盛岡市から北海道函館市までの距離がある。
しかもこの区間内、途中の駅がない。
なので感覚としてはペレノアはメルキアから一駅で行ける場所という事になるが、その区間が尋常じゃなく長いのだ。東京に住んでる諸君は「たかが一駅くらい歩けよwww」とか思う前に地図を見る習慣をつけよう。そんなナメた態度で地方に来ると死ぬぞ。北海道は本州とはレベチなのでマジで死ぬから気をつけよう。
北海道はマジででっかいのである。
それはさておき、快速列車ステラ号は日本の特急列車よりも速い160㎞/hで走行するというのは駅の情報で分かっている。専用のディーゼル機関車を前方に2両連結して、ここからアスティオニウスまでの距離を160㎞/hで爆走するのだ。
終点までの距離と所要時間は考えたくない……南米大陸サイズの巨大な浮遊大陸がまるまる1つの国として機能しているのだから、その移動距離も相当なものと考えるのが妥当だろう。
列車が動き始め、順調に加速していった。
列車の旅というのもたまにはいいものだ。転生前、岩手県民だったラウル君は東京でイベントがある時はよく東北新幹線を使っていた。片道移動するために大金を生贄に捧げていたのである。地方のオタクは辛いのだ。
ここからペレノアまでの所要時間はだいたい2時間と少しくらい。ステラ号には豪華な事に車内販売もあるらしいので、道中お口が寂しくなったら何か購入してもいいだろう……と言ったそばから手押しワゴンを押しながら乗務員が「温かいお飲み物やお菓子はいかがですか~」と穏やかな声で語り掛けながらやってきたので、呼び止めてホットコーヒーとアイスティーを注文。それからメルキア名物のはちみつクッキーも購入し、代金を支払ってから口へと運んだ。
甘みの強いクッキーと、浅煎りのコーヒーの苦味にすっきりとした味わい。ラウル君はコーヒーか紅茶かと言われたら悩むところだが、どちらにせよ砂糖やミルクは決して入れない。苦味と風味をそのまま楽しみつつ、ちびちびやるのが好きなのだ。
乗客は全員竜人だった。獣人でこの列車を利用しているのは俺とクラルテ程度のもので、時折別の座席からこちらを見てひそひそ声が聴こえてきたが、視線を向けて「何か用?」みたいな感じで見てやると相手は気まずそうにそっぽを向いた。
「やっぱり、見られますね」
「しゃーない」
ブラックコーヒーのカップを軽く揺らしながら言い、少しだけ口に含んだ。
「終戦からたかだか8年だ。敵意や差別意識はそう簡単には消えない」
人間はマウントを取るのが大好きな生き物だ。差別合戦で優位に立った際の快楽はそう簡単に忘れられるものではないのだろう。そうでなければ、前世の世界で差別しないようにしよう的な文言を盛り込んで法制化してもなお自国民を律する事の出来ない自称人権先進国があんなに続出しているわけがない。
向こうの世界よりも人類史が遥かに長いこっちの世界でも、それは変わらないようだ。
「―――いいからとっとと席を代わらんか!」
口の中に残るコーヒーの苦味。いつもならばさわやかに喉の奥へと抜けていくようなそれを不快な後味に変えようとするかのように、年老いた男性の怒号が飛んだ。
席を代わるも何も、ここは指定席だからそんな理屈通用しないだろ……と思いながら声の聴こえた後方へと視線を向けると、そこには杖をついた老竜人が怒り心頭と言った感じで立っていた。視線の先にはどうやら夫婦らしき男女が座っており、女性の方はお腹が大きく膨らんでいて妊娠している事が分かる。
「いやあの、でも僕たち指定席券でここ座ってるんですけど……」
「何だと? 年寄りなんだぞこっちは! 年寄りには席を譲るのが常識だろうが!」
チッ、と舌打ちをするなりコーヒーカップをクラルテに預けて席から立ち上がった。「暴力はいけませんよ暴力は」ってクラルテの声が聴こえたけど彼女は俺を何だと思ってるんだろうか。
ラウル君が事あるごとに暴力で問題を解決してる人だと思ったら大間違い……とは言い切れない事に自分で気付いて何とも言えない気分になる。食事を冒険者の喧嘩で邪魔されたら両方ともボコボコにして問題の根本的解決を図って何が悪いというのか。結局のところ問題を起こす奴を間引いた方が問題は解決できるのだ。そして暴力とは最短で問題解決を可能とするツールである。暴力万歳。
ガタガタうっせえ老害に大股で歩み寄り、肩にぽん、と手を置いて思い切り見下ろした。「なんだ!!」と唾を飛ばす勢いで声を張り上げながら老害がこっちを見上げてくるが、SNSで煽られたみたいに真っ赤になっていた顔が食中毒でも起こしたかのようにサーっと青くなっていく。
「なァお爺ちゃんよォ……気持ちは分かる、分かるがさ……ここ指定席車両なのよ。事前に座席を予約してたやつが正義なのよ、分かる?」
「だ、だが私は歳寄りで……」
「歳取ってれば偉いってわけじゃァねえだろうさ。馬鹿でも歳は取れるんだから」
「な、なんだとお前っ……! しかもお前、獣人じゃあないか! 汚らわしい下等生物がどうしてこんなところに!?」
「それに加えてさっきから随分と大声出して、元気なお爺さんだねぇ。えぇ? そんなに元気なんだったら席譲ってもらう必要もないだろ?」
ずいっ、と顔を近づけながらドスの利いた声で言うと、老害はそれ以上言わずに逃げるようにデッキの方へと向かって歩いていった。
「す、すみません……ありがとうございました」
「いえいえ」
良い旅を、と夫婦に言い残し、自分の席へと戻っていく。
クラルテからコーヒーカップを受け取ると、通路の反対側に座ってるおばさん×2がこっちを見ながら「なんて野蛮な口の利き方なの」とか「これだから獣人は」とか言っているのが聴こえたので、「言いたい事なら話聞きますよ」と言ってやったらすっかり黙ってしまった。
いるよね、自分は年寄りなんだから譲ってもらって当たり前、って考えてる老害。
それは竜人も同じなんだなと思いつつ、冷めてしまったコーヒーを一気に呷った。
ペレノアの駅で降り、冒険者管理局でロザリーが向かったダンジョンの詳細を受付嬢から聞き出してからダンジョン調査の仕事を正式に受注、出発する。
さて、ダンジョン調査の仕事は通常の依頼とは性質が異なる。
ここでいうダンジョンとはズバリ、【第26文明からそれ以前の文明により建造され現代まで遺された遺構】の総称だ。
例えば旧文明の工場とか研究施設とか、あと旧市街地がこれに該当し大半がそれによって占められているが、ごく稀に我々の想像するマジモンのダンジョンも存在する(地下墓地とか洞窟とか)。
そこで何をするかというと、内部構造の調査や旧文明の遺物の発掘・採取である。
度重なる戦乱や天変地異による文明の終焉。発生と繁栄、滅亡のサイクルを繰り返すうちに、この世界の文明の水準は大きく低下してきた。古い時代には反重力装置だったり、信じがたい話だが次元を裂いてパラレルワールドへと行く事ができる技術もあったとされている。
つまりこの世界は、現代よりも過去の方が技術水準が高いのだ。
だから旧文明の高度な技術を持ち帰る事ができれば、それを解析して今の技術水準を向上させる事に繋がるし、こっちも巨額の富を得る事ができてお互いに旨みがあるという事だ。
とはいえ大体のダンジョンはよほど危険度が高い場所以外は殆どそういった産物は取り尽くされているので、もっぱらジャンク品を漁るか内部の魔物を掃討して報酬をもらう程度が精一杯だそうだが……危険度の高い上級ダンジョンでは、本当に一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るらしい。
そんな額の金があれば、エルマータ孤児院で腹を空かせてる弟妹たちだって少しは……。
ともあれ、今はロザリーと合流するのが先決だ。
彼女が向かったというダンジョンは【旧市街地カエサリア】。第25文明の頃に栄えていたという場所で、面積がとにかく広大なダンジョンなのだそうだ。危険度は比較的低いが、魔物が数多く入り込んでいる上に一部は『怪異空間』と化している場所もあり、迂闊に動くと命を落とす事になりかねない。
「怪異空間ねぇ……」
「ラウルさん、怪異空間に入った経験は?」
「ないよ。クラルテは?」
「私も経験はありません。記録は見た事がありますが」
怪異空間とは、その名の通り物理法則を始めとしたさまざまな法則では説明のつかない怪異現象が発生するエリアの総称である。
具体的にどう、と聞かれると説明が難しいが、例えば【あの世とこの世の境界線が曖昧で幽霊が出る空間】だったり、【外部と内部で時間の流れ方が違う空間】だったり、【過去や未来に飛んでしまう空間】だったりと様々だ。
そういった空間から持ち帰る遺物は特に高値で取引される。しかしながら足を踏み入れたきり帰らぬ人となった冒険者も数多く、迂闊に侵入するのは厳に慎むべきである。俺も今のところは怪異空間は発見次第回避する方針である。
パンフレットを見ながら歩くこと20分と少し。
メルキア大陸の中心部に聳え立つ高山から流れる”ティベリス川”の畔に広がる市街地を一望して息を呑んだ。
一瞬、こんなところに街なんてあったっけと思ったがよく見れば違う。連なるのは廃墟だ。天井が崩壊し、壁が崩落して内部が顕わになっている建物たち。建築様式は現代のそれと大きく異なっていて、今のメルキア大陸の都市がどことなくローマ感を匂わせる建築様式であるのに対し、ティベリス川を挟むように対岸にも広がるその市街地の建築様式は近代のイタリア様式を思わせる。
あれが旧市街地”カエサリア”。
記録によると第25文明のダンジョン……今から2026年前に滅亡した文明のものであるという。
2026年前、気が遠くなる程の時間だ。転生前の前世の世界からイエス・キリストの生まれた時代までさかのぼるようなものである。
「これは……骨が折れそうですね」
ジャキン、とM60のコッキングレバーを引きながら言うクラルテ。
俺も背負っていたバトルライフルを無言で取り出した。
今回はいつものBRN-180ではない。ダンジョン内調査、という事もあって魔物との戦闘は多いであろうという判断から、体格の大きな魔物相手でも十分な火力を確保するべく、アサルトライフルではなく7.62×51㎜NATO弾を使用する『バトルライフル』を選定し装備している。
選んだのは『MARS-H』。AR系列に連なるバトルライフルの1つで、動作方式はM4A1やM16と同じく伝統的なリュングマン方式。機関部の動作部品に直接ガスを吹き付けてしまうので部品寿命は短くなりがちだが、動作部品を減らす事ができ命中精度の面では有利に働くという特徴を持つ。
加えて、レシーバーからハンドガードまで一体化した構造を持っているのでとにかく強度の高さに優れ、また左右から利き手を選ばず操作できるという利便性も魅力の一つだ。銃身も多様な長さのものが用意されている。
余談ではあるが、これの使用弾薬を5.56㎜弾とした『MARS-L』というバリエーションも存在する。
俺が持ってきたMARS-Hは銃身を20インチのロングバレルとし、ハンドガードにはハンドストップを装備。照準器はホロサイトのUH-1とブースターを装備し近距離から中距離まで対応、ストックはマグプル製のPRSストックを選択した。こいつは固定式で主にスナイパーライフル用として選択される事が多い。
大型のマズルブレーキが装着されたMARS-Hを手に、チャージングハンドルを引いて初弾を装填した。
ロザリー、会いに来たぞ。どこにいる?
再会したらついでにここで金を稼いで、皆で再会を祝して乾杯しよう。
ところでマジでこの寒気何なのさ?
怪異空間
この世界に存在する特殊な空間。物理法則を始めとしたさまざまな法則では説明がつかない怪異現象が発生するエリアの総称とされており、内部は大概危険地帯となっている。しかし怪異空間内部で採取される遺物は極めて高値で取引されており、一獲千金を夢見る冒険者にとっては魅力的な場所。しかし管理局の統計では怪異空間内部に突入した冒険者の未帰還率は98.99%にも達しており、管理局は発見したら回避を推奨している。
現在観測されている怪異現象は『幽霊の出没』『外部との経過時間の大きな乖離』『過去/未来へのタイムスリップ』『パラレルワールドへのアクセス』など。




