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命の恩人たち

竜人の気質について


 国や地域により異なるが、一般的に竜人たちの気質や価値観は以下のとおりである。


・外敵に対しては一切容赦をしない

・冷静な時は合理性を重んじる

・理不尽な取り決めにはしっかり抗議する気の強さがある

・仲間と認めた相手には世話を焼き誠心誠意尽くす

・好意を抱いた異性に対しては献身的に尽くす

・常に好意を抱いた相手の事だけを考え、相手の喜ぶ顔を見るのを目的に行動する

・そのため獣人から見ると「愛が重い」と思われがち(特に女性)

・獣人の基準ではヤンデレに見えなくもない

・嫉妬深い(特に女性)

・もし伴侶を失い未亡人になっても絶対に再婚しない(再婚すると”前の伴侶を裏切った”と見做される)




 このような気質のため、結婚の約束をしておきながら「ごめんやっぱナシ」は死を意味する。


「な、何だアイツらは」


 グラディウス級駆逐艦『クルテル』の艦橋で、戦闘の成り行きを見守っていた艦長は思わずそんな声を漏らした。


 どこの所属か分からないが、1隻の武装貨物船が救援にやってきてくれたのはありがたい。しかしそれでも敵は巡洋艦2隻を擁する艦隊であり、駆逐艦2隻と武装貨物船1隻で復員船2隻を守りながらの戦闘となると厳しい状況に変わりはなく、どうやって時間を稼ぐかと頭を悩ませていたところにあの勇戦である。


 やっと今になって、何が起こったのか頭が状況を理解し始めた。


 逆落としの急降下を敢行した武装貨物船と、その艦から出撃した1機の艦載機(パラサイトファイター)。突拍子もなく参戦するや、瞬く間に敵の空賊艦隊を片付けてしまったのである。


「艦長、彼らは……」


「天地戦争の従軍経験者なのか?」


 その可能性は高い。


 首下げていた双眼鏡を覗き込み、艦載機を収容し始める武装貨物船をアップで確認する艦長。


 艦首の形状と前部甲板に居座る特徴的な、固定式の20.3㎝連装砲の配置から、あの艦の識別は統一獣人戦線が運用した”670型飛行駆逐砲艦”である事が分かる。全長140mという小ぶりな駆逐艦の船体に、20.3㎝連装砲という巡洋艦の主砲クラスの武装を搭載し、敵艦隊に突撃しての一撃離脱や通商破壊を期待されて運用されたものだ。


 クルテルの艦長も天地戦争には従軍した経験がある。大規模な空戦に参加した事はないが、それでも僻地で統一獣人戦線の通商破壊を迎撃した経験はあり、当時はその670型の足の速さと船体規模に見合わぬ火力に苦しめられたものだ。もしあれが少数生産に留まらず量産されていたらと思うと、今でも生きた心地がしない。


 艦首には”3199”という艦籍番号が、そしてその付近にはダンボールを抱えたヒグマのデフォルメされたエンブレムと『くまさんハウス』というギルドの名称が表示されている。


 瞬く間に空賊艦隊を瞬殺した彼らは、クルテルへと向かって発光信号で『貴艦ノ無事ノ帰還ヲ願ウ』と発すると、北の空へと向かって悠々と飛び去って行った。


 その後ろ姿に、駆逐艦クルテルの艦長は静かに敬礼を送る。


 8年前に殺し合った獣人だから―――そんな差別意識は、もうどこにもない。


 胸に抱いたのは、彼らへの敬意だった。


 かつては同じ軍人だったであろう、彼らへの敬意だった。



















 出征した息子と孫からの便りが途絶えて、もう15年になる。


 まだ生きている、という希望は捨てていないつもりだが、しかしケルビアの森林に建てた洋館に住む初老の竜人―――”ギデオン”の中では、もう死んでしまったのだろうという絶望の方が大きくなりつつあった。


 当然である。100年も続いた天地戦争は血で血を洗う凄惨なものであった。若き日のギデオンも出征、砲弾の破片を足に受けて名誉除隊となったものの、彼が参加した戦場はどれもこれもが地獄だった。


 竜人と獣人が、本能を剥き出しにして殺し合う戦場。


 今でも夢に見るのだ。怒り狂った獣人たちが、たとえ全身が傷だらけになり武器を喪失しようとも、その辺にあった石を掴んで殴りかかってくる光景が。ついには自爆すら厭わず身体中に爆薬を巻きつけて、大陸落としで失ったであろう妻や子の名を叫びながら突っ込んできて自爆する惨状が。


 悲惨なのは空も同じだった。激戦に激戦を重ね、弾薬を使い果たした戦闘機が敵艦へと体当たりしていく―――あの戦場では人間の命ほど安いものはなかった。


 そんな地獄で、負傷者として救出され故郷へ帰ってくる事の出来た自分は本当に幸運だった。


 そんな幸運を、息子と孫にも分けてあげたかった。


 そうすればきっと、今頃あの2人も帰ってきていただろうに。


 息子の出征が決まった日、父の大きな軍帽をかぶる孫を抱き上げる家族の集合写真を見つめていると、じわりと目頭が熱くなる。


 今はもう、何も無い。


 何も……何も……。


「あなた、あなた!」


 ばたばたと階段を駆け上がってくる足音。妻のアマンダのものだ。


 いったい何事か、と顔を上げると、部屋にやってきたアマンダは息を切らしながら、しかし嬉しそうな顔をしていた。


 こんなに心の底から喜んでいる妻の顔を見るのはいつぶりか……他人事のように考えていると、アマンダは呼吸を整えてから、廊下にいるであろう”誰か”に道を譲った。


 誰か客人でも来たのだろうか。こんな寂れた洋館に。


 アマンダに代わって顔を出したのは、2人の男性だった。


 その顔を見て、ギデオンは我が目を疑った。


 オリーブドラブの、ほつれ、薄汚れ、ボロボロになった天空軍の軍服と大きな軍帽。それらに身を包んでいるのは紛れもなく、天地戦争のために出征していき帰らぬ人となった筈の息子と孫の姿だったのである。


「え……」


「ただいま、父さん」


「ごめんね祖父ちゃん、忙しくて手紙全然出せなくて……」


「え……お前たち、生きて……」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 濁流のように押し寄せる感情が嗚咽へと姿を変え、ぼろぼろと大粒の涙を流しながら息子と孫を抱き寄せる事しかできない。


 死んだと思っていた息子と孫が、無事に生きて帰ってきたのだ。


 やっと、やっと今になって。


 空賊に襲われ、しかし『くまさんハウス』という冒険者ギルドが介入してきたおかげで復員船を撃沈されずに済んだという話を聞いたギデオンが、あの飛竜の卵を配達しに来てくれた彼らこそが息子と孫の命の恩人であると気付いたのは、それからすぐの事だった。


















 機体をソーキルの真下につけ、スロットルを慎重に扱いつつ操縦桿をしっかりと握る。これだけ離れていても浮遊大陸『ケルビア』からの重力干渉はなお続いており、気を緩めたら機体が右へ右へと引っ張られそうになる。


 ソーキルの船体下部が開き、ゆっくりとクレーンアームが降りてきた。


 もうちょい前、もうちょい前……結構デリケートな操作を繰り返して何とか母艦の真下にコルセアをつける。そのままの速度と位置を維持している間に頭上のクレーンアームが稼働、コルセアの機体を鷲掴みにすると、ゆっくりと艦内へ引き込み始めた。


 キャノピーいっぱいに広がっていた空が、瞬く間に狭苦しい格納庫へと変わっていった。


 機体が引き上げられたのを確認するや、ランディング・ギアを出して主翼を折り畳む。それを合図に格納庫の床が稼働して閉鎖され、やっと落下や揚力の喪失という心配をしなくていい環境になった。


 機体のエンジンを切り、キャノピーを開ける。


 シートベルトを外すなり、こっちへと駆け寄ってきたのはシスター・クラルテ。真っ黒なシスター服とヴェールを翻しながらやってきた彼女は、タラップを駆け上がってくるなり心配そうな顔でコクピットを覗き込んでくる。


 飛行服姿の俺を見て無事を確認するなり、彼女は安堵したような笑みを浮かべた。くいっ、と顔を引き寄せられ、そのまま唇を奪われる。


「良かった……無事で」


「心配かけた……でも大丈夫、ちゃんと帰って来たよ」


 彼女に手を引かれ、コルセアのコクピットから降りる。


「それにしてもラウルさん、大戦果でしたね」


「まあ……ね」


 素直にはまだ、喜べない。


 戦果という事は相手の命を奪ったという事だ。しかも今回撃沈したのは戦闘機ではなく、駆逐艦や空雷艇。1つの兵器を動かすために数十人、数百人規模で乗り込んでいたわけだから、それを撃沈したという事は……それ以上は考えないようにした。


 そこまで深く考え、直視してしまったら昼飯を今すぐぶちまけてしまいそうだったから。


 相手が魔物ならばともかく、賊とはいえ人命を奪って大喜びできるほど狂気に染まったつもりはない。


 クラルテもそれを感じ取ったのだろう、それ以上は言わなかった。



















「今晚的晚餐是担担面(今日の夕飯は担々麺ですよー)」


 どん、と目の前に置かれた丼の中には、うどんみたいな白い麺と少なめの量のスープが入っている。麺の上には細切れにされた挽き肉とザーサイ、茹でたチンゲン菜が乗っている。


 俺の知っている担々麺と比べるとだいぶ見た目が違う……担々麺って言うとこう、味噌っぽいこってりした味付けで辛みの利いた挽き肉と大量のゴマを散らし、チンゲン菜がこんな感じで乗っているラーメンの一種という認識だったんだが、今思えばあれは日本でアレンジされた中華料理だったんだろうなぁ……と思う。


 本場ではきっとこんな感じなのだろう。スープがやけに少ないが、油そばみたいに麺に絡めて食べるスタイルなのだろうか。


「これ、昔中華(ジョンファ)の商人が鍋担いで売ってた。だから”担担面(担々麵)”」


「へぇー」


 料理の名称の謎がまさか異世界で解けるとは。


 これ元々証人が鍋を「担いで」売り歩いてたから『担々麵』なのね、と納得しながら麺をスープに絡めて口へと運ぶ。濃厚な味わいと辛みの利いた挽き肉、もっちりとした麺の組み合わせが実に美味い。ザーサイの食感もいいアクセントになっているし、何度も何度も食べて味がくどいと感じたらチンゲン菜を齧ってリセットできる。


 日本のとはだいぶ違うけどこっちも美味しいなぁ、と思いながらもぐもぐするラウル君の隣で、早くも「すいませんチャンさん、おかわりを……」と二杯目を要求するクラルテ。待ってこの子食べるの早すぎない?


 早食いのスキルでも持ってるんだろうか、と思っている間に担々麺2杯目が運ばれてきて、今度は人数分の小皿と山盛りの回鍋肉が乗った大皿まで出てくる。


 ホントこのギルドに入ってよかったマジで。毎日本格中華なので胃袋が幸せである。


 小皿にクラルテの分の回鍋肉を盛りつけ、自分の分の回鍋肉も大皿から取って口へと運ぶ。野菜と肉の旨味にノックアウトされそうになりつつ、ヴォイテクにちょっとした疑問をぶつけてみる。


「そういえば、次の目的地はどこなんだ?」


 担々麺を平らげ、回鍋肉をつまんでいたヴォイテク。デザートに運ばれてきた杏仁豆腐を前に「うっひょー♪」と子供みたいに喜んでいた彼は、杏仁豆腐をパクつきながら笑みを浮かべた。


「喜べラウル、次はお前が行きたがっていた”メルキア”だ」


 目を見開いた。


 浮遊大陸『メルキア』。


 数ある浮遊大陸の中でも南米と同程度の面積という最大規模を誇り、同名の聖都『メルキア』が存在する場所。竜人たちにとっての首都であり、総本山でもある本拠地だ。


 天地戦争では竜人たちにこのメルキア沖まで攻め込まれており、天地戦争最大規模の空戦とまで言われた【メルキア沖空戦】もここで発生している。


 竜人発祥の地ともされているメルキア。まさに竜人たちからすれば聖地なのだろうが、俺にとってはそれ以上に大きな意味を持つ場所だ。


 ―――ロザリーたちの故郷である。


 5年前、ロザリーとユリウスはこのソーキルに乗って、メルキアまで帰っていった。竜人である以上は地上で獣人と生きる事は出来ず、逆の理由で俺が浮遊大陸で生きる事も難しい(戦後8年でも差別が横行しているのはケルビアで経験済みだ)。


 だから5年後、冒険者になったら迎えに行くと約束したのだ。


 ロザリー……元気だろうか。


 幼少の頃に出会った竜人の彼女を思い浮かべる俺の隣では、クラルテが少し頬を膨らませていた。


「……クラルテ?」


「ふんっ」


 ぷい、とそっぽを向いてしまうクラルテ。


 俺はラノベとかの鈍感系の主人公ではないので、自分が何をやらかしたのかはすぐに察する。そりゃあクラルテに「特別な存在」と言っておきながら他の女の事を思い浮かべるのはちょっとな、拙かったかな、と反省する。


 でも一応この世界は一夫多妻制OKなんでそれくらい大丈夫かな、とは思ったんだがそういうわけでもないらしい。女心を弄ぶのは大罪、やめよう。さもないとヤカンの音と共に後ろから包丁で刺されてしまう。


 後で機嫌直してもらわないとなぁ、と思いつつ、それでも懐かしい気持ちを抑えられずにいる。


 ロザリーたち、元気かな……。


















 同時刻


 浮遊大陸『メルキア』


 聖都『メルキア』郊外






 ごちゅ、とトロールの脳天をスレッジハンマーで叩き潰し、トドメを刺す。


 あれだけ暴れ回っていたトロールも、しかし脳味噌を直接潰されればもう動かない。如何に強靭な生命力を持つ魔物でも、脳を失ってしまえば無力なのだ。


 顔中に付着した血を拭い去り、翡翠色の髪の少女―――ロザリーはゆっくりと顔を上げる。


「終わったか、ロザリー」


「うん、兄さん」


 ずりゅ、とスレッジハンマーを引き抜く。ピンク色の肉片がこぼれ落ち、それを見ていた兄のユリウスは顔をしかめつつ、暴走気味な妹の将来を心配するような顔つきになるものの、しかしロザリーにとってはそんな事はどうでもいい。


 感じるのだ―――ラウルがメルキアを目指して飛んでくる気配を。


 忘れもしない、5年前に『つがいになる』と約束した獣人の少女、ラウル。死にかけていた自分たちに救いの手を差し伸べるばかりか、恐ろしいトロールとゴブリンの群れを殲滅して助けてくれたヒーロー。


 惚れないわけがない。


 地上を離れ、メルキアに戻ってきてから5年間……ずっと、ずっとずっとずっとずっとラウルの事だけを考えて生きてきた。


 どうやって結婚するか、どんな感じの結婚式にするか、どんな家に住みたいか、子供は何人欲しいか、子供の名前はどうするか、そもそもどこに住むか。


 彼女の頭の中では、既に人生設計は完了している。


 後はラウルと結婚して、予定通りに子供を産んで、幸せに満ちた人生を歩むだけだ。


 返り血まみれになった顔に、同じく血まみれになった指先を這わせながら―――深紅の三日月の下で、ロザリーは狂気的な笑みを浮かべる。


「あぁ……ラウル、ラウルラウルラウル。はやく、はやく来て……私、結婚する準備はもうできてるの♪」


 妹の狂気に思わず怯えてしまうユリウスを他所に、ロザリーはぶつぶつと言葉を紡いだ。


「早く会いたいなぁ……結婚して子供たくさん作りたいなぁ……うふふふふふ。私ね、妄想の中ではあなたの子供をもう10人は産んでるのよ、ラウル……♪」










 ロザリーとの約束の地、メルキアを目指すラウル。









 色んな意味での脅威が、彼女を待ち構えていた。










 第二章『浮遊大陸』 完


 第三章『ロザリー』に続く




 



ここまで読んでくださりありがとうございます!


作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。


広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!

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