ケルビア沖空戦
照準器の向こうで、徹甲榴弾の直撃を受けたエスパーダ級の片割れから火の手が上がった。
グワッ、と花びらく紅蓮の炎。黒煙を吐き出しながら船体を傾ける2隻のエスパーダ級へと、ソーキルは逆落としで突っ込んでいく。
艦橋ではなく主砲制御室に詰めていたヴォイテクは、自動装填装置の状況を音で判別しながら伝声管へと怒鳴った。
「ソコロフ、錨下ろし方用意!!」
本来、ヴォイテクがいるべきなのは主砲制御室ではなく艦橋であるべきだ。
しかしソーキルに乗り込んでいる人間のスタッフは、ラウルとクラルテを数に加えても僅か6名。いくら船体各所を自動化・省人化しているとはいえ、それでも運用上限界があるのは火を見るよりも明らかであった。
それに、空中艦同士の砲戦はシビアな照準が要求される。水上艦同士の砲戦であれば”二次元の戦い”であり、水柱を用いた着弾観測も出来るから修正は容易だ。
しかし空中艦同士となると話が変わってくる。標的をより立体的に認識したうえで風速や相対速度、周辺の浮遊大陸による重力干渉などの要素を考慮した上での砲撃が必須となり、それを理解していなければ命中弾は望めない。
浮遊大陸『ケルビア』沖での砲戦という事もあり、ここも浮遊大陸の重力影響圏内だ。通常の砲撃とは話が変わってくる。
「取り舵2、艦首ちょい下げ」
照準器を覗き込みながら、艦橋にいる戦闘人形に命じる。
指示通りに艦首が動き、主砲の軸線に敵艦の姿が重なった。
「―――撃てぇッ!!」
頭上にあるレバーを2つ同時に押し倒す。
その瞬間だった。20.3㎝連装砲が咆哮し、燃焼した装薬の圧力によって2発の徹甲榴弾が解き放たれたのは。
砲身内部のライフリングで十分な回転を与えられた2発の徹甲榴弾が、地上の罪人を神罰の矢で射抜く天使の如く正確にエスパーダ級の片割れ―――被弾し黒煙を吹き上げていた方の巡洋艦へと突き刺さる。
エスパーダ級は水上艦でいうと軽巡洋艦に分類される。装甲も主砲と同等の15㎝砲レベルの攻撃を想定した防御しか施されていない。水上艦の基準では脆いように思えるかもしれないが、あれだけの質量を飛ばすために装甲が犠牲になったためだ。空中艦では規模の割に撃たれ弱い艦というのは珍しい事ではないのである。
砲弾は容易に装甲を貫通。艦橋の付け根と煙突の付け根をぶち破り、艦内で起爆した。
煙突が火柱を吹き上げ、艦橋が真下から持ち上げられたかのように浮き上がる。爆撃機のコクピットをそのまま大型化させたようなガラス張りの艦橋が、真下から吹き上がる爆風と衝撃波、破片に射抜かれて真っ白な亀裂を広げていった。内部で吹きかかった紅い飛沫は乗員の血飛沫なのだろう。
自動装填装置が動作、揚弾筒の中を砲弾と装薬が上がってくる。
合計で4発の砲弾を受けたエスパーダ級が、ついに限界に達した。船体内部で何度も爆発を連鎖させると、小さな爆発を繰り返しながら船体を真っ二つに折る形で轟沈。揚力を完全に失い、ただの鋼鉄の棺桶と化した船体が地中海へと落下していく。
「上げ舵7、取り舵ちょい」
照準器いっぱいに迫ってくるもう1隻のエスパーダ級。味方の仇を取らんと主砲を仰角一杯に持ち合上げ、15㎝3連装砲が凄まじい勢いで火を噴く。
戦時中、ヴォイテクもエスパーダ級の艦砲射撃で支援を受けた事があるから、その速射性と濃密な弾幕がどれだけの脅威になるのかも理解している。エスパーダ級は防空任務も想定に入れて設計されているため、巡洋艦としては珍しく仰角を大きくとる事ができるのだ。
しかし、如何に余裕のある仰角が特徴とはいえ、艦砲である以上は再装填の為に砲身の仰角を元に戻す必要が生じてくる。死角こそ少ないが、仰角を取ればとるほど再装填までに時間がかかってしまうという、構造上の弱点があるのだ。
だからこそ、敵艦がエスパーダ級と分かった時点でヴォイテクは敵艦直上からの急降下を選択した。
そしてそれは、それこそがソーキルの得意とする戦い方でもあった。
駆逐艦に搭載するにはあまりにも大き過ぎる、虎の子の20.3㎝連装砲。急降下の勢いも乗せたその一撃に耐えられる空中艦など存在しない。
発射レバーを押し込んだ。
ドカン、と放たれる2発の徹甲榴弾。敵艦の第二砲塔を左右から挟むように前部甲板を穿ったそれが炸裂し、敵艦の砲塔が少しだけ浮き上がる。
自動装填装置の動作を確認していたところに、唐突に敵艦目掛けて12.7㎜機銃の曳光弾が伸びた。
水上艦のような艦首をしているソーキルの、いわゆる『バルバス・バウ』に相当する部位には旧式の爆撃機のような航法室が設けられている。そこで地上のランドマークなどを頼りに現在位置を確認するのだ。
そしてそこには、前方の敵を掃射するための6連装ブローニングM2重機関銃が用意されている。元々は7.62㎜機銃だったものを、後になってヴォイテクが置き換えたものだ。
いったい誰が、と思ったが、今のところ手が空いているのはクラルテしかいない。
気が利くな、と思いながらも伝声管へと叫んだ。
「錨下ろし時期近付く、総員衝撃に備え!」
こんな操艦をすればまたヨルゲンセン機関長にどやされる―――その時はどう言い訳をしようか、と頭の中で考えながら、慎重にタイミングを推し量る。
エスパーダ級の巨体がすぐそこまで迫ってくる。各地からかき集めたであろう、種類も規格もバラバラの対空機銃の弾幕がソーキルの船体を掠め、甲高い跳弾の音を響かせた。
「……下ろし方、始め!」
ちょうどソーキルが敵艦の前部甲板上を通過する直前というタイミングだった。
係留の際に使用する錨が、艦首制御室に詰めていたソコロフの手によって解放される。重力の赴くままに投下されたその錨は、ちょうど眼下にあったエスパーダ級の船体へと向かって伸びていく。
ヴォイテクとしては船体のどこかに引っかかってくれる事を期待したのだが、彼が幸運の持ち主なのか、それともソコロフの投下タイミングが絶妙に過ぎたのかは不明だが、よりにもよって投下された錨はエスパーダ級の艦橋を直撃。中にいた空賊の艦長と他数名を圧倒的運動エネルギーで殴り潰し、艦橋内部を血の海にしながら引っかかる。
鎖が限界まで伸びたのと、ソーキルの進路が急激に変わったのは同時だった。
エスパーダ級に引っかかった錨に引っ張られ、ソーキルの小ぶりな船体が横滑りする。
ちょうどエスパーダ級の下方に抜けたタイミングでの進路変更と、遠心力を用いた左ドリフト。急激なベクトルの偏向に艦内のあらゆる物体が投げ出され、平衡感覚のことごとくが麻痺する。
そんな中でもヴォイテクの目は照準器から離れなかった。ぴたりと、正確に敵艦に狙いを定め続けている。
やがて敵艦の艦尾と艦橋の後ろ姿が照準器いっぱいに映り込んだ。
「―――撃てぇッ!!」
発射レバーを押し込み、トドメの一撃を放つ。
艦橋後方と艦尾推進部に砲弾が命中。残ったエスパーダ級が爆発を連鎖させつつ推力を喪失、艦橋をぶち折られながら墜落を始めたのはそれからすぐの事だった。
なんか今、とんでもないものを見た気がする。
コルセアのコクピットの中であんぐりと口を開けながら、さも当然のように2隻の巡洋艦を撃沈して体勢を立て直し駆逐艦に襲い掛かっていくソーキルの姿を見て、なんかその……正直『ゲームを味のしないガムになるまでやり込んだ変態が見出した変態プレイ』みたいだ、と思った。
明らかにアレ駆逐艦の戦い方じゃないだろ、錨をそんな事に使うなと常識的なツッコミはあるが、それより一番気になったのはアレ艦内の厨房で仕込みとかしていたであろうチャンさん大丈夫かな、という事だ。あんな急降下からの左ドリフトをかましたら厨房の中えらいことになってるんじゃないだろうか。
今夜の夕飯大丈夫かな、と心配になりながら、照準器の向こうに見える空賊の空中駆逐艦目掛けてロケット弾を全弾叩き込んだ。
8発のうち3発くらいが変な方向へと飛んでいった。思ったよりも右に流れるような弾道だが、これって浮遊大陸の重力の影響なのだろうか。いずれにせよ、相手がどう動いても少なくとも1、2発は当たるようにと保険をかけて扇状に散布するように発射したロケット弾は5発が敵艦に命中。小ぶりな駆逐艦の船体が火達磨になり、右舷にあったレシプロエンジンのエンジンポッドが2基、派手に火を吹き上げながら脱落していく。
ぐんっ、と大きく右舷に傾斜する駆逐艦。ギリギリまでソイツの艦橋目掛けて6門の12.7㎜機銃を叩き込んでいく。ガラス張りの艦橋の中でトマトが潰れたかのように真っ赤な飛沫が飛び散ったのが見え、それがすぐに視界の下へと消えていく。
右舷に傾斜しつつある敵艦の真上を通過し、操縦桿を引いて急上昇。訓練で経験した通りに身体にかかるGの手応えを感じつつ視界を上に向けると、先ほどロケット弾を浴び、エンジンポッドを破壊された敵艦が炎上しながら錐揉み回転に入っているところだった。
飛行船みたくガスを使っているわけでもないのに、敵艦はよく燃える。
その炎上ぶりたるや、SNSでバズりたいがために法に触れるような馬鹿な行為を自慢して大炎上、ついには個人情報や学校、住所まで特定され徹底的にネットでのリンチを受け社会的にガチで殺しにかかられる学生みたいな感じになっている。
ヒュン、と数発の機銃弾がコルセアを掠めた。
視界を弾丸の飛んできた方向へと向けると、残る2隻の駆逐艦を守るように4隻の空雷艇が展開。無謀にも俺を追いかけ回して撃墜しようとしているようだった。
正気か、と思う。
こっちは第二次世界大戦でアメリカが生み出した傑作艦載機でゼロ戦と死闘を演じた強敵であったのに対し、あっちは敵艦に肉薄し対艦ロケットをぶち込むのが目的の、多少小回りが利く程度の爆撃機と駆逐艦の中間みたいなどっちつかずの器用貧乏、乗り手次第と擁護されるも結局は用途に特化した他の兵器には及ばずやがて廃れていく運命が決定づけられているような、そんな兵器だ。
そしてたった今、彼らの背後で駆逐艦の片割れがソーキルの主砲の直撃を受け、真っ二つに叩き割られて轟沈した。南無。
フグみたく丸みを帯びたずんぐりむっくりの鈍足野郎の分際でコルセアに追い縋ろうとする空雷艇。操縦桿を倒してスロットルを絞りつつ急上昇。やはりケルビアの重力の影響なのだろう、何もしなくとも操縦桿が右へ右へと勝手に倒れそうになるのを何とか堪える。
そうしている間に、追い縋ろうとしていた空雷艇は引き離されていた。当然である。如何に火力に優れていようとも、小回りの利くコルセアに追い付ける筈がないのだ。B-29がゼロ戦に格闘戦を挑むようなものである(ああいう兵器はどっしり構えて機銃で迎え撃つ方が強いに決まっている)。
機体を減速。意図的な失速を受け、機首がゆっくりと地中海の方を向く。
ダイブブレーキを展開しつつ急降下。息切れしたように俺のケツを追うのを断念した空雷艇に今度はこっちが襲い掛かる。急激な急降下と共に狙いを定め、機銃の発射スイッチを押し込んだ。
ガガガッ、と12.7㎜弾が空雷艇の胴体右側面から突き出ていたエンジンポッドを直撃。更に数発がコクピットに命中したようで、制御を失った空雷艇はそのまま重力に導かれるままに墜落していった。
行き掛けの駄賃とばかりにそのまま急降下。機体を軽くするついでに、残った敵の駆逐艦に機銃を浴びせつつ爆弾を投下して機首を起こす。
ふわり、と機体が軽くなった。
ロケット弾も爆弾も使いこなし、羽毛の如き運動性を取り戻すコルセア。上昇に転じる俺の背後で爆弾の直撃を受けた駆逐艦が派手に炎上、傾斜しているところだった。
上昇しつつこちらに腹を見せる空雷艇に機銃掃射。燃料タンクを撃ち抜いたのか、敵の胴体から火の手が上がりそのまま大爆発を起こす。
爆風を突き破って上昇、右旋回へ。
―――自由だ。
まだぎこちなさはあるが、これが「空を飛ぶ」という感覚なのだろうか。時折重力という概念を忘れてしまうほどの浮遊感。大地に足をつけて立っていた動物が手にした、空を飛ぶチカラ。
それはまるで軛から解き放たれたかのような―――二度と手放したくない、魔力のような感覚。
身体の奥底から湧き上がる歓喜に打ち震えながら、続けて3隻目の空雷艇を撃墜。
残り1隻……というところで、雲から飛び出してきたソーキルの機銃が空雷艇を撃墜した。
周囲を見渡し、機体をソーキルの隣につける。
艦橋ではヴォイテクが何故かへとへとになりながらも、こっちに向かって大きく手を振っていた。艦首の航法室には12.7㎜機銃につくクラルテの姿も見える。
仲間たちに向かって親指を立てつつ、着艦準備に入る。
初陣で駆逐艦1隻、空雷艇3隻……あまりにも十分すぎる戦果だった。




